小川淳也の発言 (安全保障委員会)

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○小川委員 その本質については、何度も申し上げているとおり、そのとおりだと思います。
 しかし、戦前の特殊な経緯に鑑みて、一定程度、内局にある事務官が、人事や政策や予算を通して積極的関与、そして、大臣を初めとした政務と幕僚の制服組との間に立つ形でさまざまな調整業務に奔走している。そのことが、ひいては、制服組の独走なり、場合によっては暴走のようなものを抑止することにつながっているという趣旨の答弁は、過去繰り返されているわけであります。
 その意義を一定認めた上で、私は、過去の答弁を見てまいりますと、特に昭和四十年代、五十年代ぐらいまで、あるいは六十年代ぐらいまでですか、竹下総理のころまでは、内局によるコントロール、内局による統制というのは非常に肯定的に、積極的に表明されているんです。シビリアンコントロールを担保する、あくまで一つの要素としてですよ、一つの機能としてです。
 ところが、平成十年の久間大臣、それから平成二十年の石破大臣、このあたりから少し雰囲気が変わってくるんですね。
 ですから、それは恐らく、再三申し上げますが、歴史的経緯で、日本社会には、それは政府内部においても、軍部とか軍人に対する警戒心やあるいは猜疑心のようなものが非常に色濃くあったんだと思います。だから、政治家による統制に加えて、内局、事務官による積極的な関与を肯定的なイメージで捉えてきた。これは昭和四十年代、五十年代、六十年代まではそうだったんだと思います。
 現に、事務次官や官房長を初めとした内局の幹部は、防衛省生え抜きというよりも、むしろ内務官僚や大蔵官僚や、そういった方々が占めるということも多々ありました。私自身も、なぜ先輩方が、この防衛省という、またちょっと畑の違うところで大幹部を務めているんだろうということを率直に疑問に思ったことも実際あったんです。そういう歴史的経過の中で防衛省内の事務、政策、運用の遂行は行われてきた。
 しかし、平成十年、二十年、やがては防衛参事官という過去あった制度も廃止されるわけでありまして、特に近年そうだと思いますが、制服組とか軍部とか、あるいは軍人とかいうものに対する少しアレルギー的な反応は、日本社会においては極めて少なくなってきている。それは裏を返せば、自衛隊、自衛官の皆さんの献身的な貢献であり、誠意ある努力であり、そういったものが内外の情勢変化と相まって、非常に国民の信頼と期待をかち得てきた歴史でもある。
 そのことは、むしろ、大臣、真っ正面から評価されて、過去こういう概念、過去こういう観念が日本社会、政府内外にあったかもしれない。それは当時の時代背景下においては一定の機能を果たしていた面がある。しかし、時代は変わってきた。より大きな信任、期待、信頼をかち取ってきた歴史でもあった。したがって、防衛参事官制度の廃止、そして今回、歴史的な経緯のある十二条の改正を含めて、きちんと、本当の意味で制服組とそして内局が両輪として、大臣がよくおっしゃる両輪として並立の関係に立って、しっかりと大臣初めとした文民を支えていくんだ。法的にも、実務に照らして、また世情に合わせて、本当にあるべき姿、望ましい姿にむしろ変えていくんだという文脈で御答弁になられた方が、極めて歴史に即した、理解しやすい今回の改正の趣旨に当たるのではありませんか。
 重ねてのお尋ねになりますが、今私が申し上げたことを御理解いただけるかどうか、御答弁いただきたいと思います。

発言情報

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発言者: 小川淳也

speaker_id: 15134

日付: 2015-04-24

院: 衆議院

会議名: 安全保障委員会