我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会

2015-07-01 衆議院 全319発言

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会議録情報#0
平成二十七年七月一日(水曜日)
    午前九時開議
 出席委員
   委員長 浜田 靖一君
   理事 今津  寛君 理事 岩屋  毅君
   理事 江渡 聡徳君 理事 松本  純君
   理事 御法川信英君 理事 長妻  昭君
   理事 下地 幹郎君 理事 遠山 清彦君
      青山 周平君    岩田 和親君
      小田原 潔君    小野寺五典君
      大西 宏幸君    大野敬太郎君
      鬼木  誠君    勝沼 栄明君
      木原 誠二君    木村 弥生君
      工藤 彰三君    國場幸之助君
      笹川 博義君    白石  徹君
      鈴木 憲和君    武井 俊輔君
      中谷 真一君    中村 裕之君
      橋本 英教君    原田 義昭君
      平沢 勝栄君    藤井比早之君
      藤丸  敏君    星野 剛士君
      前田 一男君    宮川 典子君
      宮崎 政久君    宮澤 博行君
      宮路 拓馬君    武藤 貴也君
      務台 俊介君    盛山 正仁君
      山口  壯君    山田 賢司君
      若宮 健嗣君    緒方林太郎君
      大串 博志君    後藤 祐一君
      辻元 清美君    寺田  学君
      長島 昭久君    青柳陽一郎君
      伊東 信久君    太田 和美君
      谷畑  孝君    丸山 穂高君
      伊佐 進一君    岡本 三成君
      佐藤 茂樹君    浜地 雅一君
      赤嶺 政賢君    宮本  徹君
      本村 伸子君
    …………………………………
   外務大臣         岸田 文雄君
   防衛大臣
   国務大臣
   (安全保障法制担当)   中谷  元君
   国務大臣
   (内閣官房長官)     菅  義偉君
   防衛大臣政務官
   兼内閣府大臣政務官    石川 博崇君
   政府特別補佐人
   (内閣法制局長官)    横畠 裕介君
   政府参考人
   (内閣官房内閣審議官)  前田  哲君
   政府参考人
   (内閣官房内閣審議官)  土本 英樹君
   政府参考人
   (内閣官房内閣審議官)  槌道 明宏君
   政府参考人
   (外務省大臣官房審議官) 岡田  隆君
   政府参考人
   (外務省総合外交政策局長)            平松 賢司君
   政府参考人
   (防衛省大臣官房長)   豊田  硬君
   政府参考人
   (防衛省大臣官房衛生監) 塚原 太郎君
   政府参考人
   (防衛省防衛政策局長)  黒江 哲郎君
   政府参考人
   (防衛省運用企画局長)  深山 延暁君
   政府参考人
   (防衛省人事教育局長)  真部  朗君
   参考人
   (東京外国語大学大学院教授)           伊勢崎賢治君
   参考人
   (静岡県立大学特任教授) 小川 和久君
   参考人
   (第三代統合幕僚長)   折木 良一君
   参考人
   (ジャーナリスト)    鳥越俊太郎君
   参考人
   (国際地政学研究所理事長)            柳澤 協二君
   衆議院調査局我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別調査室長     齋藤久爾之君
    —————————————
委員の異動
六月三十日
 辞任         補欠選任
  志位 和夫君     塩川 鉄也君
同日
 辞任         補欠選任
  塩川 鉄也君     志位 和夫君
七月一日
 辞任         補欠選任
  白石  徹君     國場幸之助君
  武井 俊輔君     岩田 和親君
  橋本 英教君     藤井比早之君
  宮川 典子君     務台 俊介君
  丸山 穂高君     谷畑  孝君
  佐藤 茂樹君     岡本 三成君
  志位 和夫君     宮本  徹君
同日
 辞任         補欠選任
  岩田 和親君     鬼木  誠君
  國場幸之助君     白石  徹君
  藤井比早之君     前田 一男君
  務台 俊介君     工藤 彰三君
  谷畑  孝君     伊東 信久君
  岡本 三成君     佐藤 茂樹君
  宮本  徹君     本村 伸子君
同日
 辞任         補欠選任
  鬼木  誠君     鈴木 憲和君
  工藤 彰三君     宮路 拓馬君
  前田 一男君     藤丸  敏君
  伊東 信久君     丸山 穂高君
  本村 伸子君     志位 和夫君
同日
 辞任         補欠選任
  鈴木 憲和君     武井 俊輔君
  藤丸  敏君     青山 周平君
  宮路 拓馬君     中村 裕之君
同日
 辞任         補欠選任
  青山 周平君     橋本 英教君
  中村 裕之君     木村 弥生君
同日
 辞任         補欠選任
  木村 弥生君     宮川 典子君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案(内閣提出第七二号)
 国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案(内閣提出第七三号)
     ————◇—————
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浜田靖一#1
○浜田委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案及び国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案の両案を一括して議題といたします。
 本日は、両案審査のため、参考人として、東京外国語大学大学院教授伊勢崎賢治君、静岡県立大学特任教授小川和久君、第三代統合幕僚長折木良一君、ジャーナリスト鳥越俊太郎君、国際地政学研究所理事長柳澤協二君、以上五名の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人各位に一言御挨拶申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。
 それでは、議事の順序について御説明申し上げます。
 まず最初に、参考人各位からお一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。委員の質疑時間は限られておりますので、お答えはできるだけ簡潔明瞭にお願いいたします。
 なお、念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を受けることとなっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 それでは、まず伊勢崎参考人にお願いをいたします。
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伊勢崎賢治#2
○伊勢崎参考人 本日は、お招きいただいてありがとうございます。大変光栄に思っております。よろしくお願いいたします。
 私の本日の意見陳述は、国連平和維持活動、いわゆるPKOについてだけ陳述したいと思います。
 PKOとは、国連安全保障理事会が承認し、国連が統合指揮をとるものであります。そもそもPKOというのは、武力介入という強制措置でありながら紛争当事者全ての合意がある、つまり国連憲章において第六章と第七章の中間にあるということで、六章半というふうに言われてきました。
 多くの場合、ある紛争国の政府と反政府勢力、これを日本流に言いますと国家と国家に準ずる組織、国準との間に内戦が起こって、やがて停戦となる、その双方が、中立な存在としてのPKOが割って入る、これを認めている状態であります。ですから、この時代のPKOの主要任務というのは、停戦監視が筆頭任務でありました。
 PKOの軍事部門である国連平和維持軍、PKFは、自動小銃などの軽武装、そしてできるだけ大世帯で行く、これで現場を確保して、停戦が破られないように抑止力として機能する、こういう考え方が一般的でありました。我が国のPKO参加五原則というのは、当時のこういう背景を前提に生まれたものだと承知しております。
 PKFを軽武装で大規模にするというのは、国連というのはあくまで中立性を保ちたい、もしくは、戦時国際法、国際人道法における紛争の当事者に国連はなりたくないという国連の意思のあらわれであります。国際人道法というのは、人道的な戦争を行うための流儀を示したものであります。つまり、攻撃していいものといけないものを区別する。もちろん、攻撃していけないものは一般住民であります。
 こういう戦争の人道面に関する立法化を人類は試行錯誤してまいりました。その大もととなるのが、皆さん御存じの、一九四九年のジュネーブ諸条約であります。このときでも、想定する戦争というのは、国家対国家というものでありました。
 その後、内戦の時代を迎えます。国際人道法が想定する戦争の定義が拡大いたします。内戦とは、ある一国の中だけで完結しないのであります。例えば、アフリカのそれのように、植民地時代に引かれた人工的な国境を反政府勢力がまたいで活動する、こういうことが一般的であります。つまり、周辺国同士の政治が複雑に絡んだ構造、これが内戦であります。ですから、こういう内戦というのは、今日では極めて国際化したものになっています。
 ですから、国際人道法が想定するいわゆるベリジェレント、交戦主体というのは、国家よりももっと小規模のもの、ある程度指揮命令系統があり、ある程度の地域を支配する武装勢力、日本で言う広域暴力団みたいなものですね、こういうものまで含むようになりました。これは、一九七七年のジュネーブ諸条約追加議定書によって決められております。
 さて、PKOに話を戻します。
 停戦の監視を任務としてPKOが送られたとして、もし、その目の前でその停戦が破られて戦闘が始まってしまったらどうするか。つまり、住民がPKFの目の前で殺される、殺され始めたらどうするか、その場合PKFはどうするのかということであります。この問題は、国連の法務局と国際法の研究者たちの中でずっと議論されてきました。
 まず、PKOの要員を、PKFの兵隊も含めて攻撃することは、国際法では違法化されております。これをPKO要員の保護特権と申します。
 でも、もしPKF自身が、武力行使されるのではなく武力行使をしたら、そのPKFの保護特権はどうなるのか、この議論であります。
 国際人道法は、御存じのように、相対する交戦主体同士が、お互いを合法的な攻撃目標とし、人道的な戦争をする流儀を定めたものであります。ですから、その一方だけが保護特権を持つということは概念上許されません。よって、PKFがみずから武力行使をしたら、その保護特権は失われる、そして交戦相手と同等になるという考え方が定着しております。
 でも、現実はどうでしょうか。
 PKOというのは、しょせん、基本的に、全く利害の関係のない国のもめごとに首を突っ込むことであります。どの国の部隊にとっても、国防以上のやる気は出ません、残念ながら。つまり、だらだらやるわけであります。
 しかし、一九九四年、後にPKOの行動指針を根底から激変させる事件が起こります。これが、アフリカのルワンダであります。
 ルワンダでは、人口の多数を占めるフツ族の政権と少数派のツチ族の反政府勢力の間で内戦がずっと行われていまして、そして国連の仲介で停戦が実現します。そして、PKOが発動され、PKFが派遣されます。
 このとき、この殺りくを首謀したのはフツ族側であります。つまり、政権側です。つまり、政権側の民兵組織、日本流に言いますと国家側の国家に準ずる組織であります。
 このとき、現場のPKF司令官は、僕の友達なんですけれども、住民を保護するための武力行使を進言いたします。しかし、安保理はこれを却下します。同時に、PKFに兵力を提供した国々も、一つ一つ離れていってしまう、帰っていってしまうわけです。そして、結果として、百日間で百万人です、百万人の住民が殺されてしまう。これが、ルワンダの大虐殺であります。このルワンダの大虐殺を契機として、保護する責任という概念が誕生します。
 保護する責任とは、ある国で重大な人権侵害が起こります、その住民を守るのは本来その政府の義務でありますが何もしない、もしくはそれに加担していたりする、そういう事態には、国連を主体とする国際社会は、その政府を差しおいてまで住民を保護する責任があるというものです。その際には、武力の行使もいとわないといいます。これは、保護する責任という考え方です。これはもちろん、内政不干渉の原則とバッティングをいたします。
