神田憲次の発言 (財務金融委員会)

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○神田委員 自由民主党、神田憲次でございます。
 本日、二十分という短い時間ですが、麻生大臣におかれましては、予算委員会を初め、公務御多用の中で御答弁をいただき、深く感謝申し上げます。
 私からは、特例公債法について質疑をさせていただきたいと考えております。
 本日配付しております資料なんですが、特例公債発行の始点となった昭和五十一年五月十二日の衆議院大蔵委員会の会議録でございます。
 当時は、オイルショック後の景気悪化で税収の極端な落ち込みが発生いたしまして、財政上極めて困難な局面に差しかかっているという背景がございます中で、民社党の竹本委員の、もはや赤字財政に入ったのではないか、公債発行が前提の予算編成を考えていく時代ではないかという質問に対して、時の大蔵大臣でございます大平正芳先生が以下のような御答弁をされております。それが、今資料提出させていただきました、この大平国務大臣の四角く囲んだ部分でございます。
 ちょっと読み上げさせていただきます。
  異例中の異例の措置でございますので、ここ当分の間特例債の発行をお願いするというような形で国会の御承認を得るということは、どう考えてみても政府の姿勢としては許しがたいと存じまして、これが五年かかり七年かかる、仮にそうでありましても、当分の間お願いをするというようなことではどうも気が済まないわけでございます。いわんや私ども、五十年代の前半にはどうしても脱却を図りたいということで、五十一年度をピークといたしまして五十二年度以降漸減をしてまいりまして、前半には特例債からの脱却財政に持っていくというかたい決意でやっておることも、国会に毎年、毎年御審議を通じて決意を申し上げて、御了解を得ながらまいっていくことが行政府の正しい姿勢ではないかと存じておるわけでございます。
これが時の国務大臣大平先生の答弁でございます。
 当時、政府としても、苦渋の決断の中で特例公債の発行が始まったこと、それから、あくまで特例公債の発行は例外で時限的なものと考えていたことが、この発言、臨場感を持って示すものと考えております。
 結局、その後も公債発行は続いていくわけですが、大臣、当時の大平先生のこの御発言をお読みになられまして、大臣のお感じになることを忌憚なくお話しいただきたいと思いますが、いかがでございますか。

発言情報

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発言者: 神田憲次

speaker_id: 25604

日付: 2016-02-17

院: 衆議院

会議名: 財務金融委員会