2015-07-01
衆議院
柳澤協二
我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
柳澤協二の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)
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○柳澤参考人 おはようございます。柳澤でございます。
私は、大体四つぐらいの点について、国会の論議を、一日テレビを見ているわけにもまいりませんので報道を通じて拝見している中で、私自身非常にいらいら感もあり、もっとこういうところを議論してほしいのにと感じるところがございますので、そういう点を中心に申し上げたいと思っております。
この部屋は、実は、周辺事態法を審議いただくときに私は防衛庁運用局長で、当時まだ政府委員の制度がございまして、本当に随分長いこと日参させていただいた記憶がございます。本当に何というか、かなり細かいところまで議論されていた。細かいところを時間をかけて議論すればいいということではないと思いますが、時間というよりは、本当に論点が出尽くしたという感覚が私にとっては一番大事なことだろうと思うのであります。
まず、存立危機事態とは一体どういうことかということが、これは冒頭からかなりの議論をされておりますが、十分認識が収れんしていったという感覚がない。これはある意味抽象的な話と具体的な話のミックスで非常にやりにくい議論なのかもしれないんですけれども、私の実感として申しますと、今まで自衛隊が多くの国民に支持をされてきた、その背景には、この憲法のもとでも、我が国が攻撃を受ければそれは自衛隊が立ち上がって戦わなければいけないよねというところで、国民もそこは納得していた、そして自衛隊もそこは覚悟していた、政治もそのように理解していた、そういう自衛隊、国民、政治、三者の合意点がそこにあったんだと思うんですね。
それを今度はお変えになろうという法律でありますから、今度の要件は何だといえば、他国に対する武力攻撃が発生し、そこまでは一応ファクトの問題としてわかるのかもしれない。しかし、それが要件ではなくて、そのことによって我が国の存立が脅かされるかどうかということが武力行使の要件となるということになると、これは一種の価値判断の問題ということなので、ですから、なかなかそこが詰まり切らないんだろう。
あるいは、ホルムズ海峡の話も随分出ましたが、最近では北朝鮮からのミサイル警戒中の米艦の話が出ている。後者については私もかねてから、現役時代から、個別的自衛権の応用動作で何とかしなきゃいけないという問題意識も持っておりました。つまり、遠いところの議論をすると非常に存立危機との関連、因果関係が薄まってしまって、近いところの議論をすると個別的自衛権との切り分けが難しくなっていく。
だから、どういうすき間があるのかというようなこと、少なくともそこが合意されないと、そして国民がそれを納得し、自衛隊がそれを覚悟するというプロセスとしてこれはぜひ必要な、抽象的な神学論争ということではなくて、そのための議論、国民と自衛隊が理解を共有するためにも必要な議論ということでやっていただきたいと思います。
それから、私の立場で申しますと、やはり隊員の安全確保というのは非常に重要な問題であると思っております。
リスクは当然新しい任務に伴ってある、けれどもそれをできるだけ局限する、最小化するということを政府は御答弁されていると思いますけれども、私の実感として言えば、例えばイラクで、バグダッド以北にC130を飛ばすようにするときに本当に脅威見積もりをしました。ガンを積んで低空を飛びながら作戦行動をしているようなC130もありました。これは一機撃ち落とされていますけれども。問題は、高度六千メートルを飛ぶC130がどの程度の脅威にさらされているかということで、航空幕僚監部にお願いして、できるだけ詳細なデータをとった上で、総理に、確かに一般的なリスクはある、しかし今度の任務で飛んでいるようなC130については今まで直接攻撃、撃墜された例はありませんということを自信を持って報告ができたわけですね。
そういう作業を内閣官房あるいは防衛省は当然やらなければいけないはずなので、この新しい任務についてのリスク分析といったようなこと、これは、どこまでこの委員会の場で議論していただくかは別として、しっかり認識した上で御議論いただきたい。
そして、特に、日本の場合はまだ経験がございませんけれども、各国はPKOなどの業務でも既に犠牲者を出しているケースがあるわけですから、せめてそういう事例検討ぐらいはちゃんとやらないと、私は本当に、防衛官僚としても自信を持って安全確保できますとはとても大臣や総理には進言できない問題であるという感覚をぬぐい去ることができないのであります。
三つ目に、これから大きく我が国の、特に自衛隊の国際的な活動の場が広がっていく、そういう法制になっております。このときに、イラクには六百人を出して、そのうち業務支援隊として復興業務を実際にやっていたのは百名程度ということなのでありますが、道路を直し、病院を直し、学校を直しという仕事をしてきた。私はそれはそれで部隊はよく頑張ったし、立派な仕事をしてきたと思って、私もそこはプライドを持っているところでありますけれども、しかし、恐らくその辺の成果は、その後のあの地域の混乱の中で多分もうほとんど跡形もなくなっているのかもしれないという危惧もございます。
果たしてどういうスタンスであの地域のそこに責任を持ってどこまでやるのかというところが、正直申し上げますと、あのときは復興のための国連決議もございましたけれども、やはり日米同盟維持という観点で、アメリカへの協力、国際社会への協力が両立する任務としてイラク復興支援ということをやっていったわけですが、サマーワという地域に限定した支援活動であった。今度はもっとたくさんのことができる法律になる。そうすると、そこに我が国はどういう姿勢で臨んでいくのか。