 一方で、一九九九年、コフィ・アナンが国連事務総長だったときでありますが、国連事務総長官報として、ガゼットですね、あるおふれが出ます。全てのPKFに対してです。それは、PKFは国際人道法を遵守せよというおふれであります。
 つまり、これはどういうことかというと、PKFは国際人道法の紛争の当事者になる、そういう自覚を持てということです。覚悟を持てということであります。つまり、交戦主体として、敵対する交戦相手から見ればPKF自身が合法的な攻撃目標になる自覚を持て、こういう宣言になります。これが一九九九年に出されます。
 こうして、徐々に、住民の保護がPKFの主要任務になり始めます。南スーダン、コンゴ民主共和国、中央アフリカ共和国、こういう互いに隣接する三カ国で活動するPKOは、現在の話ですけれども、全て住民の保護が最重要任務になっております。つまり、今は、停戦の監視よりも住民の保護が優先される時代なんです。
 つまり、これはどういうことかというと、停戦が破れ戦闘状態になっても、PKOは撤退しません。住民の保護のために武力行使をします。ということは、停戦が破れたら活動停止そして撤退という我が国のPKO五原則は、ここで本当でしたら根本的に見直さなければなりません。
 こういうPKFの任務の激変に伴い、それに兵力を提供する国連加盟国のインセンティブも劇的に変化しております。
 昔でも消極的であったいわゆる先進国からの派兵は、現在さらに激減しております。今は旧宗主国でも出しません。これは本当です。それにかわって台頭しているのが、周辺国であります。昔であれば周辺国の参加はPKFの中立性を損なうという考え方でしたが、現在は、住民の保護のため、より既得利権感を持って真剣に戦ってくれる国の部隊の方が有効というふうに、前提が変わってきております。つまり、集団安全保障の典型である国連のPKOが極めて集団的自衛権の動機に支えられている、これが今の状況であります。
 こういう状況で、日本のような先進国はどうするか、先進国に何が期待されているのか。
 まず、資金です。周辺国の部隊は、基本的に装備が不十分です。これを補完するということです。でも、ただ金を出すばかりではありません。このようにPKF自身が好戦的になっていますので、PKF自身が国際人道法違反をしないように管制すべく司令部の主要ポストを狙います。または、国連軍事監視団、これは安保理の目と呼ばれていまして、PKFでさえその監視の対象になります。
 このように、PKOの中立性が失われる中で、国連で最後に残された中立の最後のとりでがこの軍事監視団であります。これは、非武装の軍人がやることが原則であります。そして、敵対勢力の中に非武装で懐に入り、PKFとの交戦を未然に防ぐための信頼醸成をします。そして、武装解除の説得などもいたします。
 以上、激動するPKOを取り巻く環境を説明いたしました。
 では、この中で日本の自衛隊はどうするのかということに進みたいと思います。
 繰り返しますが、昔と違って、停戦合意が破られたからといって撤退することはできません。そんなんだったら、最初から来るなということです。
 例えば、陸上自衛隊の施設部隊が兵たん活動の一環で道路建設をしている現場を考えてください。そこに武装グループに追われた住民が助けを求めて駆け込んでくる、これは当たり前です。そしてそのとき、住民に銃口が向けられているというふうに目撃したら、たとえその銃口が自衛隊員に向けられていなくても、自衛隊員はこれに対して応戦しなければいけません。
 自衛隊の駐屯地に住民が助けを求めて駆け込んでくる場合も同じであります。でもしかし、保護して中に入れた住民の中に武装グループが紛れていたらどうしますかということであります。
 そもそも、こういう武装グループというのは、住民の中の民族や宗教における敵対感情をあおって暴徒をつくって、その中に紛れて行動することが大変多いです。つまり、住民と戦闘員の区別はつきません。その結果、非戦闘員の住民を誤射してしまう場合があります。これは、PKOの現実としてしっかり想定すべきことであります。
 一方、日本では、そういう武装グループは国家もしくは国家に準ずる組織、いわゆる国準ではないのだから、そういう連中への武器の使用は国際法上の武力の行使には当たらないという議論があります。この日本独自のロジックは、現代の国際人道法の運用には全くありません。というか、国家もしくは国準でなければ、こういうふうに日本が勝手に想定して、国家もしくは国準でなければということで、国際人道法に関係なく殺せるというふうにこれはとれますので、もしこれを英語に訳して発信したら大変なことになります。ぜひしないでいただきたいと思います。
 自衛隊員が任務遂行の中で誤って現地の人々を傷つけてしまったら、これは過失です。非戦闘員、つまり住民を多く殺傷すれば、国際社会はそれを国際人道法違反とみなします。
 PKOでは、国連が一括して地位協定を現地政府と結ぶことで、現地法からの訴追免除の特権を国連PKF部隊全体に付託いたします。PKF部隊が過失を起こした場合、国連には軍事法廷はありません。各国の軍法で裁くことになります。
 つまり、PKF部隊が過失を起こした場合、現地社会の怒りをなだめる、当然ですが怒ります、これをなだめるには、ごめんなさいね、でも、あなたたちの法律よりももっと厳しいうちの軍法で裁くから許してねと言うしかないんです。日本はこの言いわけができません、軍法がありませんので。この言いわけができないとどうなるか。当然、現地社会の怒りは沸騰します。そして、国際人道法違反として、これは非常に重大な外交問題に発展します。
 そもそも、PKOの現場というのは、人心掌握が作戦の成功を左右する非対称戦であります。ということで、自衛隊はこういう作戦上の致命的な弱点を抱えていることになります。
 この問題を、自衛隊員の側から考えます。
 軍法がないなら、ありませんので、自衛隊による海外での過失がもし起こってしまったら、その過失はどう裁かれるか。これは、日本の刑法しかありません。すると、日本の刑法には国外犯規定というのがありまして、日本人が海外で犯す過失は裁けません。そうすると、自衛隊の過失は犯罪として裁くしかありません。
 そもそも、自衛隊の活動のような軍事行動は、個人の意思が極度に制限される国家の命令行動であります。しかし、その中で過失が起こった場合、日本の場合は、自衛隊員個人が犯罪として責任を負うのです。これは重大な矛盾であります。
 私は、防衛省の統合幕僚幹部学校で、もう五年以上教えております。僣越ではございますが、自衛隊の皆さんの立場に立って物を言える立場に私は少しはあると思います。自衛隊の皆さんは、国防に命をかけるのはやぶさかではないと思っているはずです。しかし、国防以外のことに命をかけるのは、それ相応の大義が必要です。
 国際平和に資する、こういう大義名分は簡単に言えます。しかし、そこで何が起こっても最終的に国家が全責任をとるという法の整備をして、我々は自衛隊を海外に送り出しているでしょうか。僕は、していないと思います。これなしに、命をかけられる大義は生まれません。これは、今回の安保法制だけの問題ではありません。一九九二年のカンボジアPKO派遣以来、これまでずっと現場に送られてきた自衛隊員だけが抱え込んできた矛盾であります。
 御列席の与野党の先生方におかれましては、ぜひ、安保法制以前のそもそも論をやっていただきたく、次の言葉で私の意見陳述を締めさせていただきます。自衛隊の根本的な法的地位を国民に問うことなしに、自衛隊を海外に送ってはなりません。
 ありがとうございました。拍手
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浜田靖一#3
○浜田委員長 ありがとうございました。
 次に、小川参考人にお願いいたします。
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小川和久#4
○小川参考人 御紹介いただきました小川でございます。お招きいただきましてありがとうございます。
 私は、昨年七月の閣議決定を支持する立場からお話をいたします。
 まず、日本の安全保障あるいは平和主義に関する議論というものは、日本国憲法と国連憲章と日米安保条約を同時にあわせ読み、その整合性のもとに進められなければいけない。単に憲法の枝葉について議論していても、これは日本国憲法前文の精神に背反する問題であるということは申し上げざるを得ない。その視点からいいますと、昨年七月一日の閣議決定も、現在行われている議論も、憲法に反する部分はございません。
 なぜかといえば、日本国憲法は、国連憲章のいずれの条文も否定しておりません。また、日本国憲法は、日米安保条約のいずれの条文も否定しておりません。条約を結ぶということは、日本国憲法に反していればこれを結べないわけであります。その中で、我々は、この集団的自衛権の議論というものを整理しなきゃいけない立場でございます。
 よく解釈改憲などという言い方がありますけれども、昨年七月の閣議決定というものは、その解釈改憲というような考え方から見ても、ほとんど抵触しないようなレベルのものでございます。
 過去において憲法解釈がドラスチックに変えられたというのは、昭和二十九年十二月、保安隊が自衛隊になるときです。これは、それまでの吉田首相の見解とは全く異なる、そういうところで解釈が変えられました。これについても、国民の過半数は許容範囲内にあるという受けとめ方をして、これを認めたわけであります。そこから見れば、昨年七月一日の閣議決定、この憲法解釈の変更というものは、やはりそこには該当しないという考え方でございます。
 そういう中で、私が二番目に申し上げたいのは、安倍政権は、これまでの日本的な議論を整理し、日本国の安全を確立しようとしている、その点において高く評価をするという話なんです。
 これは、自民党がいい、共産党がいいという話でもないし、安倍さんがいい、安倍さんが悪いという話でもないんです。安倍さんがやっていること、そのことを国家国民の立場で考えたとき、必要なことを粛々と進めている、粛々とと言うと上から目線だという御指摘もありましたけれども、とにかく淡々と進めている、そういうお話でございます。
 とにかく、日本的な議論は、枝葉から始まって枝葉で終わる傾向がある、日本でしか通用しない議論を日本国民に向けて言いわけのように繰り返している。そこから生じる問題について議論が行われるということは余りございません。
 そういう中で、戦後、我が国は、アメリカに安全保障面でもたれかかる格好で来ました。これはアメリカに守ってもらっているのとは違うんですが、やはりもたれかかる格好で来た。ひたすら経済的な発展を追求してきた。それはそれでいいんですけれども、アメリカとの同盟関係を前提とする場合にも、やはり国家としての安全保障に関する枠組みというものはそれなりに構築してこなければいけなかった。ところが、その部分も放置してきた。
 だから安倍さんは、これからお話しいたしますように、同盟関係を結ぶ以上、やはり集団的自衛権の行使というものについてはきちんと向き合わなければいけないということで、限定的でありますが、行使を容認したわけであります。これは、私どもの立場でいいますと、本当に戦略の基本を言っているんです。
 古代中国の戦略の書、孫子というのがあります。孫子のさまざまな言葉の中で有名なものの一つ、巧遅は拙速にしかずというのがあります。つまり、どんなに時間をかけて丁寧に仕上げたものでも、タイミングを逸してしまったら何の価値もない。
 孫子はもともと戦争の教科書です。だが、今はビジネスの教科書にも使えるようなものです。最も優先しなければいけない目標を迅速に達成する、当然、雑な部分は残ります。しかし、一番大事なのは、国家国民にとっては安全ですから、安全を確保するための枠組みを素早くつくる。その安全な枠組みの中で、時間をかけてやり残した部分を丁寧に仕上げていく、これが法律制度の議論であります。
 だから、今、国会で行われている議論というのは時間をたっぷりかけてやっている。その意味では、賛成、反対を超えて高く評価を申し上げたいと思っています。ですから、やはり世界に通用するレベルの議論にその辺を持っていっていただきたい、そう思うわけであります。
 とにかく、この集団的自衛権についても、日本的な議論を整理しようというのが私の立場なんです。
 よく、マスコミの皆さんには失礼な言い方をして嫌われているんですが、小川さんは集団的自衛権に賛成ですねと、そこから来るんですね。賛成ですか、反対ですかと来る。何のために賛成するか、反対するかという前提がないんです、どこに行っても。
 国家国民の安全を図るための選択肢は、例えば防衛力整備一つとっても、選択肢は、現実的なものは二つしかない。片っ方を選べば集団的自衛権の行使というのは前提条件になる、片っ方を選べば集団的自衛権なんて言葉を使わなくて済むようになる。どっちなのですかという話なんです。
 だから、集団的自衛権の言葉なんか使いたくなければ、同盟関係を解消すればいい。そして、独自に防衛力を整備すればいい。ただ、実務家の立場で申し上げますと、今のレベルの安全を独力で実現しようとすれば、やはり大変な負担に耐える覚悟が必要だ。
 防衛大学校の二人の教授が三年前に試算をしたものが本に出ております。これは、今のレベルの安全を日米同盟抜きにやろうとした場合、年間の防衛費は大体二十三兆円ぐらいかかるとなっている。これにいろいろな問題が加わってくるわけでありますが、それは一年で済むわけではないんです。十年、二十年とやり続ける中で、防衛費を圧縮できるかどうかの段階に差しかかる。その間の負担に耐える覚悟が日本国民にあるのか。ありません。とにかく、そのぐらいの負担を腹をくくって受け入れるような国民性であれば、昭和三十年ぐらいまでにやっているんじゃないですか。
