2015-08-05
参議院
北村経夫
我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
北村経夫の発言 (我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会)
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○北村経夫君 国連憲章を読みますと、五十条までは集団安全保障の手続が述べられて、五十一条に突然、個別的、集団的自衛権といった全く違った概念が述べられているわけであります。
これはそもそも、今説明がございましたけれども、どういうふうな過程で起きたか。これは、安保理、安全保障理事会が常任理事国、大国でございますけれども、その拒否権によって機能不全に陥る場合に備えて、中小の国が相互援助の行動が取れる制度的仕組みを取り入れたと言われているわけでございます。つまり、集団的自衛権は、集団安全保障体制の機能麻痺を補完そして代替するものと言えるのではないだろうかと思っております。
次に、安全保障法制、質疑が続いているわけでございますけれども、日本は長年にわたって集団的自衛権は持っているが行使できないとしてまいりました。言い換えれば、こうした制約の中で、この見解に抵触しないような安保法制の下で安全保障法制あるいは自衛隊の編成、装備、そういうものを整備してきたわけでございます。このことは、複雑なこの安保法制の下でも日本の防衛は成立してきたということにほかならないのではないかというふうに思うわけであります。
これは、戦後の東西冷戦下における日米安保条約によって米国に守られてきた、そういう事実がございます。だから、集団的自衛権を行使しなくても不利益が生じるというようなものではないとした昭和五十六年、一九八一年の政府見解を受け入れてきた。資料二にその見解が書いてございます。
しかし、現在においてもそうした制約を課したまま日本は不利益を被らないと言えるのかどうか。鈴木内閣が不利益を生じるというようなものではないとする見解を示したのは一九八一年でございます。東西冷戦が崩壊したのが一九八九年、その八年前にこの見解が出されているわけであります。冷戦下における見解でございます。ちょうどその頃は、米ソによる核開発競争が続けられてきた。日本はアメリカの核の傘の下にあり、当時のソ連が日本に対し何か事を起こすならアメリカの核戦略がちらつく、そういった当時の日本を取り巻く安全保障環境だったわけであります。
そうした状況でありますから、集団的自衛権を行使しなくても不利益を被らないとの見解は妥当性もあったかというふうに思うわけでございますけれども、しかし、東西冷戦の崩壊によって、世界は政治的にも経済的にも軍事的にも劇的に構造的な変化を起こしたわけであります。
構造的変化、すなわち、中国やインドといった新興国が台頭し、グローバルなパワーバランスの変化、アメリカの相対的な力の低下、弾道ミサイルなどの軍事科学技術の変化、高度化、そして九・一一やISILのような国際テロ、さらにサイバーテロの脅威が高まってきた、こうした劇的な変化が今、今日起きているわけであります。新たな脅威が増し、日本を取り巻く状況が大きく変わった、このことを踏まえて議論をしなければ、観念的な安全保障の議論に陥ってしまうと私は思うわけであります。
新たな脅威にどう備えるか。既存の防衛政策、防衛策が新たな脅威に対して通用しないとなれば、抑止というものは成立しないと言えるわけであります。そこでは新たな防衛政策が必要になる、このことが今の日本に突き付けられている課題ではないかと私は思っているわけであります。平和安全法制は、まさに新たな脅威から国民の生命、平和な暮らしを守る、そのための法制だと私は確信しております。
そこで、質問いたします。この鈴木内閣が示した八一年の答弁書、集団的自衛権の行使は憲法上許されないことによって不利益が生じるというようなものではないとしております。日本への軍事的脅威が高まっているただいま現在、この不利益を被らないと果たして言えるのか、その辺の見解を求めます。