清水勉の発言 (総務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(清水勉君) ありがとうございます。
これは二〇一〇年の人権大会のときに採択されたものですので、日弁連のホームページを見ていただければ出てくる内容ですけれども、ここでは電子マネーの問題、監視カメラの問題、その前にライフログの問題ですね、それからマイナンバーの問題、そういったものとして書いています。
このライフログのところから書き始めているというのは、個人情報がとにかくあちこちに記録化されていく社会であるだけに、それをどう保護するかということについて非常に慎重に考えていかないと、本人が気付かないところで個人情報があちこちに存在するという環境になってしまっているという中で、じゃ、そういう社会における保護って何なのかと考えたときに、保護は人を孤独にするものが保護なのか。つまり、誰にも近寄らせないというものは保護なのか。でも、今日の話題になっているような医療情報というのは孤独にさせていく情報なのかというと、そうではなくて、ある患者さんが、今まで助けられなかった患者が助けられた、私の患者さんもそうですけど、それは、その前に何人もの方が死んでいて、その人たちの医療情報を基にしてたまたま今回のその担当のお医者さんが成功してくれたという、そういう積み重ねの中で生きているわけです。
プライバシーというのは同時に公共性というのもセットになって存在しているようなものが、それが人間として社会的な存在なんだろうと思います。ですから、営利が駄目という問題ではなく、営利というのは何、医療だって営利の部分があるではないかということが考えられますし、また、人を食い物にするというのは、これは非常に問題でしょうけれども、利用することによってその本人も社会も、あるいはその事業に携わっている人たちにとってもプラスであるならば、それは積極的に伸ばしていくべきではないかと。
それが、今現在こういうことが、個人データがもっと商売になるよねっていう考え方というのは、商売にできる環境が今までなかったのでこういう議論が余りなされていないということでありまして、商売というものよりも、実は医療の世界ではもうとっくにそれをやっている、やっていたことをもっとできるようにしましょうよという面で考えていくならば、これは、むしろそこに営利的な医療機関があったとしても、それは営利の方にウエートを置くべきではなくて、やはり個人のプライバシーを守る、保護するということとその公共性と共有すること、その共有することの意義とかというものをきちんとかみ合わせて議論していって、どういう制度設計にするのがいいのかという進み方がいいのではないかというふうに考えます。