菅原淳一の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(菅原淳一君) 菅原淳一でございます。本日は、本調査会で発言する機会を頂戴いたしまして誠にありがとうございます。
私は、みずほ総合研究所で通商政策の調査研究に従事している者でございますが、本日は、所属組織を離れまして私一個人の立場で発言させていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
本日のテーマ、我が国の経済連携の現状と課題ということでございますが、中でもTPPに絞ってお話しせよという御指示を頂戴しておりますので、TPP参加の意義と課題について二十分程度でお話をさせていただきます。話はお手元の配付資料に沿ってお話をさせていただきますので、そちらを御覧ください。また、時間が二十分と限られておりますので、細部に入ることなく、大枠のみのお話というふうにさせていただきたいと思います。
では、一ページ目、配付資料下段を御覧ください。
御案内のように、WTOのドーハ・ラウンド交渉がいまだ終わりが見えないという状況の中で、グローバルな貿易投資の自由化、またルール作りというものがもう十年以上停滞しているという状況にございます。そんな中で、世界の各国、各地域は、二〇〇〇年代にFTA、EPAへの取組を積極化いたしました。日本もその一国でありまして、これまでに十五件のEPAを締結しておりますのは皆さんよく御存じのことと思います。
こうした動き、今も続いておりますが、二〇一〇年代に入りますと、その中でもメガFTAと呼ばれるものが中心となってきております。メガFTAにつきましては厳密な定義はございませんけれども、参加する国の数が多い、また経済規模や人口が大きいFTAということでございまして、その地域、またグローバルなレベルで域内外に与える影響が大きいFTAというふうに言えるかと思います。
そうしたメガFTAの動きが最も活発なのがアジア太平洋地域ということになるかと思いますが、左下の図を御覧いただきたいんですけれども、アジア太平洋地域におきましては、本日の主議題でありますTPPに加えまして、日中韓FTA交渉、さらにRCEP交渉と、これらを発展させる形で行く行くはFTAAPにつなげていこうということが現在議論されているところでございます。
また、こうしたアジア太平洋地域の動きに対して外部からの参入もございまして、特にEUがそうした動きを活発化しており、日本との間での日・EU・EPA交渉、またアメリカとの間でいわゆるTTIP交渉も現在進められているという状況にございます。したがいまして、アジア太平洋地域で作られるルールというものが、このEU等の参加も得まして、いずれはグローバルルールへと発展していく可能性も秘めているという状況にございます。
こうした状況を踏まえまして、アメリカのオバマ大統領は、今年一月の一般教書演説におきまして、世界で最も成長の速い地域において中国がルールを作りたがっている、しかしルールを作るのは我々なんだという御発言をされ、似たような発言をこれまで繰り返しなさっていらっしゃいます。つまり、アジア太平洋地域においてルール作りをめぐる協調と競争の時代を現在迎えているというふうに言うことができると思います。そして、その新たな時代の中でいかにして日本の国益を確保するのかというのがまさに今問われているという状況にあると思います。
こうした文脈にTPPを位置付けますと、TPP交渉への参加とは新たなルール作りへの参画という意義があるというふうに言えると思います。それは、ここ二十年、冷戦終結以後続いているアジア太平洋地域の構造変容への対応ということにも当たるかと思います。日米のパワーや影響力の相対的な衰退、中国の急速な台頭、ASEANの地域経済統合といったような形でアジア太平洋地域の構造変容が続いている、その中で日本としてはいかに国益を確保していくのか、その一つの手段がTPP交渉への参加であったというふうに言うことができると思います。
では、次のページでございます。
そうしたTPPにおいて、特に経済面に限って見ますと、TPP参加によってどのような効果が期待されるのかということでございますが、ここでは三点にまとめてございます。
