森まさこの発言 (東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会)
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○森まさこ君 与党筆頭理事の森まさこでございます。
高木大臣、日頃の復興への御尽力、ありがとうございます。
本日は、福島県の子供の健康管理について質問をさせていただきたいと思います。
三・一一から丸五年が過ぎました。私は、福島県いわき市、原発のある浜通りに生まれて育ちました。そして、今、福島県から選出をされてこの場に立っております。
今年の三・一一では、一日中私の携帯が鳴りっ放しだったんですけれども、なぜかというと、報道が一日中福島県そして被災地のことをやっておりました。それを見た福島県以外の全国の方から、楢葉町の現状を見た、富岡町の人の言葉を聞いた、何か支援できることはないかというようなお申出がたくさんありました。私は、報道の力というものを改めて感じました。五年たちまして、今、現地の新聞、テレビ、報道では毎日被災地の報道をしておりますが、全国放送ではめっきり減ってきてしまったというのが現状でございまして、大変悲しく思っているところです。
当時も、原発が爆発をいたしまして、私は南相馬から立入禁止の区域のところまで夫がトラックを運転して一緒に入ったんですけれども、そのときに、地元のテレビ局、新聞記者の方、一緒に行きましょうと言ったんですが、いやいや、四十キロ以内は各社の協定で入れなくなっていますということでした。そうやってテレビを見ますと、当時の爆発直後の報道というのは、遠くから撮った映像か、それとも中に住んでいる方の投稿か、それしかなくて、津波の報道はありましたけれども、原発の被災地の報道はなかったんです。私は託されたカメラで現地の様子を撮りまして、それが一番最初に報道された動画でございます。やはり報道の力というものを感じるときに、風評被害の払拭ということは、報道機関だけではなく、私ども自らにもやはり発信ということに心を砕かなければいけないのかなと思っています。
さて、二月十一日、月命日の日に出発して、私は、チェルノブイリ被災地のベラルーシ国、その中の放射能がたくさん、風向きによりまして汚染がされましたゴメリ州、その中でも更に奥の立入禁止区域を抱えるホイニキ区まで行ってまいりました。当時、原発事故の後、国会議員の視察は、参議院はスリーマイル島の原発事故の跡の視察、そして衆議院がチェルノブイリ関連でございました。私は大臣時代、フィンランドのオンカロ処理場も行ってまいりましたけれども、ベラルーシは今回初めてです。
放射能に汚染された地域は七割から八割に上るというそのベラルーシ。ウクライナよりもその汚染地域は面的には非常に広いわけでございますが、三十年目の今年、元気に復興をしておりました。農業も復活し、そして工業は発展し、特にIT分野につきましては新規の発展が目覚ましくされておりました。教育レベルも周辺国をぬきんでています。
三十年たって、放射能が広く汚染したそのベラルーシが復興をぬきんでたその理由は、子供たちの教育と健康管理です。三十年たった今でも全国の、ベラルーシの国全体の子供が一年に一回、大人でいえば人間ドックのような検査を全部受けまして、二十四日間保養施設に滞在をして、その検査を受けたところ、悪いところがあれば全て医師が常駐をしてそこで治療をするということに国が財政支援をしています。だからこそ、人々が安心して帰還し、子供たちを教育し、三十年たった今では、当時の子供たちは今働き手となり、先ほどのようにIT国家になって国を支えているのです。
さて、そこで我が福島県はどうかということを本日質問させていただきたいと思います。
地元紙である福島民報の特集に、三月十八日、十九日と掲載されておりましたけれども、福島県の子供たちの十八歳までの医療費は現在無料です。これについては当初、国が支援する県民健康管理基金を財源活用しておりました。県民健康管理基金です。福島復興再生特措法でも、基金へ必要な財源措置を講じると書いてありますから、法的措置は担保されたはずです。しかし、二十五年度以降は基金を活用できなくなり、県は自主財源でやりくりをしています。
ここで復興庁の事務方に質問をいたしますが、なぜ基金を活用できなくなったのですか。