国の統治機構に関する調査会
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会
会議録情報#0
平成二十六年四月九日(水曜日)
午後一時二分開会
─────────────
委員の異動
四月二日
辞任 補欠選任
石橋 通宏君 江田 五月君
清水 貴之君 東 徹君
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出席者は左のとおり。
会 長 武見 敬三君
理 事
岡田 直樹君
片山さつき君
宮沢 洋一君
風間 直樹君
谷合 正明君
井上 義行君
倉林 明子君
委 員
有村 治子君
井原 巧君
衛藤 晟一君
古賀友一郎君
酒井 庸行君
高階恵美子君
柘植 芳文君
堀井 巌君
江田 五月君
尾立 源幸君
徳永 エリ君
森本 真治君
吉川 沙織君
杉 久武君
江口 克彦君
東 徹君
浜田 和幸君
事務局側
第三特別調査室
長 宮崎 清隆君
参考人
元参議院行政監
視委員長 山下 栄一君
成蹊大学法学部
教授 高安 健将君
─────────────
本日の会議に付した案件
○国の統治機構等に関する調査
(「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方
(議院内閣制下での参議院の果たすべき役割)
)
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この発言だけを見る →午後一時二分開会
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委員の異動
四月二日
辞任 補欠選任
石橋 通宏君 江田 五月君
清水 貴之君 東 徹君
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出席者は左のとおり。
会 長 武見 敬三君
理 事
岡田 直樹君
片山さつき君
宮沢 洋一君
風間 直樹君
谷合 正明君
井上 義行君
倉林 明子君
委 員
有村 治子君
井原 巧君
衛藤 晟一君
古賀友一郎君
酒井 庸行君
高階恵美子君
柘植 芳文君
堀井 巌君
江田 五月君
尾立 源幸君
徳永 エリ君
森本 真治君
吉川 沙織君
杉 久武君
江口 克彦君
東 徹君
浜田 和幸君
事務局側
第三特別調査室
長 宮崎 清隆君
参考人
元参議院行政監
視委員長 山下 栄一君
成蹊大学法学部
教授 高安 健将君
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本日の会議に付した案件
○国の統治機構等に関する調査
(「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
方」のうち、議院内閣制における内閣の在り方
(議院内閣制下での参議院の果たすべき役割)
)
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武
武見敬三#1
○会長(武見敬三君) ただいまから国の統治機構に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
去る二日、石橋通宏君及び清水貴之君が委員を辞任され、その補欠として江田五月君及び東徹君が選任されました。
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この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
去る二日、石橋通宏君及び清水貴之君が委員を辞任され、その補欠として江田五月君及び東徹君が選任されました。
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武
武見敬三#2
○会長(武見敬三君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「議院内閣制における内閣の在り方」について調査を行うに当たって、本日は「議院内閣制下での参議院の果たすべき役割」について参考人から意見を聴取いたします。
御出席いただいております参考人は、元参議院行政監視委員長山下栄一君及び成蹊大学法学部教授高安健将君でございます。
この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただいて、調査の参考にしていきたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず山下参考人、高安参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、山下参考人からお願いをいたします。山下参考人、どうぞ。
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御出席いただいております参考人は、元参議院行政監視委員長山下栄一君及び成蹊大学法学部教授高安健将君でございます。
この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただいて、調査の参考にしていきたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
議事の進め方でございますが、まず山下参考人、高安参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、山下参考人からお願いをいたします。山下参考人、どうぞ。
山
山下栄一#3
○参考人(山下栄一君) 皆さん、こんにちは。山下でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
国権の最高機関でございます参議院の国の統治機構に関する調査会に参考人としてお招きいただきまして、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
私は、二〇〇八年、平成二十年九月より約一年間、百七十国会から百七十二国会に当たっておりましたけれども、参議院行政監視委員会の委員長として尊い使命をいただきました。今も本当にこのことを感謝しております。初めに、その貴重な体験を述べさせていただきたいと思います。
本日のテーマは、先ほど会長からもございましたように、議院内閣制下での参議院の果たすべき役割と、これに少しでもお役に立てればと思っております。
行政監視委員会の運営、この現実は、もう張り切って委員長に就任させていただいたんですけれども、なかなかうまくいかなくて、非常に厳しいものでございました。委員会開催に向けまして懸命に私努力いたしましたけれども、理事懇の開催ができないと、こういう状況がございました。質疑はおろか視察も駄目と、こういう状態が続いておったわけでございます。そんな状況下で、その背景はねじれ国会における与野党対立の特殊事情、これがあったわけでございますけど、機能不全に陥ってしまっておりました。その突破口をどうするかということでいろいろ考えまして、それが視察であったわけでございます。
視察のペーパー、「視察の意義」というペーパーを作りまして、理事会でそれを確認いたしまして、理事会の了承の上で委員全員に配付させていただきました。(資料映写)それがお手元にもございますけれども、ちょっと前、見えづらいですけど、お手元にあるのと一緒ですけど、この「行政監視委員会「視察の意義」」と、こういうペーパーを作りまして、理事会で了承いただいて全員に配付したと、こういうことであったわけでございます。
もうやりきれない状況の中で知恵を出したのが委員長視察、委員長が視察すると。委員会の視察がなかなかうまくいかないので、委員長が視察するということでございました。非常手段であったわけでございます。
ただ、委員長視察というのは、委員会運営の下準備として非常に大義があると。前例もないことはないんですけど、でも少ないし、また苦肉の策、非常手段であったけれども、常時継続的監視としての行政監視委員会の使命を果たすことにつながると、このように自分で確信して、精力的に委員長視察に力を注ぎました。この手応えが驚くべきものでありまして、やってよかったなと私は思いましたんですけど。
お手元の配付資料の視察先一覧、これを見ていただきたいと思いますけど、ここにもいろいろありますねんけど、今日、ちょっと代表的というか、私が非常に、三十数か所行って特に激しく印象に残ったところを一つだけ。それは、この資料一覧の、これ二ページにわたっておりますけど、一番下の十二番、東京空港事務所管制保安部と、これは、だから、委員長二年目の四月に行っているんですけどね。
これ、何で衝撃を受けたかといいますと、羽田空港ですけど、国土交通省の現場組織ですけど、このラッシュ時、午前七時とか夕方の六時とか七時とか、この空の交通整理というのはもう大変だと。これ、管制官の、管制官というのは試験を受けて専門行政職になっているわけですけど、その交通整理が大変で、多言語、アラビア語とか英語とかフランス語だけでなく多言語に対応すると。で、ニアミスの恐怖。ラッシュですからニアミスの恐怖がもう常に付きまとうと。そんな状況を聞かさせていただきました。
特にお話聞きながら現場の管制官とも懇談させていただいて感じたのは、具体的な事件が起きたというか、平成十三年日航九〇七便ニアミス事故、これは裁判になりまして、平成十三年のニアミスの事故で、衝撃でその乗客がけがをするということがあって業務上過失致死罪に問われたと、管制官が問われたわけです。機長もいろいろ、受ける側の機長さんも捜査対象になったので、それはまあ結果的には特に問題ないという状況になって、二人の管制官が刑事裁判の対象になったと。これが、地裁は無罪、高裁が執行猶予付きの有罪と。最高裁で有罪が確定するわけです。これ平成二十年、七年間以上掛けた。そういうことでございました。
そのお話聞きながら、管制官個人の問題かといういろんな議論があって、国際空港組織としてはこういうのが犯罪になると大変だという見解も示したそうなんですけど、結果的には、この二人の具体的な人が執行猶予付きであったが、有罪判決受けたと。これ、空港全体のシステムに関わる問題じゃないのかと。個人の問題ですかと、これは。こういうことが問われたんですけど。
そのときに、私、話聞いて非常に心に残ったのは、裁判官も、結果的に影響与えたかどうか分かりませんけど、地裁の裁判官は現場に行って確認しているわけですね。高裁、最高裁は現場に行っていないと。そんなことも影響与えたか分かりません。だけど、現場に行くということがいかに大事かということ。
そして、組織上の、組織犯罪にはなりませんので、国家公務員上の問題とか、そういう問題になってくると上司が責任問われたりするんですけど、これは刑事事件で、個人二人、管制官二人のそういう罪が問われたと。こういうことが続くと、これは現場で管制官になり手がなくなるし、案の定、競争試験も希望者が減っていったという状況が当時はあったようですけど、この羽田の話は管制官の話。
私は、この話聞きながら、もう専門行政職としての管制官の俸給表も、専門職は専門職としての大変な御苦労もあるし、もちろん特勤手当も付いていたと思いますけど、その在り方も、俸給表もきちっと見直すべきじゃないかなというようなことも考えましたし、女性管制官も育児休業を取るのがもう大変なんですと。男女もちろん平等の世界、もうこれは非常に大事なことなんですけど、現実はそういう話なんかもございました。現場に行くこと大事だなということを感じたわけです。
あと、これ、上から六番目に国立感染症研究所というのがございます。これも物すごく大事な国立の、独立行政法人じゃない、一部独法に移行したのもありますけど、今も国立、直属の研究組織ですけどね。これが新宿区の町の真ん中にあるということは、周辺住民の理解がなかなか得られないと。P4と呼ばれる一番激しいウイルスに対応する施設もあるんですけど、これ、いまだに機能しないと、造ったんですけど。それは、住民の説得が物すごく大変だということです。感染症研究所の方々、もうこれは自分自身が感染するかどうかということも含めまして、これも専門性を持った専門職の方々の御苦労、これはもう行って初めて、私が初めて、私自身のことですけど、非常に感じました。
あと、この中に、宮内庁も行きまして、宮内庁も実際行ってみたら、こんな開かれた組織だったのかというようなことを、いろんな情報公開、市民の皆さんに、都民の皆さんに開くための御苦労もされておりましたが、それも行って分かったことでございます。
あと、防衛研究所も行きまして、貴重な戦前、戦中の資料もございました。
そんなことも通しまして、現場の重要性、視察から学びましたことを何点か申し上げます。
一つは、私は、視察ということが大事だということ。それで、行政監視委員会活動というのは、もちろん委員会開催して質疑するということも大事なんだけれども、質疑と並んで、私は質疑以上に大事なんじゃないかなと思ったのがこの視察でございました。行政監視活動というのは視察じゃないのかと、別の見方をすればというふうなことを物すごく感じました。
それからもう一つ、二番目は、国権の最高機関としての視察というのは現場の士気を高めると、現場で働いておる方々の士気を高めるんだなということを感じました。来られると嫌だなとか煙たいなとかいう、そんな人もいらっしゃったかも分かりませんけど、これを通して、よくぞ来てくれたと、これ知ってほしかったんだと、こういう張り合いみたいなものを、国権の最高機関もちゃんと見ているよということが現場の士気にもプラスの影響を与えるなということも感じました。
委員会の視察というのは、国政調査活動、憲法六十二条の国政調査活動そのものだと。議員個人も、今日お見えの皆さん方も現場に通われていると思うんですが、議員個人の視察と全然重みが違うなと。これ、行った先の受け止め方がこれほど違うかというぐらい。私は行政監視委員長という立場で行かせていただいた。行政監視委員長というのは常任委員会の委員長ですから、参議院の役員の中に入っておるわけですね。議長と並んで、常任委員会の委員長というのは重みがある。まして名前が行政監視と付いておると、その委員長が来るというようなことで、受け止める側は非常に重く受け止めてくれたと。行く先々でもう現場のトップの方が対応していただいたというのがそれに表れているかなと思ったんですけど、議員個人の視察のときと全然違うなと、これが国政調査活動かと。委員長個人だったんですけれども、委員会で行くとかそんなことがどれだけ重みがあるのかという、現場に与える、これは驚くべき体験でございました。ハウスの活動だということの自覚が大事だなと、党派を超えてと。山下個人ではなくて委員長視察ということで非常に現場も受け止めていただいたなということを実感いたしました。
この視察に当たって、私が、次のテーマというか、私、強調することにつながりますけれども、国会スタッフというのが大事だなと、国会職員です。この役割、この方々が私を必死でサポートしてくれましてね、委員会ができないこともありましたけど、調査室の方々、そして委員部の方々が一生懸命支えて、この方々抜きに視察はできなかったと思います。事前の準備、打合せ、これきちっとやればやるほど受け止め方は一言一言が突き刺さるようでございましたし、終わってからの総括も大事だなということをそのときに感じました。ひたすらこれは国会のスタッフ、国会職員、この力量と質に懸かっていると。この方々の研修がいかに大事かということも、お忙しい状況だそうですけど、やっぱり研修をしっかり、心構えとかそういうことも大事だなということを思いました。
