郷原信郎の発言 (法務委員会)

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○郷原参考人 おはようございます。郷原でございます。
 本日は、このような機会を与えていただき、大変ありがたく思っております。
 まず最初に、簡単に私の自己紹介をいたしたいと思います。
 私は、二十三年間、検察組織に所属いたしまして、検察の現場、公正取引委員会あるいは法務総合研究所研究部等で勤務をいたしまして、十年ほど前からは、企業等のコンプライアンス、危機対応などを専門に、大学教授、弁護士として活動をしております。
 検察問題につきましても、とりわけ特捜検察をめぐる問題に関して著書等でいろいろ厳しい批判を展開してまいりました。大阪地検のいわゆる村木事件の無罪判決、証拠改ざん問題の表面化を契機に設置された検察の在り方検討会議にも委員として加わりまして、検察の実務の観点からさまざまな問題を指摘いたしました。そして、本年三月五日に名古屋地裁で無罪判決が言い渡された美濃加茂市長の収賄等の事件では主任弁護人を務めました。
 本日は、今回の刑訴法改正案に含まれる捜査・公判協力型協議・合意制度について意見を申し述べたいと思います。
 それに関連しまして、まさに今回の制度の対象犯罪であります贈収賄事件の最新の事例と言えます美濃加茂市長事件について、もとよりこの場が個別事件について議論する場ではないことは承知しておりますが、私の検察に対する現状認識をもたらしたこの事件を通して私が感じた検察の現状、問題点についても、必要に応じて言及させていただきたいと思います。
 まず、日本の刑事司法に司法取引を導入すること自体について、私は、改革の基本的な方向性として、決して間違ってはいないと考えております。
 まず第一に、従来、いわゆる調書中心主義が、不当な取り調べ、冤罪などのさまざまな弊害をもたらしてきました。そういう調書中心主義からの脱却のために、取り調べと供述調書の作成という方法以外に、捜査の端緒を得て、犯罪を立証する有力な証拠を得るための手段が必要となる。そういう意味で司法取引というのは有力な手段だと考えられます。
 二番目に、企業のコンプライアンスとの関係であります。
 企業犯罪等について、企業の自主的な内部調査によって問題を発見し、事実を解明するインセンティブを与えることに関して、企業の内部調査の結果に基づいて、他人や他社の刑事事件について情報を提供するという捜査協力を刑事事件の捜査、処理において評価することは非常に重要だと思います。そういう意味で、コンプライアンス対応としての内部調査の一層の促進につながるという意味でも、司法取引の導入自体は、私は非常に意味のあることだと思います。
 そして三番目に、不透明な事実上の司法取引を排除していくということであります。
 もともと、公訴権を独占し、訴追裁量権を有する検察官は、起訴猶予処分を行う裁量とか、あるいは独自捜査における事件の立件の要否の判断についての裁量に関して、さまざまな形で、検察に極めて協力的な一部のいわゆるやめ検弁護士などとの間で、不透明な形の事実上の司法取引のようなことが行われてきた実情があったと私は認識しております。そういうものを排除していくためにも、司法取引を透明な形で導入することには意味があると考えております。
 しかしながら、今国会に提出され、現在審議されておりますこの協議・合意制度の導入に関しては、私は、日本の刑事司法制度の特性、そしてこの美濃加茂市長事件での対応に象徴される検察の現状に照らして、幾つかの点で重大な危惧感を持たざるを得ません。
 先ほど来、高井参考人、川出参考人から実務的、そして制度的な観点からいろいろ述べられたこと、それ自体は私も全くそのとおりだと思います。しかし、九九%の事件がそのようにしてこの制度が適切に運用されていくとしても、私は、現状を考えると、残りの一%に、とりわけ検察のメンツにかかわるような重大な犯罪について大きな問題が生じるおそれがあるというふうに感じております。そういう私の懸念について具体的に申し述べたいと思います。
 まず、基本的な観点からの二つの懸念のうちの一つは、日本の刑事司法と米国の刑事司法との違いであります。
 米国の刑事司法というのは、一言で言うと機能的な司法であって、目的実現のために最大限の効率、効果を追求する司法であります。一方、日本の刑事司法は、一言で言うと正義系の司法とでもいいましょうか、あくまで実体的真実の追求にこだわります。このような違いが、実際に制度面で大きな違いにつながっているんじゃないかと思います。
 米国で一般的な自己負罪型司法取引の導入が見送られたのも、こういう根本的な考え方の違いがあるからじゃないかと思います。そのような違いを前提にすると、日本への司法取引の導入には、制度面でさまざまな配慮が必要になるのじゃないかと思います。
