財政金融委員会

2016-05-19 参議院 全81発言

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会議録情報#0
平成二十八年五月十九日(木曜日)
   午前十時五分開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月十二日
    辞任         補欠選任
     櫻井  充君     礒崎 哲史君
 五月十三日
    辞任         補欠選任
     井原  巧君     山谷えり子君
     島田 三郎君     岩城 光英君
     柘植 芳文君     中西 健治君
     山下 雄平君     岡田 直樹君
 五月十八日
    辞任         補欠選任
     中西 健治君     中泉 松司君
     白  眞勲君     藤田 幸久君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         大家 敏志君
    理 事
                愛知 治郎君
                石田 昌宏君
                長峯  誠君
                大久保 勉君
                西田 実仁君
    委 員
                岡田 直樹君
                伊達 忠一君
                中泉 松司君
                中川 雅治君
                中西 祐介君
                宮沢 洋一君
                山谷えり子君
                山本 一太君
                礒崎 哲史君
                尾立 源幸君
                大塚 耕平君
                藤田 幸久君
                竹谷とし子君
                大門実紀史君
                藤巻 健史君
                平野 達男君
   内閣官房副長官
       内閣官房副長官  世耕 弘成君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        小野 伸一君
   政府参考人
       内閣官房内閣審
       議官       土生 栄二君
   参考人
       日本銀行副総裁  岩田規久男君
       日本銀行政策委
       員会審議委員   櫻井  眞君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○参考人の出席要求に関する件
○財政及び金融等に関する調査
 (日本銀行法第五十四条第一項の規定に基づく
 通貨及び金融の調節に関する報告書に関する件
 )
    ─────────────
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大家敏志#1
○委員長(大家敏志君) ただいまから財政金融委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、櫻井充君、山下雄平君、柘植芳文君、井原巧君、島田三郎君及び白眞勲君が委員を辞任され、その補欠として礒崎哲史君、岡田直樹君、山谷えり子君、岩城光英君、藤田幸久君及び中泉松司君が選任されました。
    ─────────────
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大家敏志#2
○委員長(大家敏志君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 財政及び金融等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、政府参考人として内閣官房内閣審議官土生栄二君の出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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大家敏志#3
○委員長(大家敏志君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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大家敏志#4
○委員長(大家敏志君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 財政及び金融等に関する調査のため、本日の委員会に参考人として日本銀行副総裁岩田規久男君及び同政策委員会審議委員櫻井眞君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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大家敏志#5
○委員長(大家敏志君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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大家敏志#6
○委員長(大家敏志君) この際、櫻井審議委員から発言を求められておりますので、これを許します。櫻井日本銀行政策委員会審議委員。