私は、これ視察終わりまして、このペーパーの一部お配りしておりますけれども、こういう冊子に、百五十ページぐらいの冊子に、もうたまらない気持ちになって、これをやっぱり何かまとめないかぬなということでまとめたわけです。これを私、当時の参議院の議長でございました、今日お見えですけど、江田議長のところに、せっかく作ったから議長見てちょうだいと持っていったんですね。そうしたらもう高く評価していただいて、よくぞやってくれた言うて、それをもう御自分のブログにまで、今も残ってますけどね、私の写真付きで、一緒に写っているやつ、非常にそれはもう今も感謝申し上げておるわけでございます。
それに並んで、次の柱、もう時間あんまりございません、国会スタッフの役割の見直しです。
先ほどちょっと言いましたけれども、私が十八年間感じたのは、国会職員の、私は直接委員部の方とか調査室の方に関わるんですけれども、何かこう議員個人をサポートしているみたいなことが非常に中心になっている。ハウス、国政調査活動の一環としての委員会、それをサポートするのが国会職員であるという面が非常に自覚の面でもちょっと弱いんじゃないのかなということを感じました。議員立法も含めまして、もちろん議員立法も、会派とかいろいろ外に働きかけているんですけど、何か議員個人の、議員立法の名前も、議員というのはハウスの院じゃなくて、議員立法と言うぐらいですのでね。
だから、やっぱり国権の最高機関の職員ということよりも、霞が関よりも何か下みたいな雰囲気が、そんなことないのかも分かりません。そんなふうな文化というか、そういう意味が、戦前の影響か分かりません、残っているのと違うのかなと。そうじゃないと、国権の最高機関のスタッフなんだと、こういう自覚と、これは、御本人たちだけじゃなくて、議員の側にもそういうふうな自覚が大事かなというふうに思いました。
その原因の中に、私は、国会の法律に関係あるんじゃないかということで、これは私辞めてからでもちょっとだけ勉強したんだけど、国会法があると。国会法も、これもまともに私も読んでいなかったんですけど。それから、国会職員法というのがあると。こんなのもうあんまりよう知りませんでした。議院事務局法というのもあると。議院法制局法というのもあると。ここに目配りしてメスを入れて、きちっと、これでいいのかというようなこと、ここに何か問題があるからなかなか自覚できないのじゃないのかと。
特に私が気になったのは、国会職員の方々の身分保障はどうなっているのかなと。解雇とかそういう問題出てきたときに、それで考査委員会とかあるんですけど、これは人事院はもちろん霞が関とかやるんですけど、その後の公平性を保つためにそういう仕組みが極めて貧弱だと。身分保障がしっかりできていなかったら、張り合いも仕事するに当たってなくなっていくんじゃないのかなと。この仕組みは、是非私はこの調査会で御検討をいただけたらというふうに思います。現実、法制上は、議長とか議運を支えるのは国会職員ですからね。国会職員が国会職員の解雇とかそんなのを扱うとなると、本当の公正さは保てるのかというふうなことも感じたわけでございます。
最後に、もう時間ちょっとなくなってきたみたいですけど、この行政監視委員会のそもそもの歴史も、私、委員長になってしばらくしてちょっと感じまして、実はこれと同じような調査会から始まったと。調査会が一生懸命考えて、こういう行政監視は参議院の大事な組織だから、それを、役割を第二種の予算委員会と並ぶ第二種の委員会でつくってというふうに提言されて、それが議員立法につながって国会法を改正して、そしてできたのが、調査会からスタートしてできたのが行政監視委員会だと。その議員立法はここから、この調査会からスタートしたと。その最初の行政監視委員会ができていく調査会のメンバーだったのが、今日の武見会長もそうだったんですけど、当時の井上孝会長の下でそういうことをされて、そのときはもう霞が関の公務員の不祥事がいっぱい続いたこともあったんですけど、この行政監視委員会の方ができたと、鳴り物入りでと。十五年たつわけです。
私は、十五年間、またそのときはちょっと、特に異常だったかも分かりませんが、十五年間のそろそろ総括を、私は、行政監視の前に国会監視を調査会でやられたら、この統治機構に関わっていく、国会監視は誰がやるんだ、国民しかおらぬということになると、内部監査的に国会職員が、国会、ハウスが国会監察みたいなことをという発想も大事なんではないかなということも、行政監視委員会が調査会から始まったということをちょっと勉強しまして思った次第でございます。
ちょっと時間超過したようでございます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →国権の最高機関でございます参議院の国の統治機構に関する調査会に参考人としてお招きいただきまして、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
私は、二〇〇八年、平成二十年九月より約一年間、百七十国会から百七十二国会に当たっておりましたけれども、参議院行政監視委員会の委員長として尊い使命をいただきました。今も本当にこのことを感謝しております。初めに、その貴重な体験を述べさせていただきたいと思います。
本日のテーマは、先ほど会長からもございましたように、議院内閣制下での参議院の果たすべき役割と、これに少しでもお役に立てればと思っております。
行政監視委員会の運営、この現実は、もう張り切って委員長に就任させていただいたんですけれども、なかなかうまくいかなくて、非常に厳しいものでございました。委員会開催に向けまして懸命に私努力いたしましたけれども、理事懇の開催ができないと、こういう状況がございました。質疑はおろか視察も駄目と、こういう状態が続いておったわけでございます。そんな状況下で、その背景はねじれ国会における与野党対立の特殊事情、これがあったわけでございますけど、機能不全に陥ってしまっておりました。その突破口をどうするかということでいろいろ考えまして、それが視察であったわけでございます。
視察のペーパー、「視察の意義」というペーパーを作りまして、理事会でそれを確認いたしまして、理事会の了承の上で委員全員に配付させていただきました。(資料映写)それがお手元にもございますけれども、ちょっと前、見えづらいですけど、お手元にあるのと一緒ですけど、この「行政監視委員会「視察の意義」」と、こういうペーパーを作りまして、理事会で了承いただいて全員に配付したと、こういうことであったわけでございます。
もうやりきれない状況の中で知恵を出したのが委員長視察、委員長が視察すると。委員会の視察がなかなかうまくいかないので、委員長が視察するということでございました。非常手段であったわけでございます。
ただ、委員長視察というのは、委員会運営の下準備として非常に大義があると。前例もないことはないんですけど、でも少ないし、また苦肉の策、非常手段であったけれども、常時継続的監視としての行政監視委員会の使命を果たすことにつながると、このように自分で確信して、精力的に委員長視察に力を注ぎました。この手応えが驚くべきものでありまして、やってよかったなと私は思いましたんですけど。
お手元の配付資料の視察先一覧、これを見ていただきたいと思いますけど、ここにもいろいろありますねんけど、今日、ちょっと代表的というか、私が非常に、三十数か所行って特に激しく印象に残ったところを一つだけ。それは、この資料一覧の、これ二ページにわたっておりますけど、一番下の十二番、東京空港事務所管制保安部と、これは、だから、委員長二年目の四月に行っているんですけどね。
これ、何で衝撃を受けたかといいますと、羽田空港ですけど、国土交通省の現場組織ですけど、このラッシュ時、午前七時とか夕方の六時とか七時とか、この空の交通整理というのはもう大変だと。これ、管制官の、管制官というのは試験を受けて専門行政職になっているわけですけど、その交通整理が大変で、多言語、アラビア語とか英語とかフランス語だけでなく多言語に対応すると。で、ニアミスの恐怖。ラッシュですからニアミスの恐怖がもう常に付きまとうと。そんな状況を聞かさせていただきました。
特にお話聞きながら現場の管制官とも懇談させていただいて感じたのは、具体的な事件が起きたというか、平成十三年日航九〇七便ニアミス事故、これは裁判になりまして、平成十三年のニアミスの事故で、衝撃でその乗客がけがをするということがあって業務上過失致死罪に問われたと、管制官が問われたわけです。機長もいろいろ、受ける側の機長さんも捜査対象になったので、それはまあ結果的には特に問題ないという状況になって、二人の管制官が刑事裁判の対象になったと。これが、地裁は無罪、高裁が執行猶予付きの有罪と。最高裁で有罪が確定するわけです。これ平成二十年、七年間以上掛けた。そういうことでございました。
そのお話聞きながら、管制官個人の問題かといういろんな議論があって、国際空港組織としてはこういうのが犯罪になると大変だという見解も示したそうなんですけど、結果的には、この二人の具体的な人が執行猶予付きであったが、有罪判決受けたと。これ、空港全体のシステムに関わる問題じゃないのかと。個人の問題ですかと、これは。こういうことが問われたんですけど。
そのときに、私、話聞いて非常に心に残ったのは、裁判官も、結果的に影響与えたかどうか分かりませんけど、地裁の裁判官は現場に行って確認しているわけですね。高裁、最高裁は現場に行っていないと。そんなことも影響与えたか分かりません。だけど、現場に行くということがいかに大事かということ。
そして、組織上の、組織犯罪にはなりませんので、国家公務員上の問題とか、そういう問題になってくると上司が責任問われたりするんですけど、これは刑事事件で、個人二人、管制官二人のそういう罪が問われたと。こういうことが続くと、これは現場で管制官になり手がなくなるし、案の定、競争試験も希望者が減っていったという状況が当時はあったようですけど、この羽田の話は管制官の話。
私は、この話聞きながら、もう専門行政職としての管制官の俸給表も、専門職は専門職としての大変な御苦労もあるし、もちろん特勤手当も付いていたと思いますけど、その在り方も、俸給表もきちっと見直すべきじゃないかなというようなことも考えましたし、女性管制官も育児休業を取るのがもう大変なんですと。男女もちろん平等の世界、もうこれは非常に大事なことなんですけど、現実はそういう話なんかもございました。現場に行くこと大事だなということを感じたわけです。
あと、これ、上から六番目に国立感染症研究所というのがございます。これも物すごく大事な国立の、独立行政法人じゃない、一部独法に移行したのもありますけど、今も国立、直属の研究組織ですけどね。これが新宿区の町の真ん中にあるということは、周辺住民の理解がなかなか得られないと。P4と呼ばれる一番激しいウイルスに対応する施設もあるんですけど、これ、いまだに機能しないと、造ったんですけど。それは、住民の説得が物すごく大変だということです。感染症研究所の方々、もうこれは自分自身が感染するかどうかということも含めまして、これも専門性を持った専門職の方々の御苦労、これはもう行って初めて、私が初めて、私自身のことですけど、非常に感じました。
あと、この中に、宮内庁も行きまして、宮内庁も実際行ってみたら、こんな開かれた組織だったのかというようなことを、いろんな情報公開、市民の皆さんに、都民の皆さんに開くための御苦労もされておりましたが、それも行って分かったことでございます。
あと、防衛研究所も行きまして、貴重な戦前、戦中の資料もございました。
そんなことも通しまして、現場の重要性、視察から学びましたことを何点か申し上げます。
一つは、私は、視察ということが大事だということ。それで、行政監視委員会活動というのは、もちろん委員会開催して質疑するということも大事なんだけれども、質疑と並んで、私は質疑以上に大事なんじゃないかなと思ったのがこの視察でございました。行政監視活動というのは視察じゃないのかと、別の見方をすればというふうなことを物すごく感じました。
それからもう一つ、二番目は、国権の最高機関としての視察というのは現場の士気を高めると、現場で働いておる方々の士気を高めるんだなということを感じました。来られると嫌だなとか煙たいなとかいう、そんな人もいらっしゃったかも分かりませんけど、これを通して、よくぞ来てくれたと、これ知ってほしかったんだと、こういう張り合いみたいなものを、国権の最高機関もちゃんと見ているよということが現場の士気にもプラスの影響を与えるなということも感じました。
委員会の視察というのは、国政調査活動、憲法六十二条の国政調査活動そのものだと。議員個人も、今日お見えの皆さん方も現場に通われていると思うんですが、議員個人の視察と全然重みが違うなと。これ、行った先の受け止め方がこれほど違うかというぐらい。私は行政監視委員長という立場で行かせていただいた。行政監視委員長というのは常任委員会の委員長ですから、参議院の役員の中に入っておるわけですね。議長と並んで、常任委員会の委員長というのは重みがある。まして名前が行政監視と付いておると、その委員長が来るというようなことで、受け止める側は非常に重く受け止めてくれたと。行く先々でもう現場のトップの方が対応していただいたというのがそれに表れているかなと思ったんですけど、議員個人の視察のときと全然違うなと、これが国政調査活動かと。委員長個人だったんですけれども、委員会で行くとかそんなことがどれだけ重みがあるのかという、現場に与える、これは驚くべき体験でございました。ハウスの活動だということの自覚が大事だなと、党派を超えてと。山下個人ではなくて委員長視察ということで非常に現場も受け止めていただいたなということを実感いたしました。
この視察に当たって、私が、次のテーマというか、私、強調することにつながりますけれども、国会スタッフというのが大事だなと、国会職員です。この役割、この方々が私を必死でサポートしてくれましてね、委員会ができないこともありましたけど、調査室の方々、そして委員部の方々が一生懸命支えて、この方々抜きに視察はできなかったと思います。事前の準備、打合せ、これきちっとやればやるほど受け止め方は一言一言が突き刺さるようでございましたし、終わってからの総括も大事だなということをそのときに感じました。ひたすらこれは国会のスタッフ、国会職員、この力量と質に懸かっていると。この方々の研修がいかに大事かということも、お忙しい状況だそうですけど、やっぱり研修をしっかり、心構えとかそういうことも大事だなということを思いました。
私は、これ視察終わりまして、このペーパーの一部お配りしておりますけれども、こういう冊子に、百五十ページぐらいの冊子に、もうたまらない気持ちになって、これをやっぱり何かまとめないかぬなということでまとめたわけです。これを私、当時の参議院の議長でございました、今日お見えですけど、江田議長のところに、せっかく作ったから議長見てちょうだいと持っていったんですね。そうしたらもう高く評価していただいて、よくぞやってくれた言うて、それをもう御自分のブログにまで、今も残ってますけどね、私の写真付きで、一緒に写っているやつ、非常にそれはもう今も感謝申し上げておるわけでございます。
それに並んで、次の柱、もう時間あんまりございません、国会スタッフの役割の見直しです。
先ほどちょっと言いましたけれども、私が十八年間感じたのは、国会職員の、私は直接委員部の方とか調査室の方に関わるんですけれども、何かこう議員個人をサポートしているみたいなことが非常に中心になっている。ハウス、国政調査活動の一環としての委員会、それをサポートするのが国会職員であるという面が非常に自覚の面でもちょっと弱いんじゃないのかなということを感じました。議員立法も含めまして、もちろん議員立法も、会派とかいろいろ外に働きかけているんですけど、何か議員個人の、議員立法の名前も、議員というのはハウスの院じゃなくて、議員立法と言うぐらいですのでね。
だから、やっぱり国権の最高機関の職員ということよりも、霞が関よりも何か下みたいな雰囲気が、そんなことないのかも分かりません。そんなふうな文化というか、そういう意味が、戦前の影響か分かりません、残っているのと違うのかなと。そうじゃないと、国権の最高機関のスタッフなんだと、こういう自覚と、これは、御本人たちだけじゃなくて、議員の側にもそういうふうな自覚が大事かなというふうに思いました。
