上西小百合の発言 (内閣委員会)
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○上西委員 わかりました。それは当然のことだと思うんですけれども。
ですから、私が申し上げたいのは、秘書が書いたものを私が書いたというふうに言うことはできません、それはそうなんですよ。そうではなくて、それでしたら、有村大臣から直接、有村先生のお名前で御対応していただければよかったんじゃないかな、こういうふうなことを言いたかったということでお伝えをしておきます。
そして、次に参りますが、十月三十一日の本会議で、私の代表質問に対する有村大臣の御答弁は、まるで私が事実を調べずに、適当に質問したような印象を多くの国民に印象づけ、そして、まさに私を罵倒するかのごときの御答弁だったと私は感じましたので、ここで私があの質問をするに至った経緯及び事実を御説明させていただきたいと思います。
私は、参議院の予算委員会のやりとりを拝聴していて、民主党議員が大臣の書かれたエッセーというふうに繰り返していたのが印象的だったので、代表質問の作成に取りかかり始めた当初は、大臣が共働きの両親の子供は数十年後におかしくなるというニュアンスの本を書かれ、それを民主党議員が追及しているのだな、こういうふうに思い込んでしまったので、一番最初に提出した質問通告には、大臣が上梓されたエッセーの中でそういうふうな記述をされていると書いていました。
特段その内容にかかわる質問ではありませんでしたが、念のため、話題になったエッセーを私の方でも取り寄せたところ、先ほど大臣からおっしゃっていただきましたが、「チャイルドヘルス」という子育ての専門誌に寄稿された「新米ママ、国会で走る!」という記事であることがわかり、上梓という言葉は適切ではないというふうに判断したので、即座に、先ほど申しましたように、御著書から、共働きの両親の子供は数十年後におかしくなるという形で、こういうふうなニュアンスが読み取れるとの指摘を全面的に否定されという形で、上梓という言葉をわざわざ抜いて、訂正して通告をし直しいたしました。
本会議で、大臣は、本の出版はしていない、今もそうでしたけれども、力説をされている、こういった御様子ですけれども、現にこのエッセーは存在をしておるわけでございます。そして、そのエッセーの全体から、参議院の女性議員がそのようなニュアンスが読み取れると述べられていて、そうしたやりとりがあったことを私は引用させていただいたわけでございます。
さて、ここで、著書に関して、幾ら大臣が、出版はしていない、こういう御認識でそういうふうにおっしゃっていただいても、日本語には意味というものが定められておりまして、それは幾ら大臣でいらっしゃっても個人の認識で変えられるものではございません。
大辞林第三版等によりますと、著書とは、書物を書き著すこと、また、書き著した書物、著作となっています。すなわち、一般的な国語辞典の代表格に著書イコール著作である旨が明記されています。そして、著作とは、書物などを著すこと、また、書き著したもの及び著述、こういうふうにされていますので、著書イコール著述となり得るわけでございます。エッセーやコラムを雑誌等の一部として掲載した場合も、著書の範疇に属することが明白なわけでございます。
蛇足ながら、エッセー等の寄稿文も著作権法上の保護対象になり得る、こういった判例は枚挙にいとまがございませんし、加えて、この著書のページの下には、有村大臣の御紹介を「著者プロフィール」、こういった題目で行われております。ですので、著者が書き著したものを著書と表現して何の問題、そごがあるのか、私には甚だ疑問でございます。
先ほど申し上げました、上梓というのは、平たく言えば、確かに本を出版することです。ですから、あえて私は、その上梓という言葉は一切使わずに質問をいたしました。有村大臣は、今の私の著書という日本語の説明と御自身の本会議のときの私への御答弁を照らし合わせて、どのようにお考えになりますでしょうか。御見解をお聞かせください。