2015-06-22
衆議院
西修
我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
西修の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)
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○西参考人 本日、このような場で私の見解を申し上げさせていただく、そういう機会を得たことを大変光栄に存じます。
何分にも時間が限られております。特に私の場合は、全資料十一ページ、プラス新聞がありますので、とても不可能であります。まず最初に結論部分を申し上げ、そして、時間の許す限りにおいて御説明し、さらにまた、必要であれば資料などを利用したい、こんなふうに思っております。
まず最初に、私は、戦争法案ではなくて、戦争抑止法案である、そんなふうに思います。
そこで、以下、結論部分を、ここに十ありますので、まず、これをゆっくり申し上げ、時間がある限り説明をさせていただきたいと思います。
憲法第九条の成立経緯を検証すると、同条と第六十六条二項とは不可分の関係にあり、自衛権の行使はもちろん、自衛戦力の保持は認められる。これは成立過程から見たわけでありますけれども。
第二、比較憲法の視点から調査分析すると、平和条項と、集団的自衛権を含む安全保障体制とは矛盾しないどころか、両輪の関係にある。
三、文理解釈上、自衛権の行使は全く否定されていない。
四、集団的自衛権は、個別的自衛権とともに、主権国家の持つ固有の権利、すなわち自然権である、国連憲章五十一条であります。不可分であります。
そこで、枝野幸男現在の民主党幹事長は、次のようにおっしゃっておられます。そもそも、こうして個別的自衛権か集団的自衛権かという二元論で語ること自体、おかしな話です、そんな議論を行っているのは日本の政治家や学者くらいでしょうと。私は、個別的自衛権とか集団自衛権、区別して論ずるのはもうおやめになっていただきたい。枝野幹事長のこの言葉、非常に強く、重く感じるわけであります。
あえてこれについて言うならば、岡田党首は、党首討論において、最後に、私たちは個別的自衛権はやります、集団自衛権はやりません、たしかそんなふうにおっしゃっていらしたと思います。どうしてこれを分けるんでしょうか。どうやって分けるんでしょうか。また、やることにどんな意味があるんでしょうか。私は、あの言葉を聞いて、この枝野幹事長の言葉を思い出した次第であります。この点をぜひ御議論いただきたい、こんなふうに思うわけであります。
第五、集団的自衛権の目的は抑止効果であり、その本質は抑止効果に基づく自国防衛である。そのような国際的な共通認識のもとに、世界では集団的自衛権の網が張りめぐらされている。北大西洋条約とワルシャワ条約の存在があったからこそ、ヨーロッパで冷戦が熱戦にならなかった。
我が国は、国連に加盟するに当たり、何らの留保も付さなかった。国連憲章第五十一条、すなわち、集団自衛権、個別的自衛権が固有の権利である、これを受け入れたと見るのが常識的だろうと思います。何にも留保はないし、憲法に明確に否定されておりません。
七、個別的自衛権にしろ集団的自衛権にしろ、自衛権の行使の枠内にあること、国際社会の平和と秩序を実現するという憲法上の要請に基づき、その行使は政策判断上の問題であると思います。どうも議論を伺っておりますと、憲法解釈と政策判断の問題を明白にしてこなかった、これが混迷の最大の要因ではないか、このように感じております。
政府は、「恒久の平和を念願し、」「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」前文、それから「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」するという憲法九条冒頭、こういう国民の願いを真摯に受けとめ、国際平和の推進、国民の生命、安全の保持のため最大限の方策を講ずるべき義務を負っている、こんなふうに思います。
そして、国会は、自衛権行使の範囲、態様、歯どめ、制約、承認のありようなどについて、もっと大きな視点から審議を尽くすべきである、このように思うわけであります。
そして最後に、今回の安全保障関連法案は、新三要件など、限定的な集団的自衛権の行使容認であり、明白に憲法の許容範囲である、このように思うわけであります。
あと十分ちょっとありますので、特に憲法九条と自衛権の行使との関係。
六十六条二項「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」これは御存じですよね。細かいことは省略しますけれども、あれがなぜ入ってきたのか。
芦田修正とかかわるんです。芦田修正によって、「前項の目的を達するため、」。陸海空その他の戦力は持ち得るんだ、すなわち、一言で言うならば、自衛のためであれば陸海空その他の戦力は持ち得るんだ、これが芦田修正であります。
