小沢鋭仁の発言 (環境委員会)

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○小沢(鋭)委員 維新の党の小沢鋭仁でございます。
 私からも、大塚参考人、藤原参考人、きょうはお忙しい中御出席を賜りましたこと、御礼を申し上げたいと思います。
 きょうは水俣条約に対応する法制についての参考人質疑ということでありますが、この水俣条約は、私にとって実は大変思い出深い条約でございます。二〇〇九年から二〇一〇年まで環境大臣をやらせていただきましたが、そのときに、水俣病に対する特措法という法律があって、それの運用がスタートする、さらにはまた、世界的に、こうした条約を結ぼうではないか、こういう動きがあったわけでございます。
 また、水俣病に関しては、先ほどから大塚先生、藤原社長からも感想が出ておりましたけれども、私が学生時代、今からもう四十年も前なんですが、大学のキャンパスの中で、公害原論という、宇井純先生という、正式な講座ではなくて自主講座ということで講座が開かれておりまして、学内だけではなく学外からも多くの人たちが参加をした講座でありました。
 そんな思い出を持ちながら水俣病に対して大臣として仕事ができたというのは私にとっても感慨深いことでありますし、先ほど大塚先生とも雑談で申し上げていたんですが、同じころ、ちょうど同じ構内でそういった講座があり、看板をよく見ましたね、こういうお話を申し上げたところでございます。
 さて、それで、その水俣という名前、日本の都市名が冠された条約ができたわけであります。
 この水俣という名前を冠するかどうかに関しても、当時いろいろな意見がありました。やはりそれは、水俣病というのは、水俣ディジーズはもう世界にある意味では広まっている話でありますから、それを冠するのは大変いいのではないか、こういう意見もあるし、逆に言うと、大変つらい思い出でもあるものですから、そういった名前を冠することがいかがかということもあったし、また、水俣の皆さんからは、そういったつらい思い出をいわゆる世界に向けて出していくというのを、都市のイメージとしていかがなものか、こういう意見もあったのであります。
 そういったことも含めて、両参考人から、この条約の意義、あるいは、特にまた水俣という名前を冠した条約ができたということに関する御所見、御感想がありましたら、お聞かせをいただければありがたいと思います。

発言情報

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発言者: 小沢鋭仁

speaker_id: 1006

日付: 2015-05-19

院: 衆議院

会議名: 環境委員会