 日本人は頭がいいから、とにかく経済的な発展を追求するために日米同盟を使おうとしてきた。そうであれば、もう一つの選択肢、日米同盟を活用するというのがいいし、これが現実的だということを申し上げたい。
 日米同盟は五兆円未満の防衛費のほぼ枠内で維持されている、アメリカという国は世界最高の能力を持っている国である、その国との同盟関係はやはり世界最高レベルの安全をもたらしてくれている、費用対効果にすぐれているという話なんです。
 そういう中で、アメリカの属国みたいだと。これは日本人が悪いんです。これから申し上げますように、アメリカから見て最も対等に近い唯一の同盟国は日本なんです。ところが、日本の議論が、学界もマスコミも国会も含めて、一般論で終始している結果、アメリカに負い目を感じるような格好になっている。これが問題なんです。
 だから、とにかく、属国のように見られないで、アメリカからも一目も二目も置かれるような格好で日本の安全を確保し、平和主義を追求していくという上でも、日米同盟というのは極めてよい選択肢だと思います。
 ただ、その場合、同盟関係を選ぶというのは、相互防衛が前提であります。相互防衛というのは、集団的自衛権の行使というのが前提条件になるということなんです。ただ、個別的自衛権は、自分の国の安全を自分の国の軍隊で守る権利。集団的自衛権は、自分の国の安全を同盟国などの軍事力で守る権利。いずれも、自分の国の安全が先なんですよ。他衛がとか、ほかの国の戦争だとかいうことを言っていますが、自分の国の安全なくしてほかの国の戦争に手をかすなんてことはあり得ない。
 もう一個、日本の議論が一般論で終始しているのは、とにかく、同じような姿形の軍事力を日本があたかも持っているかのような錯覚のもとに、アメリカを助けに行けないのは肩身が狭いなんて言う。
 しかし、納税者の立場で考えてください。とにかく、日本の軍事力というのは、ドイツと同じで、戦後、再軍備の過程で連合国に規制をされてきている、だから自立できない構造なんです。だから、国家的な戦力投射能力は逆立ちしても出てこないんですよ。外国を軍事力で席巻しようとしてもできないんです。
 だから、日本が同盟関係の中でアメリカに当てにしてもらっていいよと言うことができるのは、日本列島という戦略的根拠地を提供し、日本周辺が戦争状態でない場合には自衛隊で守っているという役割分担なんです。
 日本列島に何カ所、米軍基地がありますか。公表されていますよ。八十四カ所。あと、自衛隊が使っていいとされている日米共同使用施設の(b)が五十カ所。百三十四カ所が日本列島に乗っており、アフリカ南端の喜望峰までの範囲で行動する米軍を支えている。
 これは会社に例えると、本社機能が置かれているんです。アメリカは、ほかの同盟国は支店か営業所のレベルなんです。日本のかわりをできる国がない。だから、アメリカは一貫して、日本でナショナリズムが頭をもたげて、日米同盟を解消することに対してずっと懸念をしてきている。これは、機密扱いを解除された外交文書を見れば一目瞭然じゃないですか。
 だから、その辺は、アメリカから見ても最も対等に近い同盟国であるということが、非対称的であるけれども、明らかなんです。アメリカ側と話をしていても、それを否定したり反論を受けたことはありません。それは、我々が税金の使い道について、きちんと見ているかどうかの話なんです。
 それをわからずに、国会の質問で、どこが何をされたかわかりませんが、耳で聞こえてきたのを見て、私はあれっと思った。アメリカを攻撃している国が日本を攻撃していない、日本を攻撃しないと言っている、そのときでも集団的自衛権を行使するのかという質問が聞こえてきました。
 これは、一般論ではそういうことを言えるんです。でも、税金の使い道について国会議員として責任を持っていれば、アメリカの戦略的根拠地、本社機能が置かれている日本列島を攻撃しないでアメリカを攻撃するということはないんです。
 だから、そういう議論はやはり一回整理していただく。時間をかけて議論する中でやっていただきたいと思っております。
 そういう中で、例えば日米同盟というのは、世界最高レベルの安全を日本に提供しているということでいえば、抑止力としてこれにまさるものはない。
 そういう中で、例えば東シナ海についても、中国は極めて抑制的に動いている。南シナ海とは戦略的に差別化しているんです。これは、中国の将軍たちが私に言うぐらいです。気を使っているんですから、わかってくださいと。だから、尖閣諸島で領海侵犯をしている中国の公船、白い船も、一隻の例外もなく、固定武装なし、武装していないんです。すっぽんぽんなんですよ。だから、その辺はきちっとわかった方がいい。
 そういう中で、抑止力というと、沖縄の海兵隊は抑止力じゃないとかいろいろ言うけれども、沖縄の海兵隊地上部隊は、尖閣諸島あるいは台湾海峡有事において、中国が行使し得る現実的なオプション、斬首戦というのがあります。首を切り落とす。断頭攻撃、デキャピテーションというのですが、弾道ミサイルなどで台湾の政治、経済、軍事の中枢をたたいておいて、混乱の中でかいらい政権を樹立する。それを半日か一日でやってのける。そして、そこに国連は、常任理事国中国の拒否権発動もあって介入できない。国際社会が介入できない中で台湾国内で内戦状態が生まれ、既成事実化していく。それに対する唯一の抑止力は沖縄海兵隊なんです。
 一千人の地上部隊しか一時に投入できませんけれども、これは、早い場合には二時間で中国軍とぶつかります。この千人とぶつかることはアメリカ合衆国との全面戦争を意味するから、中国はためらわざるを得ない。ためらわせるから抑止力なんですよ。
 だから、これは、今の議論をきちっと進めていく中で、日本の抑止力というのは格段に向上すると申し上げていいと思います。
 そういう中で、歯どめの問題が常に気にされますが、法律で歯どめをかけるというのは、当然国家としてあっていいんです。ただ、私はもうちょっと大枠の話をします。
 歯どめと言えるのは、国連憲章であり、集団的自衛権であり、自衛隊の戦力投射能力なき軍事力である。これは全部歯どめなんです。
 国連憲章は、とにかく国連憲章の精神とそごを来すような行動を米軍がとるときには、やはりそれを抑制させるというような機能があります。それを使う国があるかどうかという話なんです。
 集団的自衛権もそうです。例えば、ドイツは、西ドイツの時代、再軍備するときに、集団的自衛権が行使されている中でしか個別的自衛権の行使をしてはならないと封じられた。一貫してその状態。つまり、ある国が単独で個別的自衛権を行使することに対する歯どめになっているんです。
 これは、アメリカも例外ではありません。湾岸危機のとき、アメリカのベーカー国務長官は同盟国などを説得して回った。同盟国は全部ノーですよ。値切るんです。とにかく、半値ぐらいまで値切って協力をする。だから、アメリカは単独行動に近い格好で軍事力を行使したかったけれども、それの半分以下の軍事力行使しかできていないと言えるぐらいであります。この歯どめ。
 それから、先ほど来申し上げましたように、海を渡って外国を軍事力で席巻することのできない構造の自衛隊、これも歯どめであります。
 だから、後方支援ということがいろいろ議論になりますけれども、できること、できないことがあって、できないことの方が圧倒的に多いんです、軍事組織としては。それも歯どめの一つであるということを御認識いただきたい。
 最後に申し上げておきたいのは、日本でしか通用しない議論から生まれてくる法律や制度で自衛隊、海上保安庁、警察の手足を縛らないでほしい。彼らが向き合わなきゃいけない相手はフリーハンドなんです。だから、グレーゾーン事態で海上保安庁と警察の特殊部隊を全部かき集めて投入しても、十人から二十人の向こうの特殊部隊に向き合った場合、一時間ぐらいで全員死にます。その辺をちゃんとわかった上で議論を進めていただきたい。
 ありがとうございました。拍手
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浜田靖一#5
○浜田委員長 ありがとうございました。
 次に、折木参考人にお願いいたします。
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折木良一#6
○折木参考人 おはようございます。折木でございます。
 きょうは、この場を与えていただきまして、ありがとうございます。
 現役を退官いたしまして三年半たちましたけれども、この間、日本や自衛隊を取り巻く環境というのは非常に大きく変化をして、国内外でも何が起こるかわからない時代になってまいりました。
 私も、四十年間、自衛官として勤務させていただいたんですけれども、私の自衛官人生の半分、二十年ですけれども、これは昭和と冷戦の時代でありまして、後半二十年がちょうど平成と冷戦後の時代に勤務させていただきました。その中で、前半と後半では自衛隊の役割も大きく変わってまいりましたし、平成元年には、地中海のマルタで米ソの首脳会談が行われて、冷戦が終結したわけです。
 しかしながら、その翌年には、国連憲章と戦後秩序の根本をなします、武力で国境を変更しないという国際社会のコンセンサスが破られてしまいます。イラクのクウェート侵攻であります。これを受けて、国連安保理が決議案を採択し、翌年の一月には湾岸戦争が始まるわけです。
 資源小国の日本にとって命綱であります石油が存在する中東で戦乱が起こったわけですけれども、日本は、資金提供のほかに物資の輸送支援等を要請されましたが、もともと、いずれの態様にしても自衛隊を派遣するという法律的な枠組みもありませんでしたので、皆さん御案内のとおり、かわりに百三十五億ドルの資金拠出を行いました。
 翌年には、戦闘が終了したということで、自衛隊の機雷掃海は可能であるということで、ペルシャ湾に海上自衛隊の掃海部隊が派遣されたわけですけれども、これで、一カ月かけて現場に進出をして、アメリカそれからイギリス等から派遣をされました九カ国、約四十隻の掃海艇と共同しながら、四カ月半かけて、イラクで敷設をされた千二百個の機雷を処分しました。航行の安全回復ということに関して大きく貢献をしたわけです。そして、参加をして行動するということによって、日本の国際的な名誉の回復に貢献したというふうに思っています。
 その次の年にPKO法が成立をしまして、この法律に基づきまして、カンボジアに関西の部隊、隊員を、自衛隊史上初めてですけれども、派遣することになりました。当時、私は大阪で隊員の募集をしておりまして、国内で多くの反対もありましたし、この派遣の説明のために父兄の会合に行きますと、どうしてうちの息子たちがカンボジアに行かなきゃいけないんだと問い詰められたこともたびたびありました。
 その十年後、私は、中部方面総監として兵庫県の伊丹の司令部に赴任しました。ちょうど、当時、イラク・サマーワに派遣していた部隊が伊丹に帰ってまいりまして、そのときに、伊丹の商店街には何と、お帰りなさい、御苦労さまの横断幕が張られておりました。この変化に、涙が出るぐらいうれしかったことを覚えております。
 この時代は、当時の冷戦の時代からポスト冷戦の時代への大きな安全保障環境の変化を受けて、日本の役割、そして自衛隊の役割が変わる転機の時期でありました。大きな政治決断、それから転機の時期であったわけです。振り返りますと、その時代の国際情勢に強く要請されながら、おくればせながら法整備が進み、現場が成果を残していくというパターンが続いてきたように思えます。
 しかしながら、今回の法整備は、日本の憲法の範囲内で、主体的に、前もって活動する範囲とか権限を法制化するという極めて意義のあるものだというふうに思っています。しかも、いずれの場合も国会の判断と承認を必要としますし、国際法上正当な場合しか参加できないことになっています。
 事前の幅広い法整備というのは、部隊、隊員にとって最も大事な、日ごろから十分な訓練ができて、これは共同訓練も含みますけれども、準備を行い、あるいは必要な防衛力整備ができるということです。そして、活動あるいは派遣される場合、国家としての大義、目的を明確に与えられるというふうに私は理解をしています。これは、第一線で活動する隊員、そしてそれらを身近で支える家族にとっても、最も重要なことだというふうに思っています。
 そういうふうに変わってきているわけですけれども、特に、日本を取り巻く安全保障環境の変化、変化というよりも悪化だというふうに思いますが、それに触れさせていただきたいというふうに思います。
 まず、国家間のパワーバランスの変化です。そして、地域的にそれが緊張の高まりを招いています。
 少々具体的に見てみますと、まず、北朝鮮ですけれども、二〇一二年に世襲の三代目として金正恩が政権をとり、体制移行したわけです。核開発、弾道ミサイルの能力増強とか挑発行為は繰り返されておりますし、緊張感が一層増大させられております。
 去年の三月には、朝鮮半島の東海岸ではなくて平壌の北方から初めて、移動式の車載装置に搭載をしたノドンと見られる中距離の弾道ミサイルを発射しました。これは、車載化により位置の特定などがより困難になって、脅威がさらに高まったということを意味しているというふうに思います。
