海野惠美子の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(海野惠美子君) 私ども、全国母子寡婦福祉団体協議会と申します。
今回は、全国ですので、熊本の方の災害が起きたときに、何をやらなければならないのか、焦る気持ちもありました。そして熊本県、大分県の会長さんと連絡取り、甚大な被害状況だということも聞いております。一日も早く皆さんの不安が少なくなることを心からお祈りしながらこの場にいさせていただいております。
改めて、本日は、将来子供をリードするであろう全ての子供たちがその生まれて育った環境に左右されない、またさせてはならないという思いが募るすばらしい会議に参考人としてお招きいただいたこと、これほど名誉なことはございません。誠にありがとうございます。
さて、児童扶養手当について、この度、第二子以降増額の見込みとなり、会員の皆様から次のような喜びの声を聞いております。
働きながら子供の精神面のフォローのできない中、児童扶養手当のアップにより心のゆとりができました。ありがとうございます。あと、物価が上がっている中、助かりました。子供が複数いるので助かります。お金がないので公立しか行かせられませんが、頑張ります。子供が三人いるので、念願がかなってうれしいです。貧困のため諦めることのないよう、これからも頑張っていきます。少し余裕ができて希望が持てました。将来を担う子供に明るい光が。親として創意工夫をして健全な育成をしようと思っておりますということです。
あと、この児童扶養手当は、我が全国母子寡婦福祉団体協議会が昭和三十六年十一月二十九日、請願運動の果て、この制度は一人親の生活を安定させるとともに、自立を促し、子供の福祉の増進を図ることを目的としております。昭和五十一年六月五日には支給対象年齢を十五歳から十八歳に引き上げていただきました。これらも私たち請願、一生懸命やってきた結果だと思います。困っている人の集まりですけれども、ここで少しでも成果が上げられたことは喜びと思っております。
ここで、少々私たちの会を紹介させていただきます。
昭和二十五年十一月二十九日、全国未亡人団体協議会として会を発足し、戦争未亡人である母親たちが帰らぬ人をしのびつつ子供の成長をたくましく願い、行動を起こした、初めて、偉大なる会だと思っております。昭和二十七年十一月、第一回全国福祉大会開催。この大会は現在も自立基盤事業の一環として続いております。昨年は六十五回となる福祉大会を開催いたしました。私たちは一人親の自立のため、しっかりとした請願、決議をみんなで確かめ合いました。
長年大会を続ける中、昨年、和歌山県の紳士からこのような一通のメールが届きました。母の十七回忌法要で、昔未亡人の集会で聞いていた歌を流したいと。その方は過ぎし母の思い出とこの会で歌っていた母を思い出されたそうです。きっとこの会に参加されているときのお母さんの顔が一番印象に残られたのでしょう。想像ですが、とても明るくて強いお母さんの顔だったのでしょう。それはとても貧困の連鎖という昨今の現状には程遠いと御推察いたしました。このように御立派な紳士と伺いました。
そして、私たちが事業をやるために、母の日のカーネーション造花事業、母たちが経済的打開策としての事業を始めました。母の日が参ります。母の日のカーネーションをみんなで売って、やっぱりお互いに自分で自分に御褒美みたいな形で私たちもカーネーションを付けました。
昭和三十九年七月一日、会の結成以来宿願であった母子福祉法が制定されました。五十一年六月五日、児童扶養手当支給年齢が十五歳から十八歳未満と拡大されました。
私たちは子育てと仕事の両立をしながら、みんなで声を掛け合い、泣き笑いし、大変でありますが、楽しく署名運動、請願運動を幾多に行ってまいりました。今後も、世の中の全ての人々が生まれ育った環境などに差別されることなく、みんなが幸せになるため、我が団体は今以上の活動をしてまいりたいと思っております。
