菊池英博の発言 (国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会)

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○参考人(菊池英博君) 私、立ってお話しした方が気合が入りますので、誠にちょっと醜い顔で恐縮でございますが、立たせていただきます。
 それで、まずお手元の資料を確認させていただきたいと思いますが、まず一枚、このA4の縦長で九枚付いておりますが、ペーパーがございます。これがレジュメでございます。今日お話ししたいこと、少し時間も制限がありますので、かなり細かく書きましたけど、この中の、かいつまんでお話を申し上げたいと思っています。
 それからもう一つ、図表というのがございます。この図表は二十八枚まで一ページに出ていますが、二十枚まではこのスクリーンに出していただくようにお願いしてありますので、この上に出させていただきます。それから、二十一枚目から二十八枚目は別に参考資料として、例えばアメリカの大恐慌のときがどうだったかとか、それから、もう少し細かく幾つか個々の項目について参考になればということで、あるいは後ほどの皆様方の質問にお答えさせていただくために必要かなとも思いまして用意いたしました。これは横っちょに置いておいてください。
 それからもう一つ、参考意見というこういう長いのをちょっと用意させていただきました。これは一ページが出ています。これは私の見解ではなくて、ここに、表にございますとおり、中野剛志さんとか、それからリチャード・カッツというアメリカの学者というか編集長なんですが、この方とか、そういう方々の考え方でございまして、これは、今進めておられますアベノミクス、私は是非これを成功して何とかデフレを脱却していただきたいと本当に強く念願しているんですけれども、かなり問題点もございます。これはこの後で、私の所見の中で申し上げますが、その裏付けといいますか、そういったものになる資料がこれでございます。これは、もう既にお目通しの方もいらっしゃると思いますけれども、御参考までにお持ちいたしました。
 それではまず、このレジュメを御覧ください。まず、レジュメ、よろしゅうございますか、縦のやつです。それじゃ、これをまず読ませていただきます。
 テーマとしましては、どうして日本はこんなにひどい経済になってしまったのか、こうすれば日本経済の成長を取り戻せるということでお話ししたいと思います。
 こういうテーマにいたしましたのは、実を言いますと、何人かの先生方とかあるいは私の友人に会いますと、何人かの方からこの質問を受けるんです。本当、どうしてこんなひどい日本になっちゃったの、あんなに高度成長も良かったし、なったじゃないか、どうしてなんだということをよく聞かれます。そして、それが実を言いますとデフレの根源にあるわけです。したがって、このテーマの下に、どうしたらいいかという方向で最後を結ばせていただこうということです。
 まず、これを読みます。中身でございますね。長期デフレ発生の原点、一九九六年六月、財政再建法の閣議決定と金融恐慌の発生。二番目、小泉構造改革というデフレ政策の導入、緊縮財政、金融緩和、不良債権処理とデフレの法制化。三番目、新自由主義・市場原理主義という新しいイデオロギー。一、新自由主義というイデオロギーの誕生とその理念・政策。二番目が、レーガン大統領の経済政策でアメリカは債務国へ転落してしまった、そういう事実。それから三番目、アメリカでの実験三十年の帰結。これはアメリカの議会当局が出しています。その資料です。四番目、歴史に学ぶデフレ解消の成功例、成功の共通点は財政主導・金融フォローの政策による長期的な需要喚起政策です。一、戦前の大恐慌、昭和恐慌とそれからアメリカの大恐慌、これは先ほどのように資料を別に用意してあります。それから二番目は、戦後のデフレ経済を成長路線に導いた財政政策、この金融フォロー。アメリカのクリントン大統領、これが、御存じのとおり一九九三年に就任して、五年で財政赤字を解消しましたそのときの政策。これは図解してきちっとお話しいたします。今、実はこれが一番日本に大切だと思います。平和時にきちっと財政を再建することができて、成長路線に乗せたんですね。それから五番目、どのようにして成長路線に回帰させるか、供給サイド政策はデフレ促進、デフレ解消は長期的需要喚起政策以外にない。これが私の見解でございます。結びは、日本型資本主義の確立、新自由主義型資本主義から瑞穂の国の資本主義へと。そういう一つのしっかりとした理念を出していただきたいなと。これは事実、安倍総理は瑞穂の国の資本主義ということはちゃんと書いてありますね。綱領にも書いてありますし、期待しています。まだはっきり出ておりませんけれどもね。
