阿達雅志の発言 (憲法審査会)
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○阿達雅志君 自由民主党の阿達雅志でございます。
先週、ヨーロッパへ行かれた皆様方から現地の法制についていろいろ報告がございました。私はその中で、やはり世界の成文憲法の多様性、それと、社会情勢に応じたダイナミックな改正というものに非常に強い印象を受けたんです。そういう中で、憲法に一体何を書くのか、これについていろんな考え方があるのではないかと。憲法学者と言っていいかどうか、英米法の学者ですけれども、伊藤正己先生なんかは、近代憲法と違い、現代憲法は共通の理念を抽出するのは難しいと、こういう表現もされておられました。
そういう中で、本当に成文憲法として何を書くか、これはいろんな考え方があるんではないかというふうに思うわけです。それを前提にした場合に、私はやはり憲法改正というのは必要なんではないかと。それは、やはり成文憲法にすることによって、逆にいろんな意味で憲法保障というのがしっかりできるようになるんではないか、こういうふうに考えるわけです。
例えば、今日、話にありました理念、歴史、伝統、文化、こういったものも広い意味での憲法規範なんではないかと。そういう広い意味での憲法規範をむしろ憲法改正によって実定化するというのは憲法保障にとっても大事なことではないか。それは、やはり憲法解釈をする上での一つの指針を与えるという意味で、こういう理念を盛り込むというのは大事ではないかと。
それから、国家緊急権についても、逆にこれ実定化することによって限定をちゃんと付けられる。実定化しないことによって権力が自由にできるよりは実定化をした方がいいのではないかと。
それから、三点目としては、やはり今現実に九条の問題を含めて、現実、事実と成文憲法の文言とのギャップ、これがいろんなところに実は起きてきているのではないかと。そうすると、こういった社会情勢等の変化、これを織り込むというのはある意味重要なことではないかというふうに思います。
百地先生とは、いろいろ今お話を聞いておりまして、非常に一致するところが多いので、これ時間の制約もありますので、百地先生への質問はちょっと控えさせていただきまして、水島先生に幾つかちょっと細かい点でお聞きをしたいんですが、先ほど水島先生、憲法慣行という言い方をされました。こういう憲法慣行というものをむしろ成文化、実定化すべきなんではないか。これを成文化、実定化する方がむしろ慣行を明らかにすることになるんではないかと思うんですけれども、その点についていかがでしょうかと。
それから、先ほど解釈改憲という表現がありましたけれども、私、これは憲法解釈、最終的には最高裁が権利を持っているとしても、行政も解釈をする権利というのは当然あるわけで、それを前提にした違憲立法審査権だと思いますので、そういう意味で、この解釈改憲と憲法慣行、同じだとおっしゃられたところが実はちょっと引っかかっておりまして、それについて御説明いただきたいと。
それから、もう一つ、歴史、伝統、文化を過剰に書くことは問題だというふうにおっしゃられたんですが、じゃ、過剰でない、最低限書くというのはあってもいいのではないかというふうに思いますので、その辺りを御教示いただければと思います。