その原因の中に、私は、国会の法律に関係あるんじゃないかということで、これは私辞めてからでもちょっとだけ勉強したんだけど、国会法があると。国会法も、これもまともに私も読んでいなかったんですけど。それから、国会職員法というのがあると。こんなのもうあんまりよう知りませんでした。議院事務局法というのもあると。議院法制局法というのもあると。ここに目配りしてメスを入れて、きちっと、これでいいのかというようなこと、ここに何か問題があるからなかなか自覚できないのじゃないのかと。
特に私が気になったのは、国会職員の方々の身分保障はどうなっているのかなと。解雇とかそういう問題出てきたときに、それで考査委員会とかあるんですけど、これは人事院はもちろん霞が関とかやるんですけど、その後の公平性を保つためにそういう仕組みが極めて貧弱だと。身分保障がしっかりできていなかったら、張り合いも仕事するに当たってなくなっていくんじゃないのかなと。この仕組みは、是非私はこの調査会で御検討をいただけたらというふうに思います。現実、法制上は、議長とか議運を支えるのは国会職員ですからね。国会職員が国会職員の解雇とかそんなのを扱うとなると、本当の公正さは保てるのかというふうなことも感じたわけでございます。
最後に、もう時間ちょっとなくなってきたみたいですけど、この行政監視委員会のそもそもの歴史も、私、委員長になってしばらくしてちょっと感じまして、実はこれと同じような調査会から始まったと。調査会が一生懸命考えて、こういう行政監視は参議院の大事な組織だから、それを、役割を第二種の予算委員会と並ぶ第二種の委員会でつくってというふうに提言されて、それが議員立法につながって国会法を改正して、そしてできたのが、調査会からスタートしてできたのが行政監視委員会だと。その議員立法はここから、この調査会からスタートしたと。その最初の行政監視委員会ができていく調査会のメンバーだったのが、今日の武見会長もそうだったんですけど、当時の井上孝会長の下でそういうことをされて、そのときはもう霞が関の公務員の不祥事がいっぱい続いたこともあったんですけど、この行政監視委員会の方ができたと、鳴り物入りでと。十五年たつわけです。
私は、十五年間、またそのときはちょっと、特に異常だったかも分かりませんが、十五年間のそろそろ総括を、私は、行政監視の前に国会監視を調査会でやられたら、この統治機構に関わっていく、国会監視は誰がやるんだ、国民しかおらぬということになると、内部監査的に国会職員が、国会、ハウスが国会監察みたいなことをという発想も大事なんではないかなということも、行政監視委員会が調査会から始まったということをちょっと勉強しまして思った次第でございます。
ちょっと時間超過したようでございます。
ありがとうございました。
武
高
高安健将#5
○参考人(高安健将君) 成蹊大学の高安でございます。よろしくお願いいたします。
本日は、大変に名誉ある参考人の役割をお申し付けくださりありがとうございました。大変に光栄なことと思っております。
本日頂戴しましたお題は、議院内閣制下での参議院の果たすべき役割ということでございました。お手元に四ページから成りますレジュメをお配りしております。こちらを御覧になりながらお聞きいただければというふうに思います。
まず初めに考えなければならないことは、日本は議院内閣制なのかどうかということでございます。
議院内閣制というのは、そもそもは執政権力、つまり内閣がその存在を議会の信任に依存するシステムでございます。この意味というのは、一つの政治勢力が議会権力と執政権力の両方を掌握することで成立すると、それゆえに議会が内閣を信任するということが成立するということであります。この場合の一つの政治勢力というのは、日本の場合には単独ないし複数の政党ということだろうかと思います。
議院内閣制が示す一つの特徴といたしましては、パターン分けができるわけですけれども、非常に重要な政権党、あるいはその政権党の連合内の権力構造が分権的あるいは遠心的であれば、受動的、調整型の指導者がつくり出される、集権的であれば、強力な指導者、権力核をつくり出す傾向があるということでございます。
日本について見てまいりますと、執政権力、つまり首相と内閣と、議会権力の中でも衆議院、これは確かに融合をしていると。首相と内閣は衆議院の意思によって選任され、罷免されると。バランスを取るという意味で、内閣の持つ解散権も衆議院に対して持たれているということで、この両者の間では議院内閣制が成立をしている。民主的な正当性という観点からすれば、衆議院、首相・内閣というのは一つのグループというふうにみなすことができるということであります。
それでは、参議院と首相・内閣はどういう関係にあるのかということですが、首相・内閣は確かに衆参両院と解すべき国会に対しては連帯して責任を負うということになっているわけですが、参議院は首相あるいは内閣の選任と罷免ということには実質的には関与しておりませんで、これは衆議院によって担われるということでございます。
参議院と首相・内閣、衆議院と、これは、この両者というのは別個の民意によって成立した独立の存在ということでございます。権限ということではありませんで、民意を代表する機関という観点からいたしますと、この二つのグループは全く対等ということであります。ただし、半数改選という決まり事がありますので、参議院が直近の民意を主張するということはできないと。これは、選挙で選ばれたそのグループの人たちについては言えるけれども、院全体としては直近の民意というような表現の仕方はできないということでございます。
続きまして、レジュメ二ページ目でございますが、このように衆参で首相・内閣との関係が異なるというわけですけれども、にもかかわらず、日本は議院内閣制というふうに呼び得るのかということなのですが、この問題を考えるにはどうやら場合分けが必要なのだろうということであります。
一つは、衆参両院の多数派を同じ政党、政権党ということになりますが、複数であっても構いません、その政党が掌握をする場合。この場合には、権力的に最も重要になるのはこの政権党あるいは政権党の連合ということになります。首相・内閣の在り方を規定するのは政権党のガバナンスの問題ということです。院と院の関係というよりは、政党こそが最重要ということになります。自民党の長期政権下では、二院制の問題というのは自民党内のガバナンスの問題、九〇年代以降でいえば、自民党プラス連立パートナーのガバナンスの問題として処理をされてきたということでございます。二〇〇九年からは民主党が政権党ということになりますが、期間的には自民党が長いので、このような表現となっております。
つまり、日本の政治運営システムというのは、衆参の多数派を同じ政党が掌握している場合には議院内閣制と同様に機能した。つまり、首相・内閣と政権党の関係が政治運営の中心であったということであります。
他方で、衆議院の多数派が参議院の過半数を確保できない状態、つまりねじれ国会の場合には、首相・内閣、衆議院という一つのグループと別に参議院が並立をするということが注目をされたわけであります。この状況というのは、政治学的には権力分立制と解すべき状況なのだろうというふうに思われるわけです。
こうして見ますと、日本の政治運営システムの性格は、衆参の多数派の構成次第で変異すると、変わるということなんだろうと考えられます。つまり、議院内閣制と権力分立制の間を行き来するということであります。
それでは、そもそも議院内閣制と権力分立制というのはシステムとしてどういう含意があるのかということについてお話をさせていただきます。
まず、議院内閣制でございます。これは先ほどから申しておりますように、議会権力と執政権力が融合すると、そして、その権力の担い手というのが政党、政権党であるということであります。政党、政権党あるいは政権党の連合である。このことが意味しているのは、総選挙と総選挙の間の一定期間、権力というのはこの政権党と、それが選出をしている政治指導者に委ねられるシステムなのだということであります。政権党に対する拘束というのは、総選挙と党自身ということになります。党首の下に集権化をしている政権党の場合であれば、極めて強力な執政権力を総選挙と総選挙の間の期間つくり出すことができるということになります。これが一般的な議院内閣制のイメージで、イギリス型の議院内閣制のイメージと言われますけれども、効率的な政治運営を可能にしている仕組みでございます。
この場合、野党、官僚制、マスメディアというのは、非公式の拘束力のない制約をこの大きな権力に対して課すのみであります。そこで、問われるのは、議論の正当性であったり、あるいは政権党内の勢力と連動することによって拘束力を発揮するということはありますが、野党、官僚制、マスメディアが、あるいは、裁判所はちょっと違うかもしれませんが、決定的なコントロールを行う主体にはなり得ないということであります。こうした特徴が何を意味するのかと申しますと、政権党あるいは政治指導者が総選挙と総選挙の間、独走、暴走するという意図があれば、党内からの拘束がない限り可能なのだということでありまして、システムが維持されていくためには、こうした政権党あるいは政治指導者の自己抑制が必要になってくる。これによって初めてシステムが成立するということになります。
それでは、どうしてこういう大きな権力を、コントロールの仕組みが必ずしも明確でないにもかかわらず、政権党と政治指導者に委ねているのかといいますと、そこには一つの前提条件があるのだろうと思われます。議院内閣制というのは、政治指導者への信頼と、大きくおかしなことはしないだろうという前提があって初めて成立するということであります。この信頼の根拠というのは、少し時代を遡れば、エリートへの敬意であったり民意の把握、集約を政党が上手にできている、あるいは、政治システム内のイデオロギー的な幅が比較的小さいので、どちらの政党が、イギリスの場合でいえばどちらの政党が、日本でいえばいずれの政党が政権を担当したとしてもおかしなことにはならないだろうと、そういう信頼の根拠があったわけであります。が、しかし、今日の社会というのは、政治不信が非常に強いわけでございます。といたしますと、とりわけ集権的な議院内閣制の正当性はどこにあるのかという問題が生じることになります。
続きまして、レジュメの三ページ目でございます。
権力分立制ということについて次にお話をしたいと思います。この権力分立制というのは余りなじみのない言葉かもしれませんが、マクロの政治運営システム、いわゆる統治構造というところでいうと、大きくは議院内閣制と権力分立制に分かれると、そしてその間にバリエーションがあるという格好になっていますので、一つの典型的なマクロの政治運営のシステムということになりますが、これはどういうシステムかと。
アメリカの政治というのを想像していただければ分かりやすいかと思いますが、議会というものを二つの院にばらばらにすると。議会とエグゼクティブ、執政というのもばらばらにすると。司法も独立性を強める。中央集権というのは避けて、連邦と中央、それぞれ独立の存在としてみなすと。あるいは州や地方というものの独立性を高めると。こういう形で、権力の核をつくらずにばらばらに分解しようとする、それが権力分立制というシステムであります。こうすることによって政治への多様なアクセスポイントができるというのがそのシステムの特徴であります。この多様なアクセスポイントが相互に均衡と抑制をし合うことによって、一つの政治勢力が、あるいは機関が暴走しないようにするということで、相互拒否権をお互いに持つという仕組みでございます。
なぜこのようなシステムが求められるのかと。長く日本の政治改革運動では権力核をつくることが重視をされてまいりましたが、これは全く違うシステムなわけです。なぜこういうことになっているのかと。その背景には、権力の担い手に対する徹底的な不信感というものがあるということであります。一つの政治勢力が何かをやりたいと思ったからといって、それがすっとストレートに実現できる仕組みではないと。他の勢力から反対をされれば、妥協、調整、譲歩をしなければならないと。まさに、それこそが特徴であるシステムということになります。必然的に権力分立制はスローポリティクスを含意しています。言い方を変えれば、国内政策では変化よりも現状維持、ステータスクオ指向であるということが指摘できようかと思います。
昨年来のアメリカの状況を見ましても分かるとおり、制度として機関間の調整をどこかがやるという仕組みになっていませんので、デッドロックの危険というのもあります。でありますから、妥協、調整、譲歩をできる成熟をした自由民主主義国でなければ危険なシステムとも言えます。大統領が強くなり過ぎると独裁や権威主義体制化をすると、議会が強くなり過ぎればシステムが破綻をするということで、旧ソ連地域などで見られるような現象というのはこういうことと関連をしていようかと思います。
このように、議院内閣制と権力分立制というのは相互に異なる特徴を持っているわけであります。日本の場合、参議院の多数派の性格によってその政治システムが全く違う特徴を示すようになる。衆議院の多数派と同じ政治勢力が参議院でも、衆参の多数派が同じ、そろっている場合には議院内閣制の特徴を示し、異なる場合には権力分立制のシステムの特徴を示すようになると、そういう状況にあるわけでありますが、こうした中で参議院の意義というのはどういうところにあるのかと。
四点にまとめてあります。
まず第一でありますが、議院内閣制であれ、権力分立制であれ、今日、政党が民意把握能力を低下させております中で、政治へのアクセスポイントが多いということはそれ自体として望ましいことであります。衆議院の選挙制度の効果もありまして、近年は一党に偏った議員構成となる場合も多いわけでありまして、民意の表出には衆議院のみでは限界があるということであります。
第二に、今日明らかに政治不信の時代という状況の中にありまして、政治指導者が選挙で全権を委ねられたと考えることはできないのであります。
例えば、政権交代があって、十年のスパンで様々な有権者の支持する政党がそれぞれ政権を担当するということになれば、これは有権者にとってはフェアな状況と言えますけれども、そういう状況にはなかなかないと。政権を担当する政党が五〇%の支持を得ていたとしても、残りの五〇%はそこに参加をしていないということになるわけでありますから、政権としては本来的にはやはり自制をしなければならないと。しかし、集権的なシステムである場合にはなかなかそのようにはうまくいかないわけであります。そうした中で、参議院が担う権力分立制的なコントロールというのは大変に重要なのであろうというふうに考えられます。
第三に、政権党が党首の下に集権化している場合、執政権力に対する党内のコントロールあるいは利益の表出と集約というのはどうしても不十分になります。衆参の多数派が同じ政党の場合でも、参議院議員の先生方というのは参議院という独立の院に基づいて党内でも独自の力を発揮することができると期待をされます。
こう見てまいりますと、参議院というものの存在はスローポリティクスの担い手なのだというふうにも考えることができます。衆議院と同じように振る舞うという必要は全くないということです。集権的な議院内閣制の効率的な政治運営、これはこれで良い側面を持っているわけですけれども、問題を持っているということもあると、その問題解決に参議院がなれるということであります。もちろん、衆議院の多数派が効率的な政治運営を目指してそのような政治運営に賛同する議員を参議院で満たせば、両院でそのような政治を実現することもできます。つまり、効率的な政治運営を行うことも、それはそれで可能ということになります。実は柔軟な仕組みというふうに言うことができようかと思います。
そして第四に、任期の安定性というものを生かした政治指導者の育成ということも大変に重要であろうと考えられます。
最後に、四枚目、レジュメ四枚目に参りたいと思います。