 それで、私がここではっきり申し上げたいことは、まず、これから幾つかの資料で申し上げたいのは、現在の日本の財政の特徴です、デフレの特徴とか財政の特徴。この現在の日本のデフレというのは、恐らく有史以来最も悪質な長期デフレだと思います。歴史上は参考になるのは幾つかありますけれども、これだけ長期にわたった、今我々が直面しているようなデフレは歴史上初めてだと思います。それから二番目には、それを解決するに当たっての財政政策。これに対しては非常に誤解が多いです。その誤解がどこにあって、何かということを図解を含めてお話しいたします。それから三番目には、どうすればこういう悪質なデフレを解消できるのかと。私は本当にアベノミクスを成功させたいと念願しています。この十五年間、デフレは悪い悪いと、本当に時には孤軍奮戦して言ってきたんですから。学者の中にはデフレの方がいいという人もたくさんいたんですよ。本当に、そんなのはとんでもないと言ってきた一人でございます。ですから、是非これは成功していただきたいと思いますが、まだまだ大きなこれからの、今まさにアベノミクスは正念場だと思います。どうしたらいいかということを最後に申し上げたい。
 それでは、二ページ目ですね、本論に入ります。長期デフレ発生の原点。バブル崩壊後の日本経済は、一九九六年に回復し、名目年二・六%、実質〇・八%に戻りました。ところが、この時点で大蔵省、今の財務省は、政府債務のGDP比率が主要国の中で最も高い、さあこれは大変なんだといって、時の橋本総理を説得して財政再建法というのを成立させたわけです。
 その下、一、一九九六年六月、財政再建法の閣議決定をいたしました。橋本龍太郎内閣です。これは、五年間で財政赤字、これは地方も入ります、国と地方をGDPの三%以内に縮小する、これは法制化して数値目標が付いております。これは後ほど、竹下元総理が、数値目標を入れて失敗だったなとおっしゃったということを自民党の勉強会に行かせていただいたときに自民党の先生からお聞きしました。
 このときの大蔵省は、日本の財政を粗債務だけで判断していたんです。この後ここへ出ますけれども、まず最初だけ、ポイントだけ先にお話しして、それからグラフで見ていただきます。
 それで、このときの誤りは現在まで続いています。粗債務か純債務か。これは、この会議の議論もありましたし、参議院の予算委員会でも拝聴していましたので、幾つか議論はあるかと思いますけれども。それで、このときの誤りは現在まで続いております。それが、この日本の持っている金融資産が何かとか特別会計が何か、それから日本の対外資産がどのぐらいあるか、こういうことをしっかりと認識した上で正しい認識を持つべきだと思います。
 それで、日本の長期デフレといいますのが国民の閉塞感、特に若い人、それから成長の、経済の阻害要因、これになっているんです。私は、本質的には、財政政策に対する間違いです、はっきり言えば。間違いの継続、それを今正そうとされているんですよ、自民党は。ですから、それが一番実を言いますと大きいポイントで、この十五年間苦しんできたんだと思います。
 それから、日本は財政危機ではない、政策危機である、これは海外の見方です。私もよく海外行きますが、日本が本当に財政危機だと思っている人に会ったことはありません。ただ、政策が悪いんじゃないの、デフレやってたら税収上がらないんじゃないの、あんなに金あるのになぜ自分のために使わないのと、これが私が聞いている共通点です。(資料映写)
 まず、それじゃ、こういう、最初に、そこら辺のところで、図表で見てみたいと思います。まず、御覧いただけますか、この図表、添付の、皆様のお手元に縦長の図表がございます。それをめくってください。めくっていただきますと、一番上に粗債務のGDP比率国際比較というのが出ています。それが実はこの数字です。
 それで、財務省が、当時の大蔵省が、一九九五年に橋本総理に、とにかく日本の財政は大変きつい状況だと、財政危機だということを進言された背景には、粗債務で見ていたんです。つまり、財政は、先生方御案内のとおり、粗債務と純債務と両方あるんです。これはOECDに統計が出ています。それで、粗債務といいますのは借入れですね、借入総額です。それから、純債務といいますのは、それから金融資産を引いたものです。これはOECDの統計はそうなります。ただ、純債務については、固定資産なんかも引くという考えをお持ちの学者先生もいらっしゃいます。しかし、OECDベースで私は考えて、金融資産だけを引くようにいたします。