 そしてまた、ことし五月には新型潜水艦から弾道ミサイルの発射実験が行われ、初期の段階ですけれども、成功したのではないかという報道があります。要するに、脅威も質的に深刻化しております。
 さらに、北朝鮮の場合は、特に保有する核の管理というものについて、東アジア全体の安全保障における最大の課題だというふうに思いますし、いずれにしても、北朝鮮は、東アジアで最も不透明、不安定な国であるということは間違いないと思います。
 次に、中国ですが、日本周辺における中国の海空軍の動きというのが活発化をしています。太平洋で行われる訓練も年々増加しており、常態化しているわけですけれども、二〇一三年には、東シナ海に防空識別圏を設定しました。
 こういう中国の軍事動向は、その不透明性とも相まって、周辺国にとって大きな懸念材料、不安定要因となっているところですけれども、それを裏づける中国の二〇一五年度予算の国防費は、日本円で約十六兆九千億円、日本の防衛費の約三・四倍であります。
 五月には二年ぶりに国防白書を発表して、軍事戦略をテーマにしたものですけれども、それによると、局地戦争の脅威、それから核戦力、宇宙とサイバー空間等について述べるとともに、海軍については、近海防御から、近海防御と遠海防御の結合型に転換するということを明らかにしました。これは、海洋進出の拡大を宣言しているところです。これからも積極的な活動が継続するというふうに思います。
 東シナ海でも、皆さん御案内のとおりですけれども、昨年は、一年間で延べ八十八隻の中国公船が領海侵入しました。
 また、最近では、大きく取り上げられております、南シナ海における、強引とも思えるスピードでパラセル、スプラトリー諸島での埋立工事を進め、実効支配を進めております。
 五月には、アメリカのケリー国務長官が中国の外相や習近平国家主席と会談をし、またシャングリラでカーター国防長官も演説され、懸念を表明しましたが、中国側は、主権の問題として、一向に向き合っていません。習近平主席に至っては、南シナ海問題について、もう既に何度も言ってきたことだけれども、広大な太平洋には中米二つの大国を受け入れる十分な空間があると述べたとの報道があります。これは、既に中国が自信を持って南シナ海政策を進めているというふうに思えるところです。
 もちろん、日本も中谷防衛大臣初め、関係国も同様の懸念を表明しましたけれども、これらに対して、軍の関係者であります、シャングリラに参加をしていた孫建国副総参謀長は、中国の主権の範囲内であるということを主張しましたけれども、軍事目的でもあるということを認めたわけです。
 中東の混乱もおさまりません。ISILの活動も活発化が続いています。アメリカのデンプシー統合参謀本部議長は、ISIL掃討作戦には三、四年かかるというふうに発言していますが、中東地域全体を見れば、混乱はいろいろな要素があって、もっと長期的に続くと判断した方が妥当ではないかというふうに思います。これがヨルダン、サウジアラビアの混乱に展開するようであれば、最悪の状態だというふうに思います。
 いずれにしても、安全保障環境は大きく変動し、不透明、不安定でありますけれども、亡くなられた京都大学の高坂教授が述べておられました、国際関係を律する力と利益と価値の体系が複雑に絡み合って、各国が相互に深く影響し合っています。日本の安全保障にとっても機微に影響してきているというふうに思いますし、特に東アジアではその不安定さが強いというふうに認識をしています。
 そういう変化の中で、今回の安全保障法制の評価と言いますとちょっとあれですけれども、発言させていただきますと、この閣議決定をされて、自衛隊がさまざまな脅威に対して切れ目なく活動するということを狙いとして、基盤となる制度を整える、そういうことによって、最終的には抑止力の向上が図られるものだというふうに思っています。安倍総理の発言の中で、もはや一国のみでどの国も自国の安全を守ることのできない時代という情勢認識、時代認識に対して、私は全く同感するものであります。
 安全保障環境を概観しましたが、今や、迫りくるさまざまな脅威に対して、日本が一国で行えることは極めて限定をされています。それは、他国の立場もそうだというふうに思います。日本も、世界の平和と安定のために積極的に役割を果たすことが期待をされています。今の時代は、紛争対応ということだけではなく、国際的な平和維持活動、災害対応、海賊対処、そして途上国の能力構築支援等、幅広い分野で多国間の取り組みが求められています。それぞれの国が、その能力と特性を生かして活動しております。
 そういう中で、四月には十八年ぶりに日米防衛協力のための指針が合意をされました。同盟調整メカニズムを設置する等、いろいろな方向性が示されたわけですけれども、これらの実効性の向上のためにも、今回の安全保障法制の早期の成立が望まれると思っております。
 米国とは、戦後数十年にわたり、自衛隊も共同訓練や海外での活動等の場を通じて連携を深めてまいりました。東日本大震災においても、トモダチ作戦のもと、約一万六千人が発災と同時に駆けつけてくれました。今回の法整備で、さらに緊密な連携ができる基盤が整うというふうに思っております。そして、これが対外的にも大きな抑止力になるというふうに思っています。
 日本の国際平和協力活動等の観点から見ますと、今まで、約三十カ国にわたり、延べ約五・三万人の自衛隊員を海外に派遣してまいりました。現場に派遣されている他国の軍人は、最初は自衛隊のことを当然ながら自分たちと同じ軍隊とみなしています。
 ところが、他国軍といろいろな任務上の調整を進めていると、自衛隊は、いや、我々はそれはできない、自衛のための武器使用しかできない、だから自分からは撃てない、治安活動は無理だといった話が必ず出てきます。もちろん、各国それぞれにいろいろな事情や制約はあります。自衛隊についても他国の軍隊は一応理解はしてくれますけれども、正直なところ、内心でどう思われているかはわかりません。
 約十七年間派遣をされたゴラン高原のPKOの例を挙げれば、他国と同じキャンプに宿営しているにもかかわらず、もし万が一他国がゲリラに襲われたときには日本は支援できません。もちろん、逆の立場の場合は他国が日本を支援してくれるという、何とも言えない状況が生じる可能性がありました。
 これは、国際常識であり、派遣された部隊同士の信頼に基づく人道上、道義上の問題が不可能だったということです。日本の威信失墜と国際問題に発展しかねないことでした。今回の法整備で、現地邦人の救出と同様に、実行するには条件はありますが、可能になることは国際的にも大きな前進だというふうに思います。
 最後に、今後の検討と課題でございますけれども、重要な課題が残っているというふうに思います。
 それは、一つは、部隊行動基準の抜本的な見直しと、部隊、隊員が自信を持って活動できる、徹底した訓練のための時間です。
 防衛省には部隊行動基準があります。国際的な標準では交戦規定、ROEといいます。この内容については詳細に申し上げられませんけれども、一般的なROEとして、行動できる地理的な範囲とか、使用できる武器とか、この武器の使用方法とか、そういうことを定めるのが通例ですけれども、この場合は絶対に武器を使用してはならないというネガティブリストの基準とする必要があるというふうに思っていますし、海外の軍隊もそうです。生死がかかわるかもしれない厳しい状況の中で、即断即決、柔軟性が求められる第一線の部隊、指揮官にとってはネガティブリストが望ましいというふうに思っていますし、それを徹底する時間が必要だというふうに思います。
 もう一点は、武力攻撃に至らない侵害への対処であります。
 今回の法整備におきましては、シームレスな警戒監視とか対処体制の強化、共同訓練の推進等々によって連携強化に取り組むことになりました。新しく法律はつくりませんが、運用手続とか実施要領を細部まで詰めていくという考え方ですけれども、それに伴って、五月には、総理のもとで電話等により必要により閣議決定できるように決まりました。これは一つの大きな改善だというふうに思っています。
 一方、平和安全法制を特徴づけるキーワードの一つが切れ目のない対応ですけれども、例えば尖閣諸島などでの島嶼防衛は、まず、法的執行機関である海上保安庁そして警察が警察力で対応し、その能力で対応できない場合、自衛隊が治安出動や海上警備行動として出動します。そして、それでも対応できない事態になって初めて防衛出動となるわけですけれども、法律の枠組みとしてはそれで連続性や整合性がとれるのですが、いざ運用するとなると、事態認定を踏まえ、いつ海上保安庁や警察から自衛隊に移行するのか、特に防衛出動の発令になると、ハードルが高く、厳しい高度の政治判断が求められます。
 一方、相手側から日本側の対応を見ると、自衛隊の艦艇が現場付近に進出してきた場合には、治安出動か海上警備行動か、あるいは防衛出動か判断できないでしょうし、判断しようとすら思わない場合もあると思います。海上保安庁という機関の補完ではなくて、日本の海上自衛隊、軍隊が出動してきたと考えるのが当然だというふうに思います。
 そこで偶発的な武力衝突が発生するリスク、あるいはエスカレーションを考えなければなりません。平時と有事の間にグレーゾーンがあるだけではなく、警察権と自衛権という運用上のグレーゾーンがあるということも強く意識する必要があります。
 政治の決断は大きいと思います。いずれの権限で派遣するにしても、自衛隊を派遣するにはハードルが高いということです。したがって、広い地域の責任を持つ海上保安庁の巡視体制とか権限をふだんから一層強化しておく必要があるというふうに思っています。
 また、自衛隊が治安出動や海上警備行動に出ないというわけではありません。現在の検討に加えて、グレーゾーン対処の切れ目をできるだけつくらず、運用のリスクを減らすためにも、具体的なシミュレーションによる検討がぜひ必要です。こうした検討に基づいて、連携を強化し、連携要領の改善を行う必要があります。将来的には、その結果として法整備が必要かもしれません。
 これまで自衛隊は、自衛隊でなければできない任務を、国民の支持を得ながら誇りを持って行ってまいりました。これからも、自衛隊の諸官が厳しい任務により一層謙虚、誠実に任務に取り組み、国民の期待に応えてもらうためにも、今回の安全保障法制が整備をされ、また隊員の名誉や処遇も改善されていくことを願っております。
 どうもありがとうございました。拍手
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浜田靖一#7
○浜田委員長 ありがとうございました。
 次に、鳥越参考人にお願いいたします。
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鳥越俊太郎#8
○鳥越参考人 皆さん、おはようございます。
 予定された時間から十分既に超えておりまして、皆さんそれぞれ言いたいことが多いのでちょっとずつ押しておりまして、今、十分。私、四十五分から始めるところを、もう五十五分になっております。したがって、私は十五分でおさめるつもりでございますけれども、若干押すかもしれませんと事前に御了解を得て。
 私は、二つの点についてきょうは申し述べたいと思って参りました。
 一つは、先日、自民党本部で行われましたいわゆる若手勉強会。若手といっても、大西さんは六十八歳ですから若手と言っていいのかどうかわかりませんけれども、当選二回もしくは三回ぐらいの若手の皆さんの文化芸術懇話会での、マスコミを懲らしめるためには広告収入を減らせとか、沖縄の二紙を潰せとかいう大変乱暴な議論があったことについて申し述べたいことが一つです。
 これを最初に話をするはずでしたけれども、ちょっと順番をかえまして、後に述べるつもりであった集団的自衛権の問題点について先に申し述べさせていただきます。
 それはなぜかと申しますと、昨日、新幹線で焼身自殺の事故がありました。大変な大騒ぎになったことは皆さん御存じのとおりでございます。非常に日本は平和な国ですから、こういうことは日本ではなかなか起きないので皆びっくりされたわけですけれども、私の頭の中で、集団的自衛権の問題が議論されている間、どこからも、誰からも、ある視点からの問題指摘がないのに非常に不安を覚えております。これは新幹線にかかわることですので、ぜひ聞いていただきたいと思います。
 世界は今、どういうふうに動いているかといいますと、中国の大変な膨張ぶり、北朝鮮の核武装等、問題はもちろん日本の近辺にあるわけですけれども、実は、世界を覆っている対立構造といいますか、戦争といったり紛争が起きているのは、アメリカを中心とする一部の国と、基本的にはアメリカと言っていいでしょうけれども、アメリカとイスラム教過激派、我々メディアそれから皆さん方もいわゆるテロリストとお呼びになっているイスラム教過激派のグループ、この勢力との対立構造で世界は今せめぎ合っているわけです。
 二〇〇一年にアメリカ・ニューヨーク貿易センタービルが攻撃されました。九・一一、いわゆるセプテンバーイレブン、あれは実はイスラム教過激派からの宣戦布告であったというふうに僕は捉えております。なぜ私がこういうことを申し上げるかというと、私は、テヘランのイラン特派員で一年半おりまして、イラン・イラク戦争を取材しております。それから、二〇〇四年にはイラク戦争の戦場に行って取材をしておりまして、イスラムということについてそれなりに私は理解をしております。特に、イスラム教の中でジハード、聖戦というもの。
