薬師寺泰蔵の発言 (政府開発援助等に関する特別委員会)
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○参考人(薬師寺泰蔵君) 島村先生、ありがとうございます。
一番大きな変化は、先ほど長先生もおっしゃったように、一人一人もう絶対に失わない。すなわち、開発のところで人間の安全保障を見たときに、中進国でも、割と経済が行っているところでも、その中に絶対的に忘れられた人たちがたくさんいるわけですよ。それを、今回のODAといいますか我々の考え方は、それはインクルードしないと我々貫徹しない、そういうような思想がまず第一点でございます。
それから、一番いろいろなところで言われております軍の民生的な仕事に関して、我々は慎重に認可しなければいけないけれども、それを開放したということです。私は、個人的には、一九九一年にドイツにおりましたけれども、そのときに緒方貞子先生がUNHCRにおりました。それで、コソボと、それからそのときに緒方先生は軍用機で軍用飛行場に降り立って、そして、あの小さい体で防弾チョッキを着て、兵士に守られながら二百人の難民の交渉に当たられたわけですね。それはやっぱり自分の原点だというふうに思います。
ですから、軍用にやるということは絶対にありません。それは、基本的にはきちんと担保しています。だけれども、民生用にやられるときには、そういうような緒方先生の、いわゆるセルビアの難民を支えるように、やっぱり軍の民生的な人を支える、守るというようなことを、それを我々は慎重に議論をして、限定的にそういうようなものを開放していこうと。それは、ですから一方では、軍事的なことは、大量殺りく兵器とかそういう武器には絶対にならない、それはもう全然変わっていません。
ですから、非常に例外的にそういうような民生的なものをインクルードするためには、やっぱりそういうようなところの人たちの協力を得ないと駄目だと、こういうことでございます。