また、母子寡婦福祉団体として、現在、多岐にわたり一人親家庭の支援をしております。その一つは、各都道府県、市におきまして、一人親の子供たちが将来の夢と希望を持てるため、学習ボランティア活動に取り組んでおります。震災に遭われた熊本県は、平成二十七年度、団体最多の七十七か所で学習ボランティアを取り組んでまいりました。今回の震災でそれがなくなることのないように願っております。今年度は日本全国たくさんの団体でその取組を拡大しております。唯一父子家庭が県の会長として活躍している長野県は、日本アルプスを抱えて過酷な立地条件の中、昨年からボランティア事業をスタート、今期は昨年の三倍の勢いで事業を展開すると聞いています。同会長は、経済的に塾に行きたくても行けず、習熟度に差が付いていることに具体的に教えると意気込みを感じさせています。このように、日本全国どの地域でも学習支援又は全国の居場所づくりに力を入れてまいりたいと思います。
平和で貧困の格差のない世の中を希望しております。我が団体は、六十五年の歴史を生かしつつ、未来の社会づくりに貢献したいと思っております。
昨年度は高等学校卒業程度認定試験合格支援の導入、今年度は高等職業訓練促進給付金事業の見直しをいただきまして、各地の団体の自立支援の相談員から喜びの声が上がっております。子供は親の背中を見て育ちます。母が時間と勝負の中、勉学に励む姿はとてもすばらしい結果を子供たちにもたらしてくれると思っております。
体験を毎年の各地区のブロックの大会、地区の大会、全国福祉大会で数多く発表をされてきました。今後も一人親自身が自立できる環境の整備をよろしくお願いいたします。
最後に、一人親家庭の今後の課題をお話ししたいと思います。
学習ボランティアを実施していない自治体もありますので、是非実施していただきたいと思っております。あと、就学の支援、養育費支給率も二〇%にとどまっておりますので、そこのところの改正案があればいいかと思います。あと、児童扶養手当が四か月に一度というのを、何とかせめて年金と同じように二か月に一度にしていただけないか、これが私たち、生活に困っている人たちの希望でございます。
ここで、一人の方のメールを紹介させていただきます。
私は、下の子が高校を卒業すると同時に離婚をしました。下の子が生まれて間もなく、家族を顧みない夫からの心の支えと経済面の支えがほとんどなくなりました。世間体を気にする親兄弟からの反対により、離婚を考えませんでした。そのことを起こす元気すら私自身ありませんでした。夫から放任される中、十八年にわたり一人で子育てをしました。この子は平成七年に生まれましたが、サツマイモのつるを炊いて食べさせたり、ツクシを摘んで卵とじをして食べさせていました。私が仕事に出ることをひどく夫から反対されていましたので、自分の体の不調くらいで病院には行けませんでした。具合の悪い私を看護してくれたのは長女でした。その長女は、一人、家を出て、働きながら五年間で幼稚園教諭の免許を取得しました。就職先でメンタル面障害を起こして、現在治療中です。離婚をする、そして様々な支援を知っていたら、子供、私も心理の不安から心身を病むことはなかったでしょう。児童扶養手当の増額、他人ではなく有り難いです。ありがとうございました。
あと、私どもが働いてきて感じたことは、私たちの時代はパートとかそういうことで何か所も働きながら生活してきました。そうすると、その方たちが国民年金だったもので、今では都会ではアパート代にもならない、これからどうして生きていくんだろうという方が増えてまいりました。是非、就業のためのいろんな施策、正規雇用、そういう形で働けるように、高度な技能と就業ができるような仕組みをつくっていただければ、みんな明るい生活ができるのではないかと感じております。
今回、いろいろなことでこういう形ができましたことは心から感謝申し上げております。
あと、私たちは全国大会を行っておりまして、全国で決議内容がございます。その決議内容は資料としてお出ししていますが、私どもが全国的に、全国大会、ブロック大会で申合せ事項として出しておりますので、その点はよろしくお願いしたいと思います。
まず、自立と経済的な支援、それと子供の育成、これが基本で、私たちは生きていかなければならない、子育てをしていかなければならない、将来を担わなければならないと、そういうことをしっかりと踏まえながらこれからも私どもの会を展開していきたいと思っております。よろしくお願いいたします。