2015-06-15
衆議院
横畠裕介
我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
横畠裕介の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)
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○横畠政府特別補佐人 まさに、どのようなものとして重く受けとめるかということが重要でございます。
そこで、砂川事件に係ります昭和三十四年十二月十六日の最高裁判所大法廷判決は、まさに旧日米安保条約に基づくアメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法第九条第二項前段に違反して許すべからざるものと判断した原判決を誤りとして破棄したものでございます。その判断に至る過程におきまして、次のようなことが示されているわけでございます。
一つとして、憲法第九条についてでございますが、「同条は、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。」との判示でございます。
二つ目ですが、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。」との判示でございます。
これらは、自衛隊の合憲性や我が国による武力の行使の可否そのものが争点となった事件について示されたものではないわけでございますが、その判断の過程においてあえて考え、かつ判決書にも法廷意見として記載されているということでございますので、その意義をどのように評価するかということでございます。先ほども申し上げましたが、その部分は厳密な意味での判例としての法的効力を持つものではないことは当然の前提でございまして、その上で、最高裁判所の権威ある重い判断であるとしてどのように受けとめるかという問題であろうかと思います。
ところで、砂川判決は、今御紹介したとおり、固有の自衛権というのみでございまして、個別的自衛権、集団的自衛権という区別をして論じていないわけでございます。このことは、国際法上、国際連合憲章において両者の区別があるわけで、その区別があるものの、憲法におきましてはそもそも自衛権についての規定がなく、その区別自体が憲法上のもの、憲法に由来するものではないということと整合するものと理解されます。
実は、今日におきましては、自衛権といいますと、個別的自衛権にしろ集団的自衛権にせよ、武力の行使を正当化する権利として整理されておりますが、当時におきましてはややそれよりも広かったのではないかとうかがえます。すなわち、他国の軍隊に駐留を求めることや基地の提供なども自衛権の問題として議論されていたことがうかがわれるわけでございます。
現に、昭和三十四年の砂川判決の翌年に当たりますけれども、昭和三十五年三月三十一日の参議院予算委員会において当時の林修三内閣法制局長官が答えておりますが、「密接な関係のある他の外国が武力攻撃を受けた場合に、それを守るために、たとえば外国へまで行ってそれを防衛する、こういうことがいわゆる集団的自衛権の内容として特に強く理解されておる。この点は日本の憲法では、そういうふうに外国まで出て行って外国を守るということは、日本の憲法ではやはり認められていないのじゃないか、」「そういう意味の集団的自衛権、これは日本の憲法上はないのではないか、」と言った上で、「現在の安保条約におきまして、米国に対して施設区域を提供いたしております。あるいは米国と他の国、米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対してあるいは経済的な援助を与えるというようなこと、こういうことを集団的自衛権というような言葉で理解すれば、こういうものを私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません。」と答弁しているところでございます。
その上で……(発言する者あり)大事なところ、極めて大事なところでございます。