淺田正彦の発言 (国際経済・外交に関する調査会)

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○参考人(淺田正彦君) 京都大学の淺田と申します。本日は、お招きをいただきましてどうもありがとうございます。
 会長の方から思うところを自由に述べよというふうにおっしゃいましたので、自由に述べさせていただきたいと思いますけれども、主として三点についてお話ししたいと思います。
 第一は、核兵器不拡散条約、NPTといいますけれども、この条約の重要性、とりわけ核軍縮との比較における核不拡散の重要性についてお話ししたいと思います。核不拡散というのはどういうものかといいますと、核兵器を保有している国を増やさないというふうなことが核不拡散と言われるものであります。これを核軍縮との比較において少し述べたいと思います。第二に、最近注目されております核軍縮への人道的アプローチと日本との関係についてお話ししたいと思います。最後に、日本の原子力政策とそれから核軍縮との関係について。この三つについてお話ししたいというふうに思っております。
 最初に、NPT、核不拡散条約の重要性でありますけれども、これは当然であって、今更問題にすべきことではないかもしれませんけれども、先ほど言いましたように、核軍縮との関係において少し確認しておくべきことがあるかと思います。
 御存じのとおり、NPTでは、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、この五つの国を核兵器国というふうにしまして、核兵器の保有を認めております。それ以外の国が非核兵器国でありまして、核兵器の保有は認められない、禁止されておると。それだけではなくて、禁止されている核兵器を造っていないということを確認するために、国際原子力機関、IAEAの査察を受け入れる義務もあると。このように、NPTというのは二十一世紀においても残る不平等条約というふうに言うこともできます。
 そういった不平等性を少しでも緩和するためにNPTでは第六条というところがありまして、これが核軍縮の義務について述べております。レジュメの方に書いてありますので、適宜御参照いただきたいんですけれども。しかし、その義務というのはどういう義務かといいますと、太くしましたように、交渉を行う義務にすぎないと。したがって、不平等性の緩和には必ずしもなっていないということであります。
 では、こういった不平等性を解消するための動きはあるかといいますと、そうではありませんで、むしろ核軍縮が非常に緩い義務だということとの関係でも、核軍縮よりも核不拡散を重視するというふうな流れが国際社会では大多数だというふうに私は感じております。その点が如実に示されたのが一九九五年のNPT延長会議の様子であります。
 NPTというのは、当初、無期限の条約としては作られておりません。これは無期限にすることに反対があったからでありますけれども、レジュメにありますような、NPTというのは、十条というところを見てもらいますと、当初二十五年間は有効だということで作られておりまして、発効から二十五年後、すなわち一九九五年に一応の期限を迎えると、その後どうするかということは締約国が会議を開いて決めるというふうなルールになっておりました。そのための会議が先ほど言いました一九九五年のNPT延長会議と呼ばれる会議であります。
 この延長会議では二つの選択肢が示されております。一つは、NPTを二十五年ごとに小刻みに延長すると。つまり、二十五年がたった時点で更に延長するかどうかということを核軍縮の進展等に照らして決めるという提案であります。これは、この提案によると核軍縮への圧力ということが可能になるという利点がありますけれども、場合によってはNPTをもはや延長しないということで、NPTがなくなるという可能性もある、そういった危険性のある提案でありました。
 もう一つは、NPTを無期限の条約にするという提案であります。この無期限にするという提案というのは、NPTが消滅するというふうな危険はありません。しかし、逆にNPTはもう完全に安泰だということで、核兵器国の側に核軍縮の努力をする誘因といいますか、インセンティブがなくなるということが危惧されておりました。この二つの提案の中で議論が行われたわけですけれども、最終的には無期限延長というものが総意、コンセンサスで採択されています。
 この事実は、NPTの締約国が、コンセンサスでもって核軍縮を推進することよりも国家安全保障というものを優先させたというふうに理解することができます。つまり、全ての国にとって、当時の米ソの核軍縮が進展するかどうかということよりも、隣の国が核兵器を持たないようにするという核不拡散の保障をしておるNPTが消滅しないということの保証の方を重視したということだと思います。この点は二十年後の今日でも変わっていないというふうに思います。
 しかし、核軍縮の努力を軽視していいということではありません。核兵器国が核軍縮の努力を怠る一方で、核不拡散の方の側面のみが強化されるならば、非核兵器国の側に不満がたまると。それがNPT体制を弱体化させるというふうな危険があります。
 そこで、次に核軍縮の問題について最近の動きを中心にお話ししたいというふうに思います。
