水島朝穂の発言 (憲法審査会)
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○参考人(水島朝穂君) 十二条、主語を御覧ください。この憲法が保障する自由及び権利となっておりまして、憲法ではなくて、自由及び権利を国民が不断の努力で守れと。つまり、自由の上に眠る者は自由を失うぞと、だから自由というのは大事だ、権利は大事だ、だから国民はもっと自分の自由について自覚を持てということを言っているのであって、憲法尊重擁護義務のような、憲法を守れをここから義務とするのは僕は飛躍だと思っております。
それから、二点目の、第八次選挙制度審議会で、いわゆる現行衆議院の制度をつくりました。このときの報告書には、民意の反映と民意の集約という言葉を当時、自民党は河野総裁、日本新党の細川首相の両方の合意文書、一九九四年の一月の文書に出てまいります。この民意の反映と民意の集約というのは非常にタクティカルな言葉で、民意の反映が選挙の原則なのに、民意を集約するんだと、小選挙区制は民意の集約にいいんだと、こういう議論でした。
その結果として生まれたのが二大政党制ではなくて、ちょっと皆さんを前に言うのは、衆議院であればそうなんですが、やはり小選挙区の方の政治家たちはどちらかというと党の中央を見てしまうという、ロベルト・ミヘルスが言った政党寡頭制が生まれてしまった。つまり、言ってしまいますと、それぞれの選挙民に対してよりは党の中央を見ちゃう、その結果、小泉選挙のような形のああいうことも起こる。あの選挙制度の改正はじくじたるものがあると、当時の二人の代表である河野総裁とそれから日本新党の細川首相が、良くなかったと反省されています。
ですから、やはり、その結果として憲法改正ができなかったというよりは、私は、政治の劣化はここから始まったとあえて言わせていただければそういうのがありますので、憲法改正ができなかったというよりは、日本のその後の政治の状況を、この選挙制度が果たして良かったのかどうか、これは十分議論する必要があると思います。
憲法改正がなぜ生まれなかったのかは、様々な政治的な背景があります。一九五六年のあのときのおっしゃるような状態とその後というものもありますけれども、一点だけ申し上げると、いわゆる最高裁の議員定数の不均衡問題で、最高裁が選挙無効の判決を出したらここにいる方みんないなくなるということは絶対にございません。衆議院だけでできるなどということはありません。なぜならば、当該選挙区だけが無効になり、選挙のやり直しをすればいい話であって、最高裁の議員定数不均衡判決がそのような効果は持ってございませんので、御安心して選挙無効判決を受けていただきたいと思います。