ただし、参議院の在り方に問題がないわけではありません。ここでは二点に絞ってお話をさせていただきます。
第一に、執政権力を不安定化させる問責決議プラス審議拒否の問題でございます。
参議院とこれに対峙する首相・内閣、衆議院と、これは別個の独立の存在ということを申し上げましたが、両者の間には妥協、調整、譲歩がどうしても必要になります。しかし、今日の状況を見てみますと、今日といいますか少し前の状況を見てみますと、執政権力がその調整が行われる前に崩壊してしまうと。なぜなのかと。必ずしもこの問責決議だけのせいではありませんが、これも重要な理由の一つとなっています。実質的に選任をする権限を持たないにもかかわらず、参議院が実質的に罷免する権限を持つようになってしまっていると。これは、システムとしてはやはり不安定化を招く極めて危険な制度の運用というふうに言わざるを得ないと思います。
参議院は政策を止めたり修正したり廃案にする役割は制度的に期待をされていますが、独立別個の民意を体現する首相・内閣、衆議院の存在を否定してよいのかということは検討されなければならないと思います。
第二に、選挙制度の問題でございます。
参議院が全体としてどのような民意を代表しているのかが現在の状況ではやはり制度的に曖昧と言わざるを得ない。独自に持っているはずの民主的正当性がいかなる正当性なのかがクリアにならない限り、参議院のアイデンティティーや役割というのも対内的、対外的に十分に示すことができないのではないかということが危惧をされます。
参議院の選挙制度というのは、最近特に強調されるところですが、衆議院の選挙制度とセットで考えられなければならないと。非常にざっくりと申し上げますと、衆議院がもう多数代表的になっている場面で、参議院も同じように多数代表とするのか、それとも比例代表とするのか。いろいろな選挙制度は細かくはあると思いますが、大きく言えばこういうパターンになるわけであります。多数代表バーサス多数代表という場合には二つのパターンが政権の在り方として考えられようと思います。衆参を一つの政治勢力が掌握する場合、この場合には巨大与党が出現すると。第二のパターンは、衆議院の多数派が参議院の過半数を掌握できない、この場合には連立政権で参議院を何とか協力するように持っていくか、若しくはねじれ国会となると。多数代表と比例代表という組合せの場合で申しますと、これは恒常的な連立政権ということになろうかと思います。
選挙制度の在り方によって権力がどうつくられるのかというものが決定的に変わり得るということになります。ちなみに、このお話というのは、時間の関係で省きますが、同日選挙ということを想定しております。
以上のように、日本の政治運営における権力の創出とコントロールのメカニズムの中で参議院が果たす役割は決定的に重要であります。
少し時間を超過いたしましたが、私の方からは以上でございます。
この発言だけを見る →本日は、大変に名誉ある参考人の役割をお申し付けくださりありがとうございました。大変に光栄なことと思っております。
本日頂戴しましたお題は、議院内閣制下での参議院の果たすべき役割ということでございました。お手元に四ページから成りますレジュメをお配りしております。こちらを御覧になりながらお聞きいただければというふうに思います。
まず初めに考えなければならないことは、日本は議院内閣制なのかどうかということでございます。
議院内閣制というのは、そもそもは執政権力、つまり内閣がその存在を議会の信任に依存するシステムでございます。この意味というのは、一つの政治勢力が議会権力と執政権力の両方を掌握することで成立すると、それゆえに議会が内閣を信任するということが成立するということであります。この場合の一つの政治勢力というのは、日本の場合には単独ないし複数の政党ということだろうかと思います。
議院内閣制が示す一つの特徴といたしましては、パターン分けができるわけですけれども、非常に重要な政権党、あるいはその政権党の連合内の権力構造が分権的あるいは遠心的であれば、受動的、調整型の指導者がつくり出される、集権的であれば、強力な指導者、権力核をつくり出す傾向があるということでございます。
日本について見てまいりますと、執政権力、つまり首相と内閣と、議会権力の中でも衆議院、これは確かに融合をしていると。首相と内閣は衆議院の意思によって選任され、罷免されると。バランスを取るという意味で、内閣の持つ解散権も衆議院に対して持たれているということで、この両者の間では議院内閣制が成立をしている。民主的な正当性という観点からすれば、衆議院、首相・内閣というのは一つのグループというふうにみなすことができるということであります。
それでは、参議院と首相・内閣はどういう関係にあるのかということですが、首相・内閣は確かに衆参両院と解すべき国会に対しては連帯して責任を負うということになっているわけですが、参議院は首相あるいは内閣の選任と罷免ということには実質的には関与しておりませんで、これは衆議院によって担われるということでございます。
参議院と首相・内閣、衆議院と、これは、この両者というのは別個の民意によって成立した独立の存在ということでございます。権限ということではありませんで、民意を代表する機関という観点からいたしますと、この二つのグループは全く対等ということであります。ただし、半数改選という決まり事がありますので、参議院が直近の民意を主張するということはできないと。これは、選挙で選ばれたそのグループの人たちについては言えるけれども、院全体としては直近の民意というような表現の仕方はできないということでございます。
続きまして、レジュメ二ページ目でございますが、このように衆参で首相・内閣との関係が異なるというわけですけれども、にもかかわらず、日本は議院内閣制というふうに呼び得るのかということなのですが、この問題を考えるにはどうやら場合分けが必要なのだろうということであります。
一つは、衆参両院の多数派を同じ政党、政権党ということになりますが、複数であっても構いません、その政党が掌握をする場合。この場合には、権力的に最も重要になるのはこの政権党あるいは政権党の連合ということになります。首相・内閣の在り方を規定するのは政権党のガバナンスの問題ということです。院と院の関係というよりは、政党こそが最重要ということになります。自民党の長期政権下では、二院制の問題というのは自民党内のガバナンスの問題、九〇年代以降でいえば、自民党プラス連立パートナーのガバナンスの問題として処理をされてきたということでございます。二〇〇九年からは民主党が政権党ということになりますが、期間的には自民党が長いので、このような表現となっております。
つまり、日本の政治運営システムというのは、衆参の多数派を同じ政党が掌握している場合には議院内閣制と同様に機能した。つまり、首相・内閣と政権党の関係が政治運営の中心であったということであります。
他方で、衆議院の多数派が参議院の過半数を確保できない状態、つまりねじれ国会の場合には、首相・内閣、衆議院という一つのグループと別に参議院が並立をするということが注目をされたわけであります。この状況というのは、政治学的には権力分立制と解すべき状況なのだろうというふうに思われるわけです。
こうして見ますと、日本の政治運営システムの性格は、衆参の多数派の構成次第で変異すると、変わるということなんだろうと考えられます。つまり、議院内閣制と権力分立制の間を行き来するということであります。
それでは、そもそも議院内閣制と権力分立制というのはシステムとしてどういう含意があるのかということについてお話をさせていただきます。
まず、議院内閣制でございます。これは先ほどから申しておりますように、議会権力と執政権力が融合すると、そして、その権力の担い手というのが政党、政権党であるということであります。政党、政権党あるいは政権党の連合である。このことが意味しているのは、総選挙と総選挙の間の一定期間、権力というのはこの政権党と、それが選出をしている政治指導者に委ねられるシステムなのだということであります。政権党に対する拘束というのは、総選挙と党自身ということになります。党首の下に集権化をしている政権党の場合であれば、極めて強力な執政権力を総選挙と総選挙の間の期間つくり出すことができるということになります。これが一般的な議院内閣制のイメージで、イギリス型の議院内閣制のイメージと言われますけれども、効率的な政治運営を可能にしている仕組みでございます。
この場合、野党、官僚制、マスメディアというのは、非公式の拘束力のない制約をこの大きな権力に対して課すのみであります。そこで、問われるのは、議論の正当性であったり、あるいは政権党内の勢力と連動することによって拘束力を発揮するということはありますが、野党、官僚制、マスメディアが、あるいは、裁判所はちょっと違うかもしれませんが、決定的なコントロールを行う主体にはなり得ないということであります。こうした特徴が何を意味するのかと申しますと、政権党あるいは政治指導者が総選挙と総選挙の間、独走、暴走するという意図があれば、党内からの拘束がない限り可能なのだということでありまして、システムが維持されていくためには、こうした政権党あるいは政治指導者の自己抑制が必要になってくる。これによって初めてシステムが成立するということになります。
それでは、どうしてこういう大きな権力を、コントロールの仕組みが必ずしも明確でないにもかかわらず、政権党と政治指導者に委ねているのかといいますと、そこには一つの前提条件があるのだろうと思われます。議院内閣制というのは、政治指導者への信頼と、大きくおかしなことはしないだろうという前提があって初めて成立するということであります。この信頼の根拠というのは、少し時代を遡れば、エリートへの敬意であったり民意の把握、集約を政党が上手にできている、あるいは、政治システム内のイデオロギー的な幅が比較的小さいので、どちらの政党が、イギリスの場合でいえばどちらの政党が、日本でいえばいずれの政党が政権を担当したとしてもおかしなことにはならないだろうと、そういう信頼の根拠があったわけであります。が、しかし、今日の社会というのは、政治不信が非常に強いわけでございます。といたしますと、とりわけ集権的な議院内閣制の正当性はどこにあるのかという問題が生じることになります。
続きまして、レジュメの三ページ目でございます。
権力分立制ということについて次にお話をしたいと思います。この権力分立制というのは余りなじみのない言葉かもしれませんが、マクロの政治運営システム、いわゆる統治構造というところでいうと、大きくは議院内閣制と権力分立制に分かれると、そしてその間にバリエーションがあるという格好になっていますので、一つの典型的なマクロの政治運営のシステムということになりますが、これはどういうシステムかと。
アメリカの政治というのを想像していただければ分かりやすいかと思いますが、議会というものを二つの院にばらばらにすると。議会とエグゼクティブ、執政というのもばらばらにすると。司法も独立性を強める。中央集権というのは避けて、連邦と中央、それぞれ独立の存在としてみなすと。あるいは州や地方というものの独立性を高めると。こういう形で、権力の核をつくらずにばらばらに分解しようとする、それが権力分立制というシステムであります。こうすることによって政治への多様なアクセスポイントができるというのがそのシステムの特徴であります。この多様なアクセスポイントが相互に均衡と抑制をし合うことによって、一つの政治勢力が、あるいは機関が暴走しないようにするということで、相互拒否権をお互いに持つという仕組みでございます。
なぜこのようなシステムが求められるのかと。長く日本の政治改革運動では権力核をつくることが重視をされてまいりましたが、これは全く違うシステムなわけです。なぜこういうことになっているのかと。その背景には、権力の担い手に対する徹底的な不信感というものがあるということであります。一つの政治勢力が何かをやりたいと思ったからといって、それがすっとストレートに実現できる仕組みではないと。他の勢力から反対をされれば、妥協、調整、譲歩をしなければならないと。まさに、それこそが特徴であるシステムということになります。必然的に権力分立制はスローポリティクスを含意しています。言い方を変えれば、国内政策では変化よりも現状維持、ステータスクオ指向であるということが指摘できようかと思います。
昨年来のアメリカの状況を見ましても分かるとおり、制度として機関間の調整をどこかがやるという仕組みになっていませんので、デッドロックの危険というのもあります。でありますから、妥協、調整、譲歩をできる成熟をした自由民主主義国でなければ危険なシステムとも言えます。大統領が強くなり過ぎると独裁や権威主義体制化をすると、議会が強くなり過ぎればシステムが破綻をするということで、旧ソ連地域などで見られるような現象というのはこういうことと関連をしていようかと思います。
このように、議院内閣制と権力分立制というのは相互に異なる特徴を持っているわけであります。日本の場合、参議院の多数派の性格によってその政治システムが全く違う特徴を示すようになる。衆議院の多数派と同じ政治勢力が参議院でも、衆参の多数派が同じ、そろっている場合には議院内閣制の特徴を示し、異なる場合には権力分立制のシステムの特徴を示すようになると、そういう状況にあるわけでありますが、こうした中で参議院の意義というのはどういうところにあるのかと。
四点にまとめてあります。
まず第一でありますが、議院内閣制であれ、権力分立制であれ、今日、政党が民意把握能力を低下させております中で、政治へのアクセスポイントが多いということはそれ自体として望ましいことであります。衆議院の選挙制度の効果もありまして、近年は一党に偏った議員構成となる場合も多いわけでありまして、民意の表出には衆議院のみでは限界があるということであります。
第二に、今日明らかに政治不信の時代という状況の中にありまして、政治指導者が選挙で全権を委ねられたと考えることはできないのであります。
例えば、政権交代があって、十年のスパンで様々な有権者の支持する政党がそれぞれ政権を担当するということになれば、これは有権者にとってはフェアな状況と言えますけれども、そういう状況にはなかなかないと。政権を担当する政党が五〇%の支持を得ていたとしても、残りの五〇%はそこに参加をしていないということになるわけでありますから、政権としては本来的にはやはり自制をしなければならないと。しかし、集権的なシステムである場合にはなかなかそのようにはうまくいかないわけであります。そうした中で、参議院が担う権力分立制的なコントロールというのは大変に重要なのであろうというふうに考えられます。
第三に、政権党が党首の下に集権化している場合、執政権力に対する党内のコントロールあるいは利益の表出と集約というのはどうしても不十分になります。衆参の多数派が同じ政党の場合でも、参議院議員の先生方というのは参議院という独立の院に基づいて党内でも独自の力を発揮することができると期待をされます。
こう見てまいりますと、参議院というものの存在はスローポリティクスの担い手なのだというふうにも考えることができます。衆議院と同じように振る舞うという必要は全くないということです。集権的な議院内閣制の効率的な政治運営、これはこれで良い側面を持っているわけですけれども、問題を持っているということもあると、その問題解決に参議院がなれるということであります。もちろん、衆議院の多数派が効率的な政治運営を目指してそのような政治運営に賛同する議員を参議院で満たせば、両院でそのような政治を実現することもできます。つまり、効率的な政治運営を行うことも、それはそれで可能ということになります。実は柔軟な仕組みというふうに言うことができようかと思います。
そして第四に、任期の安定性というものを生かした政治指導者の育成ということも大変に重要であろうと考えられます。
最後に、四枚目、レジュメ四枚目に参りたいと思います。
ただし、参議院の在り方に問題がないわけではありません。ここでは二点に絞ってお話をさせていただきます。