 そういたしますと、これで御覧いただきますと、一番左のところですね、ここです、ここのところで、橋本財政改革、財務省が、さあ財政危機だといったときには、このときの粗債務の数字だったんです。つまり、粗債務というのは総借入れですね。それを名目GDPで割ると。そういう統計資料が出ているわけです。それをOECDのデータを使ってこのところを見てみますと、日本はこれの八〇%なんです。それから、その下のアメリカが七一、その下のこれはユーロ圏が六九、下のドイツが四七。これはこんなに多いからさあ大変なんだということを当時の、財務省は言ったわけです。これは新聞にも出ておりました。その後、国会でも認めたと思います。たしか、そういう話聞いたことがありますけれども。
 ところが、純債務、純債務といいますのは、その粗債務から金融資産、金融資産って、日本にある場合にはまず特別会計が持っている金融資産、これもこの後お話ししますけれども、それからもう一つは社会保障基金です。これが入るかどうかは議論ありますけれども、OECDでは入れています。それで見ますと、日本は何と一番下です。二〇%という非常に低い数字だったんです。ですから、これから見れば日本は健全財政です。そこで、こういうことがありまして、アメリカも実はこの数字で、国際的には大体これで見ているわけですね。ですから、これを基にして、まず日本が判断をしたと。
 そして、この粗債務と純債務の言わば混同が今日に至るまでいろんな誤解を、誤解といいますか、実体の財政を判断する上での見方が、分かれているというよりは間違っていると私は思うんです。
 まず、これ最新のデータです。金融資産の関係で二〇一二年十二月末を取っているんです。
 これで見ていきますと、財務省が発表する粗債務というのは九百九十七、千兆です。そのうち、特別会計が三百兆あるんです。それから、一般会計というのは残りのざっと七百兆があるんです。金融資産としては、特別会計に相当するものは全部金融資産としてこれは内閣府のデータに載っております。それから、載っているんですけど、社会保障基金、これは年金ですとか健康保険の組合、それの積立金です。ここでも国債を七、八十兆買っておりますから、資金の還流はかなりあるんですけど、こういう形になるんです。
 ですから、粗債務だけ見ますと千兆だと。しかし、純債務は、これからこの差額を取ると四百九十九兆、つまり半分なんです。だから、ユーロ危機が起きた、何かしたら、さあ円を買おうと。一番世界で安定な国なんですよ、安心な通貨なんですよ。
 それで、問題はこの特別会計なんですよ。特別会計って一体何なのというと、その下に書きました。図の下を御覧いただきたい。
 これは二つに分かれまして、まず財政投融資特別会計に入る部分と、それから外国為替特別会計に入る部分と両方あるわけですね。この両方ありまして、その財政投融資特別会計の部分は、国民から集めて、財投債とか借入金で集めた金で、政府系金融機関に回して、それを個人だとか外国政府とかいろいろなところに貸しているわけです。ですから、この特別会計の債務というのは、全部最終借入人が負ってくれるんです。国民は負う必要ありません。
 それからもう一つは、外国為替特別会計に入る、ざっとこれはもう百三十兆、これはどんどん増えているんですけれどもね。これを見ますと、これでは、この八割ぐらいの金を使ってアメリカの国債を買っています。ですから、最終的にはアメリカが、もしデフォルトになればこれ没にしますけれども、アメリカが負担してくれる。
 つまり、特別会計は全て政府が自分で銀行をやっているんですよ、金融機関を。そして、それは、政府が政府保証債を出したり調達していますから、債務には入れている。しかし、完全にこれは国民が負担しなければならない債務ではないんです。ですから、純債務と粗債務の一番の違いはここなんです。これが幾つかの誤解を生んできているわけですね。
 その次に行きましょう。
 それで、まず、財政から、これを見てみまして、これは、一九九六年まで遡ってずっと日本の財政の規模を、借入金ですね、これを考えてみました。それで、これが一般会計の借入金です。この上にプラスになっていますね。これが、特別会計がプラスされてここの一番上に来ています。
 それで、一般会計は、この二〇〇一年から二〇一二年まで、三百十三兆円、確かに増えています。それで、小泉構造改革のときに建設国債よりも赤字国債が増えたんですね。だから、中身は少し悪くなりました。その前は建設国債が中心だったんです。
 一方、特別会計の中では、この左上に書きましたとおり、借入金としては十兆ぐらい増えています。しかし、政府短期証券、つまり、アメリカの国債を買うために、この間既に四十五兆買っているんです。ですから、その分でどんどんどんどん膨らんできているわけです。