 二の人道的結末共同声明と核軍縮でありますけれども、核軍縮を推進する方策として、二〇一二年のNPTの準備委員会以来、核軍縮に対する人道的アプローチというものが注目されております。これはどういうものかといいますと、核兵器を使用した場合の非人道性というものに訴えまして、核兵器がいかなる状況においても決して使用されないということが重要であると、そのことを保証する唯一の方法というのは核の廃絶だというふうに主張して、核兵器の廃絶を唱えるものであります。これは極めて論理的でありまして、かつ説得的な摂理であるというふうに思います。
 実際、この声明が出された二〇一二年の当初は僅か十六か国の共同声明にすぎなかったわけですけれども、三年後の二〇一五年、昨年のNPTの会議の際には百五十九か国まで賛同国が増えておるというふうなことであります。
 日本政府はどのような対応を取ったかといいますと、当初これに参加していませんでしたが、二〇一三年の秋の国連総会の折に初めてこれに参加しております。被爆国として当然のことであって、むしろ遅きに失したというふうに評価されるかもしれません。しかし、私は、被爆国としての発信の必要性とそれから国家の安全保障の問題というのは混同してはならないというふうに思います。
 日本の安全保障というのは、アメリカの拡大核抑止を含む日米同盟に依拠しているというふうな体制を取っております。核抑止というのは何かといいますと、核兵器を使用するとの威嚇をもって潜在的な敵国の攻撃を思いとどまらせるというのが核抑止であります。そういった使用するとの威嚇を行うことによって侵略を思いとどまらせるという政策に依拠しながら、核兵器はいかなる場合にも使用されてはならないというふうな声明に賛同するというのは、果たして一貫性があるのか、矛盾しているのではないかということが問題となります。
 実際、この点については国会で質問がありました。二ページ目の方にそれが掲げられておりますけれども、二〇一三年の十月二十八日の衆議院国家安全保障に関する特別委員会での質疑でありますけれども、この共同声明に署名したということで核抑止政策に変更があったのではないかということで質問があったわけですけれども、政府の側からは、我が国の核抑止を含む安全保障政策あるいは核軍縮アプローチとの整合性が取れたから賛同したというふうな回答がなされました。
 しかし、本当にそうなのかというところに疑問が残ります。実際、ドイツやオーストラリアなどの西側諸国というのは、まさにいかなる場合にも使用されてはならないというところのゆえにこの共同声明への賛同を見送ったというふうに言われております。
 オーストラリアというお話をしましたけれども、この二〇一三年、日本が人道声明に賛同した二〇一三年の国連総会では、今述べました人道的な結末声明とは別にオーストラリア主導の声明も出されております。これが一ページ目と二ページ目の間のところに書かれておるものですけれども、このオーストラリア主導の声明というのは、核兵器の使用の人道的結末に懸念しながらも、核兵器に関する議論が安全保障と人道の両面を認識しつつ行われることが重要であるというふうなことを述べたものでありました。
 日本はこのオーストラリアの声明にも賛同しておりますけれども、二つの声明の双方に賛同したのは世界では日本だけでありました。これは、日本の外交の特異性といいますか、私から見ると一貫性のなさというものが現れているように思うわけであります。
 国際的に一目置かれるというふうな国になるための最低条件というのは、その国の政策が矛盾なく一貫していると、少なくとも理解できるということが必要ではないかというふうに思います。それは、その国の言う主張が説得力を持ってそもそも聞いてもらえるための大前提だというふうに思います。その意味で、日本としては、自国の安全保障政策を一貫したものとするために、核抑止に依拠する政策とそれから核軍縮外交との関係について早期に整理して明確化する必要があるのではないかというふうに思っております。
 ちなみに、核の使用についてのアメリカやイギリス、西側の核兵器国の政策はどのようであるかということを御紹介しますと、レジュメの二ページの(2)のところにありますのがその二つですけれども、アメリカとイギリスというのはほぼ同じような政策を取っておりまして、NPT、核不拡散条約の締約国であり、かつそういった核不拡散の約束を守る国に対しては核兵器を使用しないというのがこれらの国の政策であります。
 こういった政策であれば、例えば北朝鮮との関係での核抑止という観点からも日本の安全保障政策と合致するのではないかと思いますので、こういった政策を推進していくと。これとは違う政策を取っている他の核兵器国との関係ではその辺りを指摘しておくということも一つの方法ではないかというふうに思います。
 ところが、日本はその後、昨年の国連総会では、いわゆる人道的結末声明、つまり、あらゆる場合に核兵器を使用してはならないということから、核軍縮を述べる人道的結末声明に賛同しつつ、オーストラリアの行っておった声明、すなわち安全保障とそれから核軍縮というものの両方が大事だというふうな声明には、前回は、二〇一三年のときには両方賛同したわけですけれども、昨年の国連総会ではオーストラリアの方の声明からは離脱しております。
 私は、人道に訴えるという方向が核兵器の使用を完全に排除する、核軍縮に直結させるという効果を持つことは認めるわけですけれども、逆に、だからこそ交渉の余地を残さないと、核の即時完全廃絶というところまで行かなければもう交渉の余地もないというふうなところに行く危険性というものがあるのではないかというふうに思います。
