盛山正仁の発言 (法務委員会)
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○盛山委員 おはようございます。自由民主党の盛山正仁でございます。
それでは、船主責任制限法の改正について質問をさせていただきたいと思います。
紀元前のフェニキアの時代から、地中海では帆船による海上交易が行われておりました。シェークスピアが「ヴェニスの商人」で記載しているように、海運は危険と隣り合わせであり、帰帆すると莫大な利益が得られるものの、事故に遭遇すると破産するような状況でありました。そのため、海商法という法分野や、ロンドンのロイズコーヒーショップに集まった客によって近代的な損害保険制度をつくり上げたように、海運は古くからの歴史を有しております。
いかだや丸木舟、帆船から、産業革命による蒸気船、ディーゼルエンジンへと、船舶そして航行の技術が格段に進歩し、大船に乗った気持ちなどと形容されるように、現在の海運は安全なものとなっておりますが、それでも、地球上の気象、海象の猛威を完全に克服することは不可能であります。また、人為的なミスによる海難事故も、完全になくすことは不可能であります。
そうであるからこそ、昭和三十二年には海上航行船舶の所有者の責任の制限に関する国際条約が採択され、その後も、千九百七十六年の海事債権についての責任の制限に関する条約などが採択され、我が国は、それらを締結して、昭和五十年に船舶の所有者等の責任の制限に関する法律を成立させております。
一方、タンカーについては、昭和四十二年には、大型タンカーであるトーリーキャニオン号がドーバー海峡で座礁して積み荷である大量の原油が流れ出す事故が発生して、昭和四十四年には、油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約、そして二年後の昭和四十六年には、油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する条約が採択され、我が国でも、同じ昭和四十六年に新潟港沖で、タンカー、ジュリアナ号が座礁して積み荷の原油が流出する事故が発生したこともあり、我が国は、それらの条約を締結して、昭和五十年に油濁損害賠償保障法を制定しております。
また、衝突その他の海難事故を防止するため、明治二十二年に海上における衝突の予防規則がワシントンで採択されて、海上での航行ルールを定めて以降、昭和四十七年に、政府間海事協議機構で、千九百七十二年の海上における衝突の予防のための国際規則に関する条約が採択され、その後、数次の改正がなされております。
我が国では、昭和二十八年に海上衝突予防法が制定され、その後、改正を行っているほか、特に船舶の航行がふくそうし、海難事故発生の危険性が高い海域における航行を規制するため、昭和四十七年に海上交通安全法を制定し、海上衝突予防法の特別法として定めているところであります。
さて、無限責任を負わせないために船主の責任を制限することは、被害者対策の観点から問題はないのかということでございます。
タンカー事故については、積み荷の原油の荷主である石油会社の負担によりまして国際油濁補償基金が設けられて、最大一千億円を超す相当の規模の被害をカバーするような国際的枠組みが構築されています。
しかしながら、タンカー以外の事故につきましては、きょうも問題になっております船主責任制限法のカバーする分野でありますが、近年でいいますと、平成二十年三月五日に明石海峡で衝突事故が起こり、ベリーズ船籍の千四百六十六トンの貨物船ゴールドリーダーが沈没しました。沈没した船舶から燃料油が流出して、これは、タンカーの積み荷の油ではない、普通の貨物船の燃料油ですが、漁業被害額は約六十億円、周辺自治体の油除染経費が約十五億五千万と言われております。しかしながら、船舶の責任限度額は一億七千万円でありました。
翌平成二十一年三月十一日には、オーストラリアでパシフィック・アドベンチャラーの事故が発生し、被害額は約二十四億円、船主責任限度額は約五億円ということでありました。
これらの事故を踏まえ、オーストラリアなどの提案を受けて、IMOが責任限度額改正案を採択し、今回の船主責任制限法改正に至っていると承知しておりますが、明石海峡の事故を受けて、翌平成二十一年に、国土交通省に、広く関係者を集めた船舶燃料油被害の補償制度に関する検討会が設置され、平成二十三年二月に、船舶燃料油被害の補償制度に関する検討会中間取りまとめがまとめられたと承知しております。
まず、国土交通省に伺いたいのですが、この平成二十三年の中間取りまとめ以降、国土交通省としてどのように関係各省とともに被害者救済に取り組まれているのか、そこについて伺いたいと思います。