国の統治機構に関する調査会

2015-04-15 参議院 全81発言

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会議録情報#0
平成二十七年四月十五日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 三月四日
    辞任         補欠選任
     平野 達男君     荒井 広幸君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         山崎  力君
    理 事
                猪口 邦子君
                島村  大君
                渡邉 美樹君
                長浜 博行君
                横山 信一君
                清水 貴之君
                倉林 明子君
    委 員
                井原  巧君
                古賀友一郎君
                酒井 庸行君
                高橋 克法君
                武見 敬三君
                柘植 芳文君
                堀井  巌君
                足立 信也君
                江田 五月君
                風間 直樹君
                浜野 喜史君
                吉川 沙織君
                秋野 公造君
                行田 邦子君
                山本 太郎君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        宮崎 清隆君
   参考人
       広島県知事    湯崎 英彦君
       東京大学名誉教
       授        神野 直彦君
       京都大学大学院
       法学研究科教授  秋月 謙吾君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国の統治機構等に関する調査
 (「時代の変化に対応した国の統治機構の在り
 方」のうち、国と地方の関係(国と地方の役割
 分担))
    ─────────────
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山崎力#1
○会長(山崎力君) ただいまから国の統治機構に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る三月四日、平野達男君が委員を辞任され、その補欠として荒井広幸君が選任されました。
    ─────────────
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山崎力#2
○会長(山崎力君) 国の統治機構等に関する調査を議題といたします。
 「時代の変化に対応した国の統治機構の在り方」のうち、「国と地方の関係」について調査を行うに当たって、本日は「国と地方の役割分担」について参考人から意見を聴取いたします。
 御出席いただいております参考人は、広島県知事湯崎英彦君、東京大学名誉教授神野直彦君及び京都大学大学院法学研究科教授秋月謙吾君でございます。
 この際、参考人の方々に一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
 皆様方から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず湯崎参考人、神野参考人、秋月参考人の順にお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、湯崎参考人からお願いいたします。湯崎参考人。
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湯崎英彦#3
○参考人(湯崎英彦君) それでは、失礼をして御説明をさせていただきたいと思います。
 改めまして、広島県知事の湯崎でございます。よろしくお願いをいたします。
 私どもといたしましても、本日、参議院のこの調査会におきまして私どもの考えを述べさせていただく機会をいただきましたことに御礼を申し上げたいというふうに思います。
 と申しますのも、私ども、今日御説明させていただく内容でございますけれども、地方分権型の道州制というのを県として推進をしておりまして、これがなかなか議論が進んでいかないということがございます。我々の意見を直接国会の先生方に御説明をさせていただく機会というのもなかなか少ないものですから、非常に貴重な機会だというふうに認識をしております。
 それでは、早速御説明をさせていただきますけれども、お手元、お配りさせていただいております資料を開けていただきまして、大きく現状の課題、それから解決に向けた方向性、そして広島県として考えておる地方分権型道州制についての基本的な考え方を御説明させていただきます。
 まず、課題ということでございますが、一ページにございますような、これはもう皆様御承知のとおりでございます。人口減少あるいは東京圏への人口の集中といったようなこと、これが国の統治の在り方を考える上でも多く影響していると思っております。
 そして、国と地方の役割分担の最適化ということを改めて考えるべきではないかというふうに思っております。二ページの方になりますけれども、一つは、一番上の四角にございますように、地方行政にも国は現状非常に大きく関与をしている状況でありまして、国の役割が膨大であるというふうに感じております。そういう意味で、国が本来取り組むべき課題への集中的な対応が困難になっているのではないかという問題意識がございます。一方で、私ども地方としては、創意工夫をしながら独自性を発揮しなければならないということは重々分かっておるわけでありますが、そのための権限や財源に極めて乏しいという状況でございます。
 また、国の財政上の課題ということもあるというふうに認識をしておりまして、この地方予算に関与しているということを含めまして、国が多額の予算を管理しております。そういう意味で、マネジメント面で大きな課題があるのではないかというふうに認識をしております。国の予算総額、御承知のとおり、一般会計で、平成二十七年度九十六兆円でございますけれども、これはもちろん各省がやっておるわけですが、予算を取りまとめる財務省においては主計局が主にやっておりますが、これは大体百人規模のチームでやっておられます。この百人で、一般会計だけでもこの百兆円という規模は非常に大きいのではないかというふうに考えております。
 ページを開けていただきまして三ページでございますが、地方における財政上の課題とございますが、その次の四ページの円グラフを御覧いただきますと、予算面から我々がどういうふうになっているかということですが、この赤くぐるっと矢印で囲んでありますように、これ広島県の例で見ますと、一般財源ベースで平成二十六年度歳出六千八百六十一億円ございますが、そのうちの八六%が国の法令等の関与がある経費でございます。この右の方に人件費がありますが、法令等により配置基準が定められた人件費、教職員あるいは警察官、それから、左の方にありますが、福祉関係費、あるいは税の交付金、その他法令等により義務付けられた経費が非常に大きくございます。
 私どもが自由になる経費というのが右下の方にある地方の政策的経費でありますが、これが人件費とそれから政策的経費、合わせて一千億円程度しかないということでございまして、広島県の一般会計は約一兆円弱でございますが、そのうち本当の意味で自由になるのはこれぐらいしかないと。しかも、その政策的経費、八百三十億円ありますが、そのうち私学振興費が百五十億円、公共事業費が百五十億円ということで、これは大きくまた変更するというのは困難な事実上の状況もございまして、そういう意味で、本当に自由になるお金というのが非常に少ないと。
 これが、別途、事前にお届けさせていただきました一割自治という紙をお配りしておりますけれども、その一割自治という意味であります。財源から見たら、我々が自由になる、本当の意味で自治ができるというのはこの一割しかないと。この中で、例えば子育てであるとか様々な施策を実行しているということであります。
 それでは、解決に向けた方向性ということで考えておることでありますが、五ページを開けていただきまして、大きくやはり重要なのは、真の地方創生の実現に向けた新しい成長モデルをつくっていくべきではないかということで、そのためには多様性が必要なのではないかと。それから、一番上の四角にございますが、この今の東京一極集中で経済活動が非常に集中しているわけですが、そういったことのリスク分散、災害などのリスク分散が必要なのではないかということ。そういった経済機能、あるいはこの権限、財源を分散することによって、多様性を生み出して更なる活力と競争力をつくっていくべきではないかというふうに考えております。そのために、国と地方の役割分担を抜本的に見直して、国としては本来取り組むべき課題への集中的な対応を行い、地方がまさに自らの発想と創意工夫によって魅力ある地域づくりに効果的に取り組むことができるような体制を取るべきではないかと。それから、国の予算も管理可能な規模に適正化をすることによって、財政再建にも資するのではないかというふうに考えております。
