石川和男の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(石川和男君) 本日はお招きいただきましてありがとうございます。石川と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
私、お手元にA4で二枚ほど資料を用意させていただいております。表題に「お伝えしたいことを、簡潔に」ということでまとめてございます。本日、この調査会のメーンテーマ、エネルギー・資源関係というふうに受けておりまして、私の問題意識等々あるいは今後の展望論等々について簡潔にまとめましたので、これにて説明をさせていただきます。
まず、そのA4のペーパーの最初のところでございますけれども、この調査会のメーンテーマであります国際資源動向ということについて私の認識なんでございますけれども、私、これまで言わば政府の方でエネルギー行政等々やらせていただいた時期が結構ありまして、そういう経験なども踏まえて、あるいは最近のこういう民間に出た立場で今の国際資源動向どうかということで私なりに俯瞰をしてみますと、やはりこれは昔も今も、そして今後もそうだと思うのでありますが、このまさに(1)のところに書いてございますように、誰も予想できないんじゃないかと。去年から始まりました原油価格の下落というものを、恐らく先生方も、あんなふうに本当になるだろうかと、直前まで全く予想していらっしゃらなかったと思いますね。もちろん私もそうです。下落が始まったときに、ああ少し下がったんだな、ガソリンがそのうち安くなるななんて、そんなふうに思ったりしましたけれども、まさかあそこまで下がるとは予想だにしなかった。
それから、それによって、その次に書いてございますように、アメリカ発のシェール革命ですね。シェールオイル、シェールガスがアメリカ国内で発見されてということで、世界のエネルギー事情が大分変わるんじゃないかなんて数年前から言われておりましたけれども、日本もそのシェール革命の恩恵にあずかろうとあの手この手でいろんな施策を打っているわけでありますけれども、原油価格が下がってしまったせいで、実はアメリカ本土のシェールマーケットというのはこれはまたちょっと予想と違ったような展開になっていて、大分苦しい場面も見られつつあるというようなこと、これは事実であります。
ただ、ここで申し上げたいのは、そういう資源のある国の情勢、あるいは国際経済、需給動向等々というのは、これはいかんともその予想ができないので、それに対して日本としてどういうふうな強靱なエネルギー供給構造を立てていきますかという、これは私がこんなところで偉そうに言わずとも、これはもうずっと前から同じだと思っております。まさにフヘン。ここで私、フヘンという言葉を二つ書いておりますけれども、不変で普遍であると。変わらない、ずっとそのままのものであろうというふうに、このようにまず認識をしております。
相前後いたしますけれども、シェール革命って何ですかと考えたときに、私が思いまするに、あれはアメリカ発のアメリカの革命であろうと。やっぱり上手だなと思うんですね、あの国は。そういうPRが物すごく上手だなというふうにまず私は直感いたしました。日本にダイレクトに効果あるいは影響というものがすぐに来るかと言われたら、そんなにすぐに来るわけでもないですね。現に、アメリカでは随分シェール革命だシェール革命だと言われておりますけれども、じゃ、シェールガス、いわゆる日本に来るときには液化して船に詰めるわけですのでLNGということになりますが、じゃ、いつ来るんですかとなりますと、実はまだ数年先なんですね。したがって、なかなかそんな簡単にはその現物を日本に輸入するということも起こりませんし、現に起こっておりません、まだ。価格についても、原油価格の下落によって大分シェール市場もちょっとふわふわふわふわしているなという、そういう状況。
私は、シェール革命というのは一つの事象にすぎないと思っておりまして、これが未来永劫、日本にとって、今原子力止まっておりますけれども、それに対して多大な効果があって、これはすばらしいという、そういう論にはどうもくみすることはできないなというふうに思っております。したがって、ここの三番目に書いておりますけれども、ある程度、我が国は物を持っていない国ですので、資源につきましては、エネルギー・資源ですね、持っておりませんので、昔も今もこれからも、これはもう国際的な需給で決まるものだというふうに達観しておいて、じゃ日本でどういう安全網を引いておきますかと、この原点に立ち返ったエネルギー・資源政策というか戦略というか、これは民間はもちろん、政府も行政府も立法府もそういう視点に立って今後もやっていかなきゃいかぬと。
特に、今日これからお話ししますけれども、昨日も福井地裁の方でああいう判決が出て仮処分が決定したと。これは一つの判断でありますけれども、じゃ、それによってどうなるんだと、そういった日本の今の、特に震災以降のエネルギー・資源、これコストも含めたそういう問題を考えていければなということでございます。
