神本美恵子の発言 (文教科学委員会)
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○神本美恵子君 私がお聞きしたかったのは、道徳を教科にしなければ解決できない課題というのは何なのかということをお聞きしたかったんですが、戦後の道徳がどのように扱われてきたのかということの御説明が今あったんですけれども、中教審が言っている、さっき私申し上げました、ほかの教科に比べて軽視されがちであるとか、道徳教育全体が停滞しているというようなことを挙げて、だからこれを教科にしようというように受け取れるんですけれども。
それだけでは全く、私も現場感覚でいえば、各教科に比べて道徳の時間が軽視されているというよりも、各教科の中でも受験科目以外の芸術とか体育とかそういうものは本当に軽視されているんですね、もう実態的に。道徳の時間だけではありません。受験科目に振り替えたりというような、現場ではそういう現実対応といいますか、ことが行われているその中の一つとして、確かに道徳の時間がほかの受験科目に変えられたりという実態はあるかもしれませんけれども。
むしろ、今の道徳の時間の扱いというのは、学校教育全体で行う道徳教育の要としてそこに一時間あるのであって、あとはもう日常的に、本当に道徳教育上の課題というのは、私も経験がありますけれども、朝学校に来て子供同士トラブっている、それを解決しないと一時間目の授業に入れないというようなことが現実的に、道徳の時間一時間ではとても解決できない問題が山ほどあって、例えば一時間目の国語の時間に朝の会が食い込んで、トラブルを収めて解決を何とかして気持ちを授業に向かせて、そうすると国語の時間が減っているわけですよね。その分をどこかで取り返さなければいけないというような、まあ学校は小学校も中学校も学級担任がそういう工夫をしながら、道徳教育といいますか、学級集団づくりといいますか、特別活動といいますか、そういうことを柔軟にやっているので、決して道徳の時間を使っているから使っていないからとか、副読本を使っている使っていないとかいうことでは測れない。
そういう現状があることを考えれば、これを教科にしたからといって、そして検定教科書を配って、そして一定の評価をしたからといって、道徳教育が充実したものになるとはとても思えないので、教科にしなければならない解決されない課題とは何かということをお聞きしたかったんですけれども、逆に、これを教科にするということは、以前、那谷屋議員が質問したように、学校現場からの要求、要請ではなくて、別なところにこの教科にするという、何かあるのではないかというふうに私は危惧を持たざるを得ないわけです。
そこで、道徳教育の歴史というものを振り返ってみたいと思います。
私は、国会図書館などにもお手伝いいただいて、戦前からの道徳教育の始まりからずっと、どのように議論されて今日に至ってきたのかということを私なりに勉強させていただきました。そうすると、やはりこれを教科にして、検定教科書、まあ戦前は国定教科書ですけれども、それを作って、そして評価をするということは、大変別な意味で危惧がある、危険性があるということを歴史を学べば学ぶほど思うわけです。
それで、限られた時間ですけれども、先ほど大臣もちょっとおっしゃいましたが、戦前は修身として登場したこの教科は、改正教育令で最も重要な首位教科と位置付けられて、国語、算数、体操みたいなのの三科目ぐらいしかない中の一番上に修身というのがあって、首位教科なんですね。重視されて、先ほどおっしゃったように、明治天皇の名で出された教育勅語をその修身の時間に暗記をさせて仁義忠孝の心を植え付ける。そのためには、これは改正教育令で書かれているんだと思いますが、「幼少ノ始ニ其脳髄ニ感覚セシメテ培養スル」、つまり幼少時から洗脳することが必要だとされてこの修身が位置付けられ、そしてそれが、国に殉ずる、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」というその教育勅語の文言で分かりますように、殉国思想や皇国史観が子供たちに幼少の頃から植え付けられていったという、これは紛れもない我が国の道徳教育の始まりの歴史であるわけですね。
首位教科、筆頭教科として位置付けられてそういうことが行われてきた、そのことは何もそうやったからそのとおりになったということはないかもしれないとおっしゃるかもしれませんけれども、当時、国民学校の教員であった作家の三浦綾子さんは、実際に自分が少年航空兵募集のポスターを指しながら、まだ小学校三年生の子供たちに、大きくなったらあなた方もお国のために死ぬのよと語ったという。これは私も、戦前母親が教員をしておりましたので、母親にそんなことを問い詰めたこともあります。子供にそんなことを教えてきたのというように問い詰めたことがあるんですけれども、そういう事実や、また、修身教科書の内容を徹底する上で成績評価や入学考査が重要な役割を果たしてきていたことは、国民学校の当時、子供だった作家の山中恒さんはこう証言しております。上級学校に進学を希望する場合、何が何でもいい内申書を書いてもらうために先生に気に入られるように振る舞ったと。
このことは、戦前だからということではなくて、今でも、検定教科書が配られてそれに基づいて教科として評価をされるということになれば、こういう懸念が、これからはそんなことはないとは言い切れないというふうに思うんですね。そういう危惧を非常に強く抱くわけですけれども。
私は、その後、もう少し紹介したいと思うんですけれども、一九四五年、敗戦を迎えて、占領軍が修身教育はこれは廃止をしました。当時、文部省は、高等学校用教科書、文部省が教科書を出していたらしいんですけれども、「民主主義」という教科書の中で、民主社会では、政府が教育機関を通じて国民の道徳思想をまで一つの型にはめようとするのは最もよくないことであると述べて、修身のような教科を設けずに学校教育全体を通じて行うことにしているんですね。
それからずっと、先ほど大臣が紹介されたように、教育課程審議会や中教審や教育改革国民会議などで何度も教科にすべきというような意見も出たようでありますけれども、それはよくないということでずっと来ていたわけです。
なぜよくないかというと、道徳教育を主体とする教科あるいは科目は、ややもすれば過去の修身科に類似したものになりがちであるのみならず、過去の教育の弊に陥る糸口ともなるおそれがあるというような、文部省、その後の文科省、一貫してそういうスタンスでずっと来ていたわけですけれども、これらの考え方というのは、私は今日でも全く当てはまる、こういう懸念という、危惧というものは当てはまると思うんですけれども、今回、こうした過去の議論が根底から覆されて、教科にする、明確な教科にしなければならない、道徳教育が充実できないということはお答えがなかったんですけれども、その覆された理由は何なのかということをもう一度お伺いしたいと思います。