第一に、執政権力を不安定化させる問責決議プラス審議拒否の問題でございます。
参議院とこれに対峙する首相・内閣、衆議院と、これは別個の独立の存在ということを申し上げましたが、両者の間には妥協、調整、譲歩がどうしても必要になります。しかし、今日の状況を見てみますと、今日といいますか少し前の状況を見てみますと、執政権力がその調整が行われる前に崩壊してしまうと。なぜなのかと。必ずしもこの問責決議だけのせいではありませんが、これも重要な理由の一つとなっています。実質的に選任をする権限を持たないにもかかわらず、参議院が実質的に罷免する権限を持つようになってしまっていると。これは、システムとしてはやはり不安定化を招く極めて危険な制度の運用というふうに言わざるを得ないと思います。
参議院は政策を止めたり修正したり廃案にする役割は制度的に期待をされていますが、独立別個の民意を体現する首相・内閣、衆議院の存在を否定してよいのかということは検討されなければならないと思います。
第二に、選挙制度の問題でございます。
参議院が全体としてどのような民意を代表しているのかが現在の状況ではやはり制度的に曖昧と言わざるを得ない。独自に持っているはずの民主的正当性がいかなる正当性なのかがクリアにならない限り、参議院のアイデンティティーや役割というのも対内的、対外的に十分に示すことができないのではないかということが危惧をされます。
参議院の選挙制度というのは、最近特に強調されるところですが、衆議院の選挙制度とセットで考えられなければならないと。非常にざっくりと申し上げますと、衆議院がもう多数代表的になっている場面で、参議院も同じように多数代表とするのか、それとも比例代表とするのか。いろいろな選挙制度は細かくはあると思いますが、大きく言えばこういうパターンになるわけであります。多数代表バーサス多数代表という場合には二つのパターンが政権の在り方として考えられようと思います。衆参を一つの政治勢力が掌握する場合、この場合には巨大与党が出現すると。第二のパターンは、衆議院の多数派が参議院の過半数を掌握できない、この場合には連立政権で参議院を何とか協力するように持っていくか、若しくはねじれ国会となると。多数代表と比例代表という組合せの場合で申しますと、これは恒常的な連立政権ということになろうかと思います。
選挙制度の在り方によって権力がどうつくられるのかというものが決定的に変わり得るということになります。ちなみに、このお話というのは、時間の関係で省きますが、同日選挙ということを想定しております。
以上のように、日本の政治運営における権力の創出とコントロールのメカニズムの中で参議院が果たす役割は決定的に重要であります。
少し時間を超過いたしましたが、私の方からは以上でございます。
武
武見敬三#6
○会長(武見敬三君) ありがとうございました。
以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いをいたします。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いをいたします。
なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内となるよう御協力をお願いいたします。
それでは、質疑のある方は挙手を願います。
岡田直樹君。
この発言だけを見る →以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いをいたします。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくようお願いをいたします。
なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内となるよう御協力をお願いいたします。
それでは、質疑のある方は挙手を願います。
岡田直樹君。
岡
岡田直樹#7
○岡田直樹君 自民党の岡田直樹と申します。
本日は、山下先生、高安先生、大変示唆に富むお話を賜り、誠にありがとうございます。お礼を申し上げたいと思います。
最初に、山下先生にお伺いをしたいと存じます。
山下先生とは、参議院で、しかも議院運営委員会という、まさにねじれ国会の影響の直撃を受けたところで共に理事を務めさせていただいた経験を私は持っておりまして、平成十九年であったと思いますけれども、当時の安倍政権が参議院選挙に敗北をして第一次ねじれ国会が出現をし、自公連立与党は参議院で少数与党に転落、与野党の対立が非常に激化をして我々議運でも苦心惨たんをした中で、この二院制の在り方というものを探るべくドイツにまで行って、山下先生と、あのドイツの連邦参議院というのは、非常にドイツの国会といいますか、日本の衆議院に当たる下院とは違った役割を果たしておると、そういうところを共に勉強させていただいた、そんな経験も懐かしく思い出すわけでございます。
そして、先ほど山下先生からお話がありましたとおり、先生がねじれ国会の中で苦肉の策として委員長視察ということを本当に熱心になさっておられたということを当時から注目をしていたわけでありますけれども、今日改めて深い感銘を受けたわけであります。
ただし、苦肉の策であったと思います。本来ならば、やはり委員会が開かれて質疑を行い、そして委員会で視察が行われることが正常な姿であろうと思います。今ねじれ国会でなくなったわけでありますけれども、将来またねじれるかもしれませんし、また政権交代が起こるかもしれない。そういうどんな状況の下でもこの行政監視委員会というものが正常に機能をするということは、党派を超えて参議院のために大変重要なことだと思うんです。
先ほども先生から衆議院とは違うというお話がありました。衆議院では決算行政監視委員会ということに一くくりになっておりますけれども、参議院では独立した行政監視委員会ということで、この行政監視ということが大変大きな使命になっておる。このことをどういう政治状況の中でも機能させていくためには何が必要であろうか。与野党を超えて常に正常に機能する仕組みをつくっておくべきではないかというふうに私は思うんですけれども、この点について、まず山下先生のお考えがございましたら、お伺いをしたいと思います。
この発言だけを見る →本日は、山下先生、高安先生、大変示唆に富むお話を賜り、誠にありがとうございます。お礼を申し上げたいと思います。
最初に、山下先生にお伺いをしたいと存じます。
山下先生とは、参議院で、しかも議院運営委員会という、まさにねじれ国会の影響の直撃を受けたところで共に理事を務めさせていただいた経験を私は持っておりまして、平成十九年であったと思いますけれども、当時の安倍政権が参議院選挙に敗北をして第一次ねじれ国会が出現をし、自公連立与党は参議院で少数与党に転落、与野党の対立が非常に激化をして我々議運でも苦心惨たんをした中で、この二院制の在り方というものを探るべくドイツにまで行って、山下先生と、あのドイツの連邦参議院というのは、非常にドイツの国会といいますか、日本の衆議院に当たる下院とは違った役割を果たしておると、そういうところを共に勉強させていただいた、そんな経験も懐かしく思い出すわけでございます。
そして、先ほど山下先生からお話がありましたとおり、先生がねじれ国会の中で苦肉の策として委員長視察ということを本当に熱心になさっておられたということを当時から注目をしていたわけでありますけれども、今日改めて深い感銘を受けたわけであります。
ただし、苦肉の策であったと思います。本来ならば、やはり委員会が開かれて質疑を行い、そして委員会で視察が行われることが正常な姿であろうと思います。今ねじれ国会でなくなったわけでありますけれども、将来またねじれるかもしれませんし、また政権交代が起こるかもしれない。そういうどんな状況の下でもこの行政監視委員会というものが正常に機能をするということは、党派を超えて参議院のために大変重要なことだと思うんです。
先ほども先生から衆議院とは違うというお話がありました。衆議院では決算行政監視委員会ということに一くくりになっておりますけれども、参議院では独立した行政監視委員会ということで、この行政監視ということが大変大きな使命になっておる。このことをどういう政治状況の中でも機能させていくためには何が必要であろうか。与野党を超えて常に正常に機能する仕組みをつくっておくべきではないかというふうに私は思うんですけれども、この点について、まず山下先生のお考えがございましたら、お伺いをしたいと思います。
山
山下栄一#8
○参考人(山下栄一君) ありがとうございます。
今、岡田理事がおっしゃった何かいい案はあるのかという、激しく与野党対立し、会派対立している、政権党とそうでないところ対立している状況の中で、党派を超えて行政監視はできるかと、これは物すごい難しいことだと私は思います。
それは、議員の任期が六年、長い方なんですけど六年で切られてしまう、その中で勝負せないかぬというようなことは非常に難しいなと、理屈では分かっていてもと。こういう、また会派、政党で動く場合に、そういうことを理事会で合意できるかということは物すごい難しいなと思いますので。
先ほどちょっと私申し上げましたけど、行政監視委員会というのは鳴り物入りで気合十分で始まった。あの平成十年、スタートした。それが十五年間どうだったのかという検証をしていくと、そこがヒントあるんじゃないのかなと。検証して、そこで、難しい中で頑張り抜いたときもあったでしょうし、うまくいかなかったときもあると思うんですけど、結果どうだったのかと。あの平成十年の、熱くこの参議院の役割ということから始まった、それが十五年間どういうふうな委員会活動だったのかという検証をし、共有することが、そういう対立が激しくなったときに乗り越える何か歯止めになっていくんじゃないのかなというふうに思います。
政権を懸けて戦っている中で、党派を超えて、そういう、分かっているけれどもというふうなことが出てきてしまうということ、それにあらがうためには、やっぱり国会監視といいますか、内部監査的に国会活動をやって検証するということをやっていくと、ちょっとその辺の道が開かれてくるんじゃないのかなということを感じております。
ありがとうございます。
この発言だけを見る →今、岡田理事がおっしゃった何かいい案はあるのかという、激しく与野党対立し、会派対立している、政権党とそうでないところ対立している状況の中で、党派を超えて行政監視はできるかと、これは物すごい難しいことだと私は思います。
それは、議員の任期が六年、長い方なんですけど六年で切られてしまう、その中で勝負せないかぬというようなことは非常に難しいなと、理屈では分かっていてもと。こういう、また会派、政党で動く場合に、そういうことを理事会で合意できるかということは物すごい難しいなと思いますので。
先ほどちょっと私申し上げましたけど、行政監視委員会というのは鳴り物入りで気合十分で始まった。あの平成十年、スタートした。それが十五年間どうだったのかという検証をしていくと、そこがヒントあるんじゃないのかなと。検証して、そこで、難しい中で頑張り抜いたときもあったでしょうし、うまくいかなかったときもあると思うんですけど、結果どうだったのかと。あの平成十年の、熱くこの参議院の役割ということから始まった、それが十五年間どういうふうな委員会活動だったのかという検証をし、共有することが、そういう対立が激しくなったときに乗り越える何か歯止めになっていくんじゃないのかなというふうに思います。
政権を懸けて戦っている中で、党派を超えて、そういう、分かっているけれどもというふうなことが出てきてしまうということ、それにあらがうためには、やっぱり国会監視といいますか、内部監査的に国会活動をやって検証するということをやっていくと、ちょっとその辺の道が開かれてくるんじゃないのかなということを感じております。
ありがとうございます。
岡
岡田直樹#9
○岡田直樹君 どうもありがとうございました。
お尋ねしたいことはたくさんあるんですけれども、また山下先生には個人的にも御指導をいただきたいと思います。
引き続き、高安先生にお尋ねをしたいと存じます。
選挙制度のことにもお触れでございましたけれども、衆議院選挙で政権与党が敗北をすればこれはもちろん政権交代が起こるわけでありますけれども、参議院選挙が時の政権の、あるいは内閣の死命を制するということが往々にしてあると思うんであります。
例えば、昔の、橋本龍太郎総理が参議院選挙に負けて退陣に追い込まれたとか、あるいは第一次安倍晋三政権のときも参議院選挙に敗れて、続投を決意したものの間もなく退陣に追い込まれた。あるいは、政権交代の後も、菅直人総理のときの参議院選挙で敗れて、そのことがしばらく後には菅政権の退陣あるいはまた次の政権交代へとつながっていくと。非常に日本は国政選挙が頻繁にあると思うんですね。ほとんど毎年のように衆参の選挙をやっております。
先ほどの平成十九年の申し上げた安倍さんが負けたあの参議院選挙から数えても、二十一年にあの政権交代の衆議院選挙があり、二十二年には逆に菅さんが敗れた参議院選挙があり、二十四年には政権交代が再び起こった衆議院選挙、そして昨年、二十五年にも参議院選挙があって、本当に国政選挙ない年の方が珍しいと思うのであります。
このように、毎年のように国政選挙を行われることが一つの国政の不安定条件を生んでいるのではないか。アメリカのように、大統領制で任期四年、少なくとも四年間は安定した任期があるということであれば、中間的に民意を問う中間選挙というものが意味を持ってくるというふうにも思うんですけれども、日本の場合は、衆議院選挙ならぬ参議院選挙で負けて政権交代や退陣というような、こういうことが多い。このことをどのように先生はお考えであるかということと、一つちょっととっぴなことを申し上げるかもしれませんけれども、参議院選挙が多過ぎるとなれば、三年に一回半数改選を行っておるわけでありますけれども、これを六年に一度の総選挙にするということ、これは当然憲法改正を伴いますので容易なことではございませんけれども、こういうことの検討の余地はないのかということをまずお尋ねしたいことと、それと、度々問責、総理に対する問責が行われました。福田康夫総理に対して、麻生総理に対して、いずれも総辞職や解散に追い込まれた。また、野田総理もしかりであります。何か目には目をみたいな形で繰り返されてきたこの連鎖というものをどこかで理性的に抑制をする必要があるのではないかと思っております。内閣不信任案に近いような効果を持つこの問責決議案というものをどのように評価されるかということについてもお尋ねをしたいと思います。
この発言だけを見る →お尋ねしたいことはたくさんあるんですけれども、また山下先生には個人的にも御指導をいただきたいと思います。
引き続き、高安先生にお尋ねをしたいと存じます。
選挙制度のことにもお触れでございましたけれども、衆議院選挙で政権与党が敗北をすればこれはもちろん政権交代が起こるわけでありますけれども、参議院選挙が時の政権の、あるいは内閣の死命を制するということが往々にしてあると思うんであります。
例えば、昔の、橋本龍太郎総理が参議院選挙に負けて退陣に追い込まれたとか、あるいは第一次安倍晋三政権のときも参議院選挙に敗れて、続投を決意したものの間もなく退陣に追い込まれた。あるいは、政権交代の後も、菅直人総理のときの参議院選挙で敗れて、そのことがしばらく後には菅政権の退陣あるいはまた次の政権交代へとつながっていくと。非常に日本は国政選挙が頻繁にあると思うんですね。ほとんど毎年のように衆参の選挙をやっております。
先ほどの平成十九年の申し上げた安倍さんが負けたあの参議院選挙から数えても、二十一年にあの政権交代の衆議院選挙があり、二十二年には逆に菅さんが敗れた参議院選挙があり、二十四年には政権交代が再び起こった衆議院選挙、そして昨年、二十五年にも参議院選挙があって、本当に国政選挙ない年の方が珍しいと思うのであります。