 そして二番目に、検察の組織の特色であります。
 行政官庁でありながら独立性を尊重される特殊な組織である検察。日本の検察は、情報開示責任、説明責任を負わず、組織における決定は自己完結します。ある意味ではガバナンスが働きにくい組織の典型であり、特に重大事件に関しては、個人の判断よりも組織の論理が優先される傾向にあります。
 法曹資格者の集団として人材の流動性があり、検事であっても一法律家としての良心を中心に職務を行う米国と、組織の論理がどうしても重大事件において中心になってしまう日本との間では、かなり大きな違いがあるのではないかと思います。
 そういう意味で、米国と同様の制度を導入するに当たっても、日本的刑事司法や検察のあり方のもとでは、別個の観点からの検討が必要だと考えられます。
 そこで、協議・合意制度に関する具体的な問題ですが、まず何といっても、処罰の軽減という自己の利益のために意図的な虚偽供述を行う、それによる巻き込みの危険が本当にないと言えるのかということです。
 この場合、本当に本人が、話をつくったのではなくて、記憶に基づいて供述しているかどうかということを見きわめる最大のポイントは、客観的な事実が明らかになってから、それとのつじつま合わせをしているのではないかという点を見きわめることです。そういう意味では、供述経過が客観的に明らかになること、供述経過とそれに関連する客観的な資料の入手の時期の前後関係が明らかになることが極めて重要だと思います。
 従来、調書中心主義の考え方のもとでは、供述が具体的で迫真性があるとか、合理的で矛盾がないとか、関連証拠と符合しているというようなことが認められれば、おおむね供述の信用性は認められてきました。
 しかし、もし自分の利益のために意図的な虚偽供述が行われるとすれば、資料さえ与えられれば信用性はほとんど意図的につくり上げることができるわけです。しかも、後に述べます入念な証人テストが行われれば、その信用性は完璧なものになります。そういう意味で、一%の事件に関して、巻き込みのおそれがなくなったとは私は全く言えないと思います。
 これに関して、虚偽供述に対する罰則があるから巻き込みの危険が防止できるという考え方がありますが、実際には、私は、余り虚偽供述に対する罰則は機能しないのではないかと考えております。
 もし合意後に虚偽供述が判明した場合、合意からの離脱ということが考えられます。しかし、離脱が行われたときに罰則が適用されるかというと、恐らくそれはないのではないかと思います。検察官がみっともないだけです。恐らく、罰則の適用の必要があるとすれば、実際に合意に基づく供述によって起訴された場合、そしてその後、虚偽であることが公判廷において明らかになった場合だと思います。
 しかし、過去、検察官が請求した証人の信用性が裁判所で否定された事件で、偽証で検察が起訴した事例というのは私は聞いたことがありません。そういう意味では、検察が引き返すという姿勢を持っていれば、途中で、起訴した後においても、この合意に基づく供述は虚偽ではないかというふうにいろいろ考えるのなら別なんですけれども、それがないと、虚偽供述に対する罰則はほとんど機能しないのではないかと思います。
 ここで、美濃加茂市長事件との関連についてちょっとお話ししたいと思うんです。
 この事件では、贈賄供述者は三億八千万円に上る悪質な融資詐欺を自白していたのに、二千百万円の事実しか立件、起訴されていない状況で、市議時代の美濃加茂市長への贈賄を自白いたしました。これに関して弁護人からは、闇司法取引の疑いを当初から主張し、贈賄事実が創作あるいは誘導によるものだ、意図的な虚偽供述の疑いがあるということを一貫して主張しました。そして、四千万円の融資詐欺について弁護人が告発を行い、それを検察官が起訴せざるを得なかったことで、この贈賄供述者に対して有利な取り扱いが行われていた疑いが極めて重大なものになってきたわけです。
 こういう状況ですから、これはもちろん、協議・合意制度が導入された後のような、明確に合意が成立し、意図的な虚偽供述の疑いが確認されたというわけではありません。しかし、それに近い状況であったことは私は間違いないんじゃないかと思います。
 ところが、そういう事例に関して検察官が論告で述べた主張というのは、こういうことです。供述調書に過度に依存することなく公判中心主義、直接主義のもとで重要関係者の公判供述に重きを置いて立証する場合、捜査段階の供述調書のささいな変遷を取り上げて変遷理由を供述調書に記載することはせず、そのような変遷が仮に問題とされるのであれば、重要関係者が公判廷で説明することで供述の信用性の吟味を受けることに委ねるのが相当、こういう主張をしたわけです。要するに、供述経過の問題は、証人に反対尋問で説明させておけばいいということのようです。
