玉城デニーの発言 (政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会)

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○玉城議員 ありがとうございました。
 一票の投票の価値の平等性、これこそ一票の格差是正の根幹であり、そのためにこれからもさまざま公選法を初め法律の改正はあるかと思いますが、そのことがやはり、国民の望む姿、求める姿により近い私たちの置き方というものを、これからも各党で議論する機会を持ちたいものだというふうに思います。
 では、残りの時間は、今度は私の私見といいますか考えも交えまして、政府参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。
 憲法の前文には、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」というふうに書いてあります。
 実は、一九七二年、先ほども冒頭で話をさせていただきましたが、沖縄県が、施政権が日本国に返還をされる際に沖縄県民が求めていたものは、実はこの憲法の理念のもとに戻れるということなんですね。基本的人権の尊重、国民主権、そして平和主義。このことは選挙を通じて得られる大きな価値観であるということが、沖縄県民には長くその考えが正直言ってしみついています。
 なぜなら、琉球王国から沖縄県になったときに、県令心得を初め、まず県令として国の指名によって沖縄県令が置かれ、その後、今度は県知事が置かれることになるんですが、その県知事もいわゆる官製知事で、選挙による知事ではなかったんですね。
 しかし、長年、県知事を自分たちの選挙で選びたい、求めたいという思いは、実は一九四五年に第二次大戦、太平洋戦争が終結した後、沖縄諮詢会という行政局が立ち上がってから、群島政府が置かれている間は実は民間から選ばれた群島知事がいたんですが、しかし、その群島知事が、当時の米国軍民政府、後の米国民政府に名前を変えますが、その統治をしていた機構の考え方や方向性と違うということで、再び米国民政府が指名をする、いわゆるそのときは知事ではなく主席、行政主席が置かれていたんですね。そして、最初の行政主席選挙は一九六八年十一月の立法院議員選挙と同じ日に行われ、そのときに初めて、米国の政権下にあって住民代表の主席が誕生した。その後、一九七二年に祖国に復帰した、日本に施政権が返還されたときには、沖縄県知事として、以降は当然ですが、県民による投票によって県知事が選ばれています。
 一方、私たちは国会議員ですので、国会議員のことを一言申し上げますと、一九七〇年、沖縄住民の国政参加特別措置法に基づき、衆議院、参議院ともに、衆議院の定数は五、参議院の定数は二ということで、初めて七〇年に特措法によって衆議院の議席を得、そして、七二年の復帰によって当然今の選挙の形になっていったわけです。
 一点、政府参考人に最後に質問をさせてください。もう時間が来ております。
 この選挙制度の改正によって、当然ですけれども、国民の投票する権利が失われてしまうことはあり得ないと思いますが、選挙制度の大幅な改正等によって国民が混乱することを避けるために取り組むこととは、どういうことを示すでしょうか。その点について、一点お聞かせください。

発言情報

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発言者: 玉城デニー

speaker_id: 24233

日付: 2016-04-27

院: 衆議院

会議名: 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会