武正公一の発言 (外務委員会)

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○武正委員 そこで、オバマ大統領広島訪問ということで、過日、火曜日の夜だったでしょうか、日米両政府から発表がありまして、水曜日の当委員会でも質疑がございました。
 お手元の方に御用意しましたのは、平成二十一年四月でございましたがプラハ演説を受け、九月の政権交代直後から、当時民主党政権でも核なき世界実現のために取り組んできた、その中で二十二年九月に、アメリカ・ウォールストリート・ジャーナル紙への核軍縮・不拡散に関する日独外相共同投稿というものを、これは外務省の和訳でございますが、おつけをしております。
 この直後には、三ページにありますように、軍縮・不拡散イニシアチブ、これは、今の日独のそうした呼びかけもあり、特に日豪が主導して開催、第一回外相会合、そして、一昨年の四月十二日には広島で第八回外相会合という形での軍縮・不拡散イニシアチブ、こうしたものがございました。
 一ページに戻りますと、岡田外相と当時のベスターベレ・ドイツ外相との共同投稿、この中で、やはり、上から三ポツの、四月に米国NPRで示された、強化された消極的安全保証、非核兵器国に対して核兵器を使用しないという保証を供与するという新たなアプローチが提示されたことも、プラハ演説もあわせて、このときの一つのムーブメントになっていたわけでございます。
 そして、核セキュリティーサミットを開催するということで、二〇一〇年からの開催。しかしながら、今回、ことしで第四回、最終回となったわけでございます。
 特に、この中で注目は、一番最後の行、そして次のページにかかるところでありますが、「米国の核抑止に依存している日本とドイツが、なぜかくも精力的に核軍縮を追求しているかと疑問に思う人もいるかもしれない。日独両国はこれまでも長い間、」ということで、いわゆる核の傘にある国でありながら、核なき世界の追求、そして三ページにありますように、当初は核リスクの低い世界を目指すということで取り組みが始まったわけでございます。
 また、二〇一〇年の八月には、当時駐日米国大使、米政府代表としては初めて広島の平和式典に参加をいたしました。このときの報道でも、米国メディアでは随分批判がありました。そういった中で、米国大使が初めて広島に、そして翌々年には長崎にということでありますが、こういった中で、政府が当時、そしてまた、これは国会も挙げて、そして我々もまた、三年半前に野党になってからも、引き続き米議会などへの取り組み、手紙なども含めて取り組んできた。そういったものが今回のオバマ広島訪問に実を結んだのかなと。もちろん、岸田外務大臣初め現政府、特に外務省中心のお取り組みがあったのは申すまでもございませんが、こういった、与野党挙げて過去からの経緯があるということについての外務大臣としての御認識。
 そして、特にお聞きをしたいんですが、この三ページのNPDI、せっかく日本が主導して進めてきて、広島でも二年前にやったわけなんですが、それまでほぼ一年おき、あるいは一年に二度も開かれてきたものが、二〇一四年四月以来、もう二年間開かれていないわけですね。
 この先の見通しなども含めて、オバマ大統領も任期一年を切ったわけでありますので、この核なき世界へのプラハ演説、そしてまた、途中ではベルリンでの演説、そして今回の広島訪問ということもありますが、これをやはり引き継いでいく必要が、あるいは責任が、とりわけ議長国あるいは唯一の戦争被爆国日本にはあるのではないかというふうに思いますが、外務大臣の御所見を伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 武正公一

speaker_id: 18971

日付: 2016-05-13

院: 衆議院

会議名: 外務委員会