このように、毎年のように国政選挙を行われることが一つの国政の不安定条件を生んでいるのではないか。アメリカのように、大統領制で任期四年、少なくとも四年間は安定した任期があるということであれば、中間的に民意を問う中間選挙というものが意味を持ってくるというふうにも思うんですけれども、日本の場合は、衆議院選挙ならぬ参議院選挙で負けて政権交代や退陣というような、こういうことが多い。このことをどのように先生はお考えであるかということと、一つちょっととっぴなことを申し上げるかもしれませんけれども、参議院選挙が多過ぎるとなれば、三年に一回半数改選を行っておるわけでありますけれども、これを六年に一度の総選挙にするということ、これは当然憲法改正を伴いますので容易なことではございませんけれども、こういうことの検討の余地はないのかということをまずお尋ねしたいことと、それと、度々問責、総理に対する問責が行われました。福田康夫総理に対して、麻生総理に対して、いずれも総辞職や解散に追い込まれた。また、野田総理もしかりであります。何か目には目をみたいな形で繰り返されてきたこの連鎖というものをどこかで理性的に抑制をする必要があるのではないかと思っております。内閣不信任案に近いような効果を持つこの問責決議案というものをどのように評価されるかということについてもお尋ねをしたいと思います。
高
高安健将#10
○参考人(高安健将君) 岡田先生、御質問ありがとうございました。
大変難しい大きなテーマでございますけれども、少しその点についても私の参考人意見の中で申し上げたところでありますが、まず、国政選挙の多さということに関してでありますけれども、これはおっしゃるように多いと。戦後で見ますと、やはり十八か月に一遍国政選挙があると。これは大変に頻度が高いということでありますが、もう一つ大事な点がありまして、十八か月で固定されているわけではないということであります。
つまり、衆議院の方からしますと、いつ解散があるか分からないと。今月あるか、来月あるか、半年先にあるか分からないと。つまり、その十八か月でさえも安定していないということになるわけであります。これが議会の安定性、あるいは議会が本来果たすべき役割、あるいは内閣が本来果たすべき役割を阻害しているということになろうかと思います。十八か月は短いけれども、それで定まるのであれば、十八か月で固定してしまった方がよいくらいであるということであります。ただ、現状では十八か月で定める理由はありません。
これは二点目、先生の御質問の二点目と関連をするわけですけれども、憲法改正というのは少し大きなハードルですけれども、例えば半数改選ではなくて六年にしてはどうかということでありますが、現状の日本の憲法下における政治サイクルを考えれば、三年というのが妥当なサイクルなのではないかというふうに思うわけであります。この三年というのは参議院の半数改選の三年でございます。ここに衆議院の解散というのを重ねてくると。こういうふうにすれば、中間選挙ということの不安定性というのも解消されてくると。ねじれたとしても、そろって成立しているわけですから、意見が合わなくてもお互いにやっていきましょうという機運も生まれてくるのではないかということであります。
でありますので、まずは政治の不安定性というものを排除するということが大事であって、それは運用によって克服可能なのだろうというふうに私自身は考えております。
お答えになっているか分かりませんが、短めに、以上とさせていただきます。
この発言だけを見る →大変難しい大きなテーマでございますけれども、少しその点についても私の参考人意見の中で申し上げたところでありますが、まず、国政選挙の多さということに関してでありますけれども、これはおっしゃるように多いと。戦後で見ますと、やはり十八か月に一遍国政選挙があると。これは大変に頻度が高いということでありますが、もう一つ大事な点がありまして、十八か月で固定されているわけではないということであります。
つまり、衆議院の方からしますと、いつ解散があるか分からないと。今月あるか、来月あるか、半年先にあるか分からないと。つまり、その十八か月でさえも安定していないということになるわけであります。これが議会の安定性、あるいは議会が本来果たすべき役割、あるいは内閣が本来果たすべき役割を阻害しているということになろうかと思います。十八か月は短いけれども、それで定まるのであれば、十八か月で固定してしまった方がよいくらいであるということであります。ただ、現状では十八か月で定める理由はありません。
これは二点目、先生の御質問の二点目と関連をするわけですけれども、憲法改正というのは少し大きなハードルですけれども、例えば半数改選ではなくて六年にしてはどうかということでありますが、現状の日本の憲法下における政治サイクルを考えれば、三年というのが妥当なサイクルなのではないかというふうに思うわけであります。この三年というのは参議院の半数改選の三年でございます。ここに衆議院の解散というのを重ねてくると。こういうふうにすれば、中間選挙ということの不安定性というのも解消されてくると。ねじれたとしても、そろって成立しているわけですから、意見が合わなくてもお互いにやっていきましょうという機運も生まれてくるのではないかということであります。
でありますので、まずは政治の不安定性というものを排除するということが大事であって、それは運用によって克服可能なのだろうというふうに私自身は考えております。
お答えになっているか分かりませんが、短めに、以上とさせていただきます。
岡
高
武
高
高安健将#14
○参考人(高安健将君) はい。
問責決議は、私はそれは確かに参議院の権利ではありますけれども、参議院が独自にどういう場合に使うのかということを内部で決めると、政策マターで内閣に対して出すというのはやはり望ましいことではないのではないかと、法案を否決するという手続を取って意思を表明すべきではないかと思っております。
この発言だけを見る →問責決議は、私はそれは確かに参議院の権利ではありますけれども、参議院が独自にどういう場合に使うのかということを内部で決めると、政策マターで内閣に対して出すというのはやはり望ましいことではないのではないかと、法案を否決するという手続を取って意思を表明すべきではないかと思っております。
岡
武
風
風間直樹#17
○風間直樹君 民主党の風間直樹です。よろしくお願いします。
今日は、両先生、お忙しい中ありがとうございました。私からは、主に山下参考人にお尋ねをさせていただきたいと思います。
山下参考人は、行政監視の重要性を今日、強調されました。私は、ちょうど任期でいいますと一期、山下先生と御一緒させていただきまして、決算委員会で先生の御質問を聞きながら、大変薫陶をいただきました。
この行政監視というのは、先生の冊子にありますように、その定義を見ると、法律の誠実な執行を常時継続的に監視をすると。この法律の誠実な執行は内閣に対して義務付けられているわけでありまして、それを国会、特に第二院である参議院が六年という長い任期をいただきながら、常時、いつも継続的に繰り返し繰り返し監視をするというのは極めて大事なことであります。
ところが、憲法や法に規定されていることとは裏腹に、山下先生御承知のとおり、法律の不誠実な執行が非常に多いのが現実でありまして、例えば税金の無駄遣いもそうでありますし、あるいは公務員による不正・不当行為もそうです。それから、最近ですと、先日、袴田事件の袴田さんが四十数年ぶりに釈放されましたけれども、ああいった冤罪事件も、まさに法律の、これは捜査機関による不誠実な執行ということになろうかと思います。
国会がねじれますと衆参両院それぞれの役割は何かという議論が盛んになりますが、私はもうそこは明確だと思っていまして、参議院の場合は、これは衆議院と違って政府を構成する人数では大きな開きがありますから、やはり衆議院は政府を構成し、参議院はその政府を監視する、行政監視をその主務とすると、法案審査はもちろんありますが、そういう役割の分担だろうと思っています。
そこで、先生にお尋ねをしたいんですが、先ほどのこの法律の誠実な執行が行われていないという点で申しますと、ちょうど今、厚生労働省の不正入札事件というのがまたぞろ出てきておりまして、厚生労働省がその入札に際して、傘下の独立行政法人である高齢・障害・求職者雇用支援機構、ここに不正な入札をできるよう便宜を図ったと、こういう事件であります。
この機構は、山下先生御記憶かと思いますが、平成二十二年五月十七日の参議院の決算委員会で、当時の機構の戸苅利和理事長、このときもこの機構に関する大々的な不正が明らかになったんですが、その責任を山下先生始め当時の決算委員そろって追及をして理事長を引責辞任に追い込むと、こういう経緯があった独立行政法人であります。
私、実はおとといの月曜日、決算委員会の審議でこの今回の厚労省の不正入札の問題を当時を振り返りながら取り上げたんですが、実はそのときに参考にさせていただいたのが、山下先生が平成十九年九月にお作りになりました「都道府県労働局不正経理事件に関する報告」という、今日持ってきておりますこの冊子であります。ここで先生は非常に重要な指摘をされていらっしゃいまして、つまり、これだけ、この平成十九年当時でいいますと、全四十七都道府県の労働局が組織横断的に全面的な不正に関与していて、しかもその不正をチェックをすべき行政機関がほとんど全くチェックをしていないと、捜査機関を含め、あるいは検査院、人事院を含めチェックをしていないと。このことについて山下先生は非常に大きな怒りを持って質疑をされ、この報告書をまとめていらっしゃいます。
今日でも残念ながら状況がどうも変わっていないということを私はおとといの質疑で感じました。例えば、法務省や警察庁にどういう捜査をするのかと聞いても、一般的な答弁で、個別具体の捜査に関するお答えはできないと。じゃ、これまで彼らがこういった税金の不正使用の問題について何らかの捜査をしたのかというと、告発すら受理しないということを一貫してやってきています。さらに、検査院の場合も、厚労省の調査を見守りたい。あるいは、関係の他の省庁、例えば総務省の行政評価局、総務省の副大臣に答弁で認識を問うと、この行政評価局の存在意義、理由すら明確に理解できていないと、こういう状況がおととい明らかになりました。
これ、山下先生、既に先生はもう十分御承知のことでありますが、やはり例えば、捜査機関は別としても、会計検査院の法的立場を、内閣から今独立していると言いつつ、国会に附属している組織ではありませんので、どうしても各省庁と並んでみると、同格の組織に対して同格の立場から徹底的な検査ができないですとか、あるいは総務省の行政評価局も、そもそも行政監視委員会が参議院にできたときに、その調査の手足となって、まさに行政監視委員会が行政の監視を行うときに様々な調査の手段あるいは情報を提供すると、そういった趣旨で設けられた組織でありますが、その存立理由すら今明確には総務省政務三役によっても認識されていない、こういう問題があります。
これらの行政による税金の無駄、不正・不当行為、つまり国会が監視の対象とすべき様々な法律の不誠実な執行をチェックするために関係の機関をどのように整理し位置付け直すべきか、この点について、山下先生、御所見ございましたらお尋ねできればと思います。
この発言だけを見る →今日は、両先生、お忙しい中ありがとうございました。私からは、主に山下参考人にお尋ねをさせていただきたいと思います。
山下参考人は、行政監視の重要性を今日、強調されました。私は、ちょうど任期でいいますと一期、山下先生と御一緒させていただきまして、決算委員会で先生の御質問を聞きながら、大変薫陶をいただきました。
この行政監視というのは、先生の冊子にありますように、その定義を見ると、法律の誠実な執行を常時継続的に監視をすると。この法律の誠実な執行は内閣に対して義務付けられているわけでありまして、それを国会、特に第二院である参議院が六年という長い任期をいただきながら、常時、いつも継続的に繰り返し繰り返し監視をするというのは極めて大事なことであります。
ところが、憲法や法に規定されていることとは裏腹に、山下先生御承知のとおり、法律の不誠実な執行が非常に多いのが現実でありまして、例えば税金の無駄遣いもそうでありますし、あるいは公務員による不正・不当行為もそうです。それから、最近ですと、先日、袴田事件の袴田さんが四十数年ぶりに釈放されましたけれども、ああいった冤罪事件も、まさに法律の、これは捜査機関による不誠実な執行ということになろうかと思います。
国会がねじれますと衆参両院それぞれの役割は何かという議論が盛んになりますが、私はもうそこは明確だと思っていまして、参議院の場合は、これは衆議院と違って政府を構成する人数では大きな開きがありますから、やはり衆議院は政府を構成し、参議院はその政府を監視する、行政監視をその主務とすると、法案審査はもちろんありますが、そういう役割の分担だろうと思っています。
そこで、先生にお尋ねをしたいんですが、先ほどのこの法律の誠実な執行が行われていないという点で申しますと、ちょうど今、厚生労働省の不正入札事件というのがまたぞろ出てきておりまして、厚生労働省がその入札に際して、傘下の独立行政法人である高齢・障害・求職者雇用支援機構、ここに不正な入札をできるよう便宜を図ったと、こういう事件であります。
この機構は、山下先生御記憶かと思いますが、平成二十二年五月十七日の参議院の決算委員会で、当時の機構の戸苅利和理事長、このときもこの機構に関する大々的な不正が明らかになったんですが、その責任を山下先生始め当時の決算委員そろって追及をして理事長を引責辞任に追い込むと、こういう経緯があった独立行政法人であります。
私、実はおとといの月曜日、決算委員会の審議でこの今回の厚労省の不正入札の問題を当時を振り返りながら取り上げたんですが、実はそのときに参考にさせていただいたのが、山下先生が平成十九年九月にお作りになりました「都道府県労働局不正経理事件に関する報告」という、今日持ってきておりますこの冊子であります。ここで先生は非常に重要な指摘をされていらっしゃいまして、つまり、これだけ、この平成十九年当時でいいますと、全四十七都道府県の労働局が組織横断的に全面的な不正に関与していて、しかもその不正をチェックをすべき行政機関がほとんど全くチェックをしていないと、捜査機関を含め、あるいは検査院、人事院を含めチェックをしていないと。このことについて山下先生は非常に大きな怒りを持って質疑をされ、この報告書をまとめていらっしゃいます。
今日でも残念ながら状況がどうも変わっていないということを私はおとといの質疑で感じました。例えば、法務省や警察庁にどういう捜査をするのかと聞いても、一般的な答弁で、個別具体の捜査に関するお答えはできないと。じゃ、これまで彼らがこういった税金の不正使用の問題について何らかの捜査をしたのかというと、告発すら受理しないということを一貫してやってきています。さらに、検査院の場合も、厚労省の調査を見守りたい。あるいは、関係の他の省庁、例えば総務省の行政評価局、総務省の副大臣に答弁で認識を問うと、この行政評価局の存在意義、理由すら明確に理解できていないと、こういう状況がおととい明らかになりました。
これ、山下先生、既に先生はもう十分御承知のことでありますが、やはり例えば、捜査機関は別としても、会計検査院の法的立場を、内閣から今独立していると言いつつ、国会に附属している組織ではありませんので、どうしても各省庁と並んでみると、同格の組織に対して同格の立場から徹底的な検査ができないですとか、あるいは総務省の行政評価局も、そもそも行政監視委員会が参議院にできたときに、その調査の手足となって、まさに行政監視委員会が行政の監視を行うときに様々な調査の手段あるいは情報を提供すると、そういった趣旨で設けられた組織でありますが、その存立理由すら今明確には総務省政務三役によっても認識されていない、こういう問題があります。
これらの行政による税金の無駄、不正・不当行為、つまり国会が監視の対象とすべき様々な法律の不誠実な執行をチェックするために関係の機関をどのように整理し位置付け直すべきか、この点について、山下先生、御所見ございましたらお尋ねできればと思います。
