滝波宏文の発言 (東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会)
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○滝波宏文君 自由民主党福井県選出の滝波宏文でございます。原子力問題に関する件ということで質疑をさせていただきます。
高浜原子力発電所三、四号機の運転差止めの仮処分申請で、福井地裁は四月十四日、再稼働を認めない決定をしました。福井地裁は、新規制基準について、深刻な事故を引き起こす可能性が万が一にもないような厳格な内容を備えるべきとしましたが、その判断はゼロリスクを求めており、実は震災前の安全神話に逆戻りしております。震災で得た教訓は、リスクは常にあるんだ、その前提でそのリスクの確率を多重防護でどれだけ小さくできるか、そこに不断の努力を傾けることが重要である、それこそが教訓なんだと、そのはずであります。
リスクは、オン、オフ、あるかないかではなく、世の中にはリスクは必ずあります。自動車に乗っても交通事故のリスクは必ずあるわけでありまして、ゼロリスクを叫ぶ人は車に乗らないのかもしれませんけれども、家にいたって火事になるかもしれないし停電になるかもしれない、そういったゼロリスクはあり得ないんだということを直視して、直視の上にそのリスクのマネージに、確率のコントロールに全力を尽くすべきであります。
しばしば、ないことの証明は悪魔の証明と言われます。世の中の森羅万象を全て調べ尽くさなければならず、不可能に近いからです。これを利用して、○○がないという証拠がないから○○はあるというふうな言い方、詭弁ですね。例えば、お化けがいないという証拠がないからお化けはいるんだと、こういった形で詭弁を弄する論法がありますけれども、これでは決して科学的な議論ではなくなります。
原子力規制委員会の田中委員長も、今回の福井地裁の決定についての記者会見で、絶対安全を求めると結局事故は起こらないという安全神話に陥るという反省から、私どもはそういう立場で常に安全を追求する姿勢を貫くということでやってきているのですが、そういった趣旨が、意味が御理解いただけないことが極めて残念であります、残念だというか遺憾であります、決定は非常に重要なところで事実誤認がいっぱいあるとコメントされておりますけれども、以上を踏まえて、田中委員長、改めて、ゼロリスク、震災前の安全神話に逆戻りした福井地裁の決定及びそれが依拠する考え方についての御所見を伺います。