さっき申しましたとおり、不変かつ普遍的な方針を引き続き堅持すべきであろうという観点から、今日は幾つかここで論点提起及び提案をさせていただきたいと考えております。
ここに二つほど書いておりますけれども、思想的なものはこれはもう本当に国会でももう毎回、エネルギー・資源の関係ですとこういう議論が出てくるわけでありますけれども、あえてここでもう一度再認識をするために、つまり、さっき申しましたような国際的な動向にかかわらず、日本としてちゃんと余裕を持っておく、そのためにはどういう施策が民間あるいは政府の方で必要かという、こういうこと、これが結局、ここに書いていますように供給構造ですね、そういうものを常にきちんとしておく、要するに余裕を持っておく、予備率を持っておくと、簡単に言うとそういうことかと思います。予備、余裕というのは多めに持っておくということかと思います。何か災害が来たときに、かつかつでぎりぎりだとどこにも頼ることができない。そうではなくて、ちゃんと余裕を持っておく、そのためには幾ばくかのコストは致し方ないということかなと思います。
もちろん、自分の体を筋肉質にしてぜい肉をそぎ落として、常にこういう態勢でいるというのはそれは大事なことかもしれませんけれども、余りにぎりぎりのところでいろんなものを削ってしまいますと、いざというときに、これは政治と行政が最も重要な役割であると私は思っておりますけれども、いざというときの対応、その体制をつくる、そのためのルールをどうするかというのは、これはまさに国会、立法府でありますので、立法府の役割だろうと。それが、ここに書いてありますようにエネルギーの安全保障というものに結び付き、パソコンでいうところのOSのような役割だろうというふうに私は以前から、今もこれからも考え続けると思います。
そして、具体的には、じゃ日本のエネルギーって全くないんですかと言われますと、全くないわけではないんですね、ちょっとはあると。そのちょっとはあるうちの一つが、これは以前から日本でありますけれども、水力なんですね。今は水力といいますと、特に震災以降、日本でももうほぼ連日マスコミ等々でも取り上げられておりますけれども、自然エネルギーであるとか再生可能エネルギーだとか、そんなカテゴリーになるわけですけれども、そういうものは少しはあるわけですね。最近では二〇一二年の、これは菅総理のときでしたね、固定価格買取り制度が実施をされて、それによって、例えば、まさに外に出れば太陽光があるわけですけれども、風とかそういった自然エネルギーを使いましょうと、こういう制度が整備がされていると。
それともう一つ、実は国産エネルギーというカテゴリーの中に、これは世界共通なんですね、実は原子力というのは準国産エネルギー扱いということで、これは日本だけではありません、世界各国そのような扱いで考えていると。理由の一つとしては、非常に小さな体積でもって膨大なエネルギーを発するということであります。例えて言うならば、よく言われますのは、原子力エネルギーというのは石油に比べて同じエネルギーを出すのに体積比で七万分の一、石油は七万倍掛かるということです。これはストックコストが極めて安く済むわけですね。こんな小さなエネルギーで大きなエネルギーを発するという意味で、一旦輸入してしまえばそれはもうほぼ、まあ今停滞はしておりますけれども、リサイクルというような仕組みもあるのだからこれは準国産エネルギーでしょうと、こういう扱いになっておるわけでございます。
したがって、この国産エネルギー、言わば再生エネルギーとそれから準国産扱いである原子力、これは従来から我が国にあるわけでありますけれども、これをやはり一定量以上確保しておく必要性というものが私は、原子力については特にいろいろ問題がありますけれども、やはりそこは冷静になって、その一定量以上の確保というものをいかにうまく進めていくかということかと思います。
じゃ、具体的に何かということでございますが、次の行に目を移していただきたいと思います。
柱といたしましては、再生エネルギーと原子力について今日は特に取り上げたいと思うんですが、再生エネルギーはコスト問題だと思います。特に今、だんだん世界でも取り上げられつつあるのが風力とそれから太陽光であります。まさに自然エネルギーで、燃料費は全く掛からないものであります。これは、有効に使えばこれほどいいものはないと私も思いますが、残念ながら、今地球上の人類が持つ技術ではそんな多くを回収することができない。もし全部回収しようとすると多大なコストが掛かって、これでは逆に費用対効果が悪過ぎて、どうにもこうにも今の技術ではできない。将来の蓄電技術でありますとか、あるいはエネルギーの回収技術の向上というものは、これはもちろん我々の子孫の代でいろんなものが出てくることを期待しているわけですけれども、現に、あるいは当面、今後十年間、二十年間を見たときにどうですかと言われると、これはいささかちょっと余り自信が持てない状況にあるということかなと思います。
