水島朝穂の発言 (憲法審査会)

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○参考人(水島朝穂君) 後期の授業の十一月ぐらいにやる授業のような話をする気はないんでありますけれども。
 今の百地参考人が言った部分では、憲法学がやる場合の共通の了解みたいなものを多く含んでございましたので、したがって、そのダブる部分については除きまして、特に限界論の問題でいきますと、おっしゃるとおり、それぞれの説明の仕方は理論的にあります。そういう意味では、いわゆる変えられる条文と変えられない条文が何であるかについての通説は人権と主権と平和主義という、こういうふうになっていて、これについては、人権、主権については余り争いがありませんけど、平和主義については、一項は改正できないが二項はできるという説と、一項、二項分離論、一項、二項は分離できない分離不可論とありまして、一項、二項は分離できて、一項は基本的には変えられないけど二項はできるというのは、基本的には憲法学のこれは通説的な見解に実はずっとなっていました。
 私は、一項、二項不分離論でありまして、日本国憲法のアイデンティティーは二項にあるから一項と二項は一体であるという考え方で、一番厳しい限界説を実は取っておりますけれども、これでいくと自民党の改憲案は違憲になっちゃうんですよね。だから、そういう意味でいうと、かなり支持者は少ないんですけど、ここでそれを展開する時間がございませんので、先ほどの言葉を借りれば、何が限界になるかについては確かに曖昧な部分が残っている。ここは認めます。しかし、各国の憲法で限界を定めた、ドイツ基本法第七十九条第三項は、人間の尊厳、基本権、法治主義、社会国家、民主制、連邦制等々、そういうものを基本的には列挙しまして、それはつまりドイツという国の基本的な構想、構成ですよね、それは変えられないんだということを言っています。
 先ほども言いました、フランス第五共和制憲法の八十九条五項も、共和政体を変えちゃいけないということは共和制を変えられない憲法ということですよね。だから、共和制を君主制に戻すだけじゃなくて、つまり、そういう意味でいえば、なぜそうなったかといったら、フランスの憲法、近代立憲主義は市民革命の後できるわけですよ。それまでの中世立憲主義のあれでいえば、王様がまだいた時代や何かのものとは違って、近代立憲主義は、基本的に一旦、朕は国家であるというものの首を切って、その後、抽象的な人民ないし国民というものが主権の担い手であると。言ってしまいますと、そういう説明の論理でこれまで世界の国も日本の憲法の下でも進んできたわけですよね。
 それを、つまり限界で説明するときは、そういうときに決まったようなものについての共通のもの、ドイツはメンション全部していますけれども、そういうしない国でも、憲法改正の議論で根本的に人権を例えば根本的に制約するようなものをそもそも議会で出しませんよ。なぜかといったら、国会議員であり政治家の議論であり、基本的にはそれがまさに見えざる不文の知として、暗黙知としてあるわけですから、日本では何か憲法を改正して何でもできるような議論が横行していますけれども、どこの国でも憲法というのはそういうふうには考えていないわけです、何でも書き込めるメニューみたいには。
 だから、そういう前提となる変えてはいけないものについて殊更に言わなくても、そこにおいては暗黙知のようなものがあって、その上でもなおかつドイツは詳細に書き込んだ理由というのは、ひどい体験をナチスでしたわけですからね。だから、そういう流れでいくと、そういう意味でいう改正の限界については曖昧な部分は議論では残しますけれども、共通のそういうところから変えられないものは大体絞られてきているということです。
 それから、二点目の手続問題でいえば、先ほど紹介があったパターンその他はいろいろ言われていますが、殊更日本の九十六条が重過ぎるという議論は違います。つまり、日本の憲法が重過ぎるという議論は何をもってそれをするかというと、総議員のところを外すという議論ですよね。じゃ、国民投票を外したらどうなるかと。これは国民主権の、先ほど言った憲法改正の限界に触れることになるんです。最後の憲法のところで国民が判断を示す、国民主権の派生である国民投票を外していいのかという議論はあります。
 ですから、大抵の議論は過半数という議論なんですけれども、これは見方を変えれば、国民投票の究極的な国民の判断に、熟議の上で出された国会の提案がなされて国民が最後の判断をするというところまで来れば、この改正手続というのは実によくできた手続だと思っておりまして、何でも国民投票でやればいいという議論は実は国民主権とかそういう議論をやや履き違えた議論だと私は思っていますから、先ほどドイツの制度でも言ったように、バランス良く、バランス良くというのは権利と義務ではなくて様々な原理ですね、国民主権、民主主義、立憲、そういうものが、そうやって抑制する中で相互に牽制し合いながら言わば暴走しないようにしていく、これが立憲主義の最も大きな本旨ですので、それはこういう改正手続にも僕は及んでいると思っております。

発言情報

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発言者: 水島朝穂

speaker_id: 18911

日付: 2015-03-04

院: 参議院

会議名: 憲法審査会