谷畑孝の発言 (本会議)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○谷畑孝君 このたび、永年勤続議員として、院議をもって御丁重な表彰の決議を賜りました。
このことは議会人として身に余る光栄であり、これはひとえに、諸先輩、同僚各位の御指導と、参議院議員選挙、衆議院議員選挙のそれぞれにおいて、心からの御支援をいただいた皆様の変わらない御協力のたまものであります。
改めまして、心よりお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。(拍手)
私が国会に議席をいただきましたのは、平成元年七月でありました。
当時、私は、大学を卒業し、池田市役所に勤めておりましたが、政治の師と仰いでおりました故上田卓三先生との数奇な出会いと導きによって、政治の世界に入りました。
「中小企業と弱者に政治の光を」を信条に活動を開始し、二回の補欠選挙を経て、参議院議員選挙で当選をさせていただきました。
その後、平成八年十月からは本院に新たな舞台を求め、連続七回当選をさせていただきました。今日まで通算二十五年、みずからの信じる道を進んでまいりました。
平成六年、村山内閣で、橋本通産大臣のもと、通商産業政務次官を任命いただきました。
平成八年からは、衆議院議員として、党バリアフリーワーキングチームの座長、労働部会長を経て、念願のバリアフリー法案の成立に微力ながらかかわることができましたことは、非常に記憶に残り、うれしく思っております。
平成十四年には、経済産業委員長に就任。
その後、平成十五年には、小泉政権下で厚生労働副大臣に任命され、日本の将来を担う若者の雇用問題や児童虐待の防止に政府の一員として全力で取り組んでまいりました。
また、最近では、決算行政監視委員長、海賊・テロ特別委員長を務めさせていただきました。
この間、振り返りますと、バブルの崩壊から始まり、デフレ経済の長期化、少子高齢化に伴う社会保障費の増大や財政再建問題、さらにはさまざまな格差の拡大、子供の貧困対策等、政策課題が山積をしております。
東日本大震災からの復興は、ことしで四年目を迎え、まだ多くの課題が残っておるところであります。このような状況の中で、二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定し、久しぶりに明るい話題が提供されたところでありますが、その経済効果は首都圏に集中をし、地方経済はなかなか豊かになりません。
自立した、力強い、個性豊かな地方経済の実現こそが、日本国全体の発展につながると考えます。
私は、このような諸問題に全力で取り組み、我が国が平和で、豊かな経済成長を遂げ、他国に誇れる社会保障を実現できるよう、引き続き努力することを申し上げて、お礼の御挨拶といたしたいと思います。
本当にありがとうございました。(拍手)
————◇—————
日程第一 外国為替及び外国貿易法第十条第二項の規定に基づき、北朝鮮を仕向地とする貨物の輸出及び北朝鮮を原産地又は船積地域とする貨物の輸入につき承認義務を課する等の措置を講じたことについて承認を求めるの件