しかしながら、これは特にヨーロッパ、ドイツあるいはスペイン、デンマークなどでも大分導入されていますけれども、再生エネルギーへの期待感というものは、これはもう世界的にもあるわけですね。日本がそれに乗り遅れるというのは、それはまたそれで良くないと。でも、この高いというものをどういうふうにやっていこうかとなりますと、どこかから補填するしかないんですね、高いのですから誰かが補填しなければいけません。この補填の仕方、もっと分かりやすく言うと補助金の出し方、これに工夫の余地があろうかと。
今は高い買取り制度、高いですね、世界的に高いです。もう数字見れば明らかです、高いんです。この高い買取り価格をずっと堅持するのかと言われると、実はこれは資源エネルギー庁がこの間も委員会の方で出しましたけれども、やはりちょっと最初高過ぎたよなと。二〇一二年、最初入れたとき高過ぎた。高かったです、世界でも一番高かったです。やっぱり下げにゃいかぬなということで漸減傾向にあって、やはり今回の買取り価格も下げる。恐らく今後もこの流れというのは止まらないと思います。だからといって、ゼロになるということではないんですが、やっぱりもうちょっと下げないと、どうしても世界のレベルからすると日本は高いねと。
この間ドイツへ行ってまいりまして、これは再生エネルギー大国ですね。よく知っているんですね、ドイツの政府の方は日本の制度を。いや、日本は高いね、ドイツの十年前ぐらいだねなんて言われまして、ああ、そうですかなんて、数字見ると本当にそうなんですね。だからといって、彼らは日本が遅れているとかそういう言い方はしませんでしたけれども、ぼろっと向こうの政府の複数の方が私に言ってくれたのは、頑張ってねと、でもドイツみたいな、高くてちょっと失敗した部分があるんだよ、ここは気を付けてねみたいなことでアドバイスはいただきましたけれども、そのぐらい高いんですね。だけれども、これをやめてしまうとどうなるかというと、これは広がらないです。広がらないですね、高いんですから。
しかも、残念ながら、太陽、風力というのは不安定なんです。今も曇っていますね。晴れればどうだ、曇ればどうだ、夜になったら発電はしないですね。風力は、天気がいいときには風車動かないです。じゃ、風が強くて台風のときはどうかといったら、これは風車ごと飛んでいっちゃうんで、これは駄目ですね。ということで、適当なあんばいの風がないと無理だと。要するに、ぶれちゃう。こういうものをきちんとどうやって補填していくかという、これは金が掛かるわけですね。化石燃料も掛かります、石炭や石油で補填しなきゃいけませんので。
そういうコストをどういうふうに考えていくかという議論が余りないので、これについて是非今日この国会の場で私は提起したいのは、この下に書いていますけれども、実は安定財源というのはあるんですね。これは、私は、やはり今日本にある既設の原子力発電所、これが今止まっております。しかし、既設の原子力発電所というのは安いんです。これは誰がどう言おうと安いんです。新設は高いと思います。これから造るやつはやっぱりいろんな投資をしなければいけません。震災以降、いろんな基準ができました。だけれども、既設は安いので、そういう安い電気を使ってこういう高い電気とブレンドしながら、その安い電気で得た収益で補填をするという仕組みをすれば、高い買取り価格も是正できますし、新たな補助金を税金の中から出すという必要もないであろうと。この細かな計算というのは私自身はシミュレーションはしておりますけれども、設定の仕方によってこれは十分可能なものであると。これによって国産エネルギーであるこの二つのエネルギーがうまくブレンドして両方うまく進めるよなと、こういうことになろうかと思います。
ここで、高稼働率というふうに書いております。何だ、高稼働率かと、低かったのかという御質問が飛んでくるかと思いますが、低かったです。アメリカは二〇一四年度、原子力発電所の稼働率は九二%です。日本は震災の前、二〇一〇年の稼働率は六九%を切る六八・幾らだったと思います。その前の五年間を平均しても七割ちょっとぐらいですね。つまり低いんですね、休ませ過ぎです。これを安全側に見ているからということをおっしゃる方いますけれども、それはちょっと、いささか日本の規制が私はこれぞ世界から遅れているんじゃないかなというふうに思います。使えるわけですね、技術的には大丈夫ということで。そういった活用を是非していくべきというふうに思います。これは技術的には可能なものであります。私が今日申し上げることは、技術的に可能なものしか申し上げません。政治的にはいろいろあろうかと思いますが、申し上げることは全て技術的に可能なものであります。