 そういったことから、私ども地方分権型道州制というのを進めるべきだという考えを取っておるわけでありますが、七ページ、八ページを御覧いただきまして、それでは、分権型道州制として我々が考えているものはどういうものかということでありますが、まず目的としては、よく道州制であるとか地方の制度について、地方をどうするかという観点から議論されることが多いと思っておりますが、私どもとしては、これは地方の問題だけではなくて国全体の活力と競争力を生み出す、そのために道州制というものを導入するということではないかというふうに考えております。そして、この役割分担を見直すことによって、国と地方双方の行政の機能を強化をして、住民に対する、国民に対するサービスを向上するということを目的とするべきではないかというふうに考えております。
 まためくっていただきまして、九ページ、十ページですが、それでは道州制の効果としてどういうものを狙っていくかということでありますが、まず国が本来取り組むべき国でしか取り組むことができない課題、外交であるとか防衛、あるいはマクロ経済、年金、大規模災害への対応等々ですが、こういったものに集中的に対応できるようにするということ。そして、地方ではそれぞれの地域の実情やニーズに的確に応えることができる、それによって住民サービスを向上するということ。それから、先ほども少し触れましたように、国と地方の財政支出を適正化をしていくということ。それから、大規模災害時のリスクを分散していくといったような効果を期待しております。
 またおめくりいただきまして、十一、十二になりますが、それではどういう役割分担があるべきなのかということで、これは今のところから導き出されるわけですが、国と地方の役割分担を抜本的に見直して、国は国が最低限担うべき役割を担うと。逆に言うと、それ以外は住民に身近な地方が担うべきではないかということ。そして、その運営に当たっては、地方が多様性であるとか独自性を発揮し得る自立した行政の権限を持つということにするべきではないかというふうに考えております。
 十三ページ、十四ページは、これは若干参考までに、現在の国と都道府県、市町村の役割から新たな道州制でどういう役割分担にすべきかという表でありますが、これは私どもが試作をしたものでありますので、また後ほど御覧いただければというふうに思います。
 そして、十五ページ、十六ページになりますが、税財源の移譲と権限強化ということで、まず税制についても、やはり抜本的に見直すということで、国と地方の役割に見合った財源を確保できるように財源を最適配分するべきではないかというふうに考えております。よく言われる三割自治というのが地方税が三五%あるということでありますが、実際の業務に見合った税源を地方が確実に的確に持つ、それをどう使うかというのは地方に任せるといったようなことが必要ではないかということであります。
 それからもう一点が、地方が多様性や独自性を発揮するために、地方の、ここは自治立法権というふうに書いておりまして、これはいろいろお感じになられる向きもあるかもしれませんけれども、いずれにしても、条例において定められることができる範囲を大幅に拡大をすると。そして課税自主権、どういったものに課税をするかといったことについても拡大強化を図るべきではないかということであります。
 こういったことを目指した地方分権型道州制ということを導入することによりまして、多様性、今我々もイノベーションというものをいかに進めるかということを地方でも取り組んでおりますし、国においても、いわゆる今の国の政策である第三の矢という部分、これはイノベーションと大きく関わるところでありますが、イノベーションを生んでいくためには多様性が必要であるということは、これは様々な研究の結果、かなり確立した見解ではないかというふうに思いますが、現状は非常に画一、多様性のない社会に日本はなっているんではないかと。それが日本の特に経済力、産業力の停滞の原因の一つではないかというのが認識としてございまして、そこを抜本的に打開していくために国の中に多様性を生んでいく、そのためにこの道州制というものも大いに役に立つのではないかというような認識でございます。
 私からの発表は以上でございます。
 ありがとうございました。
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山崎力#4
○会長(山崎力君) ありがとうございました。
 次に、神野参考人にお願いしたいと存じます。神野参考人。
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神野直彦#5
○参考人(神野直彦君) 神野でございます。よろしくお願いいたします。
 私、目が不自由なものですので、皆様方に御無礼があるかもしれません。御寛容いただければと存じます。
 さらに、私、財政学を専攻しておりまして、統治機構等々、この調査会で検討される内容についてお役に立てる話をどれだけできるか大変自信がございません。ただ、私、地方分権改革にずっと携わってまいりましたので、そうした経験に基づいて、地方分権改革の昨日、今日、あしたというようなことを見通しながら、国と地方の役割分担についての所見を述べさせていただければというふうに考えております。
 私の専攻しております財政学という立場からいきますと、地方分権改革あるいは国の統治機構の改革については、これは日本だけではなく、一九八〇年代頃から先進諸国で共通に起きてきた課題だというふうに考えております。それは、経済のボーダーレス化とかグローバル化と言われる現象と密接に結び付いているというふうに私は考えておりまして、そのことは、グローカリゼーション、これ英和辞典引いていただけるともう既に存在しておりますので、グローバル化とローカル化ということを合成した言葉であるグローカリゼーションという言葉が象徴的に表しているのではないかというふうに考えております。
 ヨーロッパでは、経済のグローバル化に対応して国民国家を超えるEUという超国家機関をつくって対応すると同時に、一九八五年にヨーロッパ地方自治憲章を制定して地方分権を推進していくということを実施いたします。このヨーロッパ地方自治憲章が世界的に地方分権の潮流を巻き起こしていく契機になったというふうに考えてございます。つまり、ボーダーレス化、グローバル化に対応した国民国家の機能を上方と下方に分岐していくような動きが生じ始めたというふうに言っていいのではないかと思います。
 どうしてこういうことが生じ始めるのかといいますと、第二次世界大戦後、先進諸国はこぞって福祉国家を目指し始めました。この福祉国家というのは所得再分配国家というふうに言っていいかと思いますが、所得再分配というのは、生産要素、土地、労働、資本、これを管理していないと所得再分配できません。そこで、第二次世界大戦後の福祉国家の下では、アメリカがつくり上げ、アメリカが覇権国となったブレトンウッズ体制という下で固定為替相場制度を維持し、これを維持するためには、資本をコントロールできない、権限を国民国家がないとできませんので、国民国家が所得再分配する権利を認めるために資本の動きをコントロールする権限を認めてきた、こういうふうに言っていいだろうと思います。
 ところが、このブレトンウッズ体制が崩れ始め、そして一九七三年に固定為替相場制度が最終的に崩壊いたします。そうすると、金融の自由化、つまり、資本は国境を越えて自由に動き回るわけですね。これがグローバリゼーションという正体だというふうに私は考えております。生産物の移動というのは十九世紀にもしょっちゅう起こっているわけですけれども、重要なポイントは、資本が自由に動き始めた。
 こうしたことは国と地方自治体との役割にどういう影響を及ぼしてくるのかといいますと、中央政府、つまり国民国家が所得再分配が困難になってきます。経済はボーダーレス化、グローバル化するんですけれども、国民の生活というのは地域に結び付いて密着しておりますので、それを守る機能を地方自治体に担わせようという動きが生じてくるわけですね。もちろん、地方自治体はそもそも国境を管理していない政府ですから、地方自治体は何かといえば、それは国境を管理しない出入り自由な、入退自由な政府を私たちは地方自治体と呼んでいるわけで、そもそもできないわけですけれども、逆に、サービス給付、現物給付は、これは地方自治体にしかできません。国家にはできないんですね。
 お手元の参考資料の一枚目を見ていただければと思いますけれども、資料一と書いたところですが、これは、財政学のテキストブックをお開きいただければ、財政には三つの機能がありますよ、資源配分機能、所得再分配機能、経済安定化機能、この三つの機能がありますよと。資源配分機能、これ公共財を提供する機能、公共サービスを提供する機能なんですが、これは、国家は国家公共財を出し、地方自治体は地方公共財を提供するというふうに国も地方も担うんだけれども、所得再分配機能とか経済安定化機能は担いませんと。つまり、地方自治体は担わない、それは国境を管理できないからですね。
