佐藤正久の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)

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○佐藤正久君 加盟していないということによって、現実問題としてアメリカやイギリス、フランスの集団的自衛権の対象ではない。じゃ、国連が動けるか。ロシアは常任理事国の一か国ですから、国連も実際に動くということはできなかった。要は、ウクライナは、国連からの支援も得られることなく、集団的自衛権の対象国もないということで、結果的にロシアにクリミア編入されてしまいました。
 やっぱりなかなか、総理がいつも言われるように、一か国だけでは自国の平和は守ることが難しいという環境にあろうかと思います。
 では、そういうまさにロシアがクリミア編入に動いているときに、中国何をやっていたか。まさにベトナムの沖で石油の探査をやっていました。その掘削機の周りに漁船とか巡視船等々、かなり警備をし、一部は軍艦も出たという報道もありましたが、ベトナムがこれを抗議をして突っかかっていってもはね返される、力が違う。
 ベトナムの場合、じゃ、国連が動けるか。相手が中国です。国連も動くことはできなかった。ベトナムが助けてほしいといっても、なかなか集団的自衛権の対象国がいない、こういう現実がありました。
 また、その中国、まさに中国というのはそういう形で、実はあのときの様子を見た結果として、今、南シナ海での岩礁の埋立ても、ベトナム沖での石油掘削のあの対応を見てから始まったという見方をする専門家もいます。
 その中国ですが、中国には一つの考え方として、戦略辺疆という考え方があります。国力に応じて国境は変わるものだと。まさに、第二次世界大戦が終わった後、中国は西の方に行き、チベット、ここに武力侵攻し、自治区にしました。西北に行き、ウイグル、これも自治区にしました。北に行き、内蒙古、これも自治区にしました。全部陸続きです。ところが、今度やっと海軍力が付いたということもあってか、今度は南と東、南シナ海、東シナ海の方にまた進出の今動きがございます。
 資料の第一、これを御覧ください。(資料提示)
 これは防衛省の資料ですが、中国の南シナ海における進出、一九五〇年代から逐次拡大をしている。まさに、当初フランス軍がベトナムにいました。ベトナムからフランスがいなくなったら、中国は、今度は西沙諸島の方に武力侵攻し、西沙諸島の半分を占領しました。次に、アメリカがベトナムから撤退をしたら、今度は残りの西沙諸島の半分に武力侵攻して、そこを押さえました。
 さらに、今度は、カムラン湾からソ連等がいなくなったら、今度はベトナムが領有していた南シナ海の六つの岩礁、これを占領し、さらに、フィリピンからアメリカがいなくなったら、南沙諸島のミスチーフを取ったと。まさに力の空白に応じてどんどん逐次侵攻していった。
 残念ながら、ベトナム、集団的自衛権の対象としてベトナムを守るという国はなかった。フィリピン、同じように、アメリカが撤退した後、二つの基地がなくなった後、フィリピンを集団的自衛権として、この進出を守るための対象国、これ、なかなか実質的に動ける国はなかった。なかなかアメリカの抑止も効かないということもあって、どんどんどんどん今、中国は南シナ海に力による現状変更を試みています。
 さらに、中国は、さきの防衛白書で方針転換を表明しています。陸軍偏重から海軍重視、海軍を近海から遠洋を含む複合型へ、空軍を領空防護型から攻撃兼ねて防御型へと方針転換をしております。
 防衛大臣、これらの中国の最近の動きを見て、御見解をお伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 佐藤正久

speaker_id: 11254

日付: 2015-07-28

院: 参議院

会議名: 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会