小沢樹里の発言 (法務委員会)
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○参考人(小沢樹里君) 本日はよろしくお願いいたします。
私は、関東交通犯罪遺族の会(あいの会)の代表、それから全国犯罪被害者の会(あすの会)の会員の小沢樹里と申します。私は、裁判員裁判について被害者遺族が感じたことと題しまして、ここの場でお話をさせていただきます。
私は、交通犯罪によって義理の両親を亡くした被害者遺族です。義理の双子の弟や妹もこの事件で重傷を負いました。妹は、顔面に複雑骨折し、前歯を十二本も折り、表情が事件前と大きく変わってしまいました。弟は、排尿、排せつ障害になりました。また、妹と弟は共に高次脳機能障害となるなど、七年以上たった今でも大きな後遺障害に苦しんでおります。私は、事件後、夫とともに弟、妹の二人を引き取り、一緒に暮らし、面倒を見ております。
事件の概要ですが、二〇〇八年二月十七日、家族四人が乗った車が埼玉県熊谷市の路上で事件に巻き込まれました。加害者の運転手が飲酒し泥酔状態の末、連続カーブ、時速四十キロの道路を百から百二十キロで走行し、コントロールを失い、反対車線に走っていた二台の車に衝突いたしました。そのうちの一台が私の義理の弟が運転していた車で、妹と両親が同乗しておりました。両親は即死でした。
加害者側の運転手は、既に危険運転致死傷罪により十六年の実刑判決が確定し、服役中です。また、酒を飲ませた飲食店店主も、道交法の酒類提供罪で懲役二年、執行猶予五年、有罪判決を受けました。そして、同乗者二人は、さいたま地裁で危険運転致死傷の幇助罪として裁判員裁判を受け、懲役二年の実刑判決が下りました。
裁判員裁判に関与した内容についてですが、被害者参加人として、夫、弟妹と私の四人が参加いたしました。当初、私、小沢樹里が長男の嫁であり血族ではないので被害者参加ができないとの誤解がありましたが、姻族の直系親族であっても参加ができるという確認が取れ、私も参加人として裁判参加ができました。
証人として、事故当事者の弟妹二人と私の夫、計三人が証言台に立ちました。被害者の意見陳述は、弟妹の二人と私の三人が行いました。犯罪事実については、私が被告人両名に直接質問をいたしました。被害者としての論告求刑も、委託していた弁護士だけではなく、夫が直接行いました。ちなみに、情状事実についても被告人両名に被害者が直接質問しようと思いましたが、後で述べますように、全く納得のいかない形で、訴訟指揮で認められることができませんでした。
裁判員裁判でよかった点をお話しさせていただきます。
私たちは、四人の被告人に対して三つの裁判を経験してきました。危険運転致死傷罪での運転手に対する裁判、道交法の被害者がいないとされた飲食店店主に対する酒類提供罪の裁判、そして同乗者二人に対する危険運転致死傷幇助罪での裁判です。この罪名での裁判員裁判の起訴は全国初でした。
最初の二つの裁判とは異なり、三つ目の裁判だけが被害者参加、そして裁判員裁判が始まって以降の起訴でしたので裁判員裁判となりました。私たちが危険運転致死傷罪の共同正犯で二人を告訴しなければ、道路交通法の同乗罪として裁かれ、裁判員裁判になることはなかったでしょう。また、道交法は被害者なき犯罪として扱われますから、私たちも被害者参加人となることはできなかったことと思います。
この三つ目の裁判員裁判が最初の従来の裁判二つとはっきり違ったのは、裁判が大変に分かりやすかったということです。裁判員に理解ができるように進行したため、突然遺族となった私たちにとっても最初の二つの裁判に比べて十分に理解ができました。
また、私たちは、法律論よりも、事件に関係した人の日常、当日の行動、それが聞きたかったのです。裁判員も私たちと同じ感覚で、普通の疑問を被告人にしていただきました。例えば、同乗者同士であるA被告人と事件当日に一緒に飲んでいたB被告人に対して、裁判員は補充質問で、以前A被告人から暴行を受けたことがあると言っていましたけど、何回ありますかと聞きました。B被告人は一回だけですと答え、裁判員はどういう暴行でしたかと更に聞き、B被告人は拳で背中を何回もたたかれましたと答えたのです。このように、会社内の役職上は横並びであっても、実際の被告人二人には上下関係があったことを的確に裁判員が浮き彫りにしてくれました。
さらに、情状立証に入ろうとしたとき、裁判長は法廷に入ってくると、本日の予定を変更します、裁判員らの強い要望により更に罪体について審理を続けます、ついては証拠請求されていない証拠のうち、B被告人の検察での供述調書を職権で採用したいと考えておりますと宣言したのです。裁判員が強く要望してくれたおかげで、公判前整理手続で検察官が諦めかけた証拠を裁判所によって改めて証拠採用してもらうことができました。これこそが市民感覚の意義と感じました。
また、次にですが、被害者参加制度を利用した裁判員裁判において問題となった又は問題と思われたことについてお話をさせていただきます。
私たちの裁判では、せっかく被害者参加人となって被告人質問をする準備をしていたんですが、情状質問については、被告人が、無罪を主張する以上、情状については包括的黙秘権を行使すると主張したために、裁判所が検察官や私たちの発問自体認めてくれませんでした。私たちが委託した被害者参加弁護士が、黙秘権は黙っている権利であり、相手側の発問自体を制限するものではないと強く裁判所に異議を述べ、少なくとも発問をすることは認めてほしいと求めました。ですが、結局、異議は認められませんでした。私たち被害者は、事件以来ずっと被告人に聞きたいと思っていた情状について質問することさえできませんでした。被告人に聞きたいことがあるから被害者参加制度を利用して法廷に立とうと決めたのに、裁判官の制度への無理解からそれを無視されました。
