萩生田光一の発言 (予算委員会)

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○萩生田委員 ぜひ、そういう方向で我々も努力をしたいと思います。
 残りました時間で、本来の、外交、安全保障について一問だけお尋ねしたいと思います。
 ことしは戦後七十年です。総理の談話に大変な注目が集まっています。既に総理は、戦後五十年、六十年の談話を全体としては踏襲すると公言をしているんですから、私は、その上に立って、安倍総理らしい未来志向のメッセージを発していただくことを期待しております。
 この七十年、我が国はひたすら平和国家としての歩みをしてまいりました。国際貢献につきましても、さまざまな大きな貢献をしてきましたし、この七十年間を振り返って、日本が平和国家でないと言う人は私はいないと思うんです。日本国民はもっと、そのことにプライドを持っていると思うんですね。
 しかしながら、この七十年間の歩みを残念ながら正しく評価しようとせずに、それ以前の日本のイメージのレッテル張りや印象づけをしたい勢力が国内外に存在することは否めません。
 なぜこのようなことになるかと冷静に考えますと、日本の価値観と世界の価値観に大きな違いがあるのではないかということを私は二〇一六年のオリンピック招致のときに痛切に感じました。
 日本は、与えた恩は水に流して、受けた恩は石に刻む、こういう文化がありますし、善意はみずからは語らない、評価しない、そして、人知れず労をとるとか人知れず汗をかく、こういう文化があるわけですよ。
 例えば、我々政治家の社会でも、先輩たちとまざって食事に行けば、大体年長の人が、知らずに支払いを済ませるんですよ。その人が店を出た瞬間に、きょうの払いは俺がしたといつまでも言っていたら、その人には誰もついていかなくなるわけですよ。
 ですから、私は、そういった意味で、日本は日本の文化に照らしてこれまで国際貢献してきた、しかし、国際社会では、やはり払ったものは払ったと言わないとなかなかわかってもらえないことが数多くあるんだなということを、私はこのときに非常に強く感じたんです。
 例えば、国連ですとか、ユニセフですとか、WHOですとか、日本の努力や日本の技術や日本のお金によって伝染病を撲滅したりとか、貧困な国々を支えてきたり、こういったことは幾つもしてきました。あるいは、ODAに至っては、飲み水を生み、学校をつくり、あるいは電気を通し、橋をかけて、多くの国民の皆さんの暮らしを前進させてきたんですけれども、なかなかこれは広く理解をしていない部分もあるんですよね。
 よその国なんかは、寄附したというのはすごくでっかく書いてあるんですけれども、日本のODAの橋なんか、橋の橋脚の後ろの方に本当に小さく日の丸が書いてある程度ですから、これは、後ろに行って見ないと、渡る人は誰もわからないわけですよ。
 ですから、そういうことを考えますと、私は、せっかくこの七十年間、世界の平和国家の先頭を走ってきた、こういうプライドがあるにもかかわらず、なかなかそのことが評価をしていただけないのだとすれば、日本はこれをしたとか、あれをしたとか、こうしてあげたと言うのは、国柄に照らして、私は望ましい姿だとは思いません、思いませんが、事実は事実として後世にしっかり伝えていく必要もあるのではないかと考えます。
 そこで、世界にひけらかすことを目的とは思いませんけれども、この七十年、談話ばかり注目を浴びていますけれども、そうではなくて、事実関係を、我が国の各省にまたがるさまざまな国際平和貢献の歩みというものを一度きちんと整理して記録として残しておく必要があるのではないか、戦後七十年の日本の国際平和貢献年表のようなものをつくって、しっかりと後世に伝えていく必要があるのではないかと思いますけれども、最後に総理の御所見を伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 萩生田光一

speaker_id: 2656

日付: 2015-03-03

院: 衆議院

会議名: 予算委員会