 ところが、その所得再分配機能や経済安定化機能が経済のグローバル化によってうまく機能しなくなりますので、そこで準私的財、割当て可能なサービスですね、教育とか医療とか福祉などの準私的財を地方自治体にサービス給付として提供させることによって所得再分配機能、中央政府は弱くなりますので、そうした機能を分担させていこうという動きが出てくる。これが、ヨーロッパで起きてくる、上と下に政府の機能を、国民国家の機能を分担させていこうという動きだったというふうに理解をいたしております。
 そこでもって、これまで日本は二十年間にわたって地方分権改革を行ってきたわけですが、それを振り返ってみますと、地方分権改革は一九九三年の国会決議、これは全会一致です、衆参両院とも。これは、ゆとりと豊かさの実感できる社会を掲げてスタートするわけですけれども、既に一九九〇年代には第三次行革審ができまして、これが地方分権を打ち出してきます。
 同時に、一九八九年にゴールドプラン、一九九四年にエンゼルプランができてきます。これは、日本が福祉国家を目指し始めるのは一九七三年の福祉元年と言われた年ですけれども、この現金給付による所得再分配機能を、エンゼルプラン、ゴールドプラン、つまりサービス給付を強化することによって補強していこうという動きが出てくるわけですね。そうした動きと絡み合いながら地方分権を推進していくという動きが出てくるということです。
 これは、地方分権改革の動きについてはこれまでもこちらで御議論されたと思いますので、三位一体改革という税財源の改革を挟んで、第一次分権改革、第二次分権改革ということを行ってまいりました。そこで、第一次分権改革、つまり地方分権推進委員会が行った勧告を受けて一括法ができ、その後の第二次勧告というのは、地方分権改革が付くわけですが推進委員会が行った四次にわたる勧告を受けて行われたものです。
 私、地方分権改革有識者会議の座長を今務めさせていただいておりますが、この四次にわたる勧告で一応やり残したものを、四次にわたる一括法として一応検討されたものについては結論を見ましたので、私ども有識者会議は、これは地方分権の前担当大臣でいらっしゃいました新藤前大臣の指示の下に、二十年間にわたる地方分権改革を総括をして新たな地方分権の手法で改革を進めようというふうに考えました。これは、必ずしも日本国民はまだゆとりと豊かさが実感できる社会を享受しているわけではなく、今後ともこの使命を果たしていく必要があるだろうというふうに考えているからでございます。
 やり方を大きく変えました。それは、既に二十年にわたって制度改革についてはかなり前進を見ておりましたので、むしろ、この改革を使って地方自治体に実際に様々な公共サービスを提供してもらう。実際にやってみて、どこが実際に具体的に障害になっているのか、つまり、動かしてみて、できないところをきちっとやっていく。場合によっては、もちろん全制度的な改革が必要な場合にはそちらに打って出るわけですけれども、取りあえず何が桎梏になって何ができないかという実践と組み合わせるべきで、したがって、改革は下からの改革をすべきだという方向に考えております。
 これまでのように、国に委員会等々をつくって集中的に分権改革を進めるというのではなく、地方自治体から、これは地方自治体のイニシアティブというよりも国民のというふうに言った方がいいかもしれませんが、住民からの、下からのイニシアティブでもって、提案方式というのは制度改革を具体的に提案してもらうということですね。それと、権限の移譲等々については、いずれ全体に行うにしても、まずできるところをやってみて、それを突破口に広範に広げていこうという手挙げ方式、この二つを組み合わせて分権改革を進めているところでございます。
 この二十年間の分権改革を展望してみますと、お手元の資料でもって、二枚目をお開きいただければと思いますが、この資料を見ていただくと、黒い部分が公共サービスのうち地方公共団体、地方自治体が提供しているサービスですね、上の白い部分が国が提供しているサービスです。最終的なベースでいくと、地方が公共サービスの六割を提供し、国の方は四割しか提供していない。明らかに日本では地方公共団体が主として公共サービスを提供しているのですが、このサービスの提供に当たって中央政府が関与をしているということですね。決定と執行というふうに分けると、執行は確かに地方自治体がやっているんだけれども、地方自治体に決定権限がないと。
 私は、日本の政府間財政関係は集権的分散システムというふうに規定しておりますが、集権か分権かというのは、決定権限が地方にあるか国にあるか、国にあれば集権、地方にあれば分権というふうに考えると、明らかに日本は公共サービスの提供方式は集権的であると。公共サービスを中央政府が主として出していれば集中といい、主として地方自治体が出していれば分散といえば、明らかに日本のシステムは分散システムなので、日本の政府間財政関係は集権的分散システムであると。これを分権的分散システムに変えていくということが日本における地方分権改革の任務なのではないかというふうに考えております。
 制度的な改正ではかなり前進を見たので、地方自治体がこれを活用する段階にあるのだというふうに申し上げましたけれども、日本でまだまだ国民がゆとりと豊かさを実感していない主要な原因の一つは、お手元資料三を見ていただきたいと思いますが、この資料三の棒グラフで、一番下の棒グラフが高齢者現金と書いてありますが、これは年金と理解していただいて構いません。その次の保健医療と書いてあるのが、下から二番目のものですが、これは疾病保険、医療保険というふうに考えていただければと思います。日本の社会保障の特色は、年金と医療保険はまあまあなんだけれども、あるいは進んでいるんだけれども、その他がないということです。
 その他の重要な点は何かというと、家族現金というのは、これは児童手当、子ども手当と言われているものですね、それから高齢者現物、これは高齢者福祉サービスですね、これが余り出ていかない。それからもう一つ家族現物、これは保育のサービスですね、育児サービス、これも出ていっていないと。つまり、地方自治体が責任を負うべきサービス給付が出ていっていないんです。もちろん重要な原因は、なかなか保育園を造るのにもいろいろ規制があって難しいとかということもありますが、財源がないということが非常に大きな理由になるわけですね。
 この財源については、どうしてないのかということなんですが、最後の資料四を見ていただければと思います。これは、国、地方を通じる租税負担です。一番上が全租税負担ですね。これ見ていただくと、OECD諸国、先進諸国と、まあ先進諸国じゃないのも入っていますが、OECD加盟国の租税負担率を見ていただきますと、一貫して上昇しているんです。福祉国家では、所得税と法人課税、所得税がOECDでいうと一番上ですね、一番下が法人課税なんですが、これを崩さずに、日本でいうと消費税、付加価値税を上げていっているんです。先ほど言いましたけれども、一九八〇年代頃から地方分権改革をしていっても税負担上げていっていますから、それに必要な財源は出ていくんですね。ところが、日本は、先ほどお話をいたしましたように、一九九〇年代から分権改革するんです。分権改革をすると、時を同じくして税負担率を急速に下げていくんです。
 私は、地方への税源移譲をずっと主張してきましたけれども、もう税源移譲とかというような問題ではなくて、国税がどんどん減っていきますから、財政調整制度の財源がどんどんなくなっていって、一般財源、自由に使える財源というのは地方税とそれから交付税、使い道の自由な二つから成り立っているわけですけれども、両方併せた一般財源を保障できないような状態になってくると。現在、一般財源はそれほど落ちていませんけれども、それでも横ばいなんですね。これがゆとりも豊かさも実感できない重要な原因であり、地方分権改革で、これは私の責任が非常に大きいのですけれども、財源面での改革が進んでいない、その大きな従因は国、地方を通じる租税負担が上がっていないんだということだと思います。
 取りあえず、私の発表はこれにて終わらせていただきます。
 どうも御清聴ありがとうございました。
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山崎力#6
○会長(山崎力君) ありがとうございました。
 次に、秋月参考人にお願いいたします。秋月参考人。
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秋月謙吾#7
○参考人(秋月謙吾君) 京都大学の秋月でございます。よろしくお願いいたします。
 と申しますけれども、私、水曜日に講義がないという単純な理由でお引受けをしたのですけれども、他の参考人のお名前を聞いて、もうちょっと頭がくらっときまして、湯崎知事のようにいろいろと実務にも精通しておられる、中央、地方にわたる実務に精通しておられる方、それから、神野参考人のように各種の審議会をリードされ、あるいは構想を具体的に提言されておられる先生でありますので、私のような一介の研究者は、正直言いまして、我が京大法学部が大リーグ、アメリカンリーグの東地区に無理やり編入されたようなそんな状態であるという感じで、何か大変戸惑っております。
 ただ、そのような一介の研究者では何ができるかということでありますが、まず私、第一に、全く実務に関係がないかというと、そのようなことは必ずしもございませんで、自分でもちょっとびっくりした、振り返ってみると驚いたんですけれども、特に国と地方の役割であるとか地方分権とかということに関して言いますと、世界銀行で仕事をさせていただいたり、あるいはJICAのタイにおける地方分権、特に自治体間協力のプロジェクトに参画させていただいたり、それから、今独立しましたけど当時はユーゴスラビアの一部であったコソボ自治州における地方自治及び憲法体制についても、短期間でありますけど関与させていただいたと。先ほどの神野参考人のボーダーレス化、国際化というのが一介の研究者にも襲ってきたのかなというような思いをしております。
