穀田恵二の発言 (政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会)

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○穀田議員 先ほども資料として配られました。
 いわゆる八幡裁判の問題でいいますと、この判決を引用して、会社は自然人と等しく社会的実在であるからということを、大体、献金を認める、容認の理由に述べてまいりました。
 しかし、企業が災害救援や福祉事業に資金協力することと、政治資金は本質的に性格が違うものであり、同列に論じることはできないと思います。献金という問題は、先ほど私が述べましたように、選挙権と結びついた、主権者たる固有の権利であるからだということをあえて述べておきたいと思います。
 もう一つ、八幡製鉄判決の、企業の政治的行為をなす自由についてというところが下の方にあります。判決が言うように、国や政党の特定の政策を支持し、推進し、または反対するなど、政治的行為をなす自由を有するとしても、その自由の一環として政治資金の寄附の自由を認めることは、憲法十五条の参政権は国民固有の権利を侵すことにつながると思います。
 しかも、この判決から四十五年の間、ロッキード事件、リクルート事件など、国民の権利侵害が繰り返されてきました。このような金権腐敗政治が起きるたびに、政府の選挙制度審議会が企業・団体献金の禁止を再三答申してまいりました。この判決の最後でも、企業献金が金権政治の弊害に対処する方途は、立法政策にまつべきことと明記されています。
 立法府としても、企業・団体献金を放置しておくことはできず、二十年前の政治改革で、企業・団体献金は禁止の方向に踏み出そうと議論されてきたわけであります。それなのに、今になっても、この判決にしがみつき、企業・団体献金を容認するとは、国民の権利を侵害している実態から目をそらし、立法府が積み重ねてきた議論を無視するものと言わざるを得ません。
 同時に、この判決について、一九九三年、衆議院の政治改革に関する調査特別委員会に元最高裁長官の岡原昌男さんが出席されました。あの裁判をもとに企業献金はどれだけでもいいという考え方はやめてもらいたい、あれは助けた判決だったんだ、助けた判決というものだ、こういうことを明らかにされています。そして、さらに樋口陽一さんは、それが足を引っ張ってきたんだ、ここまで述べておられるわけであります。
 したがって、こういう判決を使うことはもういいかげんにしたらどうだということをあえて言っておきたいと思います。

発言情報

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発言者: 穀田恵二

speaker_id: 22805

日付: 2015-06-18

院: 衆議院

会議名: 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会