エスティファノス・アフォワキ・ハイレの発言 (政府開発援助等に関する特別委員会)
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○参考人(エスティファノス・アフォワキ・ハイレ君)(通訳) 非常に戦略的な御質問をいただきました。この問題を提起していただきまして、誠にありがとうございます。
冒頭の話にもちょっと触れたつもりでもございますが、それにも関わるテーマをまたいただきましたが。
アフリカの角の戦略的な重要性、角というのはジブチ、エリトリア、エチオピア、スーダン、南スーダン、ソマリア、ケニア、ここが角であるわけですけれども、欧州、中東、アメリカ、ロシア、インド、中国、日本等にとっては、このアフリカの角というものは大変に戦略的にも重要な意味合いを持っているわけであります。
大河ナイルに沿って文明が昔誕生した土地であって、たくさんの遺産が点在する地域であります。紅海、アデン湾、インド洋に面する長い海岸線を有し、外国の政治に利用されて翻弄されてきた土地でもございます。そこに住まう人間は三億人以上。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、そのほか多くの土着の信仰の誕生の土地でもあります。平等な機会を得るにふさわしい七百四十六の民族、言語グループが存在し、そして天然資源、人的資源に恵まれた土地にもなっております。
ですから、間違いなく、日本からの官民パートナーシップの取組に対する誠実な支援がアフリカの角のインフラ開発に寄せられることは、この地域の将来の成長のためにも鍵となりましょう。
そういった意味でも、TICADプロセスがこの目標に貢献することが根幹を成すということは申し上げるまでもございませんが、是非ここで強調いたしたいのは、私どもアフリカの人々と政府の自助努力こそが大事であるということであります。それが原動力と考えております。
豊富な資源を無関心に扱う者は愚かにしたことの報いを受けるでしょう。これらの資源を操ろうとする者は指にやけどをするでしょう。アフリカの角を富める大国の安易な遊び場と考える者は歴史の教訓を省みない愚か者と思います。
特にこの地域でいろんな教訓が残っております。ジブチ港のみを三億人以上賄うアフリカの角で唯一の海上への玄関口だと考える者は、それもまた大国による戦略的な誤りであるだけでなく、人類史上これは聞いたこともない経済的、政治的ナンセンスでもあるということを気付かされることと思います。
お金は臆病な生き物です。紛争や対立が解決しない限りこの地域に資本家や資本がやってくることはありません。だからこそ、私どもはこう思います。ウガンダ以外のアフリカの角の国が国境を接する大国であるエチオピアは、支援を得ることで自立し、自らの平和と統合を維持すべきと考えます。国際社会と日本は良き意図を持ってその影響力を行使していただきたいと。エチオピアの包摂的な開発を後押ししていただきたい。そして、今のような排他的な政治制度を排除しなければなりません。エチオピアはアフリカの角のまさに心臓部です。心臓が病んでいるときには、アフリカの角のほかの部分も確実にその影響を受けることになりましょう。
第二に、エリトリアとエチオピアの国境紛争は、既に二〇〇二年のハーグ仲裁裁判所によって最終的かつ拘束力のある裁定が国際社会の支持も得て終結しております。国連安保理は責任を持ってエチオピアに、主権国エリトリアの領土支配から軍を撤退させることを要求すべきと考えます。
アメリカが外交的な圧力や制裁を通してエリトリアとその国民を罰することで、むしろ事態はより複雑になります。日本は国際法による支配を是非支持していただきたいと。エチオピア軍が占領地域から撤退すれば、エリトリアは即座に国交正常化する準備がございます。
かつて小泉首相は、日本の影響力を活用なさって、エチオピアのメレス首相にエリトリアとエチオピアの国境線を受け入れるように説得してくださった、そういうことがございました。安倍総理も同じく影響力を行使していただきたいと。友好関係をエチオピアのハイレマリアム首相と持っていらっしゃる。是非そういった関係を活用していただいて、エチオピアが占領地域から軍を撤退するように説得していただきたい。元々、TICADプロセスは、冷戦の終結がもたらした長く複雑で悲しい影響に苦しんだアフリカでの平和構築を意図したものであるからであります。
IGAD、政府間開発機構という機関がございますが、IGADですが、二〇〇八年、議長国はエチオピア、二〇〇九年もエチオピア、一〇年も一一年も一二年も一三年も一四年も一五年も、そしてまた再び今年一六年もエチオピアがこのIGAD、政府間開発機構の議長となります。これはまさにアフリカの角における努力、協力を損ねかねないことであって、地域が平和、安定、協力、繁栄のチャンスを得るためには、とうの昔に対応されているべき問題であります。
次に、テロの問題でございますが、やはり地域の責任者であるステークホルダーとして、エリトリアは歴史的義務と責任を全うすべく、アフリカ連合、欧州、中東、アメリカ、ロシア、インド、中国、日本と協力いたします。
しかし、テロとの闘い、経済成長の課題、貿易ルートの確保、地域経済の統合、これは協働の取組として収れんさせなければなりません。アフリカの角が本当に統合して、正当な国民国家が共に安全保障と経済協力の一つのプラットホームと成長するプロセス、それにつなげる必要があると考えております。
私どもは、今までもそうでしたがこれからもこの道筋を進んでまいります。日本はこのことを受け入れ、支援してくださいますでしょうか。是非、この御国、偉大な国の政治家の皆様にも、今こそこの問題を真剣に考えていただきたく思います。
御国とエリトリアの関係は、イタリアの植民地時代まで遡ります。エリトリアと日本は、活発な貿易と投資の協力関係が以来ずっと続いております。
日本と、イタリアの植民地支配下にあったエリトリアとの国交は、既に一九三六年九月に樹立されております。日本鉱業の現地と日本人の専門家が巨大な硫化物鉱床をエリトリアの地域などに発見いたしたのは一九七〇年代のことです。エンバデルホ、アディラシ、デバルワ、アディナファス、ウェキなどであります。日本の企業は、革、綿花、家庭用品、アルミなどの分野でエリトリアの中小の製造業に投資を始めたのは六〇年代の終わりの頃で、七〇年代にも続きました。日本がアフリカ向けにOECF、海外経済協力基金を開始したのが七〇年代の初期です。