 そのような私がこのような場に出させていただいて何ができるのかということですけれども、インフォメーション、情報をお出しするということに関して言うと、皆様方にはそれぞれ優秀なスタッフやら政党のスタッフあるいは官僚機構が控えておりますので、そのようなことは到底かなわないと。また、ノレッジ、知識というのも多分違うだろうと。じゃ、何ができるかというと、まあパースペクティブといいますか、幾何学の一見難しい問題に一本の補助線を引くと、ああ、こういうことなのかというようなことを、もしも多少でもお示しできたらというふうに考えているわけであります。
 レジュメをちょっと見ていただきたいと思います。一枚だけの簡単なもので大変恐縮でございます。
 まず第一に強調しておきたいのは、いわゆる記述的な論議、これこれこうですよと、例えば、私は今日京都から新幹線で来ましたというようなことと、それから規範的な論議、飛行機より新幹線の方がエコですから絶対新幹線で来なきゃいけませんよねという、このモデルというのは当然違うわけでありますが、しかしながら、実際はしばしばこれが混同、場合によっては意図的に混同されると。これは、少なくとも研究者としてはできるだけ峻別しなければいけないと。どうしても混じってしまう、例えば私ができるだけ規範的な論議はしてはいけないということを言うということはこれ自体が自己矛盾でありまして、一種の規範を自分で言っているわけですから、ということになってしまうわけですけれども、そういうふうな考え方というのを基本的には取っております。
 これは大分昔のウエブの記事なんですけれども、簡単にお目通しをいただきたいと思います。改めて読み上げるようなことはいたしません。ロンドン市長選において、リビングストン、今はボリスという人がやっておりますけど、ケン・リビングストンという労働党左派の方がブレアの鼻を明かすような形で勝ったというときの毎日新聞の記事であります。これは淡々と事実を述べていて、誰が勝った、得票率は何%だったというだけの記事に見えるかもしれません。しかし、これはよく学生に私見せるんですが、この中に実は重大な一種の規範というようなものが隠れているんですね。
 それは何かということをちょっとお考えいただきたいんですが、それは要するに、簡単に申し上げますと、普通、選挙の報道で、誰々が勝った、得票率は何%だった以外に投票率のデータというのが普通出るはずなんですね。ところが、この記事には投票率が何%であったかということが出ておりません。これ、たしか、日経と読売で調べましたけど、どの新聞記事にも実は載ってなかったんですね。
 で、当時たまたまイギリスに住んでいた、留学していた同僚がいましたので聞いてみますと、うんとね、概数だけど三〇%ちょいというふうに言っていたんですね。これは実は、初めてこの新しい制度、第一回におけるグレーター・ロンドンの市長の選挙で、歴史的な選挙で重要な選挙だったわけです。話題もさらいました。しかし、実際ロンドン市民の三割しか投票に行かなかったということであります。
 これが何で書かれていなかったのかということについて思いを致すと、当時、その頃例えば日本の投票率が五割を切りかけているからやばいぞとか、こんなの民主主義じゃねえとかいうような議論で、もっと上げようみたいなキャンペーンをマスコミを中心に張っておりました。彼らにとっては、民主主義の母国における首都の重要な選挙の投票率が三割であるということは誠に不都合な真実なわけです。ですから、もしも特派員が書いていたとしても多分デスクが落としたんだろうと。これは私の邪推かもしれませんけれども、そういうふうな規範意識が隠れているということを常々申し上げております。
 それから、二の、制度としての面白さというのが設計の難しさにつながるという話でありますが、例として市制特例ということを挙げておきました。これも簡単に内容を御紹介します。下にありますので、御承知の方も多いと思いますけれども、簡単にお目通しを願いたいと思います。
 それは何を言っているかといいますと、要するに、東京と大阪と京都は特別で重要だから、明治の地方自治という天皇の恩典である自治というものの例外として市長を選べない、その代わり知事が市長の役をやるんだと、そういう制度であります。私、昔の記録を見ておりますと、これは、京都の市民、町衆はもう激怒に次ぐ激怒でございまして、伏見村の連中が自治やっているのに俺たちに何でできねえんだみたいなことを真剣に怒りまくっているんですね。東京と大阪の方はそれほどでもなかったと思います。京都の人が一番怒ったような感じがいたします。
 京都の市民は何をしたかというと、これを、何というんでしょうか、東京、大阪と連携をしながら、帝国議会に諮りながら、中央政府に諮りながら、内務省に、そして自治体に代役をしている知事に北垣国道という名知事がいましたけれども、その知事なんかを通じながら、この制度を何とかやめてくれと、そして九年間掛かって廃止というところに行ったということでございます。
 この例を挙げましたのはどういうことかといいますと、京都の市民が、要するに、市役所ができる前に自分たちで自治をやっていた。逆に言うと、日本中の三都市以外の都市は天皇の文字どおりの恩典、ギフトとして自治をやっていたのに対して、京都の市民は文字どおりそれを勝ち取ったということになるわけであります。
 要するに、これって、変な言い方ですけれども、悪い制度ほどいいのかという、もちろんそんなことはありません。京都市民にとってはとんでもない悪い制度で、それを変えただけなんです。しかし、それは京都の歴史にとってはある意味自治における輝かしい瞬間であったというふうにも言えるわけで、これが制度のある種の矛盾であると。研究者としては面白いんだけれども、実際に制度をつくられる皆様にとっては難しいということをちょっと申し上げておきました。
 そうはいいながら、具体的な地方分権論議について幾つかの問題点をちょっと指摘して、私のお話を終えたいと思います。
 まず第一に、過度な分権化ということでございますけれども、一つだけ例を挙げておきますけれども、よく分権の議論をするときに、国は外交、防衛だけに特化して、身近なものをという湯崎知事のお話がありましたけれども、その他は全部地方にやらしたらいいんだというような議論をする。これは、運動論としてのスローガンとしては説得力がある場合もありますが、具体的には、役割論議として、例えば今日の湯崎知事が具体的に出されました項目なんかを見ておりますと、そのような単純な議論をされていないので大変私も興味深くお聞きしたんですけれども。
 例えば、現在の沖縄の状態というのは、各党の皆様のお立場の下で大変御苦労されているというふうに拝察するわけですけれども、例えば、あれは安全保障と外交の問題だから国がやるんだよね、沖縄県や地元自治体は黙っていろよという話になりかねないわけですが、もちろん現実はそうではありません。なぜかというと、当たり前ですが、基地というものは、安全保障、アメリカとの関係であるとか外交の関係のものだけではなくて、経済的な影響、労働問題、治安問題、その他もろもろの地方自治体にとっての緊喫の課題というものを投げかけるから沖縄県も地元自治体もそれなりにいろいろと御発言をなさる、運動もなさるということだろうと思います。このような単純化というのはいけないというふうに私は考えております。
 最後に、具体的な変化の方向というのについて、私は補助線を引くので、矢印は、具体的な構想を持っているわけではありませんが、その中でも一つだけやはり今後の改革の方向性として必要なものとしては、制度の多様化というのを挙げておきたいと思います。
 例えば、アメリカにおいては、シティーマネジャー制、もし御質問がありましたらお答えしますけれども、というなかなか面白い制度を持っていて、これをイギリスなんかも一部で採用し、イギリスなどでも自分たちの自治体の体制、制度、誰を選挙で選ぶのか、議会はどういう構想にするのか、役割分担はどうするのかということを自ら選択できるようになっております。
 シティーマネジャー制度については、日本でも一部の自治体がそれに類似した制度を取ろうとしたんですけれども、憲法及び地方自治法の壁というので、なかなかそれは難しいということが言えます。
 成熟された社会に突入している日本にとりましては、具体的なこういう権限を与えるということも非常に重要なんですけど、それだけではなくて、どのようなシステムで自治体を運営していくかということについて、今よりは少なくとももう少し柔軟に、そして住民がそれを自分たちの自治を考えるスターティングポイントとして多様性を許容するという方向性がやはり必要なのではないかというふうに私としては考えております。
 以上でございます。ありがとうございました。
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山崎力#8
○会長(山崎力君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
