下村博文の発言 (文教科学委員会)

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○国務大臣(下村博文君) それちょっと違うのじゃないかなというふうに私は率直に言って思います。
 それは、社会が高度化、複雑化してきている中で、そもそも大学は普通教育という位置付けではないと思うんですね。これは教育基本法第七条で大学についての定義がされているんですけれども、大学は学術の中心として高い教養と専門的能力を培うとともに、深い真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより社会の発展に寄与する、これが教育基本法における第七条の大学の定義でありまして、まさにそのとおりだというふうに考えておりますから、必ずしも普通教育というような限定ではない位置付けであるというふうに思います。
 その中で、社会が高度化、複雑化する、さらに、例えばアベノミクス三本目の矢、これは科学技術イノベーションを更に高めていく、国としてもバックアップするという中で、それを支えるための高度な人材育成が必要であります。そのためには、高等教育機関、つまり大学とかあるいは専門・専修学校も含めてですけれども、よりそういう機関がその時代のニーズに対応できるような高度な人材力を養成するということが必要でありまして、それが必ずしも普通教育と職業教育に分けて、高校ではそういう分け方をしていますが、大学においてそれが六四とか七三というような切り口ではなくて、求められているというふうに思います。
 ですから、ただ単に教養としての大学の位置付けということでは十分に社会的な対応できる人材育成ということはできないということはもうそのとおりでありますけれども、いかにそれぞれの学術的な部分から、これは教育研究という部分から、それぞれの専門性をどう高めていくかという意味では、これは単純に普通とか職業とか分けられない部分というのはたくさんあるわけでありますね。
 例えば文学の部分においても、社会におけるすぐ学術的な教育研究ということではないかもしれませんが、しかし、広い目で見たとき、やっぱりそういう分野も大学においては大変重要であることもこれは否定できない事実でありまして、それに沿った人材育成を大学側がどうするかということが今大学には問われているというふうに思います。
 必ずしも勉強が付いていけない学生が大学にいると、前回、四割の大学が高校以下の補習授業をしているという話がありましたが、これは、大学入学試験とそれから高校以下の教育にも問題があるというふうに思っておりますから、トータル的に、大学だけではありませんけど、日本の教育力をどう高めるかということが今我が国に求められていることだと思います。

発言情報

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発言者: 下村博文

speaker_id: 34381

日付: 2014-06-19

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会