荒井広幸の発言 (経済産業委員会)

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荒井広幸君 荒井でございます。出入りしまして、失礼をいたしました。
 私は、福島という、家族で住んでいるということだけで言っているわけではないということをまず前提でお話しさせていただきたいんですが、エネルギーは人類史そのものだろうというふうに思います。人や社会あるいは地球環境というものを常に考慮に入れながら、次の世代というところも視野に入れた考え方というのが必要なんだと思うんです。
 そのときに、原子力発電というのは使いたいが使ってはならない技術ではないかというのが、私のこの教訓を踏まえての結果なんですね。使いたいがというのは、つまりは誘惑ですね。これは政府の答弁とかにはもう如実に表れる表現ぶりですが、現実的に、それから現実的なエネルギーのベストミックスのためにはと、こういうようなことを常に言うわけです。しかし、人類史は常に現在は過渡期であろうというふうに思うんです。その過渡期である中で、我々は誘惑に負けない挑戦をしていくべきであろうというふうに深く思います。今、我々、政治含めて、誘惑に負けているんです。逆に言えば、現実というのをある程度受け入れて、改革しようという勇気を捨てていると言ってもいいかもしれません。
 そういう意味において、よくよく言われる話ですが、私のときもそうでしたけれども、出稼ぎや集団就職が非常に多くて、私の田村市というところからも山を越えて、原発に働きに行けるというのはいいねという方だったんですね。しかし、かわいい子供たちが集団就職に行く、そして、お父さんは農閑期には出稼ぎに行く、こういうことというのはどんなものかなというようなものも、政治を志す頃の私の頭の中にはありました。何でかわいい子供らと一緒に生活できないのかなと。生まれ育ったところで学校にも行き、あるいは戻ってきて、そして働ければなというふうに思った。それが最大公約数的に原発を誘致する最大の力だったですね。
 ところが、今、無残にも家族は分断なんです。地域も分断なんです。花見さえできないんですよ。あんたのところは自主避難しているから風評被害まき散らしているようなものだと、俺の方はちゃんと家族が帰ってきてやっているんだぞと。これは人それぞれの受け止め方もありますから、どちらがどうとも言えないわけですね。もちろん、一ミリシーベルトという基準も含めての様々な受け止め方はあります。
 そういう中で、働く場を提供できない自らにこそ恥を私は感じます。新しい社会経済の在り方をつくれないでいるがために、その誘惑に駆られて原発というものに走っているならば、これは政治、行政のみならず、我々人類全体がもう一回反省し、考えなくてはならないところではないかなというふうに思っているわけなんです。
 そこで、私自身は、この機会をみんなが参加する機会というふうに捉えています。産業革命以来、持てる者と持たざる者の区別がはっきりしてきました。そして、今、再生可能エネルギーも含めまして、自ら生産し消費するという可能性がつくられているわけです。つまり、自らが参加できるという、産業革命以来大きな転換点におります。人はプロシューマと言う方もいますが、私もこのプロシューマを日本に比較的早く紹介した者であります。
 こうしたことを考えてまいりますと、例えば、過渡期には化石燃料はやむを得ない、こう私も思います。そのときに、水素燃料電池で日本が先駆けて実用化しているエネファームというものに私は出会ったわけですね。水素燃料電池で、まだまだ開発途上でもあります。ですから高いということもあります。少なくともこのコジェネレーションは、コジェネレーションの観点から見ても、発電をしながら給湯するという優れ物でありますから、ここに、お風呂に入らない国民は誰もいないわけで、日本人こそ浴槽が好きですから、これを置き換えていく。私は家電のエコポイントの発案者で、七千億で五兆円、これを麻生内閣のときに実現していただいたものですから、同じような考え方を持って、買換えをしていくときに、約四割方光熱費が下がっていきます、そのものを返済に充てながら買換えをしていく、こういうようなスキームでどうだろうかというようなことでこのエネファームをかなり推奨しております。
 四人家族で四キロワットで〇・八キロぐらい。一番状況のいい中で発電をいたしますと、百万キロワットの原発一基なら百三十三万世帯でこれは完結するんです。十七、八基動かすか動かさないと言うのだったらば、たかだかその十七倍です。日本には四千八百万戸あります。耐震強化しなくちゃいけません、地震に対して。そういったことも含めて、様々な工夫を凝らせば、原発というのは少なくとも使わなくていい結果に導き出せるはずなんです。ということに私は挑戦をしているということを冒頭申し上げまして、その中でお尋ねをさせていただきたいんです。
 お金がある人がソーラー発電をして、そしてそれを売電して、お金がない人が、ソーラーパネルも付けられません、もちろん参加するという意欲も必要ですが、割高なものを、電力を買ってきたという仕組みですから、私は、三月十一日の後にこれ大々的に入れるときにも実は私は大反対の組だったんです。そういう資金力がない人に負担をさせるというやり方自体がおかしい。資金力がない人の方が分別ごみをやってみたり、いろいろな参加している人の方が多いんです。その人たちに高いものを買わせる。
 そこで、百歩譲って私が当初この委員会で賛成したのは何であったかと、三月十一日前。余力の売電ならいいと言っているんです。自分が使った後のものならば売電するのは結構。結果、こういうことになってきました。一時期私は、原発の問題もあったから、ある程度加速させるというためにはやむを得ないというふうに思いましたが、そもそもこのやり方というのは、先生方も御指摘のとおりで、長短あるやり方なんです。最大は、参加する意欲があってもお金がない人は参加できないというスキームなんです。この辺を我々は大きく変えていかなくちゃならないなということを常に自問し、矛盾を感じ、自分の力のなさ、提案力のなさを常に痛感をしているということなんです。
 そこで、お三方に手短に私の方で聞かさせていただきたいと思いますが、コジェネレーションを、果たして、再生可能エネルギーということばかりじゃなくて、コジェネレーションのもののエネルギーというものを、これで電力をつくるといった場合にはどういうふうに扱っていったらいいかなというふうに考えているんです。今はただ単に発電というだけで考えているんです。発電プラスコジェネをしなければその発電も買わないとか、あるいは価値を持たせないというんですか、そういう考え方があろうかと思いますが、この辺はいかがでしょうか。山地参考人、石川参考人、和田参考人にお尋ねしたいと思います。

発言情報

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発言者: 荒井広幸

speaker_id: 667

日付: 2016-05-19

院: 参議院

会議名: 経済産業委員会