それからもう一つ、やはり原子力といいますと、どうしても、事故が起きて、あの記憶というのは、これはもう私、消えないと思うんですね。それはそうですよ。私だって、あの場面を見たときにはびくっとしました。あっ、大丈夫かなと思いました。それが、やはりああいうふうに今インターネットで即座に日本国中、世界に流れるような世の中ですので、みんなが知っている、この状況。これに対して、怖い、だから原子力をやめるという気持ちも十分分かるんです。非常によく分かります。その中でどうやってじゃ原子力というものをやっていくかとなると、政府では原子力依存度の低下、これは安倍総理もよくおっしゃっていますけれども、極力原子力依存度を低下させていくと。それは、私は今の政治状況、この国の空気から考えると仕方ないと思います。であれば、それはその方向で進んでいくのであろうと、私はそう思います。
ただし、そのフェードアウト、脱原発への道の進め方、ここに私は危険が潜んでいるかなというふうに思います。つまり、原子力発電所は、これは元々分かっていたことなんですが、四十年にせよ、二十年延ばして六十年にせよ、それで終わりではないんですね。この後、バックエンドというのがあって、使用済燃料をどうするか、最終的な高レベル放射性廃棄物ですね、いわゆる核のごみと言われるやつですが、これをどう捨てますか、どこに捨てますか、幾ら掛かりますか、そのための人はどうされていますかというのがあるわけですね。
そのお金はどういう計算で立てられているかといいますと、原子力をそこそこ動かそう、動かしてそれで回収して積み立てておこうと、こういう計画なんですね。これは別に今ここで言う話ではなくて、前から分かっていることであります。どうもそれを忘れて、今やめればいいんだ、原子力発電所が止まっていれば安全なんだというような空気が流れている。これはやはりマスコミのせいというのもあると思いますけれども、これは政治メッセージとしてはそうではないということを私は国会の皆様から是非発していただきたいなと。
止まっているから安全ではないですね。止まっていて安全ならば、福島第一原子力発電所の事故は起きなかったと思います。あれ、止まっていました。地震で止まりましたですね。正常に動いていたんです。ところが、津波が来て、冷却電源がなかったので駄目になってしまったという、これは真摯に反省しなければいけませんし、きちんと再発防止策を講ずる、当たり前のことであります。多重防護は当然のことであります。だけれども、止まっていれば全ての原子力発電所が安全というのは、これは違うということは再認識をしていただければというふうに思います。
そして、安全投資は必要です。原子力発電所をやめたって廃炉するのに何十年も掛かります。そこにあの津波が来たらどうされますかということなんです、あの津波が来たら。それは、物事は確率ですので、あの東日本大震災級のものが来るかと言われたら、それは、私は個人的には、確率で考えれば、そんな私が生きているうちは来ないだろうとは思いますが、しかし、そんなことを言っているから原発安全神話ができてしまうのであって、そういうふうに達観していてはいけない、だから対策を講じる。
廃炉プロセスでも安全対策は必要なんですが、そのためのお金がないんです、止めていますから。だから、早く発電再開しないといけません。規制委員会の審査を待つと。よく分かります、気持ちはよく分かります。しかし、外国ではどうか。アメリカのスリーマイル島、旧ソ連のチェルノブイリなどどうしたか。原子力を全部止めた国なんてありません。やはり、そこで集めた収益でもってきちんとその後の対策を打つ、安全投資のためのお金を同じ原子力で稼ぐ、そして、自分の廃炉のお金、私は葬式代と言って本を書いたんですが、自分の葬式代は自分で出すというのが原子力発電所のモデル。そしてやめていくという、このやめるプロセスをきちんと立法府ないしは行政府で私は出すべき時期に来ているんじゃないかなというふうに思います。
即ゼロではなくて、いついつまで動かす、それまでしのぐんだと。そして、その次に向けて、それは自然エネルギーかもしれませんし、天然ガスの有効利用かもしれません、石炭の高効率かもしれませんが、それまでにそういった化石燃料や再生エネルギーをここまでやってここまで投資をするんだという計画を是非立てて国民に示すことが、今政治の役割ではなかろうかと。
生意気申しまして恐縮でございます。時間参りましたので、あと一分だけ。次のページでございますけれども、バックエンドのところであります。再処理、最終処分問題でありますけれども、三つほど。
六ケ所村、青森県、ここは再処理ですね、中間貯蔵。私は、将来的にはアジアの原子力が増えてくれば、日本の六ケ所村が、今は審査中でありますけれども、竣工すれば安全保障と、市場になるというふうに思っております。
そして、その後の最終処分、これはもちろん青森県外ということでありますけれども、そういった方針を堅持しながら外国との協調、オーストラリアが受入れみたいなそういった報道も出ておりますけれども、外国との協調も必要かなというふうに思います。
そして、これは長期物でありますので、トイレなきマンションという、このちまたに流れているものを誤解を解く努力をしていきたいというふうに思います。
最後に、再エネと原子力というのは対立ではない、協調ですと。国産エネルギー政策をということで、私のプレゼンテーションを終わらせていただきます。
ありがとうございました。