 ジハードに参加して命を失って、自爆テロなどを行えば天国に行ける。一見これは日本の特攻隊に似ているように見えますけれども、全く違うんですね。特攻隊の場合は必ずしも喜んで行ったわけではない、仕方なくお国のために行ったわけですけれども、聖戦、ジハードの戦士たちは本当に、僕は子供からお母さんから一般の兵士も含めて全部取材をしましたけれども、彼らは心から、ジハードつまり聖戦で命をささげた場合は天国に行けるというふうに思っているんですね。だから、ああいう自爆テロを平気で起こす。だって、ニューヨークで飛行機で突っ込んだイスラム教過激派の連中はみんな高学歴ですよ。その辺のならず者がやったわけじゃないんです。ハンブルクの工科大学などを優秀な成績で卒業しているようなエリートが行った行為であるということを考えると、大変恐ろしい。
 何を私が心配しているかというと、今、世界はアメリカ対イスラム過激派の対立構造になって戦争がずっと続いておりますが、イスラム国は、かつてアメリカが大義なき戦争をしかけてイラクという国をめちゃくちゃに壊してしまった、崩壊させた、そのときのイラクの高官、軍人たちが逃亡して今再び立ち上がって、イスラム国というものを再建しようとしているわけです。そのためには、自爆テロでもいわゆる爆破テロでも何でも、我々から見ればとんでもないひどいことをやっても構わないということで彼らはやっているわけです。
 問題は、集団的自衛権の議論の中で、いろいろ聞いておりますと、安倍総理の発言などでもそうですけれども、日本の自衛隊は極東条項といって、これまで極東でのアメリカ軍との共同はあったけれども、極東を離れるということは、ホルムズ海峡の掃海というのは事例としてありますけれども、これは戦闘行為ではありません。集団的自衛権の今回の解釈改憲という議論の中で見ておりますと、アメリカ軍が行くところは世界のどこでも、地球の裏でも行くことがある。つまり中東地域にも、米軍が行って助けが欲しいというときには後方支援を日本の自衛隊はやる可能性が、やるのかどうかはわかりませんが、議論を聞いていると、そういうことになる可能性がある。
 そうなった場合に、イスラム過激派の認識としては、これまで日本というのは全く彼らの視線外にあったと思うんですね。日本が別にイスラム過激派の連中もしくはイスラム国に対して何か悪いことをしかけた、そういうことではありませんので全く視線の中には入っていなかったわけですけれども、先日のエジプトでの安倍総理の二億ドル供与という発言、あれで一気にイスラム過激派の連中は日本が視野に入ってきた。それで、後藤健二さんを殺害するという事態に陥った。
 この構造は、将来、日本の自衛隊がアメリカ軍の後方支援でどこかに、中東地域かどこかわかりませんが行った場合に、明らかに日本の自衛隊はアメリカの友軍である、友達である、つまり、彼らの論理からすれば、イスラム教国、イスラムの国にとっての敵であるという認識を持つ可能性がある。これは可能性ですよ。
 そうすると、二〇〇三年にイラク戦争がありましたけれども、二〇〇四年にマドリッドで列車爆破事件がありました。あのときは、私のあれによりますと百九十一人が亡くなっております。さらに、二〇〇五年にはロンドンで同時多発、列車とバスが爆破されました。これは、明らかにアメリカがしかけたイラク戦争への報復として、スペインとイギリスが自爆テロ、テロリストの攻撃の標的になったということですね。
 そういうことを考えると、将来、日本も自衛隊が集団的自衛権行使ということで、もしイスラム過激派が敵だなと思ったときには、ここにいらっしゃる方も、日本の国のほとんどの人はイスラムなんて全く自分たちにはかかわりのないことだと思っていらっしゃるかもしれませんけれども、実は、将来ひょっとすると日本が標的になる可能性がある、これは集団的自衛権行使と深くかかわっている可能性がある。
 私がもしイスラム原理主義のテロリストだとすれば、まず最初に考えるのは、皆さんの御想像どおり新幹線です。新幹線は今のところ、新幹線と原発と言われていますけれども、原発はある程度セキュリティーがちゃんとしています、しかし、新幹線のセキュリティーというのはないに等しいですよね、自由に誰でも乗れるわけですから。爆弾を持ち込む、きのうはガソリンを持ち込んだわけですけれども、爆弾を誰かが持ち込んで爆破しても何の不思議でもない。そうしますと、恐らく千人を超える犠牲者が出る。
 私は何もそういうことがあると肯定しているわけではないし、そういうことは避けたいという立場からこれを申し上げているんですけれども、そういうことを一応念頭に入れて、イスラム教過激派というのは世界でアメリカと対立して紛争、戦争を起こしている、そういう中に日本が集団的自衛権ということで突っ込んでいくことの危険性についても、ぜひ一考願いたいなというのが第一点でございます。
 もう一つは、今回、この委員会とも関係があると思うんですけれども、先日の自民党本部で行われた文化芸術懇話会、三十七人の議員、百田さんという作家が講演をされた。この席上で、マスコミを懲らしめるには広告収入を減らせ、不買運動を起こすために経団連に働きかけよと。それから、講師である百田さんは、沖縄の二つの新聞は潰せ、潰した方がいいというようなことをおっしゃいました。
 皆さんも国会議員の方ならば、これが明らかに憲法二十一条の、私は覚えていないので読み上げますが、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と憲法二十一条に書いてある、これに真っ向から反する。つまり、これはその辺の居酒屋で酔っぱらっておだを上げて、マスコミなんか潰してしまえと言っているのとわけが違うわけです。自民党という与党、絶対多数を誇る与党の議員が自民党本部の会議室で、しかも、そこには政府の官房副長官と党の総裁補佐、党と政府の幹部が入った中で行われた。しかも、これは私は確かめておりませんが、新聞報道などによると、この若手議員の皆さんは安倍総理に近い立場の人である、つまり安倍応援団であるというふうに書かれております。そういう人たちがああいう議論をされたということに非常に危機感を覚えます。
 それは恐らく、きょうたまたま朝出てくるときにあったので見てきたんですが、共同通信が世論調査をやりまして、集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案に対してどう思うかという世論調査ですけれども、ことしの六月二十日、二十一日に実施された世論調査では、反対が五八・七%、賛成が二七・三%。これは、一年前は賛成は五四%、反対は三四%。一年後、反対がふえ、賛成が減っているわけです。国会では絶対多数をとっているにもかかわらず、憲法審査会では与党推薦の参考人までが、この安全保障の法案は違憲である、三人とも違憲というふうに言われている。そして、世論調査では国民は反対をしている。こういう状況に恐らくいらいらされたというか、不満がある、このままではいけない、これはマスコミが要らぬこと、余計なことを報じるからこういうことになっているんだと、自民党の、与党の思うとおりにならないその原因をマスコミのせいにして、だからマスコミがいろいろ書くからだめだというふうに発言されるんだと思います。
 言論の自由、表現の自由というのは基本的人権の中の中核をなすものであって、アメリカを初め先進国、世界各国の共通の価値観なんですね。言論、報道、表現、集会等々の、国民が自分の意見を述べる自由を保障するというのは共通の価値観。これに真っ向から今回は挑戦をされたというわけで、私は大変危機感を覚えました。こんなことでいいのかというふうに思います。
 皆さんは憲法に保障されているからだめだというふうに議論を展開されるんですけれども、実はメディアというのは、歴史的に見ると、間接民主主義、つまり代議制民主主義の中で国民が税金を出して政府と議会に委託しているわけですけれども、その税金の使い方が、ちゃんと使われているかどうかということをチェックする道具としては何もない、しかし、歴史の中で新聞というものがやがて育っていって、納税者つまりタックスペイヤーの税金、自分たちが払った税金がちゃんと使われているかどうかということをチェックする機能をメディアに、新聞に与えたわけですね。
 つまり、それは新聞のミッションとして、権力つまり政府及び国会がちゃんと税金を使っているかどうかをチェックする機能、これを権力のチェックというふうに呼んでおりますけれども、英語で言うとウオッチドッグと言われていますが、そういう機能を与えたわけで、これは何も恣意的に新聞が反政府的になっているわけではなくて、問題があればチェックするというミッション、使命を帯びている、歴史的にそういうものが形成されているということですね。したがって、時には政府に批判的なことを書くこともあるでしょう。そうでない新聞もあるようですけれども、それは別として。
 そういう本来の使命からして批判的になったから、政府に批判的で集団的自衛権の安全保障法制がなかなか前へ進まない、これはみんなマスコミのせいだというふうにして、そんなものは懲らしめろというような考え方は、当委員会の委員の皆さん方の中にはいらっしゃらないと、小野寺さん、思いますが、いかがですか。
 ぜひその点は御理解願って、マスコミにはマスコミ、メディアにはメディアの歴史的に与えられた使命というものがあるんだということ、そしてそれを行使しているということです。ぜひ御理解いただいて、今後も御審議いただければ幸いかなと思います。
 私の話はこれにて終わりにさせていただきます。ありがとうございました。拍手
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浜田靖一#9
○浜田委員長 ありがとうございました。
 次に、柳澤参考人にお願いいたします。
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柳澤協二#10
○柳澤参考人 おはようございます。柳澤でございます。
 私は、大体四つぐらいの点について、国会の論議を、一日テレビを見ているわけにもまいりませんので報道を通じて拝見している中で、私自身非常にいらいら感もあり、もっとこういうところを議論してほしいのにと感じるところがございますので、そういう点を中心に申し上げたいと思っております。
 この部屋は、実は、周辺事態法を審議いただくときに私は防衛庁運用局長で、当時まだ政府委員の制度がございまして、本当に随分長いこと日参させていただいた記憶がございます。本当に何というか、かなり細かいところまで議論されていた。細かいところを時間をかけて議論すればいいということではないと思いますが、時間というよりは、本当に論点が出尽くしたという感覚が私にとっては一番大事なことだろうと思うのであります。
 まず、存立危機事態とは一体どういうことかということが、これは冒頭からかなりの議論をされておりますが、十分認識が収れんしていったという感覚がない。これはある意味抽象的な話と具体的な話のミックスで非常にやりにくい議論なのかもしれないんですけれども、私の実感として申しますと、今まで自衛隊が多くの国民に支持をされてきた、その背景には、この憲法のもとでも、我が国が攻撃を受ければそれは自衛隊が立ち上がって戦わなければいけないよねというところで、国民もそこは納得していた、そして自衛隊もそこは覚悟していた、政治もそのように理解していた、そういう自衛隊、国民、政治、三者の合意点がそこにあったんだと思うんですね。
 それを今度はお変えになろうという法律でありますから、今度の要件は何だといえば、他国に対する武力攻撃が発生し、そこまでは一応ファクトの問題としてわかるのかもしれない。しかし、それが要件ではなくて、そのことによって我が国の存立が脅かされるかどうかということが武力行使の要件となるということになると、これは一種の価値判断の問題ということなので、ですから、なかなかそこが詰まり切らないんだろう。
 あるいは、ホルムズ海峡の話も随分出ましたが、最近では北朝鮮からのミサイル警戒中の米艦の話が出ている。後者については私もかねてから、現役時代から、個別的自衛権の応用動作で何とかしなきゃいけないという問題意識も持っておりました。つまり、遠いところの議論をすると非常に存立危機との関連、因果関係が薄まってしまって、近いところの議論をすると個別的自衛権との切り分けが難しくなっていく。
 だから、どういうすき間があるのかというようなこと、少なくともそこが合意されないと、そして国民がそれを納得し、自衛隊がそれを覚悟するというプロセスとしてこれはぜひ必要な、抽象的な神学論争ということではなくて、そのための議論、国民と自衛隊が理解を共有するためにも必要な議論ということでやっていただきたいと思います。
 それから、私の立場で申しますと、やはり隊員の安全確保というのは非常に重要な問題であると思っております。
