猪口邦子の発言 (予算委員会)
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○猪口邦子君 ありがとうございました。
対外発信というのは連続的なプロセスだろうと感じております、一回でということではなくて連続的なもので。今年はまさにそういうことが可能なのではないかなと感じております。
まず、直近では、四月にアジア・アフリカ、バンドン会議ですね、AA会議、これの、これは一九五五年でしたけれども、六十周年の記念行事があると聞いておりまして、インドネシアで、総理にも招待が来ていまして、出席予定であったらいいなと感じております。十年前の会議に小泉総理が出席されています。また、春のどこかではアメリカへの公式訪問が予定されているとも伺っております。そして、九月のこの国連創設の首脳会談、会議というのもあります。いずれも日本の未来志向のイメージ、そして七十年にわたる勤勉な努力、こういうことを発信する重要な舞台ではないかと感じております。
私にとってせっかくの機会ですので、ここで七十年の日本の歩み、努力というものはどういうものなのかと、国民の代表の一人としてここで少し述べてみたいと思います。部分的ですけれども、述べさせていただきます。
第一に、資源が乏しいにもかかわらず、勤勉な国民性と自由貿易の恩恵を受けて、先進国として世界二位の経済規模へと発展したということです。非常に重いことだと思います。
終戦の年に生まれた人は今年七十歳。その人が十五歳で働きに出たとしたら、一九六〇年、その年は日本がついに高度成長の扉を開いた年です。日本の高度成長を支えたのは、実に戦中戦後、非常に貧しい、貧乏な子供時代を生きた世代の猛烈な未来志向、そしてこの国を思う気持ちではなかったかと思います。資源がない中、こういうふうに発展した国民の苦労、これを私は世界に伝えてもらいたいと思います。やればできるから、ほかの国も参考にしてもらえたらと思います。
それから第二に、日本の平和主義への明確な転換、この立場を冷戦期も含めて七十年保持した国民的な意思と政策的な賢明さです。
その中で、日本はODAをやはり外交の重要なツールとして意識し、人道支援国家への自画像も確立していきました。ODA六十年の道のりは、我々が貧しい時代も含めて、日本の納税者、これの国際協力は大事だという一貫した支持があってのことです。非常にそういう高潔な事実をやはり世界に伝えてほしいと思うんです。
それから第三に、そのODAなんですけれども、六十年ですので振り返ってみますと三つの特徴があって、一つは人づくり、技術移転など含めて、二つ目にインフラ整備、そして人間の安全保障。この三つを考えると、これは我が国の国づくりそのものを反映していると思います。資源ないので人づくりや教育重視、そして自立した経済成長にはやはりインフラが大事であろう、そして全ての国民の安心、安全、これを世界では人間の安全保障という言葉で語ります。
こういうふうに非常に誠実なODAをやってきたということも伝えてほしいし、あと四番目には、軍縮・不拡散の旗手であり続けたことです。大量破壊兵器の不拡散は戦後世界の安全保障の基盤でありまして、今年はNPTの運用検討会議の年でもありますけれども、日本は非核兵器国として核兵器国にはない説得力をもってこの不拡散体制というものを維持できたと思います。そもそも、テロとの闘いの基本は非合法の武器の不拡散を徹底することで、ほとんど全てのテロ組織は小型武器などによって大きくなり、そしてまたそのテロ行為そのものもそういうものでなされます。ですから、通常兵器も大量破壊兵器も含めて不拡散の旗手であり続けたこと、これもやはり世界で分かってもらいたいと思います。
そして、最後に、日本は、だから資源ない中、経済成長頑張った、そういうときにはどこかで無理が出てくるんです。例えば、女性の登用、子ども・子育ての支援など、今、安倍総理の下で猛烈な回復運転をやっていただいているんですけれども、一定の時期こういうことを後回しにして頑張らなければならなかった時代もある、そういういろんなことを伝えてほしいと思います。こういうことを伝えながら、日本に対する批判や負のイメージ、あるいはいわれなき誤解、こういうことも自然と収まっていくと私は確信します。
では、まず大事なのがこの訪米のときですけれども、事前の外交調整、あるいはアメリカにおけます対日世論がどういうものであるか、こういうこともよく見ながら、共感をしていただける、共感を取り付けやすいような、そのような演説を各方面で予定していただきたいと思いますけれども、そのような未来志向、そして国際貢献をこれからやっていく、平和国家としての歩みがずっとあったということ、こういうことを例えば首脳会談の後にできれば出していただきたい、共同文書といいますか、ジョイントコミュニケみたいなのがあるとすればそういうところに反映していただきたいと思いますが、いかがでしょうか。