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櫻井眞#7
○参考人(櫻井眞君) 冒頭、御挨拶いたします。
 今回は、私の経歴の件でいろいろな表記の誤りがございまして、大変皆様に御迷惑をお掛けいたしました。大変深く反省しており、遺憾の意と存じております。今後、こういうことがないよう十分気を付けてまいりたいというふうに思っております。
    ─────────────
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大家敏志#8
○委員長(大家敏志君) 財政及び金融等に関する調査のうち、日本銀行法第五十四条第一項の規定に基づく通貨及び金融の調節に関する報告書に関する件を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
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長峯誠#9
○長峯誠君 自民党の長峯誠でございます。
 補充質疑ということで質疑をさせていただきたいと思います。
 まず、修士論文についてでございます。
 そもそも、週刊誌が四十五年前の修士論文をもって日銀審議委員の適格性を云々すること自体が私は適切だとは思っておりませんが、これ、事は参考人の名誉に関わることでありますので触れておきたいというふうに思っております。
 御提出いただいた修士論文は非常に短いです。参考文献、目次含めて五ページということでございます。これについて、衆議院の方の財金委員会の方で参考人は、東大紛争が終わってすぐの時期であったのでやや混乱期にまだ大学院の教育があったというふうに答弁をされております。
 実は私、東京大学百年史という資料を皆さんのお手元に配っております。ここに書いてあるマーカーがしてあるところを読み上げさせていただきますが、経済学研究科における教育と研究が落ち着いた雰囲気の中で軌道に乗り、かつ大学院の制度改革が実現されるまでには、その後かなり長い期間が掛かり、教官、院生共に余り生産的とは言えない経院紛争、経済学部の大学院ですね、経院紛争の一時期を経験することとなると。新たな五年一貫制大学院が制度化されていない状況において、古い制度の制約の下に、どのような改革を実現していくかをめぐる争いであったと言えようと。
 それから、次の次のページでございますけれども、修士論文のことが書いてあります。
 修士論文の取扱いという項目で、研究科委員会が取扱い上最も苦慮したのは、飛ばしまして、修士論文と自由研究の問題でありとあります。まず修士論文については、制度改革が実現するまでの暫定的措置として、修士課程修了時に従来の研究の概要とそれについての学問的反省並びに将来の研究計画についての説明を最低限含むところの論文提出を繰り返し求めたにもかかわらず、そうした要件を満たしたとは言い難いものがかなり提出されたため、研究科委員会と全教官会議はその取扱いをめぐって苦慮し、要件を満たさぬ者は留年の措置をとるべしとの意見も出されたが、結局はやむを得ぬ措置として博士課程への進学を全員について認めることとなった。こうして本研究科の修士論文制度は、五年一貫制の中で新たな制度として位置付けられるまで事実上形骸化されていったのであるとあります。これは、参考人の御指摘と符合する内容でございます。
 また、当時の修士論文を私、東京大学に行きまして全部拝見させていただきました。二十三名の方が修士論文を書かれておりましたが、お手元に配付の資料にその結果が出ております。論文の枚数が二枚の方が三名、これ、先ほどと同じ、目次、参考文献を含んで表紙を除いております、二枚の方が三名、三枚の方が五名、四枚の方が一名、そして参考人と同じ五枚という方が三名いらっしゃいまして、それ以上、八枚、十枚から、一番多い方は五十五枚でしたが、この五十五枚は全て数式でございまして、そういう方がいらっしゃる。ちょうど参考人が真ん中辺にこの二十三人の中ではいらっしゃるということでございまして、この時点の修士論文の中で特段異常な修士論文ではなかったということは言えるのかなというふうに思っております。
 これ、参考人が衆議院の方で答弁されているんですが、この論文を指導していただいたのはあのかの有名な宇沢弘文先生であるということで、宇沢先生といえば知らない人はいらっしゃらないと思いますが、文化勲章を受けられて、経済学で文化勲章を受けられた方って八十年の歴史で十人しかいないということですから、もう間違いなく日本を代表する経済学者と言ってもいいかと思いますが、この宇沢先生の指導でこの五枚の論文を提出することになったのか、そのときの経緯をお知らせいただきたいと思います。
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櫻井眞#10
○参考人(櫻井眞君) 委員にお答え申し上げます。
 確かにその修士論文はここに提出いたしました五枚ということでございまして、委員御指摘のとおり、当時、東大紛争の直後ということで大変混乱しておりまして、制度的にもまだ固まっておらなかった時代でございます。
 私の場合は、実はその修士の一年、二年の間は、もうお亡くなりになりましたけれども、宇沢先生の下で研究をしておりまして、指導を受けていたわけでございます。その指導を受けていたこと自体は、ほぼ一年半ぐらいの期間、たっぷりと御指導いただきまして、セミナー等、あるいは個人的にも御指導をいただいた。その内容に関して修士論文という形の問題で、ほぼその御指導いただいてきたことに関して、その延長上で将来の研究計画も含めて書くということで五枚の修士の紙を提出すると。これは、事務局の方からもそのような指示があったというふうに記憶しております。