 リスクは当然新しい任務に伴ってある、けれどもそれをできるだけ局限する、最小化するということを政府は御答弁されていると思いますけれども、私の実感として言えば、例えばイラクで、バグダッド以北にC130を飛ばすようにするときに本当に脅威見積もりをしました。ガンを積んで低空を飛びながら作戦行動をしているようなC130もありました。これは一機撃ち落とされていますけれども。問題は、高度六千メートルを飛ぶC130がどの程度の脅威にさらされているかということで、航空幕僚監部にお願いして、できるだけ詳細なデータをとった上で、総理に、確かに一般的なリスクはある、しかし今度の任務で飛んでいるようなC130については今まで直接攻撃、撃墜された例はありませんということを自信を持って報告ができたわけですね。
 そういう作業を内閣官房あるいは防衛省は当然やらなければいけないはずなので、この新しい任務についてのリスク分析といったようなこと、これは、どこまでこの委員会の場で議論していただくかは別として、しっかり認識した上で御議論いただきたい。
 そして、特に、日本の場合はまだ経験がございませんけれども、各国はPKOなどの業務でも既に犠牲者を出しているケースがあるわけですから、せめてそういう事例検討ぐらいはちゃんとやらないと、私は本当に、防衛官僚としても自信を持って安全確保できますとはとても大臣や総理には進言できない問題であるという感覚をぬぐい去ることができないのであります。
 三つ目に、これから大きく我が国の、特に自衛隊の国際的な活動の場が広がっていく、そういう法制になっております。このときに、イラクには六百人を出して、そのうち業務支援隊として復興業務を実際にやっていたのは百名程度ということなのでありますが、道路を直し、病院を直し、学校を直しという仕事をしてきた。私はそれはそれで部隊はよく頑張ったし、立派な仕事をしてきたと思って、私もそこはプライドを持っているところでありますけれども、しかし、恐らくその辺の成果は、その後のあの地域の混乱の中で多分もうほとんど跡形もなくなっているのかもしれないという危惧もございます。
 果たしてどういうスタンスであの地域のそこに責任を持ってどこまでやるのかというところが、正直申し上げますと、あのときは復興のための国連決議もございましたけれども、やはり日米同盟維持という観点で、アメリカへの協力、国際社会への協力が両立する任務としてイラク復興支援ということをやっていったわけですが、サマーワという地域に限定した支援活動であった。今度はもっとたくさんのことができる法律になる。そうすると、そこに我が国はどういう姿勢で臨んでいくのか。
 ブレア政権は、戦局を左右するぐらいの兵力を出さないと、国際的な、特にアメリカに対する発言力はないということで、最大八千人ぐらいだったと思いますが、兵力を出し、そして多くの戦死者を出し、今、結果的には必ずしも成功とは評価されていない、そういう経験もございます。我が国はこれまで実際に戦争をしていないものですから、よその国の例を参考にしながら教訓を酌み取っていく、これはこれとしてまた長い時間がかかることではあると思いますが、そうしたところもぜひ問題意識にのせていただきたい。
 そして、さっき伊勢崎参考人のお話にもございました。ずっと私がやっているころからの法律にも同じ問題が実はあったんです。というのは、海外で自衛隊員が行う武器使用の法律には何と書いてあるか。主語は「自衛官は、」なんですね。自衛隊法八十八条の防衛出動のときのケースは、主語は「自衛隊は、」なんです。自衛隊は武力の行使ができる。ところが、海外の武器使用は、自衛官は武器の使用ができる。つまり、防衛出動を受けて自衛隊として行動する、それは国家の意思としての武力行使、つまり人を殺傷し物を破壊する行為と法律上定義づけられております。
 同じことを、国際紛争の一環にはならないかもしれないけれども、「自衛官は、」ということで、自衛官個人の責任として実はやっていかなきゃいけない。ここに対するケアのための法制というのは、なかなか実は軍法会議とかいったものはこの憲法のもとでは難しいんだと思います。そういうところの矛盾がやはり現地、現場の隊員一人一人に向かうことは避けられないわけですから、そこへの問題意識も持ってどうケアしていくのかということ、法的なケア。まさか一切無罪にするという法律はつくれないと思います。しかし、立法府としてどんな対応ができるんだろうかということもぜひお考えいただかなければいけないなと、私は個人的に思います。
 最後に、やはり大きなテーマは、先ほど小川参考人からもございましたが、結論はともかくとして全く私も同感するところがあって、要は、これで抑止力という観点から見てどうなんだということをしっかり議論していただく必要があるんだろうと思います。
 例えば、アメリカの船を守ることによって日米が強固であるということが伝えられる、それによって抑止力が強化されて、我が国が戦争に巻き込まれる可能性がなくなるというのは一つの筋書きであります。しかし、もう一つの筋書き、それは、今の筋書きが成り立ちますのは、つまり、相手がそれによって日本にはその意思と能力がある、当然アメリカにもあるということを認識し、そして相手が自粛して手を出さない、それが抑止ということだと思うんですね。逆に、相手がそれで、そうはいっても本当に、本気で日本がやってくるのか、本気でアメリカがやってくるのかというところに疑いがあれば、あるいは相手がそれでもなおかつやるんだという覚悟を持っていれば抑止は成立しないわけですね。
 どうもそこのところが防衛計画大綱を見てもガイドラインを見ても、プレゼンスによる抑止という概念は私はあると思いますね、その流れの中でアセット防護というようなことが強調されております。しかし、現場において軍対軍を対峙させることによる抑止、それは一種の拒否的抑止として成り立つのかもしれないけれども、それは逆に緊張を高める要因もある。そして、間違えて撃っちゃったらそれが拡大する可能性もある。それをどう政治的に防ぐのかというその仕組みをしっかり考えていく。武器使用の拡大をするならば、事態の拡大防止は政治の責任でありますから、そこの仕組みをどう考えていくのか。特に、自衛隊法九十五条の二という条文で平時から、これはかつては集団的自衛権の問題として安保法制懇でも議論されていた分野ですけれども、これを平時の武器使用権限として付与する条文があるわけですから、それがどのように拡大しないようにするかということも、これは政治の責任として御議論いただく必要があるだろう。
 そして、最後に、私は冷戦時代に長いこと実務をやってまいりました。七六年の防衛大綱の中では、米ソの大規模な戦争、本格的な戦争はまず核抑止力もあって起こりにくい、ほとんどないだろうという前提に立ち、我が国にあるとすれば、極東ソ連軍が今の体制から一種奇襲的に来るような限定小規模な侵略であって、それに対して独力で対処するということを理念に掲げ、そして陸上自衛隊十八万、海上自衛隊約六十隻、航空自衛隊四百三十機という体制で日本の防衛をやっていたんですね。さっき小川先生がおっしゃったように、アメリカの極東における最大の拠点である日本自身を守るということが、アメリカの世界戦略とも合致している状態であったわけであります。
 今度は、南シナ海のこと、あるいはインド洋のシーレーンなんかが盛んに議論されております。そういうところに海上自衛隊を展開するということは、やはり遠いんですね。冷戦当時六十隻ですが、今四十七隻、海上自衛隊の勢力があります。そのうち、海賊対処でローテーションも含めると六隻がとられています、中期防で七隻ふやすことにはなっておりますが。そこのやはり優先順位と資源配分といったもの、これも当然、法律の中でできる範囲でやるさというのは一つの答えかもしれない。しかし、では本当にそれで何ができるんですかということも問われなければいけない。
 その所要防衛力、あるいは作戦の優先度といったようなところも、これは何も細かいところは数字まではいいのではないかと思いますけれども、ぜひ委員会の問題意識に加えて議論をしていただきたい、こんなことを今までの審議を拝見しながら感じているところでございます。
 以上でございます。拍手
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浜田靖一#11
○浜田委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。
    —————————————
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浜田靖一#12
○浜田委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。原田義昭君。
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原田義昭#13
○原田(義)委員 自由民主党の原田義昭でございます。
 五人の先生方におかれましては、忙しいところ、こうして委員会に出席いただきまして、御高説を拝聴したところであります。また、私ども、これからの審議にしっかり役立てていかなければならないな、こういうふうに思っております。
 その上で、まずお手元に簡単な資料をお配りしております。ガリ刷りで恐縮でありますけれども、これは、同志の今津寛理事が丹精込めてつくられたのを、私が少し手直ししてお配りさせていただいておるところであります。
 これは、現在の日本の安全保障環境、一目瞭然のところはございますけれども、このことに思いをいたさなければ今何でこのような議論をやっているんだろうかということがなかなかわからない方もおろうかと思いますから、簡単に説明しますけれども、一ページ目はそういうことで、日本を取り囲むそれぞれの危機、脅威ということだろうと思います。今、世界全体、また東アジアはとりわけパワーバランスが非常に変化しておりますけれども、北朝鮮のミサイル配備、核開発の問題、さらには何といっても中国の軍事的台頭、先ほどからいろいろ御指摘もございました。
 さらには、これは特に三ページ目を見ていただきますと、世界じゅうで、テロの脅威、宇宙やサイバーなど、今までなかなか経験したことのない新たな領域における脅威の出現、こういうこともあるわけでございまして、しかも、これは観念的な脅威というわけではありませんで、この一ページ目を見ましても、いずれもあしたにもあり得る脅威でございます。例えば、真ん中あたりに尖閣諸島というところがありまして、これは先ほど小川先生からもちょっと触れられましたけれども、ほとんど連日これは接続水域に入ってきておりますし、あろうことか月に大体三回から四回は間違いなく領海に侵入してきているということで、これはとんでもない話でございます。
 いずれにしましても、こういうような危機にあるということ、そしてもう一つは、先ほど新幹線のお話が鳥越先生から出ましたけれども、まさにこの種の事故というのは今まで経験したことのない、体験したことのない、いつ起こるかわからない、これが私は現実の社会だろうと思っております。さすれば、とにかく万全の対策をとっておくということが何よりも大事なことであるし、また国民が安心する、安全を感ずる大事なことではないか、こう思うわけであります。
 私はそうした観点から、きょうは抑止力という言葉がそれぞれの先生から出てまいりました。紛争を未然に防止する力、危機を加える、圧倒する、攻撃する、他国にそういう気持ちを起こさせない力というのは私は極めて大事なことだと思っておりまして、現在私どもが議論しておる平和法制はまさにそのために資するものだ、こういうふうに思っております。各先生方から、抑止力の重要性、とりわけ日米安保を通じて、さらに今回集団的自衛権の概念がそれに大きく資するものだというふうな御理解があったと言っておりまして、私もまさにそういう観点から、この抑止力がそもそも必要だということとあわせて今回の平和法制が非常にそのために役立っている、こう思っておるところであります。
 そういう意味では、私どもはこの平和安全法制を、内閣もそうでありますし、安倍総理も先頭に立ってこれこそ平和を目指した平和法制だということを何度にもわたって力説しておられましたし、ぜひその辺をしっかり国民の皆さんにわかっていただかなきゃいけない。まさに日本の自衛力、みずからを守る力、それを強化すればするほど抑止力が高まり、そのことがよそからの侵略ないし侵害を防ぐことになるという意味では、紛れもなくこれは平和を目指した法制である、こういうふうに考えております。
 ただ、最後の柳澤先生が、抑止力というのはそういう側面もあるけれども、同時に、逆に軍拡競争とは言いませんけれども、向こうがするならこっちからもやるよ、こういうようなことでお互いエスカレートし合わないかというような御懸念も出されました。
 私は、ここはもちろん、今や単に軍事だけの問題ではなくて、外交、さまざまな交流も行われているところでありますから、しかし、持つべきものはしっかり持たなければ諸外国に侮りを与えるという意味では、やはり必要最小限の抑止力を持たなければ国として維持できないというような感じがするところであります。
 そういう意味では、抑止力の重要性ということを改めてお聞きしたいなと思っておりますが、折木先生、一言、先ほど言われましたけれども、そのことについて改めて述べていただきたいのと、もう一つは、今回の平和安全法制の中でそれが十分に機能するんだということについても述べていただきたいな、こう思います。
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折木良一#14
○折木参考人 今、抑止力のお話がございましたけれども、安全保障全般を考える上で、紛争を含めて未然に防止するというのは、これは軍事力だけの話ではなくて外交も含めて非常に大事なことで、これが一つは要点だというふうに思っています。