 ですから、財務省が、さあ千兆だ、大変だ、増税だ増税だと言いますけれども、一方、アメリカの国債を買わざるを得ない状況あるでしょう。これは、また後の議論として、もし議論ができればと思いますけれども。いずれにしても、今でも五十兆ぐらい今年買ってくれと言われているというような報道が流れています、市場には。
 もしそうであれば、それはそれでしようがないと、たとえそうであっても、それも国民の負担だから、さあ増税をしろという理屈にはならないんですね。そういうことを言い続けてきているから、自ら財務省が首を絞めているんですよ。
 これは、財務省の方には何回もお話ししましたけれども、なかなか聞いてもらえません。そして、彼らが言うには、そういうのは俺たちは判断できない、政治家の先生がちゃんとリスクを取って判断してくださいと、こう言うんですよ。
 したがって、私は、先生方にちょっとお願いしたいことは、政府が、財務省が発表するこの資料がありますね、さっきの資料があります。これですね、これ、この千兆。これを特別会計と一般会計に分けて公表していただくようにお願いしていただけませんか。指示していただけませんか、財務省、政治家の先生方から。そうしますと、こういう実態、よく分かるんです。こういうことが一番あるわけです。それで、この混同から結局、この財政危機といいますかデフレが始まったんですね。
 じゃ、ペーパーに戻ってください。ペーパーに戻っていただきますと、こういうことで財務省が、当時の、財政再建ということを法律で決めました。一九九六年六月に決めて一九九七年にそれを施行するということになったわけです。それによって、その後、本当に株価がどんどん下がりました。この株価が下がったことによって実は金融危機が起きるんですけれども、その前に、実は銀行は当時、株式の含み益、これを自己資本に入れていたんですよ。
 それで、当時、大手行、全体では十九行ありました。十九行全体で、自己資本というのは四十兆あったんです。そのうちの一割の四兆円がその株の含み益だったんですよ。すると、八%の自己資本を維持しなきゃいけないということは、その十二・五倍の貸出しを回収しなきゃいけない。それで、当時は物すごい回収競争でした。
 私自身は長く東京銀行におりまして、それから大学の先生をやっておりましたので、ちょうどこの金融危機のときには文京女子大学という大学の先生をやっておりましたし、ただ、当時の後輩なんかもたくさんおりましたから、銀行なんかによく聞きますと、各店別に貸出回収計画というのを出していたんですよ。それによって物すごい回収されたんですね、金を回収をしたと。実際には、有価証券報告書で見ますと四十八兆円を回収いたしました。これで一挙に実は信用収縮が起きたんです。これに当時気が付かれたのが麻生太郎大臣であり、当時の亀井静香さんだったんです。
 その一番下を御覧ください。
 小渕内閣、森内閣のときにデフレ脱却をやろうということをおっしゃって、それで当時の亀井政調会長です、亀井静香さん、それから麻生太郎先生、今の副総理は国務大臣であられました。今ちょうど財政、金融担当の大臣。それで、大臣として初めてデフレを認められたのは麻生太郎先生です。これ、今でも新聞記事持っていますけれどもね。それから、日本は純債務で見ればそんなに心配じゃないんだというこの実態を国民にはっきり説明されたのも麻生先生です。
 それで、景気はその後かなり良くなってきたんです。それで、結局税収は二〇〇〇年には五十一兆へ上がって、このままいけばデフレは解消したんですよ。ところが、二〇〇一年三月に森総理が退任されて、小泉内閣が成立した。ここで大きな逆噴射が出たんです。
 その次のページを御覧ください。
 時間の関係ありますから、項目を中心に整理してまいります。
 まず、ですからここで、一番上に書きましたね、デフレを始めたのは自民党、花を咲かせたのは民主党と、このデフレを解消するのが安倍内閣の経済政策だと。
 これは、実は自由民主党の参議院の脇雅史先生が去年の三月の参議院の予算委員会でおっしゃいました。これ、本当に名言です。ただ、これで私が思ったことは、自民党さんはちゃんと自らデフレをやったということを自覚されておる、それを何とかして解消しようというんだから、これは立派なものだと思っているんです、本当に。やっぱり自分の間違ったことは、説明あれですからね、みんな言いたがらないですからね。しかし、これをきちっと言われた。