 質疑及び答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから着席のまま御発言いただくようお願いいたします。
 また、質疑者には、その都度答弁者を明示してから質問していただくようにお願いいたします。
 なお、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますよう、答弁を含めた時間がお一人十五分以内となるよう御協力をお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手を願います。
 古賀友一郎君。
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古賀友一郎#9
○古賀友一郎君 ありがとうございます。自由民主党の古賀友一郎でございます。
 今日は、三名の参考人の先生方、貴重な御意見、誠にありがとうございました。私も、役所勤めの頃にはこの地方分権には多少なりとも関わってきた身でございますので、大変興味深く拝聴させていただきました。
 今日は、三者三様の先生方ということで、それぞれに、お三方に伺ってみたいなと思っておりますけれども、私がちょっと伺いたいのは市町村合併のことなんです。
 地方分権の議論を必要性と許容性ということに分けるとすると、割と必要性の議論というのはいろいろと論じられるんですけれども、まあ要はその許容性の面、つまり、分権を進めるためには権限の受皿の主体はそれなりの能力を持つべきだといういわゆる許容性の議論。当初、分権を進めるに当たって、この受皿論というのはかなり私の記憶では大きくクローズアップされていたというふうに記憶をしておりまして、その後、やや行革的な話が入ってまいりまして、ちょっと論点が若干すり替わっていったような、そんな経緯はあるようには記憶しておりますけれども、いずれにしても、その受皿論の問題というのは、これはその必要性ということは論をまたないというふうに思うんですね。
 そういった観点からお三方それぞれに伺ってみたいのが、今回の平成の市町村合併、大体十年ほどたってまいりまして、いろんな評価なり課題、問題というのが出てきていると思うんですけれども、それぞれの先生方が今回の市町村合併というものをどのように評価をされておられるのかということです。それと、今後、それを踏まえてどのように今後の課題を捉えておられるのだろうかということをまずお伺いしてみたいと思います。お願いいたします。
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湯崎英彦#10
○参考人(湯崎英彦君) まず、合併の評価ですけれども、広島県では八十幾つか市町村があったのが二十三になりまして、最も進んだところの一つですが、我々としては、やはりこれはやってよかったというふうに思っております。
 一つは、もちろん合併なかりせばというパラレルワールドがないので分からない部分はあるわけですが、やはり現実の今の財政の状況であるとか、あるいは様々提供しなければいけないサービスの複雑性であるとかということを考えた場合に、先ほどの許容性とも絡みますけれども、旧来の非常に小さい町村の単位では難しかったであろうというふうに認識をしております。しかしながら、合併によって非常に地理的、空間的な範囲が拡大をしたことによりまして、従来の非常に密着をした行政というのが難しくなっている側面は確かにあろうかというふうに思いますし、それは行財政改革という観点から機能を中心に集約してきたということから、役所が物理的にも遠くなったというような、そういうようなこともあろうかというふうに思っております。
 広島では、同時に市町に対する分権も非常に進めまして、権限を特例条例でかなり落としてきたわけですけれども、それの受皿になって、そして様々な、特に住民に直接提供するようなサービスというものが向上したということでもプラスにはなっていたのかなというふうに思います。ですから、そういう部分を維持しながら、今の周辺部分であるとか、あるいはいまだにやはり受け切れない権限というのもありまして、それは非常に技術的に高度であるとか、あるいは頻度が低いのでノウハウがたまらないというようなもの、こういったものを共同処理するとか、あるいは県にもう一回引き揚げるとかというような処理をしながら、できるだけこの今の合併による能力の拡大というところを活用して分権を進めていくというのが大きな課題じゃないかなというふうに考えています。
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神野直彦#11
○参考人(神野直彦君) 私は、平成の大合併が始まる前から申し上げていたんですが、合併をするかしないかということは、合併のメリットとデメリットを明確にすべきだと。合併をするメリットってあるわけですね。つまり、コストが安くなるとか、先生もちょっと行革が行き過ぎたんじゃないかというお話もありましたけれども、コストは安くなる、あるいは規模の利益が働くということが目的だということなのか。
 そうすると、これは規模の利益が働くサービスと規模の利益が働かないサービスがあります。スウェーデンは強制合併をさせて、合併をかなりしたんですけれども、フランスはやりませんでした。その代わりフランスは、規模の利益が働くサービスについては都市共同体、つまり共同してやることにしてその対応をし、スウェーデンの場合には、合併するんだけれども、規模の利益が働かずにむしろ小さなコミュニティー単位で出した方がいいものについては、地区委員会というのを手を挙げてつくれば、そこでつくれますよということでやらせたんですね。
 そうすると、両方とも同じことです。つまり、ハードのサービスというんでしょうか、ダイオキシンが出ないようなごみ処理場を造るとか、こういう規模のメリットが働くようなサービスについては、スウェーデンであれば合併した市町村、それからフランスであれば連合体がやり、規模の働かないサービス、これはなるべく、対人社会サービスですね、保育とかそういったものについては身近なところがやった方がいいので、教育とかそれから福祉関係のサービスについては身近なところで出していくというふうになるんですね。
 なので、私は、合併をするのであれば、合併をすると大きな政府になるので住民から遠い政府になってしまう、この遠い政府になることをどうにか打ち消そうと、さっき言った地区委員会とかいうシステムをつくろうということで、私は地域自治組織、いろいろな言い方がありますが、それぞれ地域自治組織をつくって大きくしたんだけれども、そういったことについては住民が小さな単位で決定できるような仕組みをつくるべきだというふうに主張しておりましたし、つまり、合併をするのであれば合併をするデメリットを消しておく、合併をしないのであれば合併をすることによるメリットを消すべきだと、つまり、合併をすることによって得られるようなメリットをどうやってやっていくのかということを明らかにすべきだというふうに、言わば中立的に考えておりましたので、現時点からこの合併の甲乙というのを見ると、必ずしも合併したところが十分に地域自治組織等々をつくって消し切れていないかなと。逆に、しなかったところはどうやっているのかなというようなところから見ると、合併をしたんだけれども、いまだその成果は目に見えた形では出ていないかなというのが印象でございます。
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秋月謙吾#12
○参考人(秋月謙吾君) もちろん、先ほど神野参考人がおっしゃったような規模のメリットが働くようなポイントというものが具体的に現れている例というのは個々に散見されるわけです。
 私の知り合いが市長をしております滋賀県の湖南市というところは、甲西町の町長の方がそのまま合併後の湖南市に当選されたんですけれども、隣の石部町というところと合併したんですね。この二つの小さな自治体が合併したことによって様々な経済効果が生まれているということが実感で、当然のことですけれども、甲西町の町長の時代はその方は合併には比較的ネガティブだったんですけれども、それでも、まあやってみればよかったねと。それは、具体的に言いますと、例えばお寺が三つ有名なのがあるんですけれども、ばらばらでございまして、それを湖南三山というふうにして宣伝して、JRとタイアップをして観光バスをやったら結構お客が来たというようなことがあったんです。小さな点ですけど、そのようなことはあると思います。
 ただ、マクロでいうと、じゃ、その平成の大合併というものが日本の自治体ないしは地方自治にとってプラスだったのかマイナスだったのか、行財政効果においてどうだったのかということを言いますと、はっきり言って分かりません。もう少し時間が掛かるんだろうというふうに思います。
 ただ、それではお答えになりませんので、研究者がこの平成の大合併をどういうふうに見たかという一例をちょっとお話ししたいと思うんですけれども、もちろん諸外国の中でも、例えば国が全面的に法改正をして自治体を再編するというようなことは時々あるんですけれども、日本のように、お見合いのように自主的にというか自律的に合併する例というのは比較的には珍しいんです。