 そういう面で、抑止力全般を考えたときに、相手にその気にさせないということなんですけれども、それは、先ほど言いました軍事力だけではないということを前提に置きながら軍事的に焦点を絞りますと、やはり力の空白をつくらないという一つ大きなものがあるというふうに思っています。
 一つは、南シナ海、いろいろな状態で、今厳しい状態にありますけれども、時代それから情勢はいろいろ変わっておりますけれども、例えば、米軍が一九九一年までフィリピンのスービックとクラークに存在したわけです。二〇〇二年までソ連それからロシアの太平洋艦隊の一部がカムラン湾に存在したわけです。そういう軍事力が存在することで力の空白をつくらないというのも一つあるのではないかというふうに思っています。
 あとは、国家の意思というのが物すごく、私は、一番基本的なことがあって、不法なものにはきっちり対応する、それから日本の国益、日本の安定、平和を乱す者に関してはきっちり対応するという、その意思が常に示されていなければならないというふうに思っています。次は、備えをしっかりするということで、今回の法制整備もそうなんですけれども、事前にきっちりとした形で、これは国民の、国家の意思にもかかわりますけれども、日本はこういう備えをするんだ、法的にも基盤を与えるんだというのが一つ大きな抑止力の一環だというふうに私は思っています。
 それを踏まえて、例えば今回の法制では日米の共同訓練ももっとシナリオに、予想される情勢に沿って訓練もできますし、そういうことによって力を高めることができる、実効性を高めることができる、それがつながっていくというふうに思っています。あとは、現場としてしっかり訓練をできる体制を整えるとか、そういう基盤的なものをしっかり整えていくことによって抑止力につながっていくというふうに私自身は考えております。
    〔委員長退席、御法川委員長代理着席〕
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原田義昭#15
○原田(義)委員 先ほど鳥越先生から、イスラムから始まりましていろいろお話がありましたけれども、ただ非常に気になりますのが、何となく集団的自衛権ができれば日本の軍隊が世界の裏までアメリカと一緒に行くのではないか、さすればイスラム諸国から非常に嫌われ、危険がられて日本が危なくなるのではないかと。その間には相当な因果関係の離れといいますか、そんな感じがいたします。
 まず、日本が無条件にというか、地球の裏側まで自衛隊が行くということは私は基本的にはないと思っております。極めて条文上も限定的な、そういうところでいろいろな活動をするということはあっても、とにかく今言われるような形で、何か集団的自衛権が認められればすぐにでも行くのではないかというようなことは私は断じてないというふうに考えておりまして、先生のような影響力のある先生方が、やはりその辺はしっかりとした正しい情報を国民の皆さんに与えていただく。
 とにかく日本の防衛政策は、当然のことながら極めて厳しい。例えば新三要件も含め、PKOの五要件も含めて、いかなる意味でもこの国の安全というのは、まずは日本の自衛を確保しながら、しかし国際平和にも決して責任放棄はしないという観点ではございますけれども、その辺をしっかりとまた国民にわかっていただくような御努力をお願いできればありがたい、こういうふうに思っているところであります。
 先生、そういう意味で、この辺、非常に大事なコメントを先生からいただければありがたいな、こう思っております。
    〔御法川委員長代理退席、委員長着席〕
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鳥越俊太郎#16
○鳥越参考人 お答えします。
 私も、必ずしも自衛隊が世界じゅうどこでも行くというふうに思っているわけでもありませんが、国会の討論を聞いている限りにおいては、絶対に行かない、総理は戦場には行かないというふうなことはおっしゃっていますけれども、絶対に例えば極東地域から外には出ないというようなことは誰もおっしゃっていませんね。つまり、可能性としてはあるわけですね。
 また、ホルムズ海峡というのは日本からはるかに離れているわけですから、そういう意味で、これはどなたの答弁だったか覚えていませんが、たしか中谷さんだったと思いますが、地球のどこでも行けるという解釈であるというふうな答弁を聞いておりますので、全く、集団的自衛権行使となった場合に、米軍の行くところを、ここは行かない、ここは行くというふうに区分けするようなことには今はなっていない。つまり、可能性としてはどこでも行ける。ただし、そう簡単には行かないというふうに今はおっしゃっているけれども、現実にそういうふうな状況が来た場合に、行ける道が残されているというのが僕は心配なわけです。
 例えば、例えばの話ですからこうなるかどうかわかりませんが、今はオバマ政権は、イスラム国に対して空爆という作戦をとっているんです。つまり、地上部隊は出さないというふうに言っております。これは、イラク戦争をやって、アフガニスタンでも地上部隊を出して、出したけれども、一定の成果は上げたけれども、根本的な解決には至っていないというようなことがあるし、それから軍事費の削減ということもあって、米国は地上部隊はイスラム国に対しては出さないという方針であることは先生も御存じのとおりですけれども、もし次の大統領が民主党ではなくて共和党になった場合はどうか、ブッシュさんの弟さんがもし大統領になったとしたらどうか。
 ひょっとしたら、イスラム国を壊滅させるためには地上部隊を出さなきゃいけないというような話になるかもしれない。かもですよ、僕がそうなると言っているわけじゃないです。でも、そういう可能性がある。その場合に日本の自衛隊が全く無関係のままでいるのかどうか、その辺はやはり曖昧なままであるということです。
 ちょっと時間が来ました。済みません。
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原田義昭#17
○原田(義)委員 時間が来ておりますので、もう一つ、柳澤参考人を指名してお話ししたいと思います。
 実は、イラク派遣部隊の自衛官は自殺の比率が高いという話がございます。これは先生からいただいた資料にもそう書いておりまして、手元に、六月十三日の週刊現代、これで私はびっくりしたんですね。一般のイラクの自衛隊の自殺率、「これは世間一般の一・五倍と多い。しかしイラク派遣部隊の数字は、さらにその約十倍になるのです。」こういう書き方をしております。これは多分先生も誤解されているのではないかなということで、実は同じような記事が、後で聞いたんですけれども、東京新聞で出たんですけれども、それが後で削除されたケースがございます。
 資料四枚目を見ていただきますと、「自衛官の自殺について」という、これは防衛省につくらせた数字であります。これは十万人当たりで、イラク特措法に基づいて派遣された自衛官が三十三人、一般の男性自衛官が三十五人、一般成人男性が四十人、こういうことが出ておりまして、多いか少ないかは別としまして、少なくとも、先生が感じておられるような、イラク派遣部隊の数字がさらにその十倍になるという表現はあるいは誤解ではないかなと思いますけれども、これについては、先生、いかがでございましょうか。
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柳澤協二#18
○柳澤参考人 自殺については、私も先日、後輩の人事局長から同じデータをいただいております。
 当時、私が人事局長をやっておりますときから隊員の自殺は大体年に七、八十人あって、これは普通科二個小隊なんですね。平時の自衛隊でそれだけ失われているということを非常に深刻に受けとめておりました。
 イラクの場合は、今まで一万人に対して二十九人と言われている。私が申し上げてきたのは、平均的に言うと、日本人全体では人口十万当たり約二十人で、イラクの自衛隊で母数を同じにすれば二百九十人ということになるんだろう、そして一般の自衛隊員は実は年間七百人ぐらいになっちゃう、こういう話で、いずれも深刻な話ではあるんです。
 このデータをどう見たらいいかというのは、私は専門家ではございませんが、二十歳から五十九歳までの三十年以上の平均勤続年数の中でたまったストレッサーによる自殺の話と、イラクに出ていた自衛隊、陸の隊員の場合は平均三、四カ月であったと思います、三、四カ月の間に、多分、基本的にメンタルに問題のない子を選んで派遣しているはずだということを前提にしますと、イラクにいる数カ月の期間に受けとめたストレッサーによる自殺ということで、ここは単に数だけではなくて役所もしっかり分析をしていただきたいと思いますので、これ自体、私は決して少ない数字だとは思っておりません。
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原田義昭#19
○原田(義)委員 少ない数字と私は申し上げませんけれども、少なくとも、ここのデータに入っておりますように、一般成人ないし男性自衛官に比べて十倍だというような発言については、これはもちろん自衛隊の御家族のみならず国民全体にあらぬ不安やら心配を与えることでありますから、統計のとり方だからいろいろありますけれども、そこは先生、しっかり分析されまして、正しい情報を国民に提供していただきたいなと。非常に国民が心配をしているところであります。
 時間が来ましたので、以上です。
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浜田靖一#20
○浜田委員長 次に、大串博志君。
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大串博志#21
○大串(博)委員 おはようございます。民主党の大串博志でございます。
 きょうは、参考人の先生方には、大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。大変勉強になりました。さらにこの質疑を通して深めさせていただきたいと思います。
 まず、鳥越参考人にお尋ねさせていただきたいと思いますが、先ほど来後段の方でお話のありました、今般の自民党内の勉強会を含めた報道に対するさまざまな意見についてのことでございます。
 私は、この安全保障法制特別委員会で議論をしていて、今回かけられている案件は、いずれにしても、国民の皆さんがしっかり内容を知っていただいて判断いただいて、その上でいろいろな議論が巻き起こった上で最終的な結論が出されるべきものだというふうに思います。そういった意味で、健全な議論が日本全国で行われる、そのためにも、マスコミの皆さんがいろいろな見地から、いろいろな立場からの種々の情報を流していただく、これは非常に大切なことだと思うんです。
 そういう意味で、報道の自由の問題は、殊さらに今回のような大きな課題が国会にかけられているときには大切なことだというふうに私は思う中で、先般のような自民党の勉強会での、マスコミを懲らしめる、しかも安全保障法制の理解との関係でそういう発言が出るというのは、私自身は極めて残念だというふうに思いますし、そうであってはならないというふうに思う。
 特に、私自身も、安倍総理自身の、マスコミに対して編集内容がおかしいじゃないかというふうにおっしゃった発言を予算委員会でも取り上げて、報道に対して萎縮効果を持たないかということを取り上げたこともあります。さらには、そのときにあわせて、自民党の方から報道各局、テレビ局に対して公正な選挙報道を頼むというふうな文書が出されたことも一緒に取り上げて、報道の萎縮を招かないかということを取り上げたこともあります。
 私自身は報道の世界にいたことがないものですから経験がないんですけれども、今回起こっているようなマスコミの皆さんへのいろいろな言辞、言葉、あるいはプレッシャーというのかもしれません、こういったことが、私は五十年しか生きていないんですけれども、先生の経験の中で、過去こんなようなことがあったんだろうかというようなことを教えていただけたらというふうに思います。
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鳥越俊太郎#22
○鳥越参考人 お答えします。
 過去あったかどうかということですが、ありました。それは、戦前です。
 戦前は、報道に対する規制が治安維持法という名のもとでありました。その結果、日本は、言論の自由、報道の自由はなくなりました。そして、戦争に全部賛成をするという意見しか通らなくなった。これは皆さん、歴史を学べば御存じのとおりです。それは朝日新聞から始まって、毎日新聞も、東京日日と言いましたけれども、当時はテレビはございませんでしたが、新聞は全紙とも、大政翼賛会のもとで戦争大賛成というふうになったことは御存じのとおりだと思います。
 それ以後は、戦後はもちろんそういうことはなかったわけです。
 ただ、私が五十年間報道に携わっていて今感じているのは、安倍政権になってから、政権のマスコミ、メディアに対する対応が変わった、非常に神経質な対応になったなというのを感じております。