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長峯誠#11
○長峯誠君 事実の確認をさせていただきました。
 今日、委員会の方にこの経歴の正誤表といいますか、これが提出をされました。これについては内閣官房と日銀の方で精査をしていただいたということでございますけれども、おおむね、赤字で書いてある誤記載といいますか確認された誤りについては、ほぼ誤字脱字の範囲内、あるいは年数の違いについては、これは、正式な辞令が出ているか否かは別にして、実際にそこで働いていたということを当時の同僚からの証言を日銀の方で取っていただいております。多分、皆さんOBになって、御自宅まで御連絡取って調べ上げたということでしょうから、その作業については多としたいというふうに思っております。
 そういったことであるんですが、ただ一つ、やっぱり看過できないといいますか、問題になるとすれば、やはりこの博士課程修了という表現がどうか。正確には単位取得退学であるということなんですね。これについては、実は衆議院の財金で岩田副総裁が、岩田副総裁も日銀のホームページでは博士課程修了と書いているんです。これについて、当時の東大の教務担当者に、自分の場合は満期退学と書くのかと聞いたら、そうではなくて博士課程修了と書くのだと言われたというふうに答弁をされているんですね。ですから、当時は一般的に、このようなキャリアの方々は博士課程修了と書いていたんだろうというふうに推察するわけです。
 実は、この衆議院財金で質問していたのは民進党の宮崎岳志議員でございますが、宮崎岳志議員は元々新聞記者でいらっしゃって、実はその新聞記者時代の体験を基に、そのやり取りの中でこういうふうにおっしゃっているんですね。
 日本でも二十年くらい前には、確かに論文が通っていなくても博士課程修了というふうに書くということもあったやに記憶をしていますと。私は新聞記者をやっておりましたのでいろいろな人のプロフィールを書くという仕事も結構ありまして、週に一本ぐらいは誰かのプロフィールを書いていることがありましたと。ある時期から、やはり博士課程修了という表現はなくなりましたと。博士号取得と書くか、満期退学とか単位取得退学とか、そういう書き方をするようになりましたというふうに宮崎議員おっしゃっています。
 ということは、やはり昔はかなり慣例的にこの表現を使っていた。しかし、ある時期から、やっぱり正確性を期そうということで、特に新聞業界なんかはきちっと正確性を期そうということで表現を改めていた。しかしながら、日銀はその従来の慣例に従った書き方を今日まで続けていたということが今回の謎解きということになるのかなというふうに思っております。
 私、要求しまして出していただいた櫻井参考人が内閣官房に提出された経歴書、つまり御自身で書かれた経歴書を拝見をいたしました。それにはきちんと博士課程中退(単位取得修了)と書いているんですね。ですから、御自身はいわゆる正確な書き方をしているんです。しかし、それを受け取った日銀が旧来どおりの表現で日銀のホームページに載せたということで今回の問題が生じたということでありますので、これはやはり審議委員の適格性を問われるような悪質な経歴詐称ということまでは言えないというふうに考えているところでございます。
 参考人は、この経歴書によりますと、様々な職場、官民合わせて様々な職場でキャリアを積んでこられているんですが、簡単に、それぞれの職場でどんな研究に携わっていらっしゃったのか、それをお聞かせいただきたいと思います。
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櫻井眞#12
○参考人(櫻井眞君) 委員にお答え申し上げます。
 私、まず大学院の博士課程のときに、為替制度の違いによって景気変動がどのように国際的に波及するかという研究を浜田宏一先生と共同研究をいたしました。その成果がシカゴ大学のジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミーという雑誌に一九七八年に掲載されました。これが私の研究活動の出発点ということでございます。
 そして、日本輸出入銀行にその後入行いたしまして、そのときには主にアジア太平洋地域のマクロ経済の動向の分析と、それから国際資本移動に関する研究というものを中心にやっておりました。特に、その当時、日本からアジアへの投資が増え始めたところでございまして、そのアジアへの直接投資の、どういうような決定要因でそれが決まっておるかということを主に研究してきたわけです。
 その後、エール大学の経済成長センターというところの客員研究員ということで、同じテーマでほぼ日本の直接投資あるいは環太平洋地域全体の直接投資とアジア全体の経済成長の関係ということを中心に研究を続けました。
 帰国後は、日本輸出入銀行に戻りまして、やはり日本の直接投資をマクロだけでなくて産業別あるいは国別にどういうふうに動きになっておるか、あるいはそこのどういうような政策との関係というようなことを分析してきたわけであります。
 その後、その正式な辞令はなかったんですが、大蔵省の財政金融研究所の研究、幾つかの研究会に参加いたしまして、幾つかの報告書等を執筆いたしました。辞令をいただいたのは、正式に辞令をいただいたのは平成二年に当時の大蔵省から辞令をいただいたんですが、その後はアジア・太平洋金融・資本市場研究会の専門委員というようなことを務めて、そこでも執筆あるいは研究活動を続けたということでございます。その後、経済企画庁の研究所でも資本移動、それから直接投資についての同様の研究プロジェクトに参加をいたしました。
