滝波宏文の発言 (経済産業委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○滝波宏文君 ありがとうございます。
今お話もありましたように、海外展開にはリスクも伴うものであります。こういったチャレンジを行う中堅・中小企業にそういったリスクマネー、これは成長マネーと言い換えてもいいかと思いますけれども、しっかりそこは供給されていく、チャレンジを後押ししていくということが大事かと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、商工中金については、政投銀、英語ではDBJと略されたりもしますけれども、とともに、小泉政権の行革の一環として政策金融改革の中で完全民営化の方針が決められました。法的には二〇〇六年のいわゆる行革推進法に記載されたのが最初かと思います。
そのときの基本的な考え方は、官から民へと、非常にストレートで分かりやすいフレーズで、一般受けもしたし、知識層、オピニオンリーダーに対しても説得力がありました。なぜなら、当時は、世界的な、経済的な思想の潮流も、新自由主義、そしてその極みにあるいわゆる市場原理主義に至っていたんじゃないかと思いますけれども、とにかく市場に任せれば大丈夫なんだと、市場は万能であって、自己修復能力すら持っているんだと、こういった議論が世界的に強うございまして、実際、ソ連はもう既に崩壊して、小さな政府に徹しているアメリカは絶好調だと。一方、日本は、九〇年代の金融危機からの脱出ということに苦しむ中で、この世界的な経済潮流に従うべきだというふうに考えるのは一定の説得力があったと思います。
しかし、今皆さん御承知のとおり、その市場原理主義の最先端、まさに模範というふうに言われていたアメリカの金融市場、デリバティブと言われる金融派生商品なども自由に認めたアメリカの金融市場こそが、二〇〇八年のリーマン・ショックによってそういった市場原理主義の考え方とともにもろくも崩れていったというふうなことがございます。
株価等の下落の中で市場はフリーズをしてしまって、民間ではリスクを引き受ける者が誰もいなくなって、結局政府が、アメリカ政府が危機を受け止めるために公的資金の投入等を行わざるを得なくなったというのが経過でございます。
今、リーマン・ショックの後、いわゆる市場原理主義というものは昔のような勢いはもはやありません。もちろん市場の力そのものについては、いわゆる資本主義の基盤として引き続き有効であって、全て否定されたわけではないですけれども、一方で政府の役割、特に危機時における政府の役割というものが世界的にも再評価をされているかと思っております。
そして、我が国は、加えて、三・一一東日本大震災、これを経験いたしました。今、リーマン・ショックと三・一一、この両危機を踏まえた政策の見直しというのを行っていく必要があるのではないかと思ってございます。
私は、以前にこれは昨年の経産委員会でもお話ししたことがあったかと思いますけれども、こんな考えから、市場と政府、どちらかが絶対ということではなくて、政府と市場が共働、共に働いていい社会をつくるというふうなのがあるべき姿だと思いますし、政策立案においてもそういった視点を持って行っていくべきであろうと考えてございます。
この観点から、今回の商工中金法及び政投銀改正案、これを見ますと、両危機を踏まえて、行き過ぎたマーケットへの過信を排して、政府の重要なツールである両機関について政府のガバナンスの継続を確保するという意味で評価しているところであります。
以上の議論を踏まえまして、両機関を所管する経産省及び財務省にお伺いしたい、特に経産大臣にお願いしたいと思いますけれども、今の市場と政府の役割分担についての御認識と、それから、その中での今回の両機関の見直しの位置付けについて御所見を賜れればと思います。よろしくお願いいたします。