 アメリカ人なんかに聞いても、何で合併するの、こういうことはあり得るのと。つまり、議員さんなんかの場合には多少特例制度とか延長制度とかありましたけど、市長は一人ですからね。ですから、さいたま市でしたっけ、ガチンコで何か選挙をやっていましたよね。あんなの、要するにポスト減るわけですから、三人町村長がいたのが一人の市長でしょう、そんなこと何で同意するのよという、そういうことをよく聞かれるんですが、それは国の誘導、財政的な背景その他もろもろがあると思います。県の関与というのも多分あるでしょう。しかしながら、だからそういう意味ではなかなか説明は難しいんですけれども、そういう現象が日本では実際に起こったということが一点です。
 それからもう一つは、皆さんも御記憶のように、もう平成の大合併なんかしゃらくせい、絶対俺たちは合併しないぞというふうに宣言して有名になった自治体がございましたですよね。それから、当時の田中知事でしたけど、長野県、これは田中知事のオリジナルということかどうかは分かりませんけれども、も合併には非常に反対でありました。実際に長野県ではほとんど合併は起こらなかったんですが、それは田中知事が反対していただけでは必ずしもなくて、要するに、長野県というところは御承知のように地理的に非常に狭隘で、というか谷や峠がいっぱいあって、それから自治体ごとに、例えば観光で食っているところ、林業で食っているところ、精密機械で食っているところともうばらばらでございまして、文字どおりスケールメリットが働くポイントがほとんどないと、そういう背景のときには要するに県も自治体も合併という選択はしなかったという、そういうことだろうと思っております。
 そういう意味では、非常に、まあこれは行政学というよりは政治学的な見方で大変恐縮なんですけれども、日本の自治体、日本の地方自治にはそれなりのベースがあるなと。要するに、国が幾ら誘導してもしないというふうに決めて、メリットがないと判断したらしないんだという、そういうことだろうというふうに見ております。
 以上でございます。
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古賀友一郎#13
○古賀友一郎君 ありがとうございました。
 もう時間も迫ってまいりましたので、あと湯崎知事に一問だけちょっと。
 道州制の推進をする上では、市町村合併の先ほど言ったそのデメリットの部分も、これが都道府県単位で起こりかねないという、こういう懸念もございまして、一つは、やっぱり周辺部の寂れの問題、これを道州制を目指したときにどのようにクリアしていくかという、その辺についての知事のお考えがあればお伺いしたいと思います。
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湯崎英彦#14
○参考人(湯崎英彦君) 道州制の場合には、周辺部といってもそれぞれの更に基礎自治体があるわけですので、この基礎自治体をどうするかということと関連するということだと思います。
 これはいろんな議論ありますけれども、私どもは、これ以上の基礎自治体の合併というのはするべきではないというふうに思っています。というのは、例えば広島県の庄原市、これ人口四万人ぐらいなんですが、面積が香川県の三分の一とかそれぐらいになっていまして、これを更に合併をしていくと、もう今の合併のデメリットというのが大きくなり過ぎるというふうに思います。
 したがって、現状の基礎自治体を維持しつつ、むしろそこをしっかりと更に強化をしていくと、そのことによってその周辺問題というのは解決されていくんではないかなというふうに思います。
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山崎力#15
○会長(山崎力君) 続きまして、風間直樹君。
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風間直樹#16
○風間直樹君 よろしくお願いします。
 私からは、湯崎知事にお尋ねをしたいと思います。
 湯崎さんがおっしゃった地方分権型道州制の実現を目指すべきだというお考えは、全く同感なんです。それで、私も道州制の導入というのがやはり今の日本の様々な課題を克服していく上でどうも不可避じゃないかなと感じているんですが、実際これを導入していこうとすると、また幾つか乗り越えるべきハードルもあると思うんですね。
 そのうちの一つが、官僚機構、キャリアシステムというハードルだと思うんですが、御案内のように中央の各省庁いずれも地方自治体にそれぞれ指定ポストを持っていますし、広島県にも国の省庁から出向されていらっしゃる官僚の皆さんがいると思うんですが、どうしても中央省庁側から見ると、この指定ポストが減ることにつながりかねない都道府県制の廃止と道州制への移行というのは、なかなか抵抗感が強いんだろうと思います。ですから、道州制導入をするには、やはりキャリアシステムを何かの形で見直さざるを得ないと思うんですね。この点、湯崎さんは通産官僚として長年お勤めになられていましたし、キャリアシステムの実態もよく御存じだと思うんですが、この課題についてお考えを伺いたいというのが一点目。
 それから、まとめてお尋ねしますが、二つ目は、私も新潟県で議会におりましたけれども、つくづく感じたのは、今日湯崎さんがおっしゃった県の裁量の利く予算が少ないということと、それから、広島にも産業を担当する部門があると思うんですが、産業投資用の予算というのが県にはほとんどないというのが私の実感でした。この社会資本整備とか産業資本整備のための予算をもう少し自治体が持つべきだというのが私の考えなんです。自治体の判断で、その自治体の中の必要な地域に知事や市長の裁量で毎年予算を付けていくと。
 広島では、もし道州制が実現して湯崎さんが広島の区の道州のトップになられたとして、広島ではどういった社会資本、産業資本に投資を配分するかというのが二点目のお尋ねです。
 民主党政権時代、私、国の予算の自治体向けの配分の陳情用の担当窓口をやっていたときがあるんですが、本当に、御要望いただいて政府に対して党からもいろいろと助言をするんですけれども、毎年毎年遅々として付いていくと、御案内のように。それはそれで一つの方法なんですが、ただ、やはりこれは自治体が自治体の判断、裁量でやるべき部分が多いんじゃないかというのが私の問題意識でしたので、この点についてもお考えをお願いします。
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湯崎英彦#17
○参考人(湯崎英彦君) 今のキャリアシステムの問題ですけれども、これは、もし道州制が実現をしたら、当然に国の役割は小さくなるというか、地方に移るということになるので、このキャリアの数というのも必要な数は減るはずですね。そこに抵抗感があるということだと思いますけれども、事実、やはり私も官僚の経験からいって、何があるべきかとかなんとかという前に、これは官僚にかかわらず会社員でもそうですけど、自分の所属する組織を守りたくなるという人間の自然な性向に基づいて行動している部分というのはかなり大きいと思うんですね。
 ところが、もし現実にそういう役割が小さくなってきたとしたら実際には何が起こるかというと、自分の居場所はここではないというふうに考える人が現実として多数出てくると思います、そこで見詰め直したときにですね。そうなると、その行く先というのは当然に拡大された地方、つまり総体の一〇〇は変わらないわけですから、こっちにあるか、こっちにあるかということで、こっちに移るんだと思います、自らの意思で。そういう意味では、移ること自体が課題には私は余りならないんじゃないかなというふうに思います。
 ただ、問題は、先ほどの人間が自然に持っている、今自分が所属しているというこの所属感あるいは組織、そういうものを守りたいという自然な発露ですね、ここのところが確かに問題で、これについては、やはり官僚システムを超えたところで、まさにこれがそういう意味で政治の役割だと思いますけれども、変えていくということしかないんじゃないかなというふうに思います。
 それから二点目の、どういった産業資本や社会資本に投資をするかということでありますけれども、微妙にずれますが、私は一番投資をするべきところはやはり人だというふうに思います。特に今、教育についても東京一極集中というのが極めて強く働いておりまして、広島県なんかでも優秀な子供たちほど東京に出ていってしまうという現象が起きております。したがって、そうではなくて、地域の中でやはり優秀な人材が育成されているという、そういう仕組みをつくるということがまず第一。
 そして、いわゆる伝統的な意味での社会資本、産業資本ということでは、まず中国地方はまだ高速道路のミッシングリンクというものが特に山陰側にたくさん残っていますので、これをしっかりと整備をすると。これ、今の社会システムが事実上道路をベースになっているというか、車がベースになっていることはもう疑いもないことなので、基本的なサービスのベースとしてそれを造るということがまずあると思います。
 それから次は、空港の充実がやはり必要で、地域としてグローバルに直接つながっていくと。今はほとんどがやはり羽田経由と成田経由ということで、東京を通らないと世界と物理的になかなかつながりにくいという現実がありますので、空港の充実というのが次にあると思います。
 それから、やはり港湾。これはかなり整備も進んでいますので、より効率的な活動ができるような、瀬戸内海というちょっと特殊な制約を除くような整備というものが必要になってくるかなと思います。
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風間直樹#18
○風間直樹君 ありがとうございます。