 しかし、それでは、証人が供述の信用性をつくり上げている場合に、それに対して反対尋問で信用性を十分に争っていくことはできません。この場合、結局水かけ論になってしまい、何といっても、最大のポイントとなるのは、供述経過がどのように記録されているかという問題です。
 ところが、そういう方向からの立証を検察は全く行いませんでした。それがこの事件では無罪判決につながったわけですが、果たしてこの点について検察組織がどのように考えているのか、私は非常に疑問であります。
 私は、こういう問題に関しては、供述経過を記録化することが必要だと考えております。これは、取り調べの可視化とは若干性格が異なります。可視化というのは、取り調べの状況が、威迫とか誘導とか、そういう不当なものじゃないかどうかということを明らかにするためのものです。
 私が言っております記録化というのは、供述経過を明らかにするものです。ですから、録音だけされていれば十分ですし、場合によっては、今ほとんどルールさえ十分に定まっているとは言えない取り調べメモの記載の方法をもっと厳格化するとか、あるいは検察事務官に記録義務を負わせる、そのようなほかの方法も十分考えられるんじゃないかと思います。
 次に、証人テストの問題です。
 本来、証人テストは、証人尋問の準備のために、証人の記憶を喚起し、証言内容を確認して、効率的な証人尋問を行う目的で行われます。しかし、従来から、検察官が行ってきた証人テストの多くは、そのような範囲を大きく逸脱したもので、検察官請求の重要証人については、多数回、長時間にわたる証人テストを行って、証言内容を入念に打ち合わせ、場合によっては証人尋問のリハーサルまで行って、証言内容を徹底的に覚え込ませるということが行われてきました。
 ある意味では、今までは、調書中心主義の考え方がベースにあって、自白調書はそのまま公判で証拠になりますけれども、参考人の供述、関係者の供述が不同意になったら、その場合は証人に徹底的に調書の内容を覚え込ませて証言させるということで、実質的に調書中心主義が実現してきたわけであります。
 もし、協議・合意制度のもとで、合意に基づいて他人の刑事事件に関する供述が行われ、その供述に基づいて他人の刑事事件が起訴された場合、検察官と供述者とは、その刑事裁判の証人尋問に関して完全に利害が一致することになります。
 その供述者の証言の信用性が裁判所に否定されれば、検察官にとっては大変な事態になる。一方、供述者にとっては、合意に基づく供述の信用性が裁判所で否定されると、虚偽供述の制裁を受けるおそれがあるわけですから、両者は完全に利害が一致します。
 美濃加茂市長事件では、検察官と贈賄供述者との間で、一カ月以上にもわたって、連日朝から晩まで休みもなく証人テストが行われたことを本人も認めております。そして、本人が拘置所の在監者に送った手紙において、絶対藤井には負けないから最後まで一緒に闘ってくださいねということを言っているということも、その手紙の中で認めております。
 まさに、このような証人テストを経た検察官の主尋問は、さながら芝居の台本に基づくせりふ合わせに近いものでありました。このような証人テストは、やはり厳に抑制されるべきではないか。むしろ、合意に基づく供述については、証人テストは禁止されるべきではないかと思います。
 記憶喚起の必要があるといっても、それは公判廷で記憶喚起をしてもらって、その経過を確かめることこそが、本当に信用できるかどうかということを吟味することにつながるんじゃないかと思います。
 今回このような制度を導入することは、検察官に新たに大きな権限を与えるものであります。もともと、合意に基づく供述というのは信用性のレベルが低いから、裁判所がそんなにまともに信用するわけもないし、それだけで使われることもない、言ってみれば、その部分の証拠価値が非常に低く説明されているように思うんですが、それ自体でほとんど証拠にならないのであれば、合意する意味はないわけであります。
 結局、いろいろなケースの中では、この合意に基づく供述が重要な証拠として使われる場合もある、そして、その場合も、検察官の対応そして裁判所のそのときの考え方によっては、それが決定的な証拠となり、冤罪につながるというおそれも私は否定できないと思います。
 そういう面で、検察の組織の現状、対応の現状を考えますと、私は、協議・合意制度は、方向としては決して間違っていないと思いますが、いろいろな制度面の改善をあわせて行わなければ、運用面できちんとやればいいというような問題ではないと考えております。
 以上です。(拍手)

発言情報

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発言者: 郷原信郎

speaker_id: 29864

日付: 2015-07-01

院: 衆議院

会議名: 法務委員会