岸田文雄の発言 (外務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○岸田国務大臣 まず、御声援をいただきましたこと、心から感謝を申し上げます。
 そして、保守本流とはどういう政治なのかという御質問ですが、これはあくまでも私の考え方を申し上げさせていただくわけですが、そもそもは保守本流という言葉、まあ最近は余り使われなくなりました。戦後の政治に関するさまざまな文献を見ておりますと、保守本流という言葉は、昭和三十年、保守合同が行われまして自民党が結党された際に、旧自由党系、吉田茂につながる人脈、この人の流れを保守本流と呼んでいたようであります。そして、この保守本流につながる人脈の方々が、政策的には、軽武装、あるいは経済重視、さらには積極財政、積極経済、こういった政策を打ち出してきた、こういった歴史があります。
 ただ、私は常々思っているんですが、具体的にどのような経済政策を打ち出したかということだけに目をとられていては、この保守本流につながる人脈の本質が見えてこないのではないかと思っています。こうした人脈の体質、哲学がまずあった上で、こういった政策が打ち出されたというふうに思っています。
 こういった保守本流と言われる人脈は、旧自由党の流れをくむということから、もともと、言論の自由とか表現の自由、この自由というものを重視した人脈でありました。よって、その後、リベラル勢力、自民党の中においてはリベラルと言われた人脈につながっていきます。
 そして、もう一つ、この人脈の特徴としては、戦後政治の中にあって、特定のイデオロギーとかあるいは概念にとらわれることなく、極めて現実的に、リアルに物を考えて、リアリズムに基づいて政策を打ち出した、こういった人脈であったと私は思っています。
 当時の国際情勢の中で日本はどの立ち位置に立つべきなのか、当時の世界情勢の中で経済と安全保障のバランスをどうとるべきなのか、また、当時、本当に貧しい日本国の中で国民の生活を向上させるためには何を優先するべきなのか、これを極めてリアルに考えた上で、政策を打ち出した。その結果が、軽武装であったり、経済重視であったり、積極財政、積極経済であったのではないかなと思っています。
 そして、あともう一つ加えるとしたならば、例えば、池田内閣のキャッチフレーズは寛容と忍耐でありました。そして、大平内閣のキャッチフレーズは信頼と合意でありました。物の決め方につきまして極めてコンセンサスを大事にする、権力の使い方にあっては謙虚であらなければならない、こういった哲学を持っていた人脈ではないかと思っています。
 最近は保守本流という言葉は余り使われなくなりましたが、リベラル、あるいはリアルな政策提言、また謙虚な姿勢、こういった姿勢につきましては、私自身もこれからも大事にしていかなければならない大切な姿勢なのではないかと考えております。

発言情報

speech_id: 118903968X00320150327_005

発言者: 岸田文雄

speaker_id: 6324

日付: 2015-03-27

院: 衆議院

会議名: 外務委員会