 今日いただいた資料を拝見すると、湯崎さんの温厚なお人柄もあってか、非常にマイルドな資料を御用意されたんじゃないかなという気もしているんですけれども、ちょっと具体的に伺えればと思うんですが、この資料の三ページ、四ページ目に書いてある自治体の予算の制約ですね、これ相当やっぱり知事としては御苦労があるんだろうと思うんですよね。例えば、三ページにもあります受益と負担の関係が希薄なので歳出増への抑止力が働きにくい、これ本当にそのとおりですし、四ページの下の方にある創意工夫しながら自らの発想で特色のある独自の施策を講じるための権限、財源を移譲することが不可欠と。
 ちょっとその辺のこれまでの御苦労話がありましたら、幾つかお聞かせいただければ有り難いんですが。
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湯崎英彦#19
○参考人(湯崎英彦君) ここは予算面からこういうふうに出させていただいていますけれども、日々の業務からいっても、我々の仕事というのは非常に国から指示をされたことというのが多くありまして、これは最近、法技術的に地方自治法との関係なんかで、例えば、何とか計画を国が作って、地方が更に地方の計画を作ると。今は作ることができるというふうに規定がされてあるんですが、実情は、それは作らなければならないというふうなことになっていまして、そこにまた予算がひも付いたりするわけですね。年間もう何十という計画を作らなければいけない。そこにもう事実上たくさんの人を張り付けなければならない。
 さらに、条例もほとんどが、法律を受けて作る条例というものが相当な数ありまして、法律が変わるたびに項ずれを起こして、項ずれのたびに条例を変えなければいけない、そのために莫大な事務を庁内で行うと。本当にばからしい全く意味がないことなんですけれども、そういうものを、もう莫大な作業をしています。
 子育てなんかも我々は本当にもっと積極的にやりたいんですけれども、先ほど神野先生の資料にもありましたけれども、サービスの提供の量が低いと。やりたいと思っても、今のこのグラフの中にある一般事業五百三十億円のほとんどを事実上は国のこの政策連動で使っていると、補助金が出るとかそういう形で。我々、そもそも少ないので、いかに財源を増やすかというと、補助金が出るとレバレッジが掛かるわけなので、それを活用したいというか、せざるを得なくなる。となると、その補助要綱に従った事業をやるというようなことになって、本当に自由になるものというのは少ないです。
 最初、私が知事に当選をしたときには、言われたのが、知事、あなたの自由になるお金は年間十億ですと言われまして、変えることができるのは十億ですと。いやいや、そんなことはないだろうと言って私はかなり無理やり変えて、百億ぐらい変えたんですが、それでも相当に大変であります。
 そういう意味で、本当に我々はきゅうきゅうとした中で、箸の上げ下ろしというのはよく言われますけれども、もう本当に文字どおりそういう状況であるというのが現実です。
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風間直樹#20
○風間直樹君 ありがとうございます。
 今お話を伺っていて思い出したんですけれども、細川元総理が熊本県知事から参議院議員になる直前に本を出されまして、「鄙の論理」という本だったと思うんですが、その中で、熊本県の路線バスのバス停を数メートル動かすにも国の許可が要るといった例を挙げていたことを思い出しました。
 細川さんは、まさに湯崎さんがおっしゃるような自治体の自主権を掲げて総理になられたわけですけれども、今日振り返ってみると、では、あのときから今に至るまで自治体の権限において何がどう変わったのかなということは感じざるを得ないと今日思いました。
 是非また、これを機に意見交換させていただいて、共に目指すべきゴールに向けて協力していきたいと思います。ありがとうございました。以上です。
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山崎力#21
○会長(山崎力君) 続いて、秋野公造君。
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秋野公造#22
○秋野公造君 公明党の秋野公造です。
 今日は、三人の先生方、ありがとうございました。
 私も、地方のことは地方で決めるという方向性には賛成であります。その中で、どうしても地方のことを地方で決めると格差が出てくるということについて、どのように進めていったらいいのかと迷うときがあります。
 それは今でも同じでありまして、ちょっと二つ例を挙げてみたいと思いますが、まず、介護保険における施設居住系のサービス量の見込みを定めるに当たって、平成二十二年まで、参酌すべき標準ということで、要介護度二から五までの方を分母にして、そしてその施設居住系のサービスを分子とするということで、三七%という参酌すべき標準というものがありました。これを地方分権の観点から撤廃をしたということでありまして、そこから四年たちますとやっぱり全般的に減るということで、多いところでは一〇%程度減るというような状況。中には平均から一〇%ぐらい下がっているような状況もありまして、明らかに施設が足りない状況で、先ほど、介護に回るお金、高齢者の福祉に回るお金が少ない裏付けというのは神野先生からもお伺いをしたところでありますが、優先度を決めるという地方自治における判断ではやっぱり後回しになっているというのも一方では事実であります。これは、やっぱり標準をなくしたことによって多分下がったということがあったときに、これはどう手当てをすれば本当に必要な地域におけるサービスが維持できるのかということに今ちょっと悩みを持っています。
 それからもう一つは、離島高校生修学支援事業というのがあります。島に高校がない、そういう島に住む子供たちが高校に行くとき、十五歳の別れは過剰な寄宿舎費、交通費などを伴うということになりまして、僅かの高校生の家庭に多くの負担が掛かっている現状、これもやっぱり国全体として行うべきではないかと。ほとんど長崎、沖縄、鹿児島に集中をしているところであります。これは提案をしたところすぐに事業化をしていただきまして、離島振興法にもここはしっかり位置付けられまして、高校生に対して支援を行うということが決まったわけでありますが、国と県が結果として全額負担をしても市町村ではそれを採用しない、一部の子供たちがそれを受け取れないような状況もあったところで、その議会では解決をすることができず、結果として国会で取り上げて、中央省庁からの法律の説明等々を行っていただいた結果、解決する方向になりました。
 そういう意味で、地方のことは地方で決めるという方向性に賛意を示しながら、やはりこういう調整機能というものを国が持つということもあっていいんじゃないかとの思いから、これが多様化ですとか自立のためですとはなかなか言いにくいんだろうと思いますので、こういうことを克服するために、これ、現状でも克服できていないものが地方分権が更に進むと克服できるというロジックにはならないと思いますので、今当面している課題について何らかの御示唆を三人の参考人の先生からいただければと思います。
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神野直彦#23
○参考人(神野直彦君) 地方分権という意味は、先生がおっしゃったようなことが事実上生じている場合があるということは重々承知した上で、それは様々な、各省が自分たちの政策についてはこういうものが落ちたんじゃないかということを言われるんですね。
 ただ、まず第一に言っておきたいことは、知事からもお話がありましたけれども、先生の御議論は、分権によって既に優先度の決定については住民が全部握っているんだという前提かと思うんですが、現実にはかなり国が決められた仕事に追われていて、結局、自由度が高まるとそちらの方に回らないという現状があるかなと、これが第一でございます。
 かつ、優先度について言えば、本当に地域、地方の自治体で決められるということになれば、何のサービスが優先せざるを得ないのかということは住民が決めるということですよね。住民からいえば、それは遠い政府よりも身近な政府の方が優先度について自分の意思表示はしやすいわけですし、クレームも言いやすい。私の見ているスウェーデンなんかでは、すぐに住民は訴訟に訴えますからね。訴訟に訴えて、国の規定している法律等々に違反していれば全部それは地方自治体が負けるということになりますので。
 私の考え方でいえば、先生がおっしゃっているようなことを含めて実現していくのには、何か別な要因があって住民が決定できない状態になっているんじゃないかと。困っているのは住民なわけですよね。なので、住民が決定できないようになっているんじゃないかというふうに思っております。
 そのことについて現場から上げてほしいというのが現在の提案方式のやり方でありまして、一体どうして、住民が望んでいるとして、望んでいる方向にかじが切れないのかということを具体的に上げて、私はそういう意味では性善説ですけれども、議員も、それから国会議員の方々、全ての人々が国民の幸せを望んでいるので、そういうときに何が桎梏になっているのかということを明確にしていただいて、具体的な阻害事例を併せて提案してほしいというふうに考えておりますので、実際にやってみて生じているトラブルについては住民の声を含めて下から上げてもらいたいというのが今回の分権改革を進めている方式ですので、それが何らかの制度的な問題によって阻害されているとしたらば、今の方式でどうにか解決できる方法が考えられるのではないかというふうに考えています。
