水島朝穂の発言 (憲法審査会)
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○参考人(水島朝穂君) 統治行為論というのをよく誤解されて使っているんですけれども、衆議院の解散が統治行為かという議論は、皆さんよく御存じの苫米地事件判決というのがありまして、例えば衆議院の解散について統治行為論を取った最高裁のあの判例が、例えば砂川事件のときにあれを統治行為論だと説明する学者がいるんですが、あれは違うんですね。あれは、一見、極めて明白に違憲無効と認められない限りは条約というのは審査できないというんであって、最初から条約を審査できないとは言っていません。したがって、疑似統治行為論という議論もあるくらい、実は慎重に最高裁というのは統治行為論というのを使い分けしているんですね。そういう意味でいうと、条約や何かの問題について裁判所が全く審査できないということはない。その意味でいえば、違憲審査の対象として条約はならないという学説はないと私は、今の最高裁のベースにしてもそういうことだろうと思います。
そうすると、集団的自衛権というのは何なのか、内閣の閣議決定ではないか、それが果たしてどうかというのは、これは統治行為を持ってくるまでもなく、もっと手前のところで裁判所は恐らく訴えを退けるだろうと思っていますから、今述べた統治行為というのはなぜ持ち出されてきたのかといったら、そもそもそれが根拠になって議論になるところの苦渋の選択で最高裁がひねり出した論理ですから、いわゆる松阪市長などがやる特定のそういう動きを封じたりとか賛成するとかという意味じゃなく、ニュートラルに見ても非常に難しい裁判であることは間違いないと。つまり、それを訴える、集団的自衛権の行使の閣議決定を市民や行政、市長などが訴訟するというのは確かに難しいんだけれども、統治行為論を持ち出してくることはないだろうということだけ申し上げます。