西村まさみの発言 (政府開発援助等に関する特別委員会)
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○西村まさみ君 藤田委員にお答えいたします。
日系の方々とお目にかかりましたが、同じ南米地域でも、アルゼンチンとパラグアイの日系の方々の御苦労というのは少し違っているんじゃないかなというようなことを感じました。
アルゼンチンの方では、最初にまず伺ったのが、言葉の壁がありましたので、最初日系の方が移住した際にはなるべく言葉を使わないでできる仕事、クリーニング屋さんとかお花屋さんというところ、ほとんどがそういった仕事に就いていたというんですが、今現在はもう二世、三世という方々が活躍されているので、日本語教育を含めた日本のすばらしいところの、いわゆるアルゼンチンにおいては、日本のすばらしい部分の教育を受けることができたり医療技術を学んだりすることができることに対する感謝というようなお話をいただきました。
しかしながら、パラグアイの方は、逆に八十周年たって、アルゼンチンに当初行ったものの、なかなかアルゼンチンで仕事がないのでパラグアイに行った方々の御苦労がやはり一世の方々は非常にありましたが、逆にパラグアイは日系社会が四つの地域に分かれておりましたので、私たちが一つ視察、調査させていただいたところでは、大規模農家、非常に大きな農場と、また大きな機械を使っての様々な栽培をしており、現在食肉加工工場まで造ろうというぐらいに、全てその地域の中でありとあらゆることができるようにしているということで、一世の方々の御苦労があって今自分たちがあり、また日本政府からの様々な援助があって自分たちが今いるんだと。更にそれを深めるために、もっと先に進めるために、もう少し援助をして、違った方面からの援助もしてほしいというようなことをいただきましたが、いずれにしても、一世の皆様、移住した最初の皆様方の御苦労というのは、まずは言葉の壁であり、働く先がなく転々とされたということはお話をされていましたが、実際に聞いたのが二世、三世の方でしたから、直接の御苦労話ということは余り聞くことは残念ながらできませんでした。
以上です。