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秋月謙吾#24
○参考人(秋月謙吾君) 今御質問にございましたように、分権の議論の中に必ず、それでは日本の将来のあるべき姿の一つとして、自治体間、場合によっては道州間の競争というものによってより良く、国全体のガバナンスを良くしていくんだという議論が出てまいります。そのこと自体に何の間違いもありません。しかしながら、当たり前のことでありますけれども、例えば、市場における企業間の競争と自治体間の競争は明らかに違うわけですね。
 例えばですけれども例を挙げますと、例えば滋賀県の隣に福井県があるということについて、両県はどうしようもありません。境界線は合併以外では変わりません。それから、逆に言うと、企業の場合ではそれこそ、何ですか、企業本社を移転したり、場合によっては日本から本社を外したり、不採算部門を切り売りしたり、自由にやりたい放題できるわけですけれども、自治体の場合はそういうわけにはいかないということがございますので、単純な競争論、過度な競争論というものに対しては、今議員の御質問にありましたみたいに、一つのデメリットというか悪い結果としての過度の格差の拡大という問題は常にやはり懸念しなければいけない問題だと。
 では、その解決策は何なのかということについては、私も正直これだという決め手のものを頭の中に持っているわけではありませんけれども、一つ間違いなく言えることは、改革という話をするとき、日本って駄目な国、悪い国、どうしようもない国という議論になりがちですけれども、私は、他国との比較において日本の中央、地方の関係において非常に良い点の一つとして、外国の研究者なんかからもよく指摘されるんですけど、というのは、国、都道府県、市町村、将来ひょっとしたら国、道州、市町村になるかもしれませんが、の間のコミュニケーションが濃密であるということが言えると思います。
 もちろん、新聞等ではコミュニケーションが不十分だったために失敗した事例なんかが取り上げられて批判されるわけですけれども、それは理想と現実のギャップの話でありまして、他国との比較においては非常にやっぱり濃密であり、はっきり言うと良好でもあるというふうに考えております。
 逆に言いますと、将来どのような改革が行われるにしろ、この良い点というのは可能な限り守った上で、どうしようもない格差があり、先ほど神野参考人がおっしゃったように、その理由の一つとして国の制度の一部の欠陥もあるんだというようなことが分かった場合には、国が地方間のいわゆる競争を十分にモニタリングしながら必要なときは是正していく、これは必要な関与というふうに言えるだろうと思うんですね。これは、どれだけ分権化が進んでも国の最低限の役割としてやはり残るべきだと思っておりますので、そのような今の制度、ないし今の実務における状況の良い面というのは、維持、場合によっては向上していくということが一つの重要なポイントではないかというふうに私は考えております。
 以上でございます。
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湯崎英彦#25
○参考人(湯崎英彦君) 格差ということについては、幾つか、そもそもどういう格差があるのかということはいろいろあると思うんですけれども、一つは、構造的に発生している地域の間の差ですね、例えば平均所得であるとか、あるいは産業構造的な差という部分ですが、これは、一番ベースはやはり東京に非常に一極集中をしているというところから生じていることでありまして、これについてはやはり積極的に是正をするという措置を講ずる必要があるというふうに思います。つまり、もう構造問題なので、地方が努力をして、地方だけの努力で何かそれを埋めていくという、完全にですね、あるいは完全じゃないにしてもかなりの部分を埋めていくということは、もう現状非常に難しいというふうに思います。
 したがって、今若干進んでいますけれども、企業の地方移転であるとか、あるいは若者の流入の状況を転換していくというような積極的な施策は取られるべきだと思います。その上で、それぞれの地域がそれぞれの施策を行った結果、差が出てくるという部分については、これは私はそういう構造問題を除けばそれほど起きないんじゃないかなというふうに楽観的に思っております。
 というのは、結局、何が作用するかというと、先ほど私が人に最も投資するべきだというふうに申し上げましたけれども、人に左右されるわけですね。それが均てん化していけば、それなりに皆さん考えるので、構造的にどうしようもない部分というものを除けば、それは落ち着くところに落ち着くし、我々も実際にやりますけれども、他の地域でうまくいっていることがあれば、それは取り込みます。まさに、知的財産はないもんですから幾らでもまねができるということになっていまして、それはまねをするわけですね。したがって、もちろん若干の差は出てくると思います。しかし、それが許容できないような差になるかというと、そうではないと思います。
 あとは、先ほどの高校生のような例ですけれども、これはナショナルミニマムというものをどういうふうに考えるかというところでありまして、憲法上も保障されているようなナショナルミニマムというものは、これは国が担保するべきことだと思います。どこまでがその範囲かというのは、私はできるだけ狭く考えるべきだとは思いますけれども、一定のレベルはそれは国として保障するということでよろしいかと思いますが。
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秋野公造#26
○秋野公造君 まだ聞きたいですが、時間になりましたので終わります。
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山崎力#27
○会長(山崎力君) それでは、続きまして、清水貴之君。
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清水貴之#28
○清水貴之君 維新の党の清水と申します。本日はお忙しい中、貴重な意見をお聞かせいただきまして、ありがとうございます。
 今の格差の話にやはり関連するのかなと思うんですけれども、まずは湯崎知事に最初お聞きしたいと思います。
 私どもは道州制の推進には賛成なんですが、ただやはり、道州制が実現しますと、その地域内の差が今度は生まれてくるんじゃないかということで反対される、特に地方に行けば行くほど反対の声がこれは大きくなるなというのを実感しています。
 私、兵庫県の選出なんですけれども、例えば関西州というのができますと、どこが首都といいますか中心になるか分かりませんが、大阪になる可能性が大きいのかなと思います。そうすると、大阪がなおさら強くなって、その以外の部分ですね、神戸もそうですし、京都もそうですしというところが今度は弱まってしまう。兵庫県でいいますと、更にもっと地方部ありますので、もっともっと弱くなってしまうと。広島もそうだと思います。中国でということになりましたら、広島にその力がぐっと更に集まって、山口とか岡山とか、その周りの地域からしたら、いや、それでは困るという話が出てくるんじゃないかなと。
 私はもう実際にそういう話をよく聞くんですけれども、これに対する知事の、ある意味反論といいますか、いいえ、そんなことはないと、道州制というのはやはりもっとそれを超えるメリットがあるんだよという意見、質問が来た場合にどうお答えになるのかというのをお聞きしたいと思います。
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湯崎英彦#29
○参考人(湯崎英彦君) それはよく言われる議論でございまして、感情的には非常によく分かります。しかし、じゃ、それを担保しているのが今何かというと、国だということでありまして、結局各地域が国まで行かないと担保を得られないということになっているわけですね。
 じゃ、道州になった場合に、どこが中心かは、どこに州都が置かれるという意味での中心かは別として、この道政府が、これは国と同じで、いや、地域のことには目配りしなくていいんであるというスタンスを取れるかというと、それは決してそういうことではないと。逆に、道州政府は域内全体の発展に目を配らざるを得ない。これは現在、国がそうしようというふうにしているのと同じことだと思うんですね。ということは、各地域は、今度は国に行くのではなくて道州政府に言いに行くわけですよね。この距離というのはもう圧倒的に短いわけでありますし、道州の担い手というのも日々そこにいるわけなので、現状を把握するという観点からも明らかに有利であります。
 したがって、同じ格差是正をするのであれば、例えば広島からだと八百キロ離れた東京まで来なきゃいけないわけですが、それがいいのか、たかだか二百キロぐらいの距離にあるところに行けばいいのか、しかも人間的にも濃密な関係のところに行けばいいのかというと、私は圧倒的に後者の方が実は有利なんじゃないかなというふうに思います。
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