原口一博の発言 (予算委員会第一分科会)
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○原口分科員 今回の日米新ガイドライン、安保法制で、防衛費をそのことによって伸ばすことはないと言われていますけれども、前回も、さきの国会でも大臣と議論させていただきましたが、ROEの問題であったり、情報の統合運用だったり、オスプレイ一機でも、日本仕様にするのに、インテグレートのプログラムで相当のお金がかかるわけですね。大体百億ぐらいと聞いています。とすれば、やはり日米で共同に何かをやろうとすれば予算が伴う、そこははっきり認められた方がいいのではないかと私は思います。
資料で、皆さんにあらかじめ申し上げますが、この映像じゃわかりませんけれども、少しショッキングなものがございますので、お断りしておきます。
十をごらんください。これは、二〇〇一年の八月に本委員会で私どもが中東に派遣をされたときのものであります。イラクのバグダッド、それからもう一つはヨルダンのバカア難民キャンプ。
バカアの難民キャンプでは、小学校の一番最初のところに、この左の上の、日本人の子供とパレスチナの子供が手をつなぐ絵が掲げてあります。日本のODAでつくられて、パレスチナの皆さん、難民キャンプの皆さんは日本に大変な感謝をしてくださっていました。日本は特別な国だということでございました。
それ以外の絵は全部サダム・フセイン時代のバグダッドで、当時、我が予算委員会の派遣も、アメリカが二十キロ先に空爆をしていましたから、行かないようにということで話がありましたけれども、当時の野呂田予算委員長が英断をされまして、私どもはバグダッドに入りました。ちょうど九・一一の直前です。
白血病棟、これは劣化ウラン弾の影響だと言われていますが、経済制裁でほとんど薬もなく、白血病の子供たちが大変な苦しみの中でお母さんと一緒に寝ていました。
あと三つは、アーメリア防空ごうという、湾岸戦争のときに、誤爆で、五百人近いお母さんと子供たちが一瞬のうちに熱で亡くなった、爆弾で亡くなった、ミサイル弾で亡くなった。一番右の上の写真は、ちょっと不鮮明ですけれども、赤ちゃんの手形がついた壁だとイラク側は説明していました。
何でこんな話をするかというと、今回、サダム・フセインの残党、フセイン政権の一部がISの中核となっているというふうに聞きますが、やはり、恐れを生むということを本気で私たち安全保障にかかわる人間も考えなきゃいけないと思います。
恐れが恐れを生んで、そしてそれが、彼らが言うには、自分たちがこういう子供たちを守る手段がないから、圧倒的な大きな力に対してテロをと。テロは絶対に正当化できません。しかし、テロのもとにあるものが、こういう理不尽なものに対する怒りであったということがないようにしなきゃいかぬというふうに思うわけであります。
もう時間がわずかですので、中谷大臣にぜひ、政治の世界の言葉も、恐れではなくて統合、怒りではなくて理解、それが大事なんだと思います。
精神科医の水島広子さんが、アティテューディナルヒーリングという、それこそ白血病や難病の子供たちが最期を怖がらなくて済むように、恐れを手放すアプローチというのを、精神科、対人療法のアプローチでなさっています。
私は、政治の世界も、そういうアティテューディナルヒーリングのような、今どうしてこの人がこんなことを言うんだろうとか、国会の中も、ある意味非常に、十年前と比べると、皆さんの心がささくれ立った社会を反映しているような気がいたします。恐れに恐れで返すのではなくて、恐れを手放すアプローチ、テロに対する闘いの中で、こういう心理的なあるいは精神的なアプローチもぜひ検討をしていただきますように。
普天間基地の移設の問題についてはちょっと答弁がすれ違いましたけれども、また別の機会で議論させていただくことをお願い申し上げまして、質問を終わります。
ありがとうございました。