 平成元年に日本輸出入銀行を退社いたしまして、転職先の大正海上基礎研究所というところへ移りまして、そこでは、これまでの環太平洋地域の経済の発展、成長、さらには国際資本移動、直接投資といった問題に加えて、日本経済、それから金融問題というものの分析、それからさらに、当時、社会主義経済の市場経済化というものが進んでおりましたので、特に中国経済、ロシアというところの分析も行っておったわけであります。この時期は、これまでと違いまして、社外でのいろいろな刊行物へ寄稿する機会というものが大分増えたというのがその当時のことでございます。
 その間、最後に、兼務でございますけれども、三井海上投資顧問の非常勤の役員をやっておりましたので、そのときに主に投資、金融関係の投資の面から定期的に金融経済情勢というものを報告するという仕事をしておりました。
 以上でございます。
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長峯誠#13
○長峯誠君 ありがとうございます。
 参考人が国際金融経済に幅広く研究等をされて、日銀審議委員としての御見識をお持ちだということを伺うことができて安心をいたしました。これからの金融のかじ取りに存分の力を発揮していただきたいと存じます。
 ただし、今回、経歴書に誤記が散見されたことは反省をしていただきたいと思います。国会同意人事は日銀の金融政策に対するほとんど唯一の民主的統制であります。それだけの重みがある手続ですので、厳格に臨んでいただきますようにお願い申し上げたいと存じます。
 同じことを内閣総務官室にも申し上げたいと存じます。
 確かに、経歴書の真偽を確認するために大学や職場に問合せをすれば人事情報が漏えいしてしまうというおそれがある、それはもう十分に分かります。しかし、経歴詐称、今回の場合は誤記でございましたが、悪質な経歴詐称がもし見逃されることがあるとすれば、これは国会同意人事の信頼を大きく揺るがせることになる重大な問題でございます。
 そこで、今後、経歴書の正確性を担保する方策としてどのようなものを考えているか、お伺いしたいと存じます。
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土生栄二#14
○政府参考人(土生栄二君) 内閣総務官室が作成いたしました資料に今日明らかになりましたような誤りがあったということにつきまして、また、先生方に多大な御迷惑をお掛けしたということにつきまして、まずは深くおわび申し上げたいと思います。大変申し訳ございませんでした。
 今、先生から御指摘ございましたとおり、国会同意人事に関する資料でございますので、当然正確性を期していくということでございます。今回の事態、私どもも深く反省しているところでございまして、今後、御指摘のとおり、候補者の略歴の正確性を担保する措置を導入していきたいというふうに考えております。
 具体的には、先生からもおっしゃっていただきましたとおり、厳しい情報管理の下で、とりわけ日本銀行につきましてはこれまでも事前報道等があったということでございます。そうした制約の中ではございますけれども、まずは何よりも御本人におきまして正確な資料を作成いただきまして御提出をいただくということでございます。
 それをどのようにするかということでございますけれども、例えば、候補者が決まった段階で、略歴作成の留意点と申しますかチェックリストのようなものを事前にお届けをいたしまして、御本人が例えば裏付けとなる文書でございますとか記録等をきちんと御確認いただいた上で、正確な略歴を当方に御申告いただくといったような方法が考えられるのではないかと思っております。
 今後、こうした方法を含め、できる限りの改善方策につきまして検討し、実施してまいりたいと思います。
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長峯誠#15
○長峯誠君 我々国会議員は秘書がおりまして経歴をきちっと管理しておりますので、出せと言われたらぱっといつでも出せるんですけれども、一般の方はなかなかそこまで正確に取っていらっしゃらない方もいるかなとは思います。しかしながら、先ほども申し上げましたとおり、国会同意人事という大変重大な課題なので、しっかりと対応していただきますようにお願い申し上げまして、質問を終わります。
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大塚耕平#16
○大塚耕平君 大塚耕平でございます。
 今の長峯理事の質疑を拝聴しておりまして、与党のお立場としてはそのような質疑になるんだろうなということを拝察しながら拝聴しておりましたけれども、この問題は与野党云々の話ではございませんので、できれば淡々と今日は事実確認をさせていただきたいというふうに思っております。
 また、冒頭、前回の委員会、委員長も責任感の強い方であられますので、円滑な議事進行にいろいろ思いはおありだったと思いますが、できるだけ議事運営は与野党の理事の協議にお任せをいただいてはどうかなというふうに思いますので、その点だけ、まずお願いを申し上げます。
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大家敏志#17
○委員長(大家敏志君) 今、御指摘いただきました。しっかり反省をして、また筆頭間の合意を尊重し、また先生方の意見を聞きながら今後は運営をしてまいりたいというふうに思います。どうぞ御理解、よろしくお願いします。
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大塚耕平#18
