2015-07-10
衆議院
小野寺五典
我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
小野寺五典の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)
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○小野寺委員 自由民主党の小野寺五典です。
きょうは、民主党、維新の党の皆さんの提出法案を審議するということで、日ごろ厳しい質問をされる皆様がきょうは質問を受けていただけるということで、大変感謝を申し上げます。
この委員会、五月二十六日に始まり、きょうまでで九十五時間既に審議をしております。きょうの委員会が終われば百時間を超えるという大変な審議時間となります。
私もずっとその議論を聞いておりましたが、憲法解釈の議論とか内閣法制局の解釈とか、論点が拡散しています。だから国民の皆さんにもわかりにくいんだと思います。本来、政治は、厳しさを増している安全保障の現実に向き合い、必要優先の議論をするのが役割です。
実は、先日の参考人の方が同じような指摘をしております。六月二十二日、この委員会の参考人質疑における小林慶応大学名誉教授の発言です。小林先生は、民主党、野党側の推薦の方です。小林教授はこのように発言をしております。御紹介をさせていただきます。お手元に資料がございます。
政治家というのはそれぞれ現実と向き合っています。ですから、国会にもたくさん法律家たる政治家がおられますけれども、その方たちは政治家として言動をしておられますよね。だから、やはり必要優先の議論をなさる。それに対して、過去、現在、未来にわたって一貫した法治国家でなきゃいけないという点から法制局の方たちもお話しするし、我々も、我々は、逆に言えば、利害を超えた世界の、坊主みたいなものでありまして、大学というところで伸び伸びと育ててもらっている人間ですから、利害は知りません。ただ条文の客観的意味はこうなんですという神学論争を言い伝える立場にいるわけです。
それは当然参考にしていただかなきゃ困るので、事実として、そうか、神学でいくとまずいんだ、ではもとから変えていこうというふうに政治家が判断なさることはあると思うんですね。
そういう意味で、我々は字面に拘泥するのが仕事でありまして、それが現実の政治家の必要とぶつかったら、それはそちらで調整なさってください。我々に決定権があるなんてさらさら思ってもいません。
こういうことなんです。そうなんです。実は、役割が違うんです。
小林先生の言葉をかりれば、憲法学者の皆さんは、字面に拘泥するのが仕事であります。歴代の法制局長官は、過去、現在、未来にわたって一貫した政府の解釈を守るのが仕事であります。
憲法学者は憲法の条文に照らして解釈を行う、内閣法制局は過去の答弁との整合性を判断する、それぞれの立場から今回の法制について評価をする。そして政治は、そのような評価を受けとめた上で、さらにそれを乗り越えて、現実と向き合い、必要優先の議論をする。役割が違うんです。
私たち政治家は、現在の厳しい安全保障環境の中で国民をどのようにして守り抜くのかという本筋の議論をするのが役割です。ここにいる私たち国会議員は、憲法学者でも法制局の職員でもありません。私たちがやるべき仕事は、厳しさを増す安全保障環境の中で国民をどう守るのかを真剣に議論することであります。そのことを民主党が推薦された小林先生も指摘されているんだと思います。
実は、このようなことが過去にもありました。昭和二十九年の自衛隊の創設です。
当時も、これは憲法第九条に明確に違反しているという声が、憲法学者からも世論からも圧倒的でありました。しかし、そうした議論を乗り越えて、政治の責任として、自衛隊は設立されました。
それから六十年が過ぎました。今や自衛隊の必要性を否定する方はほとんどおりません。世論でも、最も信頼できる政府機関の第一位は自衛隊です。その存在は九〇%以上の支持があり、そして、六十年にわたって我が国の平和が保たれてまいりました。
今回の法整備も、さまざまな御意見はしっかりと受けとめた上で、最後は政治の責任としてしっかり議論し、決断をする。国民の平和な暮らしに責任を持つのは私たち政治なんです。そして最後は、私たちが選挙を通じて国民から審判を受けます。
総理にお伺いします。今回の平和安全法制を整備するに当たりまして、政治としてなすべき議論のあり方、そして、この平和安全法制がなぜ必要なのか、改めてお伺いしたいと思います。