山口壯の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)

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○山口(壯)委員 戦後の占領後の安全保障について、当時の吉田茂首相兼外務大臣は、外務省に検討作業を命じたわけですね。外務省は、数年の検討の後、いろいろなオプションを検討しました、スイスのように永世中立国になるとかいろいろなオプションを検討した後に、結論としては、国連に頼ろうという案だったんですね。
 それに対して、吉田茂は全く気に入らず、激怒するわけです。お配りさせていただいている資料の一ページ、これは、ちょっと字が見えにくいですけれども、米国の対日平和条約案の構想に対応する我が方の要望方針、当時極秘の資料ですけれども、これは公開されたものです。そこに吉田茂の乱暴な字でコメントが書いてあります。「野党の口吻の如し 無用の議論一顧の値なし 経世家的研究ニ付一段の工夫を要す SY」とあるんです。国連の安保理事会は、ソ連が攻めてきたとき、ソ連の拒否権により動きがとれないわけですから、何をばかなことを言っているんだというのがその趣旨でしょう。
 吉田茂としては、独力で日本を守るという時代ではなくなったという認識から、日本はアメリカに基地を提供し、アメリカに守ってもらうということを構想しているわけです。そのラインに沿って安保条約の交渉を進めるわけですけれども、吉田茂にとって最大のポイントは、アメリカの対日防衛コミットメントを取りつけることです。
 ただ、今日からすると意外に思う方も多いかもしれませんけれども、当時、アメリカは、対日防衛コミットメントをゼロにしたいというのが実は本音でした。
 資料の二ページから九ページまで、これはアメリカの統合参謀本部のJCS二一八〇の二という資料ですけれども、ここをめくっていただいて、八ページ目、千三百九十一ページというところに、私がアンダーラインを引いた部分、読んでいただくとわかりますけれども、米国は公式に同意すべきではない、戦力を日本の防衛にコミットすることはと、はっきり記されているんですね。
 吉田茂としたら、基地提供によって何としてもコミットメントを取りつけたかったわけですけれども、交渉としては、最後の土壇場で、日本側の外務省事務当局の、実はこれは本当にミスによって、条約文言上のアメリカの対日防衛コミットメントの取りつけに失敗するわけです。
 交渉の最終段階、一九五一年の七月三十日、これは資料の十ページから十一ページですけれども、見ていただいて、このアメリカの文書によって、ここでいわゆる極東条項というのが提案されます。十一ページの、私がアンダーラインを少し引いているところですけれども、これは、日本に駐留する米軍は、極東の平和と安定の維持のために、メイ・ビー・ユーティライズド、それを使用することができるという文言を提案してきたわけです。
 これについて、当時の条約局長の西村熊雄、あるいは条約課長の藤崎万里さんは、当時、朝鮮戦争の真っ最中ですから、このメイ・ビー・ユーティライズド、使うことができるとの文言で差し支えないというふうに、吉田茂に、同意あってしかるべしと簡単に進言してしまうわけです。
 ただ、このメイ・ビー・ユーティライズドというのは、御存じのとおり、使うかもしれない。これは実は、ペンタゴンの、要するに国防総省の対日防衛コミットメントをゼロにしたいという意向によるものです。後で気がついたんでしょう、西村と藤崎は、慌てて八月三日に、資料をめくっていただいて十二ページ目、これは、彼らがアメリカ側に渡した文書です。ここに書いてあるとおり、下の方に書いてあるんですけれども、日本が攻撃される場合はウイルでしょう、それ以外の極東についてはメイでしょう、そういうふうに必死で抵抗するわけですね。だけれども、アメリカ側はこれを完全に無視します。
 そして、資料の、今度は十三ページから十四ページ、これは、国防総省から国務省への謝意のメモです。日本側からよくぞ早速同意を取りつけてくれたということがこのアンダーラインを引いたところにあるわけです。旧安保条約では、したがって、アメリカの対日防衛コミットメントの文言は入っていない、これはよく我々が承知しているとおりです。
 資料は前後するんですけれども、十七ページから二十一ページまで、ここに旧安保条約が全部書いてありますけれども、我々は、その中でよく気がつくのは、二十ページにサインがありますね。最後の、「日本国のために 吉田茂」「アメリカ合衆国のために」ということで「ディーン・アチソン」から、アメリカ側は四人ほど署名していますけれども、日本は吉田茂だけ。側近の池田首相、当時、池田さん、まだ首相じゃないんですけれども、側近として同行していた池田にも署名させなかったわけです。それはもうとにもかくにも、旧安保条約に肝心のアメリカの対日防衛コミットメントが欠けていた、そういうことが本当の理由だと思います。
 その後、十年かかるわけですね、条約文言上の対日防衛コミットメントを取りつけるのは。一九六〇年に、岸信介総理による安保改定によって何とか確保するわけです。したがって、岸総理の安保改定の意味というのは、この吉田茂総理の時代に不覚にもやり残した、アメリカの対日防衛コミットメントを条約文言上何とか確保する、そういうことにあったと思います。
 この辺について、実は、西村局長は、目立たない形なんですけれども正直に告白しています。少し戻っていただいて、十五ページと十六ページ、これは、西村の著書「日本外交史 二十七」の一節ですけれども、この、私がラインを引かせていただいたところを読ませていただくと、
 最も重要なのは、いわゆる「極東条項」の挿入である。その結果、それまでの案文では在日アメリカ軍隊は外部からの攻撃に対して日本の安全に寄与するためにあるとされていて、在日アメリカ軍隊による日本防衛に疑問はなかった。ところが「極東における国際の平和と安全の維持」という一句が新たに加わり、しかも、末尾の文言が「……寄与するために使用することができる」となったために、在日アメリカ軍隊による日本防衛の確実性が条約文面から消えてしまった。
彼は、
 わが方は、この点を重視して、その然らざるゆえんを条約解釈問題として理論づけ、これに対しワシントンの同意を取りつけようと大いに努力した。
先ほどの文章ですね。
 しかし、当時、この目的は達成されなかった。
その注の中で線を引いたところですけれども、
 充分考慮を払わないで「同意あって然るべし」との結論を総理に上申したことは、今日に至ってなお事務当局として汗顔の至りである。
  これらすべては一九六〇年一月十九日の日米相互協力及び安全保障条約で是正された。せめてもの慰めである。
こういうふうに書いてあるわけですね。こういうふうに、アメリカの対日防衛コミットメントを確保するのはもう大変だったし、今も大変だということだと思うんです。
 今回の安保法制の位置づけとして、アメリカの対日防衛コミットメントを確保するために重要だ、そういう見方について、岸田外務大臣、いかがでしょうか。

発言情報

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発言者: 山口壯

speaker_id: 5061

日付: 2015-07-14

院: 衆議院

会議名: 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会