佐藤正久の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)

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○佐藤正久君 おはようございます。自由民主党の佐藤正久です。
 いよいよ参議院のこの特別委員会におきまして平和安全法制の審議がスタートいたします。この委員会の質疑を通じまして、なぜこの法案が必要なのか、なぜ今成立させる必要があるのか、そして、この法案自体が戦争を抑止する法案であって、国民のリスクや自衛隊員のリスクを下げる法案であるかということを国民の皆様に理解していただけるような審議をしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
 今この瞬間も、自衛隊の方々は、陸に海に空に、そして国内、国外で、日本の平和あるいは世界の平和のために汗を流しておられます。私自身も、自衛隊の方で約二十五年間お世話になり、国会議員にならせていただいてもうすぐ八年が過ぎようとしております。今回の法案というものは非常に危機管理上大事な法案だというふうに思っておりますが、私自身、国会議員にならせていただいて、危機管理で本当に政治が命を救わないといけないと思った場面が、やはりあの東日本大震災でした。
 危機管理というのは、想定内、想定外とあれば、想定内をいかに広げて想定外を小さくしていくかということが基本でございますが、あの東日本大震災においては、安倍総理自ら、私のふるさとの福島の方、相馬の方にも足を運んでいただき、激励やあるいは視察等をしていただきました。あのときに私もいろいろ現場を見て、やっぱり多くの方々が反省したのは、備えあれば憂いなしが、憂いなければ備えなしだったと。あれほど地震が来る、津波が来ると言われていたにもかかわらず、備えが十分ではなかったという感じがいたしております。
 私自身も、三月に石巻の大川小学校のあの現場に立ったとき、涙が止まりませんでした。百八名の子供のうち、あの現場で、七十二名のまさに地域の宝、国の宝の子供が一瞬にして亡くなる、若い先生含めて十名の方々があの現場で亡くなる。行ったら、目の前に山があるんです。道もある。なぜこの山に登らなかったのか、わざわざ北上川の堤防沿いをなぜ逃げてしまったのか。聞いたら、その一年前にチリ沖地震があって津波の警報が出た、だけど津波が大したことなかった、それに基づいて避難計画を作ってしまった。大いなる反省を、あったというふうに聞いております。
 さらに、やはり自衛隊も、動こうと思ってもやっぱり緊急事態に対する法制が十分でなかったために現場でいろんな無理があったという話を聞きました。ただ、あのとき自衛隊がなぜ動けたか。やっぱり事前に備えというものをやっていた部分があったということも事実であります。
 まさに、この日本を取り巻く環境が厳しくなったという認識は多くの政党が共有しております。であれば、その厳しくなった環境からいかに日本国民のリスクを下げるために自衛隊には動いてもらうということが必要になります。であれば、そのための法律を整備する、これは政府だけの責任ではなく、国民の代表である我々国会議員にとっても、国民を守るための法整備、これは必要だと思います。
 我々は国会議員です。国民の代表として、まさに与野党関係なく、いかにして国民のリスク、これを下げるか、そのために自衛隊にいかに動いてもらうかという法案を出すべきだと思います。プラカードを掲げるのではなく、法案を掲げてしっかり議論すべきだと思いますが、総理のお考えを聞きたいと思います。

発言情報

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発言者: 佐藤正久

speaker_id: 11254

日付: 2015-07-28

院: 参議院

会議名: 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会