山
山下栄一#18
○参考人(山下栄一君) ちょっと大きな質問でございますので、ちょっと私、答える、堪え得るかなというふうに思いますけど。
決算委員会とか行政監視委員会、大事に自分自身もやってきたつもりですけれども、なかなかメスを入れるという状況に至らなかった経験はたくさんございますが。総務省にしろ法務省、検察も含めた法務省ですね、ちょっと会計検査院は別ですけど、そういう行政の内部監査というのはなかなか働かないなと。財務省の予算執行調査もそうですけどね。内部でやるというのはなかなか、やっぱり内部監査というのは日本の国は物すごく難しいなということ。だから、三権の別のところが、例えば国会がそういう、公務員の不誠実な執行というのは、まさにこれ行政、行政監視の対象は行政組織と人ですので、そこを監視するということがうまく機能して常時監視的な文化ができていくと相当変わるのではないかなと。
これは、私はもう、先ほどの岡田理事の質問と重なってくるんですけど、やっぱり党派を超えて、参議院という、非常に国民がある意味じゃ期待してくれる闘いができる、そういう行政監視機能、ここをしっかりやれば国会への、政治家への不信も大分なくなっていくんじゃないかなと思うほどでございますけど。何せ会派とかそういうのを乗り越えるのは極めて難しい状況で、行政監視委員会だけじゃないはずなんですけどね、本来、国政調査を、全委員会、常任委員会全部が調査という言葉が入っているはずですから。憲法六十二条に基づく国政調査ができるはずなんですけど、そこがちょっとなかなかうまく機能しない。
そのためには、議員の自覚と国会スタッフの連合軍でやるということに尽きるのではないかなと。組織を持ってきてもどうかというようなことを感じまして、国会の内部監査、国会監察、行政監察よりも立法府監察を内部監査的にできるようにしていくと、相当今の風間理事の話は解消するんじゃないかなということを質問をお聞きしながら感じた次第でございます。
この発言だけを見る →決算委員会とか行政監視委員会、大事に自分自身もやってきたつもりですけれども、なかなかメスを入れるという状況に至らなかった経験はたくさんございますが。総務省にしろ法務省、検察も含めた法務省ですね、ちょっと会計検査院は別ですけど、そういう行政の内部監査というのはなかなか働かないなと。財務省の予算執行調査もそうですけどね。内部でやるというのはなかなか、やっぱり内部監査というのは日本の国は物すごく難しいなということ。だから、三権の別のところが、例えば国会がそういう、公務員の不誠実な執行というのは、まさにこれ行政、行政監視の対象は行政組織と人ですので、そこを監視するということがうまく機能して常時監視的な文化ができていくと相当変わるのではないかなと。
これは、私はもう、先ほどの岡田理事の質問と重なってくるんですけど、やっぱり党派を超えて、参議院という、非常に国民がある意味じゃ期待してくれる闘いができる、そういう行政監視機能、ここをしっかりやれば国会への、政治家への不信も大分なくなっていくんじゃないかなと思うほどでございますけど。何せ会派とかそういうのを乗り越えるのは極めて難しい状況で、行政監視委員会だけじゃないはずなんですけどね、本来、国政調査を、全委員会、常任委員会全部が調査という言葉が入っているはずですから。憲法六十二条に基づく国政調査ができるはずなんですけど、そこがちょっとなかなかうまく機能しない。
そのためには、議員の自覚と国会スタッフの連合軍でやるということに尽きるのではないかなと。組織を持ってきてもどうかというようなことを感じまして、国会の内部監査、国会監察、行政監察よりも立法府監察を内部監査的にできるようにしていくと、相当今の風間理事の話は解消するんじゃないかなということを質問をお聞きしながら感じた次第でございます。
風
風間直樹#19
○風間直樹君 ありがとうございます。
山下先生が行政監視の委員長当時に、視察に合計、委員長視察は三十一回、委員会視察が一回ですから、合計三十二回行かれたと。資料を拝見すると、毎月二回、三回行っていらっしゃいますね、一年半の間に。これは相当なペースですし、よく先生もこれだけ視察にいらっしゃったと思うし、またよく事務方も先生をしっかり支えたと本当に感心させていただいております。
私は、二〇一〇年から二〇一一年まで行政監視委員会に所属をさせていただきました。このときの行政監視委員会も非常にすばらしい委員会でありまして、当時は警察そして検察による冤罪事件が頻発をしました、足利事件、村木事件。それから、二〇一一年に入りますと原発事故が起きました。こういった問題の行政の監視をしたんですが、我々、委員会で当時行きました視察で大変印象に残っている視察が一つあります。それは村木厚子さん、今は厚労省の事務次官になられましたが、この村木さんがたしか百七十日間だったと思いますが拘置をされた大阪拘置所に行きまして、同時に、村木さんを逮捕した大阪地検の特捜部というところに委員会で視察に参りました。
そのとき、私は自分の議員活動の中で非常に克明に印象に残る出来事であったんですが、大阪地検に行ったときにナンバーツーの検事正という人が委員会に対する挨拶に出てこられまして、我々委員全員としては当然、何らかのこの村木事件に関する反省とかおわびとか、そういった言葉があるんだろうと思って聞いていましたら、この後自分はほかの仕事があるのでこれで失礼をしたいと言って、三分で、ようこそという話だけして退席をされました。当時の委員長が末松信介先生でいらっしゃいましたけれども、大変怒って、もう一回この検事正をこの場に呼び戻してきちんとした反省と謝罪をさせるということをその場で全員で決議をして、もう一回戻ってもらってちゃんと反省の認識を問うたことがございます。
この一件でも明らかなように、やはり委員会が公式に視察をする、そこで特に問題のある行政機関あるいは捜査機関に対してきちっとなぜそういった問題が起きたかを確認をする、そして問うていくと。これは、山下先生おっしゃるように、やはり特に行政上の責任が大きい機関については、捜査機関がその一つですが、私は、行政監視委員会のようなところで、あるいはこういった統治機構調査会のようなところで、毎年、繰り返し、しつこく、執拗に視察に行くべきなんだろうと思います。そのことを通して国会による行政の監視とチェックを行う、そして不正・不当行為をなくしていく、この努力が必要だということを今日、山下先生のお話を改めて伺いまして感じました。
先生の御経験を基に何か御所見がありましたら御教示ください。
この発言だけを見る →山下先生が行政監視の委員長当時に、視察に合計、委員長視察は三十一回、委員会視察が一回ですから、合計三十二回行かれたと。資料を拝見すると、毎月二回、三回行っていらっしゃいますね、一年半の間に。これは相当なペースですし、よく先生もこれだけ視察にいらっしゃったと思うし、またよく事務方も先生をしっかり支えたと本当に感心させていただいております。
私は、二〇一〇年から二〇一一年まで行政監視委員会に所属をさせていただきました。このときの行政監視委員会も非常にすばらしい委員会でありまして、当時は警察そして検察による冤罪事件が頻発をしました、足利事件、村木事件。それから、二〇一一年に入りますと原発事故が起きました。こういった問題の行政の監視をしたんですが、我々、委員会で当時行きました視察で大変印象に残っている視察が一つあります。それは村木厚子さん、今は厚労省の事務次官になられましたが、この村木さんがたしか百七十日間だったと思いますが拘置をされた大阪拘置所に行きまして、同時に、村木さんを逮捕した大阪地検の特捜部というところに委員会で視察に参りました。
そのとき、私は自分の議員活動の中で非常に克明に印象に残る出来事であったんですが、大阪地検に行ったときにナンバーツーの検事正という人が委員会に対する挨拶に出てこられまして、我々委員全員としては当然、何らかのこの村木事件に関する反省とかおわびとか、そういった言葉があるんだろうと思って聞いていましたら、この後自分はほかの仕事があるのでこれで失礼をしたいと言って、三分で、ようこそという話だけして退席をされました。当時の委員長が末松信介先生でいらっしゃいましたけれども、大変怒って、もう一回この検事正をこの場に呼び戻してきちんとした反省と謝罪をさせるということをその場で全員で決議をして、もう一回戻ってもらってちゃんと反省の認識を問うたことがございます。
この一件でも明らかなように、やはり委員会が公式に視察をする、そこで特に問題のある行政機関あるいは捜査機関に対してきちっとなぜそういった問題が起きたかを確認をする、そして問うていくと。これは、山下先生おっしゃるように、やはり特に行政上の責任が大きい機関については、捜査機関がその一つですが、私は、行政監視委員会のようなところで、あるいはこういった統治機構調査会のようなところで、毎年、繰り返し、しつこく、執拗に視察に行くべきなんだろうと思います。そのことを通して国会による行政の監視とチェックを行う、そして不正・不当行為をなくしていく、この努力が必要だということを今日、山下先生のお話を改めて伺いまして感じました。
先生の御経験を基に何か御所見がありましたら御教示ください。
山
山下栄一#20
○参考人(山下栄一君) ありがとうございます。
毎月というのはまた大変だと思いますけれども、これ準備が物すごく大事で、行けばいいというものじゃない、そういうことをおっしゃったんじゃないと思いますけど、準備が物すごく大事だと思います。そのために、国会スタッフと連帯して同じ責任の下にやるということが大事なんですけど。
そのときに、国会スタッフは腰が引けてしまうことにならぬように、サポートするために、先ほど申し上げました国会職員の身分保障とか、もっと法制を、明治以来の慣行が残っている今の国会法、国会職員法等、残っていると言ってしまいましたけど、ちょっと私は言い過ぎかも分かりませんけど、その辺にメスを入れることもこの統治機構に関する調査会の大きな役割、そこから職員は物すごく士気が高まってくるんじゃないかなと。
士気が高まってくると、それは来られる方はたまらないという、毎月行かなくても済むぐらい迫力が出てくるんじゃないかなということを、議院内閣制における国会職員の在り方というのも一つのテーマじゃないかなと思いますけど、やはり国権の最高機関、憲法四十一条を実施するための国会スタッフというのは物すごく大事だということを何遍も強調していますけど、議員だけではなかなか無理だなということを感じております。
この発言だけを見る →毎月というのはまた大変だと思いますけれども、これ準備が物すごく大事で、行けばいいというものじゃない、そういうことをおっしゃったんじゃないと思いますけど、準備が物すごく大事だと思います。そのために、国会スタッフと連帯して同じ責任の下にやるということが大事なんですけど。
そのときに、国会スタッフは腰が引けてしまうことにならぬように、サポートするために、先ほど申し上げました国会職員の身分保障とか、もっと法制を、明治以来の慣行が残っている今の国会法、国会職員法等、残っていると言ってしまいましたけど、ちょっと私は言い過ぎかも分かりませんけど、その辺にメスを入れることもこの統治機構に関する調査会の大きな役割、そこから職員は物すごく士気が高まってくるんじゃないかなと。
士気が高まってくると、それは来られる方はたまらないという、毎月行かなくても済むぐらい迫力が出てくるんじゃないかなということを、議院内閣制における国会職員の在り方というのも一つのテーマじゃないかなと思いますけど、やはり国権の最高機関、憲法四十一条を実施するための国会スタッフというのは物すごく大事だということを何遍も強調していますけど、議員だけではなかなか無理だなということを感じております。
風
武
杉
杉久武#23
○杉久武君 公明党の杉久武でございます。
まずは山下先生にお伺いさせていただきます。
私は、昨年七月初当選でございますのでまだ議員生活は一年に満たないわけでありますが、それまで私は十五年間、公認会計士をしておりましたので、民間における監査の実務というものをずっとやってまいりました。そして、今回、議員活動をしていく中で本当に純粋に疑問に感じるのは、私、決算委員会の方も所属をしておりますが、国の決算であれ、また今回のこの行政監視という視点からも、やはり問題が減らない、全然、同じようなことを繰り返しているという傾向を非常に強く感じます。
そういった観点で、やはり国民の期待というのは、当然そういった問題点の指摘をしてそれを改善させていくことが必要でありますし、そもそもそういった問題が起こらない仕組みをつくっていくことが最終的には私はゴールになってくるんではないかと思います。当然、時代の変化とともにいろいろな事象が起きてきますので、本当に完全に撲滅するということは非現実的かもしれませんが、やっぱり一定の成果が上がっているということが私は見えてくる必要があるのではないかと思います。
私自身も、民間において外部監査や、又は民間企業の内部監査の手伝いという形で民間企業の内部監査機能も担ったこともございますが、その経験から申し上げますと、やはり今先生が今日おっしゃったように、現場視察の重要性というのは私、非常に今日も共感させていただきました。本当にやっぱり現場に行かないと分からないもの、見えないものというようなものもたくさんあります。私自身も決算書だけを見るのではなくて、やっぱりその民間の会社の工場に行ったり、製造ラインに行ったり、実際その現場作業を見たり、実際ラインに入って働いている方からヒアリングをしたり、やはりその現場に行くことによって実態が見えてくるのではないかというように考えております。
一方で、なかなか現場視察に行くということ、またそれを継続的にやるということも非常に労力が要ることでございまして、先ほど先生もおっしゃいましたように、ただ現場に行けばいいわけではなくて、事前の準備から、限られた現場の時間の中でどこを見るか、どういったところに重点を置くかということは非常に大切、ここを間違えると、現場へ行っても、結局行って帰ってきて何も分からなかったということになってしまいますので、相当やっぱり人的資源も含めて準備が必要ではないかと思います。
先ほど来の質問に重複もいたしますが、そういった現場でしっかり、現場に行って初めて、やはり現場に行ったからこそこういった点が見えたという何か実例等があれば、これは絶対書面では分からなかったという点がもしあれば教えていただきたいと思います。
この発言だけを見る →まずは山下先生にお伺いさせていただきます。
私は、昨年七月初当選でございますのでまだ議員生活は一年に満たないわけでありますが、それまで私は十五年間、公認会計士をしておりましたので、民間における監査の実務というものをずっとやってまいりました。そして、今回、議員活動をしていく中で本当に純粋に疑問に感じるのは、私、決算委員会の方も所属をしておりますが、国の決算であれ、また今回のこの行政監視という視点からも、やはり問題が減らない、全然、同じようなことを繰り返しているという傾向を非常に強く感じます。
そういった観点で、やはり国民の期待というのは、当然そういった問題点の指摘をしてそれを改善させていくことが必要でありますし、そもそもそういった問題が起こらない仕組みをつくっていくことが最終的には私はゴールになってくるんではないかと思います。当然、時代の変化とともにいろいろな事象が起きてきますので、本当に完全に撲滅するということは非現実的かもしれませんが、やっぱり一定の成果が上がっているということが私は見えてくる必要があるのではないかと思います。
私自身も、民間において外部監査や、又は民間企業の内部監査の手伝いという形で民間企業の内部監査機能も担ったこともございますが、その経験から申し上げますと、やはり今先生が今日おっしゃったように、現場視察の重要性というのは私、非常に今日も共感させていただきました。本当にやっぱり現場に行かないと分からないもの、見えないものというようなものもたくさんあります。私自身も決算書だけを見るのではなくて、やっぱりその民間の会社の工場に行ったり、製造ラインに行ったり、実際その現場作業を見たり、実際ラインに入って働いている方からヒアリングをしたり、やはりその現場に行くことによって実態が見えてくるのではないかというように考えております。