まず一つは、一番分かりやすいものでございますが、やはり貿易投資の自由化という効果が期待されるということでございます。御案内のように、TPPには日本を含め十二か国参加しておりますので、日本の相手国は十一か国ということになるわけですが、その十一か国の市場が開放される、関税の撤廃や投資の自由化によって市場が開放されることによって日本企業や製品の相手国市場への参入が容易になる、それによって輸出の増大や相手国市場での事業活動の円滑化が期待できるということでございます。そこで上がった利益が日本国内に投資される、若しくはまた外資が日本に参入してきて対内直接投資を行うというようなことを通じて日本の国内経済全体の活性化にも資するのではないかというところが期待されているところでございます。
二点目といたしましては、共通ルールの策定というふうに書いてございます。これはどういうことかと申しますと、先ほども少し申し上げましたが、アジア太平洋地域の重要なルールメーキングに日本が参画する、そのことによって、日本にとって望ましい域内共通のルールを策定することで国境をまたぐ事業活動の円滑化、活発化が期待されるということでございます。
これまでやはり日本企業が様々な国で事業活動を行うに当たっては、それぞれの国に応じて、その国の法令等に従って事業を行わなければならなかったわけですけれども、TPPのようなメガFTAによって域内共通のルールが策定されるということは、これは域内全域で事業活動を行っている日本企業にとっては大きなメリットがあるというふうに期待されているところでございます。
また、日本はとかく、ルールは守るのは得意だけれどもルールを作るのは不得手であるということが指摘されるわけでございますが、TPP交渉参加によって今回日本はルールを作る側に回るんだと、そして、そのルールというのは、先ほどFTAAPの話もございましたが、将来的には中国などの新興国も守ることになるような、そうしたルールへと発展させていくんだということを現在目指しているということでございます。
そして、三点目といたしましては、国内改革の進展ということでございます。TPPへの参加がこれまで進展を見なかった国内改革を進める契機、起爆剤となるということでございます。
このように申し上げますと、結局、それは日本にとって望ましくもない、やりたいとも思っていない改革というか改変を無理やり押し付けられるということじゃないかというふうに言われることが多いんですけれども、ここで申し上げたいのはそういうことではなくて、むしろ日本にとって望ましい、実行が求められている改革、だけれども様々な事情によってこれまでなかなか進んでこなかった改革をこのTPPによって進めようということであって、いわゆる外圧というものとは違うものというふうに私自身は捉えております。その典型例が農業分野における改革というふうに言うことができると思います。
これは、改革というのは、農業分野もそうですけれども、やらなければならないということは分かっているんですが、なかなかこれが進まないという状況にある。そういうときに効果的なのは、やはり改革の締切りをつくる、期限を設けるということなのではないかと思います。皆様方は違うかもしれませんが、私のような怠惰な人間は、いつやってもいいと言われるとなかなか手が着かないんですけれども、締切りが設けられると、やはりそこまでにやらなきゃならないということで一生懸命やろうとするわけですけれども。例えばTPPに参加することによって、ある農産物について、十五年後若しくは十八年後にその農産物の関税が撤廃されるということになれば、そこまでにしっかりとその分野の改革を行ってその農産物が競争力のあるものにしておかないと大変な打撃を被ることにもなりかねないということになるわけですから、TPP参加ということで明確な改革の期限を設けて改革を加速させていこうと、そういう考え方であります。
こうした三つの柱がそろいますと、そのことによってTPPの域内市場の一体化が進展するということが期待されるわけです。そうしますと、TPP域内全域にわたる事業活動を行っている日本企業としては、そうした全域に張り巡らせているサプライチェーン、バリューチェーンを再編することによって域内分業体制の効率化、最適化を図ることができる。それは、つまり日本企業の競争力の向上につながるということでありますし、日本国内の拠点をそうしたサプライチェーン、バリューチェーンに位置付けて、今後もその事業活動を続けていくことを可能にするということを意味します。これは、日本企業にとっての新たなビジネスチャンスにつながっていくとともに、日本経済全体から見れば成長の機会の創出につながるというふうに考えております。