○大塚耕平君 委員長の責任でもなければ、ましてや内閣府の責任でもありませんし、日銀の事務方の責任でもありません。櫻井眞氏本人のなせる業であるということをまず明確に申し上げておきます。
 今の長峯さんの質疑を聞いておりまして、これはいささか櫻井氏の答弁で解せない部分がありますが、衆議院では、内閣府は在籍は確認できないというふうに答弁をしております。それから、私は、財務省の職員名簿、七五年から平成八年までのものを全部見ましたけれども、残念ながら櫻井さんの名前は一度も出てきません。どうしてさっきまた在籍しているというふうに答弁をされたのか、その根拠を聞かせてください。
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櫻井眞#19
○参考人(櫻井眞君) お答え申し上げます。
 私は、米国から帰りまして二年後だと思いますが、記憶では、その頃から、当時の大蔵省の財政金融研究室だと思いますけれども、まだ当時は、そこにいろいろな研究会の参加をしたわけでございます。したがって、辞令は一切出ておりません。辞令をいただいたのは、平成たしか二年に財政金融研究所の方から辞令をいただいたというふうに記憶しておりますし、辞令も残っていると思います。
 ということで、在籍はしておりませんが、仕事はしておりましたということでございます。
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大塚耕平#20
○大塚耕平君 平成二年から八年までの職員名簿もここにありますが、あなたの名前は一切出てきません。辞令を受けていないものについて公的な履歴に書くということ自身が、もうこの委員会室の中の多くの皆さんの常識とは懸け離れていると思います。
 平成二年に辞令をもらったというんだったら、そのエビデンスを出してください。
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櫻井眞#21
○参考人(櫻井眞君) そちらの方はちゃんと辞令を、当時の橋本龍太郎大蔵大臣の名前でいただいておりますので、そこは出せます。
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大塚耕平#22
○大塚耕平君 じゃ、それは出していただけるということでいいですね。
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櫻井眞#23
○参考人(櫻井眞君) はい、それはもちろん提出することはできますので、提出させていただきます。
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大塚耕平#24
○大塚耕平君 この特別研究官という名前では、職員名簿には特別研究官という項がありませんので、ひょっとするとその特別研究官として辞令があったのかもしれません。ただ、この職員名簿には研究官とか主任研究官というのはあるんですけれども、特別研究官というのはないんですよ。だから、その特別研究官の辞令が出てくるということであれば、それはそれでお待ちをしておりますので、可及的速やかに提出を願いたいと思います。
 それから、今、博士号、博士課程の修了の記載の仕方については、長峯理事とのやり取りで一定の解釈が成り立っていたわけなんですけれども、さりながら、御本人がお出しくださった、総務官室に出した資料、私、今日は配付資料でお付けしておりますけれども、ここにはおっしゃるとおり中退と書いてあって、単位取得修了と書いてあるんですね。ここにもう既に櫻井さん独特の経歴についての、表現が難しいですけれども、マネージが発生しているんですね。
 中退という御認識であるならば、普通は修了とは書きません。なぜ中退という御認識がありながら修了と書いているんですか。
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櫻井眞#25
○参考人(櫻井眞君) 修了と書いたのは、日本銀行の方で書いたわけで……ヤジ
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大家敏志#26
○委員長(大家敏志君) どうぞ続けてください。
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櫻井眞#27
○参考人(櫻井眞君) はい。単位取得修了というふうに書きました。
 これは、単位は五十単位取れておりましたので、修士課程それからドクターコースということで合計で五十二単位取ったと思います。したがって、これは単位取得の退学ということでございますので、そういうふうに書きました。
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大塚耕平#28
○大塚耕平君 大久保理事も先週金曜日に東大に行かれて東大の企画調整役とお話をされておりますが、櫻井さん御自身も東大に行かれて、御本人が思っておられた取得単位数と違っておられたようですということを企画調整役が御発言されているそうですので、五十二単位取れていると言うんでしたら、それもエビデンスを出してください。
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櫻井眞#29
○参考人(櫻井眞君) 成績を出せると思いますので、私的なあれでございますけれども、出せると思います。
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