私たちの疑問を法廷で聞いてもらえなかったことについては、被害者側の問題だけにはとどまりません。私たちの裁判を担当した裁判員にとっても大きな問題となって残ってしまったように思うのです。私たちの疑問が明確にならない状況があったのですから、裁判員にも事実の真相をしっかり理解してもらえなかったんではないかと今でも思っております。
先ほど述べたよかった点と関連しますが、裁判を通して、裁判員が聞きたかったことと私たち遺族が聞きたいことはとても近いように感じました。その一方で、被害者が聞きたいということは法律の専門家が聞きたいこととは視点が違います。事件の真相を追求するとしても、どんな点が知りたかったのか、何を知りたかったのかについては、職業裁判官に比べて、同じ一般市民である被害者と裁判員の方が同じことを考えているように感じました。
職業裁判官だけで判断するのではなく、一般市民の感覚を取り入れることが裁判員裁判をつくった理由だったと思います。被害者遺族と裁判員の疑問や意見が似ているのですから、被害者が刑事裁判への参加制度を利用して、自らの質問を生の声で伝えてしっかり法廷で明らかにすることは、裁判員が市民感覚を生かした判断をするためにも必要不可欠だったと思います。
これも先ほど述べたことと関連いたしますが、私たちの裁判では、公判前整理手続で除外された被告人の供述調書が、被害者の気持ちを理解したと思われる裁判員の強い要望によって、裁判所の職権で復活し、採用をされました。
裁判員の負担を考慮し、審理をスムーズにするための公判整理手続だったはずが、その手続で証拠を絞り過ぎてしまったために裁判所が新たにまた職権採用しなければ裁判員の判断に支障が出るようでは、全く意味がありません。裁判員の負担ばかり考慮する今の裁判所の運用では、被害者の立場からすると、真相を十分に解明できず、不満が強く残ります。
なお、現在、公判前整理手続では被害者が立ち会うことも意見を言うこともできませんが、もしこの手続に被害者側弁護士だけでも参加することができれば、私たち被害者の意向を酌んでもらい、証拠の絞り過ぎに歯止めが掛けられ、結果的に裁判員の理解を助けることになるのではないかと思っております。
証拠については、重傷を負った妹の事故前、事故後の顔写真を証拠採用してもらえませんでした。お手元に資料があると思いますが、見ていただき、御確認していただきたいと思います。裁判員に見てもらうことができませんでしたので、まだ二十代の妹の顔がどんな被害を受けたのか、写真を見れば一目瞭然だったと思います。それを見ていただけたら、事件がいかに悲惨だったということが分かってもらえたのに、証拠採用は強く反対されました。
ここでも裁判員の精神的負担への行き過ぎた配慮のため、過剰に証拠が厳選されてしまったことは強く疑問を感じました。事件を判断する人たちは、証拠から目を背けるのではなく、きちんと事実に向き合って判断をしていただきたいと思います。
最近は、御遺体の写真であれば、何の議論もないまま裁判長が一方的に証拠として採用することを却下していると多くの被害者遺族から聞いております。一見むごい写真でも、むごさに至る前に加害者が犯罪行為をやめようとしなかったという強固な犯意の証拠になるのになどと、遺族の不満はとても高まっているそうです。再審請求しようとしていた死刑囚の妻が、三人の被害者の写真を取り寄せて、見て驚き、もう再審には関わるのはやめて離婚したという話も先日のシンポで伺いました。その奥様は、真実を写真で知ったからこそ考えが変わったのではないかと思います。
犯罪被害者基本法には、被害者にはその尊厳が尊重される権利があるとうたわれており、犯罪被害者等基本計画では、刑事司法は、公の秩序維持とともに、犯罪被害者のためにもあると定められています。裁判員裁判でも、被害者を尊重し、被害者の従来あった姿そのままを見てもらい、本当の被害の現状を知ってもらいたいと思います。
また、裁判員と比べて、被害者の立場で考えさせられたことについてお話しさせていただきます。
私たち被害者は、通常の生活をやりくりして遠方から裁判に参加しているのですが、その横で、裁判員だけが受けられるサービスがあることに私たちは気付きました。保育や介護サービス、決まった回数の心理カウンセリング、電話相談についてです。
裁判員が数日間の裁判に関わることでカウンセリングが必要になるくらい精神的負担が生じる場合があるのも十分分かります。それは、被害者又は遺族にとっても同様です。また、保育や介護については、殺人や交通事犯も含め、常時必要不可欠なことです。介護を担わなければならない遺族が裁判所に通うことができない現状を御存じでしょうか。ですから、被害者も裁判員同様、最低限、保育、介護、カウンセリングを受けられるようにしていただきたいと思います。裁判員への負担を軽減するだけではなく、被害者の負担も軽減をしていただきたいと思います。
最後になりましたが、裁判員裁判で裁かれる事件は、より罪の重いものだと聞いております。それだけに、被害者や遺族には、事件の記憶を呼び起こすことはとても大きな悲しみ、苦しみを伴います。しかし、それでも真実が知りたいのです。だから、裁判に挑むという苦渋の決断をしているということを裁判員の皆様にはまず知っていただきたいです。特に、遺族は、亡くなった家族のために、自分自身を犠牲にしてでも真実を知りたいと思います。
裁判員裁判の制度が今後より多く活用され、被害者の命の重みと人を裁く重みが多くの人に伝わり、社会の多くの人が犯罪を犯してはいけないと思ってもらえるように運用されていくことを切に望んでおります。
ここまで聞いてくださり、誠にありがとうございました。