小木曽綾の発言 (法務委員会)

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○参考人(小木曽綾君) まず、誤判の防止ということですけれども、陪審制度にしても参審制度にしても、それを導入している国の制度趣旨、目的が誤判防止にあるというふうには私は考えてはおりません。
 例えば、英米の陪審制度であれば、これは国の処罰権から個人を守る盾であるということでありまして、歴史的には、有罪であることが証拠上明らかであっても、有罪にすると極めて重い刑罰が科されるということが分かっているものをあえて無罪評決をするということが行われた時期もございます。
 参審制度は、いろんな国のものがあると思いますけれども、例えばフランスでは、フランス革命のときにイギリスの制度を学んで参審制度を入れたわけですけれども、これは、それまで貴族に独占されていた国政、裁判を含む国政を国民の手に取り戻すというか、国民のものにするということで革命が行われ、併せて裁判にも国民が参加するということになったものでありまして、そのときの目的が、事実認定を正確にする、つまり誤判を防止するということではなかっただろうと思います。
 ただ、先ほどからお話出ておりますように、市民感覚が反映されるということで、結果的に、裁判官が見る物の見方とそれに国民の見る物の見方が合わさって、そこで議論がされることによって有罪だったものが無罪ということになるということはあるのだろうと思います。ただ、この施行後の数を見ますと、有罪率も控訴率も裁判員制度が始まる前と後でほとんど変わっていないのではなかったかと私は記憶しております。
 そうすると、では、なぜ肯定的に評価するのかということですけれども、そのようにして国民がそれに参加すると、刑事裁判というのはこういうものかと、被告人の自由、財産、場合によっては生命まで刑罰として奪うという、裁判というのはこういうものかということが、裁判員が理解する、ひいてはそれが国民の理解につながると。
 犯罪というのはどこか社会の問題を反映するものですから、やがて、そうした実務が積み重ねられることによって、どうして被告人はそういう行為に出たんだろうということを社会全体の問題として考えるということになっていくことを期待しております。

発言情報

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発言者: 小木曽綾

speaker_id: 2735

日付: 2015-05-28

院: 参議院

会議名: 法務委員会