ブレア政権は、戦局を左右するぐらいの兵力を出さないと、国際的な、特にアメリカに対する発言力はないということで、最大八千人ぐらいだったと思いますが、兵力を出し、そして多くの戦死者を出し、今、結果的には必ずしも成功とは評価されていない、そういう経験もございます。我が国はこれまで実際に戦争をしていないものですから、よその国の例を参考にしながら教訓を酌み取っていく、これはこれとしてまた長い時間がかかることではあると思いますが、そうしたところもぜひ問題意識にのせていただきたい。
そして、さっき伊勢崎参考人のお話にもございました。ずっと私がやっているころからの法律にも同じ問題が実はあったんです。というのは、海外で自衛隊員が行う武器使用の法律には何と書いてあるか。主語は「自衛官は、」なんですね。自衛隊法八十八条の防衛出動のときのケースは、主語は「自衛隊は、」なんです。自衛隊は武力の行使ができる。ところが、海外の武器使用は、自衛官は武器の使用ができる。つまり、防衛出動を受けて自衛隊として行動する、それは国家の意思としての武力行使、つまり人を殺傷し物を破壊する行為と法律上定義づけられております。
同じことを、国際紛争の一環にはならないかもしれないけれども、「自衛官は、」ということで、自衛官個人の責任として実はやっていかなきゃいけない。ここに対するケアのための法制というのは、なかなか実は軍法会議とかいったものはこの憲法のもとでは難しいんだと思います。そういうところの矛盾がやはり現地、現場の隊員一人一人に向かうことは避けられないわけですから、そこへの問題意識も持ってどうケアしていくのかということ、法的なケア。まさか一切無罪にするという法律はつくれないと思います。しかし、立法府としてどんな対応ができるんだろうかということもぜひお考えいただかなければいけないなと、私は個人的に思います。
最後に、やはり大きなテーマは、先ほど小川参考人からもございましたが、結論はともかくとして全く私も同感するところがあって、要は、これで抑止力という観点から見てどうなんだということをしっかり議論していただく必要があるんだろうと思います。
例えば、アメリカの船を守ることによって日米が強固であるということが伝えられる、それによって抑止力が強化されて、我が国が戦争に巻き込まれる可能性がなくなるというのは一つの筋書きであります。しかし、もう一つの筋書き、それは、今の筋書きが成り立ちますのは、つまり、相手がそれによって日本にはその意思と能力がある、当然アメリカにもあるということを認識し、そして相手が自粛して手を出さない、それが抑止ということだと思うんですね。逆に、相手がそれで、そうはいっても本当に、本気で日本がやってくるのか、本気でアメリカがやってくるのかというところに疑いがあれば、あるいは相手がそれでもなおかつやるんだという覚悟を持っていれば抑止は成立しないわけですね。
どうもそこのところが防衛計画大綱を見てもガイドラインを見ても、プレゼンスによる抑止という概念は私はあると思いますね、その流れの中でアセット防護というようなことが強調されております。しかし、現場において軍対軍を対峙させることによる抑止、それは一種の拒否的抑止として成り立つのかもしれないけれども、それは逆に緊張を高める要因もある。そして、間違えて撃っちゃったらそれが拡大する可能性もある。それをどう政治的に防ぐのかというその仕組みをしっかり考えていく。武器使用の拡大をするならば、事態の拡大防止は政治の責任でありますから、そこの仕組みをどう考えていくのか。特に、自衛隊法九十五条の二という条文で平時から、これはかつては集団的自衛権の問題として安保法制懇でも議論されていた分野ですけれども、これを平時の武器使用権限として付与する条文があるわけですから、それがどのように拡大しないようにするかということも、これは政治の責任として御議論いただく必要があるだろう。
そして、最後に、私は冷戦時代に長いこと実務をやってまいりました。七六年の防衛大綱の中では、米ソの大規模な戦争、本格的な戦争はまず核抑止力もあって起こりにくい、ほとんどないだろうという前提に立ち、我が国にあるとすれば、極東ソ連軍が今の体制から一種奇襲的に来るような限定小規模な侵略であって、それに対して独力で対処するということを理念に掲げ、そして陸上自衛隊十八万、海上自衛隊約六十隻、航空自衛隊四百三十機という体制で日本の防衛をやっていたんですね。さっき小川先生がおっしゃったように、アメリカの極東における最大の拠点である日本自身を守るということが、アメリカの世界戦略とも合致している状態であったわけであります。
今度は、南シナ海のこと、あるいはインド洋のシーレーンなんかが盛んに議論されております。そういうところに海上自衛隊を展開するということは、やはり遠いんですね。冷戦当時六十隻ですが、今四十七隻、海上自衛隊の勢力があります。そのうち、海賊対処でローテーションも含めると六隻がとられています、中期防で七隻ふやすことにはなっておりますが。そこのやはり優先順位と資源配分といったもの、これも当然、法律の中でできる範囲でやるさというのは一つの答えかもしれない。しかし、では本当にそれで何ができるんですかということも問われなければいけない。
その所要防衛力、あるいは作戦の優先度といったようなところも、これは何も細かいところは数字まではいいのではないかと思いますけれども、ぜひ委員会の問題意識に加えて議論をしていただきたい、こんなことを今までの審議を拝見しながら感じているところでございます。
以上でございます。(拍手)