一方で、なかなか現場視察に行くということ、またそれを継続的にやるということも非常に労力が要ることでございまして、先ほど先生もおっしゃいましたように、ただ現場に行けばいいわけではなくて、事前の準備から、限られた現場の時間の中でどこを見るか、どういったところに重点を置くかということは非常に大切、ここを間違えると、現場へ行っても、結局行って帰ってきて何も分からなかったということになってしまいますので、相当やっぱり人的資源も含めて準備が必要ではないかと思います。
先ほど来の質問に重複もいたしますが、そういった現場でしっかり、現場に行って初めて、やはり現場に行ったからこそこういった点が見えたという何か実例等があれば、これは絶対書面では分からなかったという点がもしあれば教えていただきたいと思います。
山
山下栄一#24
○参考人(山下栄一君) ありがとうございます。
先ほどちょっと例として、羽田空港の空港事務所の特に管制官のお話をしました。また、国立感染症研究所のお話もしました。
私が視察をさせていただいた観点の一つは、研究所、研究所に関わるのが割と多いと思うんですけど、これは独立行政法人の、まあ理化学研究所もそうですけど、独法もあれば、大学附属もあれば、各省の直属の研究所もあれば、内閣府また財務省の経済研究所もそうですけど、そういう、同じ研究所なのになぜこういう設置主体が違うのかなと。平気でその独立行政法人を認可法人に変えたり、また元の国の方に、消防研究所なんかそうですけど、元の国の直轄に戻したりとか、そういうことが行われてきているわけですね。それはそれなりの理由があるのかも分からないけれども、五年、十年、二十年という単位でそういう朝令暮改的に組織を変えていくと、それはどう考えてもおかしいね、これはと、税金の使い方がそんなのでいいのですかというふうになっていくと思うんですね。
そういうことに気が付くことを、現場に行ってみて初めて、独立行政法人問題というのは物すごく根が深いと、国立大学法人も含めて。平成十年前後の省庁再編のときに、外に出して公務員の数を減らすみたいなことがあったかも分かりませんけど、そういう大局的と同時に、国民の側に立った鋭いセンスで、視点で食い込むことができるかどうかというのは、議員のもちろん力量もあるし、政党の、また議員有志間の勉強会もあるかも分かりませんけど、やはりそれは霞が関と一緒にやるわけにはいきませんので、それはもうひとえに国会職員の質と自覚を高めて一緒にやるとこれは大変な威力を発揮するということ、こんなことばかり言って申し訳ございませんけど、それが鍵を握っているなということ、これも現場に行って痛感した次第でございます。
独法改革もこれから物すごく大事なテーマだなということを今も感じております。
この発言だけを見る →先ほどちょっと例として、羽田空港の空港事務所の特に管制官のお話をしました。また、国立感染症研究所のお話もしました。
私が視察をさせていただいた観点の一つは、研究所、研究所に関わるのが割と多いと思うんですけど、これは独立行政法人の、まあ理化学研究所もそうですけど、独法もあれば、大学附属もあれば、各省の直属の研究所もあれば、内閣府また財務省の経済研究所もそうですけど、そういう、同じ研究所なのになぜこういう設置主体が違うのかなと。平気でその独立行政法人を認可法人に変えたり、また元の国の方に、消防研究所なんかそうですけど、元の国の直轄に戻したりとか、そういうことが行われてきているわけですね。それはそれなりの理由があるのかも分からないけれども、五年、十年、二十年という単位でそういう朝令暮改的に組織を変えていくと、それはどう考えてもおかしいね、これはと、税金の使い方がそんなのでいいのですかというふうになっていくと思うんですね。
そういうことに気が付くことを、現場に行ってみて初めて、独立行政法人問題というのは物すごく根が深いと、国立大学法人も含めて。平成十年前後の省庁再編のときに、外に出して公務員の数を減らすみたいなことがあったかも分かりませんけど、そういう大局的と同時に、国民の側に立った鋭いセンスで、視点で食い込むことができるかどうかというのは、議員のもちろん力量もあるし、政党の、また議員有志間の勉強会もあるかも分かりませんけど、やはりそれは霞が関と一緒にやるわけにはいきませんので、それはもうひとえに国会職員の質と自覚を高めて一緒にやるとこれは大変な威力を発揮するということ、こんなことばかり言って申し訳ございませんけど、それが鍵を握っているなということ、これも現場に行って痛感した次第でございます。
独法改革もこれから物すごく大事なテーマだなということを今も感じております。
杉
杉久武#25
○杉久武君 ありがとうございます。
国会職員のお話が今出てきたと思うんですけれども、視察されるに当たって職員の方と一緒に動かれて現場を見られてきたと思うんですが、国会職員のやはり専門性が高くなっていく必要があると思うんですが、三十回超える視察をされた経験を踏まえまして、国会職員に対してこういった点についてもっと強みを持ってほしいとか、そういった点について具体的にあれば教えていただけますでしょうか。
この発言だけを見る →国会職員のお話が今出てきたと思うんですけれども、視察されるに当たって職員の方と一緒に動かれて現場を見られてきたと思うんですが、国会職員のやはり専門性が高くなっていく必要があると思うんですが、三十回超える視察をされた経験を踏まえまして、国会職員に対してこういった点についてもっと強みを持ってほしいとか、そういった点について具体的にあれば教えていただけますでしょうか。
山
山下栄一#26
○参考人(山下栄一君) 私は、国会職員の方、今日もお見えでございますけど、物すごい自制が、自己抑制が働いてしまう体質を持っているということを物すごく感じました。それは人事とかいろんなところでやっぱり余り突き出たことをしにくいようなことがあったのではないかと思いますけど。
私、一つ感じたのは憲法解釈です。ちょっと今の御質問にずれるかも分かりませんけど、憲法解釈、内閣法制局で憲法解釈、私はなぜ参議院法制局を使わないのかなということを、議員立法するということは、その議員立法が憲法と整合性あるのかというようなことを憲法まで踏み込んでみないと法律作れないはずなので、憲法の考え方、解釈も議院法制局ができるはずだと私は思いまして、聞いてみたら、やっているんですよね。実際、委員会で法制局長が、法制局長官と言いませんけど、参議院法制局長が答弁されていると。めちゃくちゃ少ないですけど、憲法解釈について答弁されているという例もないことはないと。
そんなことも知っていくと、やっぱり立法府の役割、議院法制局法、国会職員法、議院事務局法、そういう法律そのものをもうちょっと真正面に据えて勉強していくと、やはり戦前の体質のまま引きずって今日に至っている面がまだまだ残っていると。憲法四十一条の国権の最高機関のスタッフという、党派を超えてハウスのスタッフなんだと、この辺の自覚が高まって、一遍にいきませんけど、体質を変えていかないと、体質変えるかどうかは議員自身の自覚に懸かっているんじゃないかと、議員の自覚によってどうにでもなってしまう、生かすも殺すも議員の、ハウスのメンバーの自覚に懸かっているというようなことを痛感しておる。
今、杉議員の質問に直結する答えになっていないかも分かりませんけど、そんなことを感じております。
この発言だけを見る →私、一つ感じたのは憲法解釈です。ちょっと今の御質問にずれるかも分かりませんけど、憲法解釈、内閣法制局で憲法解釈、私はなぜ参議院法制局を使わないのかなということを、議員立法するということは、その議員立法が憲法と整合性あるのかというようなことを憲法まで踏み込んでみないと法律作れないはずなので、憲法の考え方、解釈も議院法制局ができるはずだと私は思いまして、聞いてみたら、やっているんですよね。実際、委員会で法制局長が、法制局長官と言いませんけど、参議院法制局長が答弁されていると。めちゃくちゃ少ないですけど、憲法解釈について答弁されているという例もないことはないと。
そんなことも知っていくと、やっぱり立法府の役割、議院法制局法、国会職員法、議院事務局法、そういう法律そのものをもうちょっと真正面に据えて勉強していくと、やはり戦前の体質のまま引きずって今日に至っている面がまだまだ残っていると。憲法四十一条の国権の最高機関のスタッフという、党派を超えてハウスのスタッフなんだと、この辺の自覚が高まって、一遍にいきませんけど、体質を変えていかないと、体質変えるかどうかは議員自身の自覚に懸かっているんじゃないかと、議員の自覚によってどうにでもなってしまう、生かすも殺すも議員の、ハウスのメンバーの自覚に懸かっているというようなことを痛感しておる。
今、杉議員の質問に直結する答えになっていないかも分かりませんけど、そんなことを感じております。
杉
杉久武#27
○杉久武君 ありがとうございます。
あと、もう一点だけ山下先生に伺いたいと思います。
先ほど来何度も出てきました内部監査的なやはり継続的な監視活動というものが今足りない、それが必要であるというお話がありました。
やはり、当然、ハウス又は委員会、調査会等が主体的になって、視察を含め、また委員会での質疑も含めて、この調査、検査や監査をやっていくということ自体は非常に大切であるとは思いますが、やはり常設的に、ただ機能として監査が行われていないと、なかなかできるときとできないときの波が激しく出てしまうんではないかなと思います。
私も具体的な考えがあるわけではないんですけれども、やはり民間で内部監査部門といいますと、完全に社内とはいえ独立はしておりますし、評価を受ける対象も、またそのレポートするラインも完全に現業から外れておりますし、逆に内部監査の人たちは、それが専門職としてそういった観点での教育も受けて、研修も受けて、そのスペシャリストとして社内で生きていくという形でしっかり役割分担ができていると思います。
そういった形では、やはりそういった行政監視の観点からも、参議院を中心として、やはりしっかりとした常設的な機関を設置をして、定期的な、決算における会計検査院のように年次報告なり定期的な報告を受けながら、視察にも絡みながらルーチン化していくのが必要ではないかと思うんですが、その点について御意見いただけますでしょうか。
この発言だけを見る →あと、もう一点だけ山下先生に伺いたいと思います。
先ほど来何度も出てきました内部監査的なやはり継続的な監視活動というものが今足りない、それが必要であるというお話がありました。
やはり、当然、ハウス又は委員会、調査会等が主体的になって、視察を含め、また委員会での質疑も含めて、この調査、検査や監査をやっていくということ自体は非常に大切であるとは思いますが、やはり常設的に、ただ機能として監査が行われていないと、なかなかできるときとできないときの波が激しく出てしまうんではないかなと思います。
私も具体的な考えがあるわけではないんですけれども、やはり民間で内部監査部門といいますと、完全に社内とはいえ独立はしておりますし、評価を受ける対象も、またそのレポートするラインも完全に現業から外れておりますし、逆に内部監査の人たちは、それが専門職としてそういった観点での教育も受けて、研修も受けて、そのスペシャリストとして社内で生きていくという形でしっかり役割分担ができていると思います。
そういった形では、やはりそういった行政監視の観点からも、参議院を中心として、やはりしっかりとした常設的な機関を設置をして、定期的な、決算における会計検査院のように年次報告なり定期的な報告を受けながら、視察にも絡みながらルーチン化していくのが必要ではないかと思うんですが、その点について御意見いただけますでしょうか。
山
山下栄一#28
○参考人(山下栄一君) 行政監視委員会の場合は、総務省の行政監察、行政評価を年次的に、これは霞が関の方の行政監察を聞くということはちゃんとやってきているわけですけど、私はそれは、それを基にした国会の行政監視というのはその程度になってしまうと。
私は、行政監視委員会として、この統治機構の調査会も非常に計画的に意欲的にやっておられることを感じるんですけど、行政監視委員会もスケジュールをきちっと年間計画立てて、行政監察も、総務省の方も年間計画でやっているわけですし、会計検査院もきちっと年間計画立ててチェック、会計チェックやっているわけなので、行政監視委員会の委員会としても計画を、年間スケジュールを基に、なかなかやりくりするのも難しいかも分かりませんけど、それを踏ん張って、年間計画、スケジュールをちゃんと組んで、年に何回やる、委員会、視察はこれだけ、質疑はこれだけみたいなことを計画的にやることが物すごく大事だと。
これは、日程確保するのは大変ですけど、それは理事会中心に結束すればできぬことはないのではないかと。たとえ二時間でも近くに行こうじゃないかというふうなことで、フットワーク軽くやっていけぬこともないと思いますので、計画を立てて、会計検査院が会計検査を年間計画やっているように、行政監視委員会も、またほかの常任委員会も計画立てて視察とか質疑をやるということは、法案審査だけじゃなくて、行政監視のための視察という、そういうことがやはり今大事ではないのかなということを杉委員の話聞きながら感じた次第でございます。
この発言だけを見る →私は、行政監視委員会として、この統治機構の調査会も非常に計画的に意欲的にやっておられることを感じるんですけど、行政監視委員会もスケジュールをきちっと年間計画立てて、行政監察も、総務省の方も年間計画でやっているわけですし、会計検査院もきちっと年間計画立ててチェック、会計チェックやっているわけなので、行政監視委員会の委員会としても計画を、年間スケジュールを基に、なかなかやりくりするのも難しいかも分かりませんけど、それを踏ん張って、年間計画、スケジュールをちゃんと組んで、年に何回やる、委員会、視察はこれだけ、質疑はこれだけみたいなことを計画的にやることが物すごく大事だと。
これは、日程確保するのは大変ですけど、それは理事会中心に結束すればできぬことはないのではないかと。たとえ二時間でも近くに行こうじゃないかというふうなことで、フットワーク軽くやっていけぬこともないと思いますので、計画を立てて、会計検査院が会計検査を年間計画やっているように、行政監視委員会も、またほかの常任委員会も計画立てて視察とか質疑をやるということは、法案審査だけじゃなくて、行政監視のための視察という、そういうことがやはり今大事ではないのかなということを杉委員の話聞きながら感じた次第でございます。
杉
杉久武#29
○杉久武君 では、高安参考人に質問をさせていただきます。
余り時間もありませんので簡単に質問させていただきますが、先ほど御説明いただいた話と重複するかもしれませんが、やはり今の日本の二院制の中で権力分立的なコントロールを参議院は担わなければいけないというお話がありましたが、実際ねじれたときには、なかなか法案も通らずに、なかなか難しい政局の局面が続いたという経験もありまして、やはりその観点から、今の参議院の制度の中で特にここだけ、ここは制度自体から変更した方がいいというところがあれば御指摘いただければと思います。
この発言だけを見る →余り時間もありませんので簡単に質問させていただきますが、先ほど御説明いただいた話と重複するかもしれませんが、やはり今の日本の二院制の中で権力分立的なコントロールを参議院は担わなければいけないというお話がありましたが、実際ねじれたときには、なかなか法案も通らずに、なかなか難しい政局の局面が続いたという経験もありまして、やはりその観点から、今の参議院の制度の中で特にここだけ、ここは制度自体から変更した方がいいというところがあれば御指摘いただければと思います。