エスティファノス・アフォワキ・ハイレの発言 (政府開発援助等に関する特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(エスティファノス・アフォワキ・ハイレ君)(通訳) スポーツは極めて重要である、国づくりで重要な要素だと思っております。TICADプロセスでもやはりスポーツが重要なその要素であってほしいと思っております。
 せっかくの機会でございますので、日本にもお願いでございます、アフリカのスポーツ、文化とのきずなを深めていただきたいと。東京のオリンピック二〇二〇年がございますが、これに向かって共に手を握って、そしてアフリカと日本がスポーツ、文化でもやはり協力をしていきたい、結び付きを強めていきたいと思います。そこでの本当の意味でのインタラクション、コミュニケーションを期待するものです。
 私どもは、そういう気持ちから、日本とエリトリアの間で、一昨年の九月でございますが、覚書を交わしました。MOUです。それの下でいろんな活動で協力しようと。
 一九六四年の東京大会、エリトリアは参加いたしました。五名の選手が派遣されました。みんな自転車競技選手でした。エチオピアからも五名、マラソン、長距離選手でした。そして、エチオピアのアベベ選手が金メダルを取ったわけでございますが、それをみんな今でも覚えております。
 それから、自転車競技の方では、勝てはしませんでしたが、それから長く掛かって、実は、エリトリアのブラックアフリカンサイクリストが世界のサイクリング、自転車競技のチャンピオンシップにも出るようになりました。ツール・ド・フランスとかビッグイベント、そういった大きな自転車競技でも優勝するようになったと。東京、二〇二〇年、もちろんカムバックいたします。
 ケニア、エチオピアはかなり厳しいライバル関係で、ライバルでは厳しい競争になろうと思いますが、私どもは強力な選手を派遣いたします。アフリカのチャンピオンであるサイクリスト、自転車競技の選手もおりますから、そういった優秀な選手を派遣いたします。
 この歴史は今も生きております。皆様の理解のために申しますと、あるアスリートが日本に招待されてやってきました。一九六四年当時、エチオピアチームとして参加したエリトリアの自転車選手です。彼は日本でのイベントに参加するために来日し、ジャーナリストにインタビューを受けました。あるジャーナリストが彼にこう質問しました、日本の印象はと。選手は答えました。これは非常に重要なので繰り返させていただきます。選手は、建物や道路やインフラは確かに変化した。しかし、私は一九六四年に見た日本人と同じ日本人の姿を見た、あの当時の日本人たちは今もここにいる。日本はこのような巨大な文化を持っているのです、私たちはアフリカでそれを必要としています。私たちは、こうした長期間息づく文化が必要なのです。
 いろんなテクニカルプログラムとかいろんな協力プログラムがJICAを通じてなされていて、私どもの国始めアフリカの国を支援してくださって、アフリカの国が二〇二〇年の東京オリンピックあるいはパラリンピックでも活躍できるようにと思っておりますが、この質問をまずいただいたことに感謝申し上げます。

発言情報

speech_id: 119014580X00520160511_048

発言者: エスティファノス・アフォワキ・ハイレ

speaker_id: 1508

日付: 2016-05-11

院: 参議院

会議名: 政府開発援助等に関する特別委員会