 それで、小泉改革というのはどうなったかということは、まあそこに書きましたから、ちょっともう何か時間が余りありませんが、とにかく自民党をぶっ潰すと。小さい政府、公共投資削減、地方交付税交付金、国庫補助金の削減。これは、林先生がいらっしゃいますからこの後お話ししますけどね。それから、あと政策理念は供給サイドの経済学と言ったんです。これはレーガンがアメリカで言い出したことのまね事だったんですね、竹中さんが言い始めた。しかし、供給サイドの経済学なんというのは、実はあり得ないんです、経済学としても。
 なぜかというと、実はアメリカがやっていることは、供給サイドの経済学と言って減税をしろ、企業に減税をしろ、富裕層の税金を下げろと言うんですが、レーガンがやったことは軍事バブルです。軍事という公共投資です。それで、その後、ソ連が潰れてからクリントンがやったことは、まさに公共投資で経済を立て直したんです。今でもそうです。今でもオバマが一生懸命やっているのは、かなり公共投資です。今かなり良くなってきていますけどね。これは公共投資です。ですから、この辺のところが日本は大変に誤解をしているんです。アメリカの数字をきちっと分析すればすぐ分かります。
 それで、問題なのは、そういうことになって、大きなデフレ、何がデフレ要因かといいますと、真ん中辺からちょっと上、下へ読みます。構造改革の主要政策。まず、緊縮財政で金融緩和、これ財政デフレです。それから二番目、その下、不良債権処理、企業倒産デフレ。これは必要以上にやったんです。はっきり言って、ここで不良債権処理をする必要はなかったんです。これ、理由は後ほどでも御質問があればお話しいたします。これはむしろ竹中さんがわざとやったんです。UFJ銀行を潰したといっても、あれはわざと潰したんですよ。あの銀行は別に不良債権もそんなにありませんし、時価会計を取って、それで不良債権どんどんどんどんつくらせて、それで結局は破綻させたということが、これ事実です。これはみんな知っていますけどね。それから三番目には、時価会計デフレ。四番目には、自己資本比率規制というのを採用して、特に地方銀行までこれ入れました。だから、まさに金融行政デフレです。それから五番目には、雇用規制の緩和、実質的に解雇を自由にした。だからリストラデフレ。それから、その次のページですね、もう一つありますね、規制緩和として、幾つか規制緩和をしましたけれども。
 いずれにしましても、竹中さんの時代にやった構造改革の各項目は、全部デフレ政策なんです。それをやっていけば全部デフレになるんです。だから、デフレを法制化したんです、はっきり言って。これが今日に至る大きな原点です。
 それで、その結果どうなったかということです。それで、非常に大きな特徴は、まず、先へ参ります。この右下の七というのがございますね、これを御覧いただきたいんです。
 これは何かといいますと、今よく新聞に出ます、最近は。どうして出るかというと、こんなに財政支出が増えているよ、税収が減っているよ、ワニの口のようだねと、こういうように評するんです。しかし、このワニの口のようだねという現象が発生したのは、実を言いますと、この橋本財政改革のときからなんです。それで、それが少し良くなって、小泉改革になって一挙にこれがどんとこういうふうに落ちてしまった。
 そして、これはどういうことかといいますと、結局、石油危機ですね、一九七三年から始まった石油危機、七九年が、二回。石油危機以降、日本は非常に外貨が入ってきて、国民の貯蓄が増えたんですよ。そこで、この国民の貯蓄を国内で使おうと、だから建設国債を出して、公共投資を出す、それによってその貯蓄を国内に還流していったんです。それによって地方が、経済が発展する、そしてそれがまた中央に跳ね返ると。こういう、まさに非常にいい循環、まさに安倍総理が今おっしゃる好循環ですよ。好循環はここから始まったんです。それで、この好循環が始まっていますから、この間財政、支出の方が多いんですよ、税収の方が少ないんです。だけれども、名目GDPはずっと上がっていますよ、これ。ずっと成長しています。
 しかも、もっと驚くべきことは、一九九〇年にバブルが破壊しましたね、破裂しました。それで、税収は落ちました。税収は落ちましたけれども、公共投資どんどん出して実体経済を支えていたんです。その結果、名目GDPも上がっているんですよ。ですから、これがベースになって実際にその後の税収にプラスになってくる、そういうやさきだったんです。そのやさきに橋本財政改革……

発言情報

speech_id: 118614332X00420140416_005

発言者: 菊池英博

speaker_id: 5767

日付: 2014-04-16

院: 参議院

会議名: 国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会