したがいまして、TPPの経済的な意義というのは、一言で申せば日本の立地競争力の向上にあるというふうに私自身は考えております。それは、つまり日本でビジネスを行うことの魅力を高める、日本を拠点とした事業活動の活性化が実現されるということであります。
これは言うまでもないことですが、残念ながら現在の日本は少子高齢化、人口減少の時代を迎えて、国内市場というのは成熟化若しくは一部ではもう縮小という状況に入っております。一方で、日本を取り囲む新興国は更にまだまだ成長を続け、所得水準も向上し、今後もますます購買力を向上させていくということが見通されているわけでございます。そうなった場合に、日本企業、特に製造業は、生産拠点を国内ではなくて海外に置くということが経営上の合理的な判断というふうにならざるを得ないということかと思います。
こうした状況の中でTPPに入らないということは、そうしたサプライチェーン、バリューチェーンからはじき出されるということになってしまいますので、TPP参加によってしっかりと国内の立地拠点をサプライチェーン、バリューチェーンの中に位置付けていくということが必要である。そのことによって空洞化を抑止し、雇用を維持、また新たにつくり出し、そしてイノベーションを触発する、これがまさに成長戦略の一つとしてTPPが位置付けられるゆえんというふうに言うことができると思います。
続きまして、三ページ目でございますが、しかし、TPPへの参加については非常に強い懸念が示されております。
ここでも三つにまとめてございますが、まず一つは、やはり国内農業への打撃ということでございます。アメリカやオーストラリアなどの農産物輸出大国が参加するTPPに日本も参加することになれば、国内農業は壊滅的な打撃を受ける、そのことによって食料自給率は大きく低下し、安心、安全な食料の確保は困難になるといったような懸念が既に示されているところでございます。ここについて私は異論もありますが、こうした懸念が実際のものになりかねない状況にあるということは確かだと思いますので、ここについてはやはりしっかり対応しておかなければならないということかと思います。
また、二番目として、地域経済の疲弊と書いてございますが、農業が打撃を受ける、農業だけではなくて、林業、水産業も含めた一次産業が打撃を受けるということになれば、その加工業等関連産業も打撃を受けることにつながる。そうしますと、それらが重要産業である地域の経済、社会全体の疲弊にもつながりかねないということが懸念されている。そのことで地方議会等からTPPへの反対の声が上がっているということかと思います。したがいまして、やはりこういったことにもしっかりと応えていかなければならないということかと思います。
また、三番目といたしましては、国民生活への悪影響というものが懸念されているということでございます。先ほどルール作りということを申し上げましたが、やはりルールを作るとなれば、日本としても当然のことながら国内の様々な規制や制度の改変を求められるということになります。そうした結果、例えば食の安心、安全が脅かされるのではないかといったような、国民生活に悪影響が及ぶといったことが懸念という形で表明されているところでございます。
実際には、政府はTPPによって食の安心、安全が脅かされることはないというふうに説明しておりますし、私も、例えばネットなんかで、TPPに入ると盲腸にかかったら数百万円払わないと手術が受けられなくなるんだなんてことがまことしやかに書かれているわけですが、そうした意見に私は賛同するものではありませんけれども、やはりTPPによって国内の制度や規制が改変を伴うということは確かですので、一体どんな影響があるのかというのはしっかりと見ていく必要があるということでございます。
これまでのまとめというところになりますけれども、したがいまして、TPPというのは、これまで日本が結んできたEPAに比べて、相手国により高水準の自由化を求めることができる、また、より高度な国内規制の規律を求めることができるといった点で、これまでのEPAに比べてはるかに大きなメリットが期待できるということであります。しかし、その反面で、日本も農産物市場の開放や国内規制の変更を迫られることになりますので、何ら対策を講じることなく入るようなことになればデメリットも大きくなる可能性があると。