 ちなみに、核兵器に関連する措置としましては、核実験についての包括的核実験禁止条約というのがあります。いわゆるCTBTと言われるものですけれども、この条約は今年署名二十周年を迎えます。しかし、発効の見込みは全く立っておりません。こういった部分的な措置でさえこういった状況であるのに、その何倍も何十倍も困難な核兵器の廃絶というものが容易に実現するようには思えないわけでありまして、むしろ、先ほどのオーストラリアの声明も言っていますけれども、人道的アプローチというものが核兵器国と非核兵器国の間を分断してNPT体制というものを弱体化させるのではないかというふうに危惧しております。
 部分的な措置ではありますけれども、例えば、先ほど言いましたCTBTの発効を目指してまだCTBTを批准していないアメリカや中国に働きかけるというふうなことをするとか、あるいは、核兵器の原材料であります核物質等の生産を禁止する条約、FMCTというふうに言われておりますけれども、核物質の生産禁止条約の交渉、これはまだ全く進んでいませんけれども、この交渉の開始に努力するとか、そういったところに努力を傾注するという方が現実的ではないかというふうに思います。
 最後に、日本の原子力政策とそれから核軍縮の問題についてお話ししたいというふうに思います。
 阿部大使の横で原子力政策を話すのも少し気が引けますけれども、日本は、一方で先ほど述べました人道的アプローチによる核軍縮というものに傾斜しておりますけれども、にもかかわらず、他方では日本に対して核兵器の疑惑というものが付きまとっているのが実情であります。
 例えば、三ページ目に挙げましたけれども、昨年十月の国連総会では中国の軍縮大使が日本のプルトニウム問題を取り上げまして、余剰プルトニウムを持たないという日本の政策にもかかわらず、日本には核兵器千三百五十発分の分離プルトニウム十トン余りがあるけれども、それを消費する現実的な方策もなく、国際社会に重大な懸念を引き起こしているというふうに述べまして、具体的な数字を挙げながら批判しておるわけです。
 このように、日本には核軍縮をいかに推進していくかという攻めの政策を考える必要があるだけでなく、核開発疑惑というふうにも言っていいような受け身の立場にもあるということを明確に意識しておくということが必要ではないかというふうに思います。
 多くの国が日本の核武装を疑っているわけではありませんけれども、最近、読売新聞を見ますと、ロンドンに本部のあります国際戦略研究所のフィッツパトリックという専門家が、北朝鮮の核実験との関連を含めて、日韓あるいは台湾も含めてそういった可能性に言及するようなことを行っておるわけです。そういった指摘がなされた際に、日本としてはすぐに具体的な反論ができるようにしておくということが重要ではないかというふうに思います。
 まず、事実の点から足下を固めておくという観点からしますと、プルトニウムの消費に向けた政策を推進していくということが必要ではないかというふうに思います。
 昨年から原発の再稼働が少しずつ始まっていますけれども、今年に入ってからは高浜三号機といういわゆるプルサーマル炉、プルトニウムの消費を行うプルサーマル炉が再稼働されていますけれども、プルサーマル炉の一基で消費できるプルトニウム量というのは年間せいぜい〇・五トン程度というふうに言われています。既存の分離プルトニウム、海外にあるものを含めると五十トン弱あるわけですけれども、それに使用済燃料の中に含まれておるプルトニウム、これは百トンを優に超えておりますけれども、こういったものを考えると、プルトニウムの消費量が更に多いと言われるフルMOX炉の完成を含めまして、更なる努力が必要だというふうに思います。
 同時に、そういった取組を国際的に発信していくということも重要であります。日本はこうした国際発信において非常に後れを取っておるという傾向がありまして、例えば尖閣問題などは諸外国では中国領だというふうに思われているというふうなところも少なくないわけでありまして、そういった国際発信についても今後力を入れていくということが重要ではないかというふうに思います。
 いろいろ申し上げましたけれども、最後に要点をまとめておきますと、我が国の議論では核軍縮に傾く傾向がありますけれども、むしろNPTというのはかなり危ない状況にありまして、その維持強化が重要ではないかということですね。その点では、核兵器国と非核兵器国との間の分断を招く議論というのはNPTの弱体化につながるので、この辺りは少し要検討ではないかというふうに思います。
 それから、それとの関連もありますけれども、日本の安全保障政策の根幹にあります日米同盟あるいは核抑止力の問題とそれから軍縮外交との間の整合性の問題というものを早期に整理しておくということが重要ではないかというふうに思います。一挙に核廃絶というよりも、むしろCTBTのような部分的な措置について例えばアメリカや中国に対して働きかけるというふうなことを行う、あるいはFMCTといいます、核兵器の原材料の生産禁止というふうな条約交渉を推進していくということが重要ではないかということ。
 それから、日本の足下の問題として、プルトニウムに関わる疑惑の指摘があるという事実を踏まえますと、それに対する対処というものを着実に進めるということが必要ではないかと。こういったあらゆる点を含めて、少なくとも日本からの国際発信というものがもう少しあってもしかるべきではないかというふうに思うわけであります。
 以上で、私の思うところを述べさせていただきました。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 淺田正彦

speaker_id: 7741

日付: 2016-02-17

院: 参議院

会議名: 国際経済・外交に関する調査会