長峯誠の発言 (財政金融委員会)

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○長峯誠君 自民党の長峯誠でございます。
 補充質疑ということで質疑をさせていただきたいと思います。
 まず、修士論文についてでございます。
 そもそも、週刊誌が四十五年前の修士論文をもって日銀審議委員の適格性を云々すること自体が私は適切だとは思っておりませんが、これ、事は参考人の名誉に関わることでありますので触れておきたいというふうに思っております。
 御提出いただいた修士論文は非常に短いです。参考文献、目次含めて五ページということでございます。これについて、衆議院の方の財金委員会の方で参考人は、東大紛争が終わってすぐの時期であったのでやや混乱期にまだ大学院の教育があったというふうに答弁をされております。
 実は私、東京大学百年史という資料を皆さんのお手元に配っております。ここに書いてあるマーカーがしてあるところを読み上げさせていただきますが、経済学研究科における教育と研究が落ち着いた雰囲気の中で軌道に乗り、かつ大学院の制度改革が実現されるまでには、その後かなり長い期間が掛かり、教官、院生共に余り生産的とは言えない経院紛争、経済学部の大学院ですね、経院紛争の一時期を経験することとなると。新たな五年一貫制大学院が制度化されていない状況において、古い制度の制約の下に、どのような改革を実現していくかをめぐる争いであったと言えようと。
 それから、次の次のページでございますけれども、修士論文のことが書いてあります。
 修士論文の取扱いという項目で、研究科委員会が取扱い上最も苦慮したのは、飛ばしまして、修士論文と自由研究の問題でありとあります。まず修士論文については、制度改革が実現するまでの暫定的措置として、修士課程修了時に従来の研究の概要とそれについての学問的反省並びに将来の研究計画についての説明を最低限含むところの論文提出を繰り返し求めたにもかかわらず、そうした要件を満たしたとは言い難いものがかなり提出されたため、研究科委員会と全教官会議はその取扱いをめぐって苦慮し、要件を満たさぬ者は留年の措置をとるべしとの意見も出されたが、結局はやむを得ぬ措置として博士課程への進学を全員について認めることとなった。こうして本研究科の修士論文制度は、五年一貫制の中で新たな制度として位置付けられるまで事実上形骸化されていったのであるとあります。これは、参考人の御指摘と符合する内容でございます。
 また、当時の修士論文を私、東京大学に行きまして全部拝見させていただきました。二十三名の方が修士論文を書かれておりましたが、お手元に配付の資料にその結果が出ております。論文の枚数が二枚の方が三名、これ、先ほどと同じ、目次、参考文献を含んで表紙を除いております、二枚の方が三名、三枚の方が五名、四枚の方が一名、そして参考人と同じ五枚という方が三名いらっしゃいまして、それ以上、八枚、十枚から、一番多い方は五十五枚でしたが、この五十五枚は全て数式でございまして、そういう方がいらっしゃる。ちょうど参考人が真ん中辺にこの二十三人の中ではいらっしゃるということでございまして、この時点の修士論文の中で特段異常な修士論文ではなかったということは言えるのかなというふうに思っております。
 これ、参考人が衆議院の方で答弁されているんですが、この論文を指導していただいたのはあのかの有名な宇沢弘文先生であるということで、宇沢先生といえば知らない人はいらっしゃらないと思いますが、文化勲章を受けられて、経済学で文化勲章を受けられた方って八十年の歴史で十人しかいないということですから、もう間違いなく日本を代表する経済学者と言ってもいいかと思いますが、この宇沢先生の指導でこの五枚の論文を提出することになったのか、そのときの経緯をお知らせいただきたいと思います。

発言情報

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発言者: 長峯誠

speaker_id: 17475

日付: 2016-05-19

院: 参議院

会議名: 財政金融委員会