このように、メリットもデメリットもこれまでのEPAに比べてはるかに大きいということが、TPP交渉参加若しくはTPP参加をめぐって国論を二分すると言われるような激しい論争につながったというふうに私自身は捉えております。したがいまして、日本がTPPに参加するに際しては、こうしたTPPへの懸念、国民が持っている懸念というものをしっかりと払拭する必要というものがあるということかと思います。
そのために、やはり政府にはしっかりと対応していただきたいわけですけれども、ここでは、私としては大きく三点についてはしっかり対応していただきたいというふうに考えております。
まず一つは、やはりまだ交渉中でございますので、交渉においてしっかりと日本の主張を反映させる、駄目なものは駄目だと、国内に悪影響がありそうなものというものはしっかりと排除する。もちろん日本の意見が一〇〇%通ることはあり得ませんので、互いに歩み寄って、日本としても譲歩が必要なことは言うまでもありませんが、これだけは譲れないというものに対してはしっかりと守っていかなければならないということでございます。
それから、二番目といたしましては、国民への正しい情報の提供と十分な説明ということでございます。やはり人間というものは、見えないもの、よく分からないものは恐れるものですから、一部にあるTPPへの誤解を解くためにも、正しい情報の提供と十分な説明が必要であるというふうに考えております。
ただ、残念ながら、この点が非常に不十分である、TPPは秘密交渉であるという批判が強くあるわけでございますが、一つ事実として申し上げておきたいのは、日本のこれまでの十五件のEPA交渉、また今現在行われているメガFTA交渉の中で、交渉過程においてTPP交渉ほど政府が説明に努めた例というのはほかにない、今までで一番政府は説明に気を遣っているということだけは事実として申し上げたいと思います。
事務局から配付された事前の資料の中の六十一ページ以下にありますけれども、TPP交渉では、重要な交渉会合の際は毎日のように担当官が記者ブリーフィングを行って、質問にも答える形を取っています。そして、その内容が全てTPP政府対策本部のホームページで公開されております。私のような一般の人間でも閲覧できるようになっているということで、こんなEPAはこれまでになかった、現在進んでいるEPAでも、それほどまでに情報を公開しているものはないということでございます。したがって、私自身としては、政府としては外交交渉上許される範囲で精いっぱい情報公開に努めていらっしゃるんだというふうに評価はしております。
しかしながら、さはさりながら、それで十分かといえば、そうではないということでございます。国民が真に求めている情報が開示されているとは言い難いと言わざるを得ません。通商合意の国民生活への影響がますます広く深くなっているという中で、通商交渉をいかに民主的コントロールの下に置くかという問題は、日本だけではなくて世界的な課題というふうになっております。現在アメリカ議会で審議されているTPA法案も、過去のものに比べまして交渉過程の透明性の向上と交渉への議会の関与を深める内容になっております。
今以上の情報公開を政府に求めるには、必要な法整備を行うとか、若しくは一部秘密会でといったような話もあったと思いますが、やはり国会がイニシアチブを取る必要があるのではないかというふうに私は考えております。実際には法案の提出といったような動きもあるというふうに承知しておりますので、是非国会の場でこの情報公開については議論が深まることを期待しております。
そして、三番目といたしましては、やはりTPP参加によって生じる痛みに対しての補償措置、また、そうしたものも含めた適切な国内対策の立案と実行というものが必要ということかと思います。
TPPに参加したからといって、バラ色の世界が待っているということは決してありません。やはり、物事が変化するときには、その変化に伴う痛みというものが伴います。そうした痛みに関しては、その痛みによる出血がそれこそ出血多量で死んでしまうようなものであれば、これはTPPに入らないという選択肢も出てくるかと思うんですが、そうでない限りはしっかりとこの痛みに対する対応をする、それには財政的な補償措置も含めたものも考えなければならない。もちろん、ばらまきは問題外でございますが、そうした補償措置も含めた適切な国内対策というものがなければ、やはり国民の懸念、不安というものは払拭されないということだと思いますので、こうした国内対策の立案というものも早急に取りかかる必要があるということかと思います。
簡単ではございますが、冒頭、私からの説明は以上とさせていただきます。
ありがとうございました。