本当に私は何カ月もかかって、アメリカ、イギリスで研究してきました。
それを受けて、極東委員会ではどんな議論があったか。これであれば、芦田修正が、本当に、これがもう衆議院は通ったわけですから、であれば、自衛のためであれば戦力を持てるじゃないか、軍隊が持てるじゃないか、軍人が出るじゃないか、軍人が大臣になるじゃないか、それは、すなわちミリタリーコントロールじゃないか、絶対だめだということで、シビリアンコントロールにしなければいけない、これは極東委員会でかなり議論がありました。そして、その結果、日本にかなり強い形で要求をしてくるわけであります。このときは極東委員会です。もう衆議院は終わっております。何とか入れたい。その経過は省略しますけれども、いわば、半ば強引な押し込みになりました。
七ページをごらんになってください。
下から四、五行目ですね、宮沢俊義先生は、そのとき貴族院議員でした。十月一日、こんなことをおっしゃっております。「憲法全體ガ自發的ニ出来テ居ルモノデナイ、指令サレテ居ル事實ハヤガテ一般ニ知レルコトト思フ。重大ナコトヲ失ッタ後デ此處デ頑張ッタ所デサウ得ル所ハナク、多少トモ自主性ヲ以テヤッタト云フ自己僞瞞ニスギナイ」。後ほどかなり護憲の論陣を張られた宮沢先生、このとき非公開で、いわば非自発的である、非自主的である、自己欺瞞であると。
こういう形で今の六十六条二項が入ったんです。強引に入れられたんです。
ですから、六十六条二項の背景には憲法九条があったわけです。憲法九条を論ずる場合は、少なくとも、成立過程から見ると不可分の関係です。そういうことを解釈の原点に置かなければいけないんじゃないかということを強く申し上げたいと思います。
第二、比較憲法的な側面から、これは資料でいいますと、第八ページと九ページにございます。
私は、世界の成文憲法典、百八十八を調べてみました。これは大変でした。その中で、平和主義条項がどれだけあるか、態様は、この十七であります。結論、百八十八カ国中百五十八カ国にあります。平和憲法、平和憲法、世界は平和憲法は当たり前のことなんです。しかし、平和主義を置いてあるこの百五十八カ国中、国防体制、国防について規定のない国はほとんどありません。
何を言いたいか。比較憲法の側面から見ると、一方で平和をうたうんだ、他方で国防をきちんとやるんだ、それが世界の現状です。
そしてもう一つ、資料三をごらんになってください、八ページ。
これは、この二十五年間、一九九〇年から二〇一四年までに制定された憲法、これも憲法典を全部入手しました。これも結構大変です。そして、これを幾つかの分類に分けて整理しました。時間がありませんから、七と九をごらんになってください。
百二カ国中、平和主義条項を持っているのは、私が調べたところ、これは少なくとも誰もやっておりません、もしかして一カ国、もうちょっと違うかもしれません、百カ国ありました。国家非常事態条項は百二カ国、一〇〇%です。
世界の憲法というのは、平和をうたい、平和を侵されないためにどうすればいいか、立憲主義の観点から立憲秩序をどうやって回復するか、これが世界の現状であります。
私は、比較憲法それから歴史から見て、こういう結論を得ております。
時間がありません、飛ばします。後で、集団自衛権とか最高裁判所判決ですとか、これについては時間がございません。
そこで、私の治癒策ということで申し上げたいと思うんですけれども、その前に、五の、きょうは共産党の委員もお見えでございますけれども、九条については、共産党は、昭和二十一年八月二十四日、最後の何行かだけ読ませていただきます、こういうふうにはっきりおっしゃっております。
現在の日本にとって憲法九条は一個の空文にすぎない、「日本共産黨ハ一切ヲ犧牲ニシテ、我ガ民族ノ獨立ト繁榮ノ爲ニ奮闘スル決意ヲ持ッテ居ルノデアリマス、要スルニ」、今の九条は、「我ガ國ノ自衞權ヲ抛棄シテ民族ノ獨立ヲ危クスル危險ガアル、ソレ故ニ我ガ黨ハ民族獨立ノ爲ニ此ノ憲法ニ反對シナケレバナラナイ、」。この九条は民族の独立のために絶対だめだ、これが憲法議会のときの共産党の発言です。代表発言です。
そういう意味において、治癒策。私は、政府、学説は、憲法の原点に返る、国際連合憲章に入ったそのときの原点に本来は返るべきであります。しかし、それは不可能です。であれば、もう究極の国民投票をやろうじゃありませんか。
要するに、誰が読んでも平和、一方で、誰が読んでも自衛戦力を持てる、もうそういう時代に来ているんじゃないんでしょうか。あれもこれもこれもこれも、もう解釈がめちゃくちゃ、全然わからない。そうしたら、ここで憲法改正、究極の二者択一の憲法改正、これを議論し、これを実施することによって、日本の平和と安全というものにもう一度戻って、憲法施行から七十年になると思いますけれども、そういう側面からぜひ御検討いただきたい。
以上が私の見解であります。どうも失礼しました。(拍手)