秋月謙吾の発言 (国の統治機構に関する調査会)
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○参考人(秋月謙吾君) 特に役割分担について、所得の再配分、言葉としては、例えば福祉の機能というものを国が担うべきなのか地方が担った方がより効率的なのかということについては、実は全く相対する議論がございます。
ピーターソンというアメリカの有名な政治学者が福祉の磁石論というものを唱えました。といいますのは、要するに、地方自治体というものは構造的に弱い立場にあるので、福祉の機能を自治体に任せようとしてもうまくいかないという議論なんです。
具体的に申しますと、例えばある町が、連邦政府が民主党で、幾ら様々な補助金があって福祉を頑張れというふうに言ってみても、なかなか思いどおりに動いてくれなかったと。それはなぜなんだろうかというふうに調べたところ、要するに、自分の決断で高福祉サービスというのをやるという選択ができないと。なぜならば、高福祉サービスをやってしまうと税の負担能力が低い人間が流入し、それによって逆に高い担税能力を持っている富裕層が逃げてしまうと。
これ、アメリカの場合はモータリゼーションが進んでいて移動が可能だ、逆に言いますと、本当に貧しい人でもなぜか車は二台持っているとか、それからもう一つは、やや微妙な問題を含んでおりますけれども、人種間の問題があって、正直、白人の一部の保守層の中で、自分たちが気に入らない連中が入ってきたよね、何でかといったらうちの市が高い福祉をやっているからだと、じゃ引っ越そうというようなことが起こってしまうからこそ、要するに、市とか、場合によっては州というのも構造的に制限されている、境界線で人間をコントロールできない、人口の流入や流出をコントロールできないという弱点を持っているがゆえに、やっぱり連邦政府が責任を持って最終的なセーフティーネットを取らなきゃいけない。まあリベラルの議論ですけれども、という見方がございます。
一方で、イギリスや日本の福祉論などを見ていますと、特にフランスとイギリスの福祉の比較論をやったアシュフォードが言っていることは、様々な議論があるんですけれども、これは複数の論者が共通して言っているんですが、福祉というものは結局のところ、ウイズダムというか知恵というか経験とかいうものはサービスの提供手である地方自治体のところに集まる。つまり、厚生省、今の厚労省が幾ら法律を設計したところで、具体的に例えば、現物給付の話がありましたけれども、こういう車椅子じゃないとお年寄りはかえって困るよみたいなことというのは、実際にサービスの提供をしている地方自治体、担い手でなければいけないと。その場合には、より身近な地方政府の方がより優れているのは当たり前だという、こういう二つの相反するような見方というものが出ているわけでありますが、私は、基本的には日本の戦後の、神野先生がいろいろ御指摘されるように、日本の福祉体制はいろんな問題を抱えているということはもちろん賛同いたしますけれども、じゃ、ピーターソンの議論のようにして国が全部やるんだというような議論は、多分日本の経験からは当てはまらないだろうと。
そうなりますと、やはり長期的に見ると、私は分権すればするほどいいんだというような単純な議論はいたしませんが、しかし、少なくとも中長期的な傾向からいきますと、役割分担の中で所得再配分及び福祉の機能というものはやはりどんどん積極的に地方自治体、特に基礎自治体に任せていくという方向性が基本的には正しい議論なのではないかと個人的には思っています。これは私、福祉の専門家でも何でもないので、中央、地方関係の一つの見方としてお答えさせていただきました。
以上でございます。