 これは恐らく安倍さん、安倍総理の個性にも基づいているんだと思いますが、思い出していただきたいのは、NHKの従軍慰安婦の問題のときに、安倍さん初め数人の自民党の議員が放送内容にかかわって、一部変更があったというふうに言われております。そして、思い起こせば、安倍さん自身が、ニュース23の放送の中で、街頭のインタビューの内容が気に食わないということでぶち切れたということがございました。
 そのほか、NHKとテレビ朝日ですけれども、事情聴取される。これは今までやったことはないんですね。権力、与党の政党が個別にテレビ局を呼んで事情聴取というようなことは、これまではございませんでした。これはやはり一定の抑制効果を生むだろうと思います。
 そのほか幾つかそういうのは散見されるわけで、恐らく、これまでの自民党政権も見てきておりますが、自民党政権の中では、これほどマスコミに過敏に反応した政権はございませんでした。安倍政権になって初めてこういうことが起きている。その結果、恐らく一定の萎縮効果、やっぱりちょっとここは少し言うのはやめておこうかというような萎縮効果を生んでいることは間違いないと思うんですね。具体的にどれだというふうに言われると、ちょっと私も答えようがありませんが、そういう感想を抱いております。
 以上です。
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大串博志#23
○大串(博)委員 実は私、過去にありましたでしょうかという質問とあわせて、それを受けて現場の雰囲気はどのような状況なんでしょうかと、私、メディアに所属したことがございませんものですから、お尋ねしようと思っていたのですけれども、今あわせて教えていただきました。一定の抑制というか、萎縮効果があるということのお話でございました。
 今回のような極めて国民の皆さんの平和と命にかかわる案件を議論している際には、そういうふうな、いつもそうですけれども、やはり萎縮効果というのはあってはいけないと思うんですね。その辺を私たちも心にしっかりとめながら、これからさらに議論をしていかなければならないというふうに思っております。
 それから、鳥越参考人にもう一つお尋ねしたいと思うんですけれども、先ほど、日本が全世界に、米国とともにいろいろな活動にこれから参画していくと見られる、そういった場合に、例えばイスラムの過激派からテロの対象となり得る可能性がまた高まる可能性もあるというふうな話がございました。
 裏から教えていただきたいんです。すなわち、今、逆に言うと、これまでは、日本は憲法九条を持つ中で、今までの体制をとってきました。この中で日本というのは、中東においても、あるいはイスラムの皆さんにとってもかなり融和的な存在だったんじゃないかなと思うんです。先ほどの話の逆で、これまで日本はどういうふうに中東の皆さんから見られて、それはどういうふうに日本にプラスなりマイナスなりあったのか、そこを教えていただきたいと思います。
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鳥越俊太郎#24
○鳥越参考人 お答えします。
 私は、一九八四年から五年までイランに特派員としておりました。そのころは、ペルシャ湾でIJPCという三井物産が進めているプロジェクトがありました。そのため、安倍晋太郎外務大臣、安倍総理のお父さんが何度もイランに来られていろいろと会談をされた。つまり、イランと日本は当時は非常に友好関係があったわけですね。その友好関係の先頭に立って安倍晋太郎外務大臣が努力されていた、その姿を私は現場で見ております。
 そういう意味で、その後、中東各地をあちこち私は取材に歩いたんですけれども、そこで聞かれる日本に対する声は、日本は米軍と戦って原子爆弾を二発落とされた、にもかかわらず、今は経済的に発展して平和的な国になっている、大したものだなというお褒めの言葉を必ず聞いた。日本に対する敵対心、敵がい心というのは一回も聞いたことがないです、それは間違いなく。トルコなどでは、日露戦争のときのバルチック艦隊との戦いで日本が勝利したということを取り上げて、日本を称賛するような声もありましたけれども、それは別として、基本的に日本は平和的な国であるという認識でこれまでいたことは間違いないです。
 ただ、この間、後藤さんが殺されたことについては、やはり非常にこれまでとは違うなという印象を抱いております。
 以上です。
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大串博志#25
○大串(博)委員 ありがとうございます。
 国際環境、安保環境についてですけれども、折木参考人にちょっとお尋ねしたいと私は思うんです。
 国際環境、安保環境はやはり日々刻々変化している。先ほどおっしゃったように、前半二十年冷戦期、後半二十年ポスト冷戦期と、歴史を教えていただきました。
 その中で、私ども、民主党政権、政権を担う時期をいただいて、その歴史の変遷と格闘してきた。我々、二二大綱というのをつくり、当時、折木参考人も統幕長として大変な力をいただきました。ありがとうございました。
 当時まで基盤的防衛力構想ということで、その内容はかなりいろいろ変わってきたわけではございますけれども、基本的には、北方からの脅威に対して、北海道を中心として、一定の量を保ちながら日本を守っていこうという流れの中で、それが、安保環境が変わってきて、南西諸島、中国も含めていろいろなことがありました。こういった事実関係を踏まえて、南西諸島に対して、今度は、動的防衛力構想ということで、より柔軟に動的に、質的にも、そういう視点から日本の南西諸島も含めた守りを固めていこうと。
 当時、私たちは、個別的自衛権をきちんと念頭に置きながらやっていこうということを考え、二二大綱をつくりベースをしいた。それは、私は大転換だったと思うんです。当時、統幕長でいらっしゃった折木統幕長にも、各幕の中のいろいろな意見調整も含めて、大変な御努力をいただいたと思うんです。私は、そういった流れは決して間違っていなかったし、日本が目指すべき一つの大きな方向性だったというふうに思うんですね。
 この辺に関する折木参考人の御意見、御所見をいただけたらというふうに思います。
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折木良一#26
○折木参考人 ちょうど私も、民主党政権の中で統幕長もやらせていただきました。今御案内がありましたように、二二大綱のときも大分議論の中に入らせていただきまして、つくらせていただきました。
 そういう中で、今御指摘がありましたように、安全保障環境というものが非常に変わってきて、南西諸島ももちろんですけれども、世界的にも情勢が大きく変わってきた。そういう中で、日本の自衛隊が持っている資源それからパワーといいますか、それを有効に活用するためにはどうすればいいんだということを皆さんに考えていただいたというふうに私は思っています。
 そういう中で、南西諸島に、例えば陸上自衛隊でいいますと空白地帯があるわけで、与那国島に今建築されていますけれども、そういうことも含めて、機動力というのをしっかりつけて、いろいろな事態に対応できるようにやっていこうという、私は、北方重視から、南西諸島重視とは言いませんけれども、要するにそういう転換をしたということは、状況に物すごく対応しながら防衛力整備をやっていこうということを国で決めていただいたというふうに思っていますし、大変感謝しております。
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大串博志#27
○大串(博)委員 ありがとうございます。
 そのときそのときの安保環境の変化において対応してきたというのは、どこの政権でも同じだと思うんですね。それを、そのときそのときで誤りなく、もちろん憲法の大きな枠組みもございますので、その中でやっていくということだと思うんです。
 その上で、安保環境の変化も含めて今この法案が提案されているわけですけれども、柳澤参考人にお尋ねしたいというふうに思います。
 今回の法案の中で、これまでこの委員会の中でも大変議論してきているのは、特に集団的自衛権の課題につきましては、新三要件と言われているもの、特に存立危機事態、我が国の国民の皆さんの権利が根底から覆される、これをどうやって判定するのか、この判断する基準が極めてあやふやではないかというところが大きく取り上げられています。
 柳澤参考人は、内閣官房副長官補、安全保障を担当される方として、官邸の中で、まさにそういうことが起こったときに、どうやって意思決定をしていくかということを支えてこられた方でございます。
 私も役人でおったので、ちょっと想像するんですけれども、一体、この存立事態になりそうになったとき、これからなっていくかもしれないなと思ったときに、どうやって政府の中の意思決定をしていくんだろうというのが、正直言ってよく見えないんです。
 というのは、基準がはっきりしないという思いがあるものですから、その準備段階で、各所各所、つかさつかさが、例えばどういった資料を集め、どういった分析をし、どういった起案書、ペーパーを書いて、政府の中の一つ一つの部局の調整をしながら、最終的には総理の決断を得ていくような、きちっとした体系的な議論が一体できるんだろうかという気がするんですね。
 この委員会の中でもよく、総理が担当大臣や事務方の答弁を制止しながら御自分でいろいろなことを答えられるという光景を見ます。かなり総理の判断に今でも依拠している。それが、まさに存立危機事態となると、かなりその面が大きいんじゃないかなというふうに思うんです。
 一体どうやってつかさつかさの動きもつくっていくのか、いけるのかという観点からも含めて、新三要件の具体性に関してどういうふうに感じていらっしゃるか、教えていただけたらと思います。
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柳澤協二#28
○柳澤参考人 大変難しい御質問だと思います。
 その前に、さっき原田先生へのお答えの流れの中で、ちょっと私、単純計算ミスをして、もしかして、一般隊員の場合は十万人当たり七百とかいう、それはもともと十万人当たり四十という数字ですので、単純な間違いでございました。
 官邸の中での重大な意思決定というのは、実はそこまで私自身は遭遇したことはないのですが、イラクの派遣をいつ終わらせるとか、出すの出さないのといったようなところは、私の感覚では、やはり皆、総理の方を見るわけですね。
 いろいろな、つかさつかさによって、私の経験した当時は、こういう問題はあるということは言ってくれるんですが、そういう問題がある上で、つまり、ある程度やはり自分のところのリスクはちゃんと口にしておかなければいけない、しかし、その上で判断するならしてくださいということで、総理の決断というのは、私、拝見していて、非常に孤独だし、非常に重たい。
 我々も、意見として、それはやるべきですと言ったこともあります。海上警備行動の発令のようなときに、やるべきですと言った。それは、非常に法律的にもはっきりしていたようなことはそれで言えるんですが、ただ、本当にこの存立危機事態というようなことになると、恐らく、日ごろからある程度の事態を、ちょうどガイドラインの計画策定作業を米側とやっていくわけでありますから、その中での問題意識も見ながら、どういうケースがどうなんだということを、多分そこで日米の共同のオペレーションが前提になってくると思います。
 問題は、表には基本的に出ないわけでありますが、それがタイムリーにちゃんと総理にまで認識として上がって、ただ、やはりその中でも幾つかの選択肢はありますよ、どれをおとりになることによってこういうリスクはあるというような、そういうマトリックスがしっかり整理されているかどうかということが政府内の意思決定としては問題。そして、それはやはり総理が責任をおとりになる以外にないだろうということ。
 もう一つの問題は国会承認ということになるとは思うんですが、そういう作業が、いざそういうことが起きるまで実はオープンにされないというところですね。その辺をどう国会との間で意思疎通していくのかというのは、それは国会の審議の実効性の観点から、議会としてお考えいただく必要があるのではないかなというふうに思います。
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大串博志#29
○大串(博)委員 ありがとうございます。
 柳澤参考人、もう一つお尋ねしたいと思うんです。
 安保環境の変化なんですけれども、さまざま、やはり安保環境、これまでも厳しいときもあったし、今でも厳しいものもあると思います。
 るる説明のあった中で、ただ、今の時期において、今の時点において絶対に集団的自衛権を憲法解釈の変更をしてまででも、先ほどのお話にタイミングの話もありましたけれども、今やらなければならないほどの安保環境の変化がこの足元で起こったのかどうか、私も専門家ではないものですからよくわからないところがあるんです。この辺が国民の皆さんの関心だろうと私は思うんですけれども。
 安保環境の変化、集団的自衛権を憲法解釈を変更してまで今入れなければならないようなものが起こっているのか、この辺に関する御所見を教えてください。
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